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第一幕 黄昏のエイレンヌ
第12話 奴隷令嬢と急襲
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ララはその日、家令の使いでミレーヌと共に食材の買い出しのためにエイレンヌの町中へとおもむいていた。
昼下がりの通りは人の往来も盛んで、市場は華やかな賑わいを見せている。
「町に出るのも久しぶりですわね」
「ずっと館にこもりっぱなしだったからねぇ」
二人はそこにある光景にどこか懐かしさを感じながら、しばしの自由を満喫していた。
「そういえばさ、ララ。あれから大丈夫かい?」
通りを散策しながら、ふとミレーヌが問う。
「何のことですの?」
「衝動、だっけ? 理性がなくなるくらい血が欲しくなるヤツ」
「ええ。女将さんが定期的に血をくださるおかげで、あれ以来もう衝動に襲われることはありませんわ」
「そうか。それは良かった」
「ええ。ですが……」
不意に足を止めたララは、
「ジョエルがこのことを知ったら……。わたくしが他者の血を飲んでいることを知ったら、やはり幻滅するのでしょうか? もしかしたら、婚約を解消されてしまうかもしれません……」
顔を曇らせ不安を吐露する。
「ララ……」
ミレーヌは少女の鎮痛の面持ちを見て自らの気持ちも沈んでゆくのを感じ、
「何言ってんだい!!」
その小さな背中をポンと叩き、
「アンタが見こんだ男だろ? アンタが信じないでどうすんだい!?」
力強い口調で鼓舞する。
「女将さん……」
「アンタが自分を見失わない限り、アタシはアンタの側にい続ける。ジョエルだってきっとそうさ」
ミレーヌはそう言って微笑んだ。
「……ええ、そうですわね」
ララは安心したように明るさを取り戻すと、
「女将さん、いつもありがとうございます……」
純心の笑みと共に感謝の意を伝える。
「な、何か照れるな……」
「フフフ、わたくしと女将さんの仲ではありませんか。照れる必要なんてありませんわ」
二人はお互いうなずき合うと固く手を結び、歩みを再開した。
食材を買い終え、もう少し町を散策しようと港の方へ向かった時だった。
「あら? 何か人だかりができてますわね?」
「ホントだね。それに何か深刻そうだよ」
桟橋付近にたむろする人々を目にした二人は、そちらに向かうことにした。
「何かあったのかい?」
近くの中年男性に声をかける。
「ああ、ミレーヌか。久しぶりだな。元気だったか?」
「まあね。それよりこれは何の騒ぎだい?」
「ああ。到着予定日から三日が過ぎてるのに、コリンヴェルトからの定期船が来ないんだよ」
「嵐とか座礁とか、何かのトラブルで遅れているのではないんですの?」
ララが会話に入って問う。
「いや、ここ一週間以上天気は良好だったし、コリンヴェルトまでの海路にはさほど危険な海域はないんだ。それに船員はベテランばかりで、これまでいろんなトラブルに巻き込まれても納期に遅れたことは一度も無かったんだよ」
「そう……なんですの……」
考えこむララ。
「おいおい、コリンヴェルトのワインが届かないんじゃ、俺はこれからどうやって生きてけばイイんだよ!?」
「アンタは飲み過ぎなんだよ。イイ機会だから禁酒しな」
「んな殺生なッ!?」
喧々囂々とした騒ぎはまだまだ収まりそうもなかった。
「まあ、ベテラン船員だから心配ないとは思うけど。ねえ、ララ?」
「え? ええ、そうですわね……」
ミレーヌの言葉にそう答えるララだったが、彼女の胸の奥には何かもやもやとした疑念が渦巻いているのだった。
――この不快感は一体何なんですの?
実に形容しがたいその感情は、胸に巣食ったまま拭えない。
と、その時だった――
どくん――
「ッ!?」
心臓が大きく跳ね上がると、ララの脳裏にひとつの光景が鮮明に浮かび上がる。
それは、かつて彼女の身に起きたあの悲劇――
居城は燃え盛り、家臣は殺され、女中は犯され、彼女自身にも危険が及んだ、あの忌まわしの光景だった。
「ララ!? ララ、どうしたんだい!?」
頭を抱えて膝を崩すララを、ミレーヌが咄嗟に支える。
「……戻りましょう、女将さん。領主に伝えなければなりません」
真剣な眼差しを向けて、ララはそう言うのだった。
それから二日後のことだった――
「おおい、定期船が来たぞー! コリンヴェルトからの定期船だー!!」
埠頭にいた船夫が遠くにあるその船影を発見すると、彼は大声で周囲に呼びかける。
「ようやくの到着か。ずいぶん待ちわびたぜ」
桟橋に横づけされたその船を男たちが出迎える。
いつもどおりの定期船。
しかし――
ザシュッ!!
