没落令嬢の華麗なる狂詩曲 〜奴隷堕ちした令嬢がハーレムを築くまでの軌跡〜

中原星道

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第一幕 黄昏のエイレンヌ

第11話 奴隷令嬢と予兆

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 少しずつ風が冷気をまとい出し、季節は移り変わろうとしている。
 ララはミレーヌと共に変わらずジョエルの従者として側に仕えている。
 それは実に平穏な日々で、ララは彼らと過ごすうちに年相応の明るさを取り戻し、かつて死の淵に立たされたあの惨劇の記憶も少しずつ薄れてゆく。

 しかし、一歩外に目を向ければ状況はまったく異なる。
 アルセイシア王国の各地で勃発している大規模農民叛乱はいまだ収まらず、数年前から始まった隣国・大ブリタニア王国との戦争も激化の一途をたどっているのだった。

 そんなある日のこと、ララは領主夫人であるパメラに呼ばれ彼女の部屋へとおもむいていた。ジョエルの従者を仰せつかって以来、二度目の来訪である。

「よく来てくださいました。さあ、こちらにお掛けになってください」

 胸元が大きく開いた赤いドレスをまとった妖艶な女性が椅子を引いて手招く。

「失礼いたしますわ」

 しゃなり、と足を踏み入れた瞬間、再びあの甘い麝香じゃこうの香りが少女を包みこむ。

 ララがテーブルの席に腰掛けると、パメラはすぐに紅茶を注いだカップを彼女の前に置いた。

「どうぞ。ダルシニア産の紅茶です」
「ありがとうございます。いただきますわ」

 少女が紅茶を口に含むのを見届けてから、パメラも椅子に腰を下ろす。

「アナタがこの館に来てから、もうひと月以上ですか……。時の流れは早いものですね」
「そう……ですわね……」

 パメラはおもむろに窓の方に目を向ける。そこから見える町並みの風景は、いつもと変わらぬ日々の営みを映し出していた。

「ララさん。アナタには本当に感謝しております」

 ぽつりとパメラがもらす。

「ララさんが来てからというもの、ジョエルはすっかり明るさを取り戻しただけでなく、男として、次期領主としての自覚を持ち始めております。これもすべてアナタがジョエルを導いてくださったおかげです」
「わたくしは何もしておりませんわ。ただアナタに言われたとおりあのコの話し相手を務めたまでのことですのよ」

 ララは涼やかな声で答える。

「あのコの成長はあのコ自身の努力の賜物ですわ。どうかわたくしよりもジョエルを褒めてあげてくださいまし」
「本当に……ありがとうございます」

 パメラはララの方に向き直ると、涙ぐみながら深々と頭を下げた。

「それだけに、ジョエルとの婚約がアナタを縛りつけてしまっているのでは、と懸念しております。ララさんにもしも想い人がいらっしゃるのであれば、どうかアナタご自身のお気持ちを優先していただきたいのです」
「お気づかい痛み入りますわ」

 そう言ってララは続ける。

「ですが、わたくしには他に想い人もフィアンセもおりません。それに、決して軽い気持ちでジョエルと婚約したワケではありません。彼がしっかりと誠意を示してくださるのなら、わたくしも必ず誠意をもってその想いに応えますわ」
「左様でございますか……」

 パメラはふぅ、と愁眉しゅうびを開いて安堵のため息を吐き、

「実を申しますと私、アナタがジョエルと添い遂げてくれることを心から願ってやまないのです。アナタと家族になれたならどんなに幸せか、と……」

 本音を吐露する。

「本当はジョエルが私から離れられないのではなく、私があのコから離れられていないのですね」

 そう言って自嘲するパメラ。
 少女は何も答えずカップの紅茶を飲み干すと、

「ごちそうさまでした。とても美味しかったですわ」

 そう言って立ち上がり、部屋を後にしようと扉の方へ歩み出す。

 そして、ふと足を止め、

「……わたくしも、アナタと家族になれたらうれしいですわ」

 そよ風のように儚い声でそう告げると、そのまま部屋を後にした。

「……ありがとうございます、お嬢様」

 パメラは誰もいなくなったその場所に向けて、ひとりつぶやくのだった。



 コリンヴェルトはアルセイシア王国領内屈指のワインの生産地である。
 爽やかでフローラルな風味が味わえる白ワインは特に好評で、国外にも多くの愛飲家を持つ人気商品であり、ワイン製造業はアルセイシア王国の重要な経済源となっていた。

 エイレンヌはコリンヴェルトのワインを定期的に取り寄せており、それは月に二回出航する定期船によって運ばれている。

 そして、エイレンヌとコリンヴェルトを結ぶ海路の途中には、現在交戦状態となっている隣国の島国・大ブリタニア王国との間に挟まれた海峡があり、そこを通過しなければならなかった。
 そのためこの海峡間では商船などを狙った海賊行為が盛んに行われ、互いに盗ったり盗られたりを繰り返しているのだった。

「このまま順調にいけばあと二日でエイレンヌに到着できそうだな」
「ああ。嵐にも見舞われなかったし、今回は順風満帆だったな」

 船室で、船長と操舵士が話をしている。
 この定期船の運航はもう何度も経験しており、危機的状況を乗り越えたこともあって会話からも余裕がにじみ出ていた。
 
「さて、そろそろ海峡に入るが大丈夫か?」
「今のところブリタニア人ブリタニアンの船影は見当たらないな」
「まあ、現れたところで俺らみたいな小物を狙うとは思えないがな」
「はは、違いねぇ」

 船室笑い声で満ちる。

 と、その時だった――

 ドゴオォォォォォンッッッ!!!

 衝突音が響くと同時に船体が大きく振動する。

「な、何だ? 座礁ざしょうしたのか!?」
「いや、こんなところに暗礁は無かったはずだぞ!!」

 途端に船室は混乱状態に陥る。

「た、大変だ! ブリタニア人ブリタニアンが小船で乗り込んで――ぐわぁぁぁぁぁッ!!」

 甲板から船員が報せに飛びこんで来るが、すぐにその場に崩れ落ちる。

「なッ!?」

 呆然とする船室に、数名の男が侵入する。
 彼らはみな紫紺色の甲冑とバシネットをまとい、その胸には獅子を描いた紋章がついていた。

「まさか……紫紺騎士団か!?」

 その姿を見て船長たちは驚愕した。

 紫紺騎士団――

 それは大ブリタニア王国が誇る少数精鋭部隊であり、王子が率いるその部隊は迅速にして苛烈、堅牢にして果断である。
 彼らの通り道は草一本残らないほど蹂躙し尽くされるため、アルセイシア王国にとって畏怖すべき強敵であった。

「な、何で紫紺騎士団がこんな小船を――」

 船長の疑問に答えることもなく、侵入者は瞬く間に彼らを斬り伏せて船内を制圧する。

「任務完了だ。このままルディニアに戻る」

 侵入者は――紫紺騎士団は元いた船員の死体をすべて海に投げ捨てると、船をそのまま乗っ取り、自軍の港へと舵を取るのだった。

 
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