没落令嬢の華麗なる狂詩曲 〜奴隷堕ちした令嬢がハーレムを築くまでの軌跡〜

中原星道

文字の大きさ
34 / 41
第二幕 変転のコリンヴェルト

第14話 没落令嬢と心の眼

しおりを挟む
「そういえば、昼間の出来事で気になることがあったのですが」

 水を飲んで喉を潤し、少し落ち着きを取り戻してから、改めてララが切り出した。

「『踊る屍者ダンス・マカブル』を発症したあの男性は、吸血衝動を我慢し続けた末にあのような状況に陥った、とおっしゃっておりました。もしかして世界中で猛威を奮っている『踊る屍者ダンス・マカブル』は、『吸血者ドラキュリアン』の成れの果ての姿……つまり、他者の血を摂取しないままでいると、『吸血者ドラキュリアン』は『踊る屍者ダンス・マカブル』になるのではありませんか?」

 その問いにヤンは腕組みをしてひとつ大きく息を吐き出し、

「……ララ殿のおっしゃる通りです」

 少し間を置いてから絞り出すように言った。

「『踊る屍者ダンス・マカブル』は原因のわからない奇病と言われておりますが、一般的に知られていないのは当然のことです。何せ起因は『吸血者ドラキュリアン』であり、その『吸血者ドラキュリアン』を生み出しているのは我々『聖痕使いスティグマータ』という特異な存在なのですから」
「それじゃあアタシも、ずっと他人の血を飲まないままでいたらあんなバケモノみたいになっちまうってのかい?」

 焦燥気味にミレーヌが問うと、ヤンは無言のままうなずいた。

「それではわたくしがヤン殿と初めてお会いしたあの時、わたくしもあの時すでに『踊る屍者ダンス・マカブル』を発症していたのでしょうか?」
「いいえ。あの時はまだ発症一歩手前という状態でした。今日のあの男と違って、おそらくララ殿は吸血衝動を抑えきれずに発症手前で暴走してしまったのでしょう」

 その言葉に何となく安心感を感じて安堵のため息を吐くララだったが、

「私も、アナタがまだ発症手前だったから青い薬を投与したのです。一度発症してしまうと治癒する確率はほぼゼロになってしまいますからね」

 次に彼が放ったその言葉に、非情とも思える冷酷さを感じてしまう。

 先ほども、男を何のためらいも無く殺そうとした。
 彼の言う通り、『踊る屍者ダンス・マカブル』を発症した者は、他に犠牲者が出ないように速やかに処断するのが正しいのだろう。
 それはララにも理解出来るが、それでも理屈では言い表せない何かが彼女の胸の奥でおりとしてこごるのだ。

「あの男性がおっしゃっていた赤い薬……ヤン殿は知見を得ておられるようですけど、それは一体どんなものなんですの?」

 ララはモヤモヤとしたものを抱えながら、まだまだ尽きない疑問をぶつける。

「……ララ殿ならわかるはずです。『踊る屍者ダンス・マカブル』が『吸血者ドラキュリアン』を起因として生まれる者なのであれば、その『吸血者ドラキュリアン』を生み出しているものが何なのかを」

 まさか、と言ってララは息を飲みこみ、

「『聖痕使いスティグマータ』の血!?」

 天を仰いで叫んだ。

「そうです。その赤い薬とは、『聖痕使いスティグマータ』の血を薄めて固めたものなのです。病弱だった男が健康を取り戻せていたのも、その力によるものに他なりません。しかし、彼はそれを定期的に服用し続けたことで知らず知らずのうちに『吸血者ドラキュリアン』となった。いや、この場合はと言うのが正しいのかも知れません」
「ヤン殿。その口ぶりですと、まるで『吸血者ドラキュリアン』と『踊る屍者ダンス・マカブル』を作り出すために何者かが赤い薬をばら撒いているようにも聞こえますが……?」

 ヤンの言葉にミレーヌが問うと、

「たしかに、赤い薬を作った者は純粋に人間の限界を引き出すためにそれを生み出したのかも知れません。しかし、そういった特異な力を別の目的に使おうとする者は必ず現れるものです……」

 まるですべてを悟っているかのような口調で答える。

「つまり、人工的に『吸血者ドラキュリアン』や『踊る屍者ダンス・マカブル』を生み出す。そんな輩が存在するということなんですの!?」

 激昂気味に声を張り上げるララ。
 ヤンは目を伏せ、小さくうなずく。

「でも、何でヤン殿はそんなに詳しいんだい? いくら長生きしてるといっても、武器商人が持ち得るような情報じゃないような気がするけど」
「ああ、それはですね。この青い薬をくれた人物。それが赤い薬を作り出した張本人なのですよ」
「「ッ!!」」

 次々ともたらされる衝動の事実に、もはやララとミレーヌは頭の整理が追いつかないといったていで開口してしまう。

「……驚きですわ。まさか、『踊る屍者ダンス・マカブル』にそのような絡繰からくりがあったなんて」
「まあ、それを知る者はかなり限定されますから。仮に一般市民がそれを聞いたところで、荒唐無稽な絵空事程度にしか捉えないでしょう。今のところは……ですが」
「今のところは……」