「ぐあぁぁぁぁぁッッッ!!!」
船内から現れたのは人夫ではなく武装した兵士であり、一番前にいた男はその兵士に剣を突き立てられ、その場に崩れ落ちた。
「ま、まさか……」
その光景を目の当たりにした町の人々は、突然現れた紫紺色に統一された武具をまとう兵士の姿を見て驚愕し、
「紫紺騎士団だ! ブリタニア人が来たぞー!!」
そう叫びながら一目散に逃げ惑った。
そして船の中から二十人ほどの兵士が上陸すると、
「さあ、エイレンヌのアルセイシア人。プレゼントを届けに来てやったぜ。死というプレゼントをな!!」
声高に叫び、町の方へと駆け出す。
しかし、その時だった――
ヒュンッ! ヒュンッ!
茂みの中から次々とクロスボウの矢が放たれ、彼らに襲いかかる。
「何だと!?」
定期船を強奪してそれを利用し、油断し切った住民を一気に斬り伏せる算段だった彼らは、あまりにも早すぎる反撃に戸惑いを隠せなかった。
「おい、あれを見てみろ!」
兵士のひとりが指差した先には、丸太で作られたバリケードが広範囲に渡って設置されており、その向こう側にはフォークや鍬などの農具を携えた町の人や、警護兵が待ち構えていた。
「まさか、俺たちの行動が読まれてたのか……?」
信じられないと、嘆息をもらう兵士たち。
「そのとおりですわ!」
その刹那、茂みの中からひとりの少女が飛び出し、獣のごとく俊敏さで一気に詰め寄ると、手にした剣で兵士を一閃する。
ズシュッ!!
「ぐわぁぁぁぁぁッッッ!!!」
少女の攻撃は兵士の硬い甲冑を砕き、内臓にまで達する。
「……誰だ、貴様は?」
断末魔の叫びを上げて倒れる仲間を見送り、兵士のひとりが問う。
「ブリテン野郎に名乗る名前はありませんわ」
さらりと長い金髪をなびかせ、少女は――ララは再び兵士に斬りかかる。
「しょせんひとりだ。囲め!」
兵士たちは一斉に取り囲むと一気に詰め寄る。
ビュンッ!!
刹那、ララは左手でもう一振りの剣を抜いて跳躍すると共に高速回転する。
「があぁぁぁぁぁッッッ!!!」
その旋風のごとく斬撃は周囲の兵士を薙ぎ倒し、ララは身をひるがえして軽やかに着地した。
「……どうやらただの小娘ではないようだな」
残りの兵士たちが隊列を組む。
兜に覆われているためその表情をうかがうことはできないが、完全に笑いも油断も消え失せているようにララは感じた。
まだ人数差が多く、死闘になる。
そう覚悟した、その時だった――
突如、館の方から大きな破壊音が響くと同時に、そこから煙が立ち上り始める。
町の人々はその光景を見てざわめき立つ。
「な、なぜ館がッ!?」
思いがけない事態に愕然とするララ。
「ククク……。船の偽装を見破ったまではさすがだったな。だがな、俺たちの目的は他にあるのだよ」
兵士の冷笑が響く。
――しまった!
ララはすぐにその場を駆け出した。
――こちらは陽動だったんですわ!!
館に向けて疾走しながら、ララは館の防備を手薄にしてしまったことを悔いるのだった。
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「町に出るのも久しぶりですわね」
「ずっと館にこもりっぱなしだったからねぇ」
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「そういえばさ、ララ。あれから大丈夫かい?」
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「そうか。それは良かった」
「ええ。ですが……」
不意に足を止めたララは、
「ジョエルがこのことを知ったら……。わたくしが他者の血を飲んでいることを知ったら、やはり幻滅するのでしょうか? もしかしたら、婚約を解消されてしまうかもしれません……」
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「ララ……」
ミレーヌは少女の鎮痛の面持ちを見て自らの気持ちも沈んでゆくのを感じ、
「何言ってんだい!!」
その小さな背中をポンと叩き、
「アンタが見こんだ男だろ? アンタが信じないでどうすんだい!?」
力強い口調で鼓舞する。
「女将さん……」
「アンタが自分を見失わない限り、アタシはアンタの側にい続ける。ジョエルだってきっとそうさ」
ミレーヌはそう言って微笑んだ。
「……ええ、そうですわね」
ララは安心したように明るさを取り戻すと、
「女将さん、いつもありがとうございます……」
純心の笑みと共に感謝の意を伝える。
「な、何か照れるな……」
「フフフ、わたくしと女将さんの仲ではありませんか。照れる必要なんてありませんわ」
二人はお互いうなずき合うと固く手を結び、歩みを再開した。
食材を買い終え、もう少し町を散策しようと港の方へ向かった時だった。
「あら? 何か人だかりができてますわね?」
「ホントだね。それに何か深刻そうだよ」
桟橋付近にたむろする人々を目にした二人は、そちらに向かうことにした。
「何かあったのかい?」
近くの中年男性に声をかける。
「ああ、ミレーヌか。久しぶりだな。元気だったか?」
「まあね。それよりこれは何の騒ぎだい?」
「ああ。到着予定日から三日が過ぎてるのに、コリンヴェルトからの定期船が来ないんだよ」
「嵐とか座礁とか、何かのトラブルで遅れているのではないんですの?」
ララが会話に入って問う。
「いや、ここ一週間以上天気は良好だったし、コリンヴェルトまでの海路にはさほど危険な海域はないんだ。それに船員はベテランばかりで、これまでいろんなトラブルに巻き込まれても納期に遅れたことは一度も無かったんだよ」
「そう……なんですの……」
考えこむララ。
「おいおい、コリンヴェルトのワインが届かないんじゃ、俺はこれからどうやって生きてけばイイんだよ!?」
「アンタは飲み過ぎなんだよ。イイ機会だから禁酒しな」
「んな殺生なッ!?」
喧々囂々とした騒ぎはまだまだ収まりそうもなかった。
「まあ、ベテラン船員だから心配ないとは思うけど。ねえ、ララ?」
「え? ええ、そうですわね……」
ミレーヌの言葉にそう答えるララだったが、彼女の胸の奥には何かもやもやとした疑念が渦巻いているのだった。
――この不快感は一体何なんですの?
