没落令嬢の華麗なる狂詩曲 〜奴隷堕ちした令嬢がハーレムを築くまでの軌跡〜

中原星道

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第二幕 変転のコリンヴェルト

第4話 没落令嬢と契約女中

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 コリンヴェルトはアルセイシア王国の南西部に位置する港町である。
 ガレヌ川の湾曲部に面し、市街地は左岸に沿って三日月形に形成されているため、月剣の港とも称される。
 古くより交易が盛んであり、特に海運の重要拠点として発展していった歴史を持つ。
 そんなコリンヴェルトの特産品は、広大な葡萄ブドウ園から生産された良質な葡萄ブドウを使って製造したワインである。
 爽やかでフローラルな味わいの白ワインは特に極上で、それはアルセイシア王国のみならずエウロペア大陸中で愛飲される人気商品であった。

 ララとミレーヌがヤン商会の一員として旅をしてから十日後、隊商はついに目的地であるこのコリンヴェルトに到着した。

「お待ちしておりました、ヤン殿」

 町に入った彼らを最初に出迎えたのは、女中メイド服を皺ひとつなくピッチリと着こなし、長い黒髪をさらりと流した冷静クールな印象の若い女性だった。

「ご苦労様でした、レン殿。貴女のおかげで快適な旅をすごすことができましたよ」

 馬車から降りたヤンがねぎらいの言葉を向けると、

「それは何よりでした」

 レンと呼ばれた女性は穏やかな笑みを浮かべる。

「すみません、ヤン殿。こちらの方はどなたなのでしょう?」

 ヤンの隣にやって来たララとミレーヌが、初めて見かけるその女性についてたずねる。

「そういえばお二方は初対面でしたな。彼女はレン殿。私が雇った護衛でございます」

 ヤンがそう言って紹介すると、

「初めましてお嬢様方。『契約女中コントラクト・メイド』のレンと申します」

 きっちりと腰を折り、慇懃いんぎんな口調で挨拶する。

「ご丁寧にありがとうございます。わたくしはララですわ」
「アタシはミレーヌ。よろしくね」

 二人はレンと握手を交わす。

「あの、レンさん。先程『契約女中コントラクト・メイド』とおっしゃっておりましたが、それはどういったものなのでしょうか?」
「はい。私は特定の主を持たず、私を必要としてくださる方であればどこへでもおもむき、期限付きでお仕えする、いわば渡り鳥のようななものです」
「なるほど、そのような形態の女中メイドもいらっしゃるのですね……」

 ララはかつてノルマンの居城で暮らしていた時のことを思い返すが、それと同時に何か大切な約束事があったような気がして記憶をたどるが、結局何も思い出すことが出来なかった。

「あの、ヤン殿。アタシの聞き間違いじゃなければ、レンさんを護衛として雇ったって言ってたよね?」

 今度はミレーヌがたずねる。

「ええ、その通りです」
「でもさ、ヤン殿はララを軽々と吹っ飛ばすくらい強いじゃない? それなのに護衛として雇ったってことは、レンさんはそんなに強いのかい?」

 その質問にヤンはわずかに笑みを浮かべ、

「お強いですよ」

 ハッキリと即答する。

「たしかに私自身や従者を護るだけならば、私ひとりで充分こと足りるでしょう。しかし、大切な商品も護らなければならないとなると、どうしても護衛が必要となるのですよ」
「あー、なるほどね」

 ヤンの補足に、ミレーヌは得心がいったように大きくうなずいた。

「あら? でしたらなぜ、その大切な護衛を側に置かなかったんですの? わたくしたちの通った道って、実はかなりの危険地帯だったらしいじゃありませんの?」

 不審に感じたララがすかさず問う。

 すると、ヤンとレンはお互いに見合ってかすかに笑う。

「ええ、貴女のおっしゃる通りです。ですが、思いがけず新たな護衛が二人加わってくださったおかげで、レン殿には別の仕事に向かってもらっていたのですよ」
「新たな護衛って……ひょっとしてわたくしたちのことですの?」

 ヤンはコクリとうなずいた。

「ってことは、アタシたちが隊商に加わると同時にレンさんは隊商から離れたってワケか。……ん? もしかして、これまでの道行きが安全だったのって……?」

 ミレーヌはひとつの答えに行き着きそれをたずねると、

「ええ。お察しの通り、レン殿には我々が通行しやすいようにしていただきました」

 ヤンは満足げな笑みを浮かべて答えた。

「なるほど……。賊や獣がまったく現れなかったのは、あらかじめレンさんが排除してくださっていたからだったのですね」

 得心がいくと共に、それを平然とやり遂げてしまうレンという女傑の恐ろしさにララとミレーヌは感嘆を禁じ得ないのだった。



「やっぱり売れませんわね……」

 その後、行政区で商売許可証を得たヤン商会は、市街地の一画に商品を陳列するが、人通りの多い繁華な通りにも関わらず通行人は一瞥するだけで誰ひとりとして足を止める者はなく、ただいたずらに時間だけが過ぎゆくのだった。