 たしかにそうかも知れない、とララは思った。
 
 民は愚かである方が御し易い、と為政者が思うのは世の常である。だから、一般市民に国の趨勢すうせいに関わるような重大な情報や知識など決して与えはしないのだ。
 必要以上の知識を得て賢しくなればなるほどに、執政に疑いを持つ者が生まれる恐れがある。
 だから、災いの芽は早いうちに摘まねばならないのだ。

「でも、『踊る屍者ダンス・マカブル』や『吸血者ドラキュリアン』って、一度そうなるともう二度と元の人間に戻れないものなのかい?」
「『踊る屍者ダンス・マカブル』であれば、先程の男のようにすぐに青い薬で鎮静させて血流を正常に戻せば、『踊る屍者ダンス・マカブル』化を一旦止めることは可能です。ですが、基本的に一度発症してしまった者が元に戻ることはまず不可能です。しかし――」

 そこで少し間を置いてから、

「『吸血者ドラキュリアン』は、その者を『吸血者ドラキュリアン』に変えた『聖痕使いスティグマータ』が死ねば血の契約が解除され、普通の人間に戻ります」

 そう告げる。

「『聖痕使いスティグマータ』が死ねば……」

 その言葉に、ララとミレーヌは自然と顔を見合わせる。互いの瞳に不安の色が宿っているのを感じる。

「まあ、『聖痕使いスティグマータ』を死に至らしめるのは至難の業ですよ。千年以上の時を生きている私が言うのですから間違いありません」

 そんな不安を払拭するように、ヤンがあえて明るい口調で言う。

 ――そうですわ。わたくしは死ぬ訳にはいきませんわ。ミレーヌのためにも……

 ララは自らを鼓舞し、もうひとつの疑問をヤンにぶつけた。

「ヤン殿。実はわたくし、ヤン殿の背後に濃い紫紺色の煙のようなものが見えるのですが、それが何かご存知でしょうか?」
「背後に煙のようなもの? ……それはもしかすると『神霊アウラ』かも知れませんね」
「『神霊アウラ』?」

 聞きなれないその言葉に、ララは首をかしげる。

「『神霊アウラ』とはその者が内包しているエネルギー的な存在のことです。それを視覚として捉えることができるということは、ララ殿は『色心眼クレルヴァイヤンス』の力をお持ちのようですね」
「『色心眼クレルヴァイヤンス』?」
「ええ。普通の者には決して見ることが出来ない『神霊アウラ』を、視覚情報として捉えることが出来る稀有な能力です。私の知る限り、その力を有する者とは貴女以外ですとこれまでにひとりしか出会ったことがありません」

 それだけ貴重な存在なのです、と念を押すように言われたララだが、まったく実感が湧かないために喜んでいいものなのかわからず戸惑う。

「その『色心眼クレルヴァイヤンス』で見える『神霊アウラ』の色というのは、その方が有している属性――個性をあらわしているということでよろしいのでしょうか?」
「そうそう、その通りです。私の『神霊アウラ』が紫紺色なのも、私が紫紺色の宝珠から力を得た『聖痕使いスティグマータ』だからなのです」

 なるほど、とララは得心がいったように大きくうなずいた。

 ララは以前、自分が背負っている煙を見ようと鏡の前に立ってみたが、どうやら『色心眼クレルヴァイヤンス』は鏡越しでは機能しないらしく、それを見ることが出来なかった。

 しかし、先ほどのヤンの話を加味すればララの『神霊アウラ』は乳白色をしていることになる。

「あの、ララ様。私の『神霊アウラ』が何色をしているか教えてくださいませんか?」

 すごく興味があるのか、レンが瞳を輝かせながら聞いてくる。

「あ、はい。レンさんは……乳白色と桃色の二色が見えますわ」
「まあ、二つも色があるんですか?」

 レンは口元に手を当てて驚いたように開口する。

「たしか、レン殿は桃色の宝珠を持った『聖痕使いスティグマータ』の血を飲んで『吸血者ドラキュリアン』となったはず。桃色がそれだとすると、もう一方の乳白色は、元々レン殿に備わっていた属性ということになるのでしょうね」

 興奮気味に自らの考察をが語るヤン。千年以上生きている彼でさえも知らない事象が存在することに、楽しみを覚えているのかも知れない。

 ――もしかしたら、この『色心眼クレルヴァイヤンス』の力であの獣面の者を探し出せないかしら?

 ヤンたちとの話で知識を深めたララは、ふとそう思い至る。

 今のところ目立つほど大きな『神霊アウラ』を放つ者は数少ないように感じる。ならば、その『神霊アウラ』を目安に人探しをしていれば、いずれ獣面の者に辿り着けるかも知れない。

 とはいえそれは、獣面の者が大きな『神霊アウラ』を持っていることが前提となるのだが。

 ――ッ!! わたくしったら、大事なことを今まで忘れておりましたわ!!

 あれこれと思惟にふけっていたララは、ハッと何かに気づいて立ち上がり、

「お二人とも、獣の面を被った怪しい人物に心当たりはありませんこと?」

 本来、最初に会った時に問うべきだったものを思い出し、ようやくそれを問うのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...