実に形容しがたいその感情は、胸に巣食ったまま拭えない。
と、その時だった――
どくん――
「ッ!?」
心臓が大きく跳ね上がると、ララの脳裏にひとつの光景が鮮明に浮かび上がる。
それは、かつて彼女の身に起きたあの悲劇――
居城は燃え盛り、家臣は殺され、女中は犯され、彼女自身にも危険が及んだ、あの忌まわしの光景だった。
「ララ!? ララ、どうしたんだい!?」
頭を抱えて膝を崩すララを、ミレーヌが咄嗟に支える。
「……戻りましょう、女将さん。領主に伝えなければなりません」
真剣な眼差しを向けて、ララはそう言うのだった。
それから二日後のことだった――
「おおい、定期船が来たぞー! コリンヴェルトからの定期船だー!!」
埠頭にいた船夫が遠くにあるその船影を発見すると、彼は大声で周囲に呼びかける。
「ようやくの到着か。ずいぶん待ちわびたぜ」
桟橋に横づけされたその船を男たちが出迎える。
いつもどおりの定期船。
しかし――
ザシュッ!!
「ぐあぁぁぁぁぁッッッ!!!」
船内から現れたのは人夫ではなく武装した兵士であり、一番前にいた男はその兵士に剣を突き立てられ、その場に崩れ落ちた。
「ま、まさか……」
その光景を目の当たりにした町の人々は、突然現れた紫紺色に統一された武具をまとう兵士の姿を見て驚愕し、
「紫紺騎士団だ! ブリタニア人が来たぞー!!」
そう叫びながら一目散に逃げ惑った。
そして船の中から二十人ほどの兵士が上陸すると、
「さあ、エイレンヌのアルセイシア人。プレゼントを届けに来てやったぜ。死というプレゼントをな!!」
声高に叫び、町の方へと駆け出す。
しかし、その時だった――
ヒュンッ! ヒュンッ!
茂みの中から次々とクロスボウの矢が放たれ、彼らに襲いかかる。
「何だと!?」
定期船を強奪してそれを利用し、油断し切った住民を一気に斬り伏せる算段だった彼らは、あまりにも早すぎる反撃に戸惑いを隠せなかった。
「おい、あれを見てみろ!」
兵士のひとりが指差した先には、丸太で作られたバリケードが広範囲に渡って設置されており、その向こう側にはフォークや鍬などの農具を携えた町の人や、警護兵が待ち構えていた。
「まさか、俺たちの行動が読まれてたのか……?」
信じられないと、嘆息をもらう兵士たち。
「そのとおりですわ!」
その刹那、茂みの中からひとりの少女が飛び出し、獣のごとく俊敏さで一気に詰め寄ると、手にした剣で兵士を一閃する。
ズシュッ!!
「ぐわぁぁぁぁぁッッッ!!!」
少女の攻撃は兵士の硬い甲冑を砕き、内臓にまで達する。
「……誰だ、貴様は?」
断末魔の叫びを上げて倒れる仲間を見送り、兵士のひとりが問う。
「ブリテン野郎に名乗る名前はありませんわ」
さらりと長い金髪をなびかせ、少女は――ララは再び兵士に斬りかかる。
「しょせんひとりだ。囲め!」
兵士たちは一斉に取り囲むと一気に詰め寄る。
ビュンッ!!
刹那、ララは左手でもう一振りの剣を抜いて跳躍すると共に高速回転する。
「があぁぁぁぁぁッッッ!!!」
その旋風のごとく斬撃は周囲の兵士を薙ぎ倒し、ララは身をひるがえして軽やかに着地した。
「……どうやらただの小娘ではないようだな」
残りの兵士たちが隊列を組む。
兜に覆われているためその表情をうかがうことはできないが、完全に笑いも油断も消え失せているようにララは感じた。
まだ人数差が多く、死闘になる。
そう覚悟した、その時だった――
突如、館の方から大きな破壊音が響くと同時に、そこから煙が立ち上り始める。
町の人々はその光景を見てざわめき立つ。
「な、なぜ館がッ!?」
思いがけない事態に愕然とするララ。
「ククク……。船の偽装を見破ったまではさすがだったな。だがな、俺たちの目的は他にあるのだよ」
兵士の冷笑が響く。
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