 露店の中で顎を手のひらに置いて、実に退屈そうに座るララの口から思わずあくびが漏れ出す。

「まあ、見るからにのどかな町で治安も良さそうだし、誰も武器なんて欲しがらないよね」

 その隣に座っているミレーヌも、同じような姿勢のまま同意する。

 ララはぼんやりと商品を眺め回す。

 剣を中心にクロスボウ、槍、短剣など、実にオーソドックスな武器類が並べられている。
 これで何か見たこともない珍しいものでもあれば少しは人目を惹けたかも知れないが、ここにあるのは至って普通のものばかりだ。

 まだ武器を納めた箱が山ほどあり、それらはすべて宿泊先の宿に保管してあるが、このままでは一生かかってもすべて売り捌くことは出来ないと、彼女は思った。

「ご苦労様です、ララ様。ミレーヌ様」

 不意に涼やかな声色で名前を呼ばれて顔を上げると、そこにはレンが立っていた。

「全然苦労などしておりませんわ、レンさん。あまりにも暇なのでこのまま眠ってしまうところでしたわ」

 無聊ぶりょうをかくさずため息交じりにぼやく少女の姿に、レンはクスッと笑う。

「まあ、まだここに着いたばかりですから、仕方ありません」
「そうでしょうか? このまま待っていても到底売れるとは思えませんわ」

 ララは眠気を覚ますように一度立ち上がり、腰を伸ばす。

「この程度の店番でしたら、カカシでもできますわよ」
「そうですね。このままではまず売れないでしょうね」

 ついにはレンまでもがあっけらかんとした口調で言う。それがあまりにもあっさりとした言葉だったので、ララたちも驚きを禁じ得なかった。

「じゃあ何で、ヤン殿はこの町で商売しようと思ったんだい? 大きな商いがあるって言ってたけど、全然そんな雰囲気じゃないよ」
「まだその時では無い。ということでしょうね」

 ミレーヌのもっともな疑問に、レンは意味深なセリフをつぶやく。

 首をかしげる二人に彼女はさらに、

「商売というものは一朝一夕に成り立つものではありません。まだすべては始まったばかり。気長に待ちましょう」

 実に冷静な口調で諭すように言うのだった。

「はぁ……よくわかりませんが、商売が簡単なものではないということだけは身に染みて痛感しましたわ」

 ララはそう言ってひとつため息を吐くと、

「そういえばヤン殿はどうしたのかしら? わたくしたちに店番を任せたまま姿が見えないのですが」

 彼女に精神的苦痛を強いている張本人の姿が無いことに気づき、まるで咎めるような口調でたずねる。

「ああ、ヤン殿でしたら娼館でお楽しみ中だと思いますよ」
「……は?」

 刹那、ララのこめかみ辺りに青すじがくっきりと浮き上がる。

「ヤン殿はああ見えて娼婦たちの間では人気なんですよ。きっと女性を惹きつける何かがあるのでしょうね」
「ああ、そうなんですの。ヤン殿はおモテになられるのねぇ……って、そうじゃなくてッ!!」

 レンの言葉にララは思わずノリツッコミをしてしまう。

「娼館に入り浸り!? まだ昼間だというのに!? わたくしたちに店番を押しつけて!?」

 ララはヤンの素行をひとつひとつあげつらい、

「真面目そうな方だと思っておりましたが、しょせんは男。わたくし、完全に見損ないましたわッ!!」

 ついに不満を爆発させる。

「まあ、そうおっしゃらずに許してあげてください。彼には彼の事情があるのですよ」

 相変わらず穏やかな口調のレン。

「真っ昼間から女を抱くことにどのような事情があるというんですの? そんなのただのスケベ野郎でしかありませんわ!?」
「フフフ、ララ様は結構お口が悪いのですね」

 怒りがおさらずわめき散らすララを、レンは微笑ましいげに見つめるのだった。

「あのさ、レンさん。ちょっと込み入ったこと聞きたいんだけどさ?」

 そんなララをよそに、今度はミレーヌがたずねる。

「はい。何でしょうか?」
「レンさんはヤン殿と護衛の契約を結んだって言ってたよね? それって、もしかしてヤン殿と……その、肉体関係を持つことも契約の中に含まれてたりするのかい?」

 少ししどろもどろな口調で問うと、

 「それはですね……」

 そう言ってしばらく間を置いてから、

「みなさんのご想像にお任せいたします」

 もったいぶったように答えるのだった。

「ちぇ、残念」

 苦笑するミレーヌ。

「いやぁ、みなさん。お疲れ様です」

 その時、ヤンが軽く手を上げながら通りを横切ってやって来る。
 心なしかいつもより少し声色が高く感じるのは、果たして気のせいだろうか?

「「お疲れ様です、ヤン殿」」

 ミレーヌとレンが応える。

「この後もう少ししたら酒場でちょっとした宴席をもうけたいのですが……あの、ララ殿? 一体どうしました?」

 ヤンはララから射抜くような鋭い視線を向けられているのに気づくと、首をかしげて問う。

「男はケダモノ……男はみんなケダモノですわ」

 まるで呪いの言葉でも唱えるように、ララは男を軽蔑の眼差しで睥睨へいげいするのだった。
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