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第二幕 変転のコリンヴェルト
第15話 没落令嬢と潮騒
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「獣の面……ッ!!」
ララが放ったその言葉に明らかな反応を示したヤンとレンは、途端に顔を顰める。
「知っておられるのですねッ!?」
これまでララは、行く先々で聞いて回ったもののまったく足がかりが掴めなかった。しかし今、ようやく可能性を感じさせる反応を得て、ララは思わず大きく身を乗り出す。
「私の知る獣面を被った者が、ララ殿の言う人物と同一かはわかりかねますが」
「違っていてもかまいません。その人物について教えてくださいませッ!!」
藁にもすがる思いのララは、必死の形相でうながす。
ヤンはひとつため息を吐き、
「『観察者』……私たちはその者をそう呼んでおります」
わずかに声を震わせ、そうつぶやく。
「『観察者』……。一体何者なのですか、その者は!?」
「あの者は……『観察者』はとある組織に属しており、本当の名も性別もわからない謎多き存在です。あの者は私やララ殿と同じく『聖痕使い』であり、様々な時代、様々な場所に神出鬼没し、歴史を陰から操ることに長けた策士です」
「陰から歴史を操る?」
「はい。あの者は人の心の隙間に入りこんで言葉巧みに取り入り、煽動し、意のままに操る人心掌握を得意としております。そしてもう用済みと見るや煙のように姿をくらまし、また別の場所に現れて同じようなことを繰り返す……。本当に捉えどころの無い存在です」
そこまで言うと、ふう、と疲れ果てたようなため息を吐くヤン。
千年以上もの時を生き、常に泰然自若としている彼でさえも、その『観察者』を語る時には緊張や怖れのようなものを禁じ得なかった。
――人の心につけ入り、煽動する……。間違いありませんわ。あの獣面の者は『観察者』ですわ!!
ララはその話を聞いてそう確信する。
そして、『観察者』が『聖痕使い』であれば、きっと『神霊』を手掛かりに探し出せるに違いない、と思った。
「なあ、ヤン殿。さっき『観察者』はとある組織に属しているって言ってたけど、その組織ってのは何なんだい?」
ミレーヌが問うと、彼はさらに顔を曇らせて言った。
「……『財団』。私どもはそう呼んでおります」
「その『財団』とはどういった組織なんですの?」
「『財団』は、ひとつの理念の下に集った秘密結社。歴史の裏で人知れず暗躍する者たちが集う場所です」
「その理念とは何なんですの!?」
興奮気味にララが叫ぶ。
「……申し訳ございませんが、それ以上は語れませんし語りません。もしも貴女が本当に『観察者』と何らかの因縁があるのであれば、きっとそれらのことは自ずと判明していくことでしょう」
まるで熱に浮かされた子供をなだめるような口調で、ヤンは答える。
「ですが……」
「それに、これまでたくさんの情報が錯綜して、頭の整理がまだ追いついていないでしょう?」
たしかにそうだった。
もたらされたそれらの情報はあまりにも胡乱であり、ともすれば荒唐無稽な絵空事とも受け取られかねない曖昧模糊なものだ。
それらを嚥下するには時間を要するだろう。
ララは小さくうなずくと、椅子に深く腰かけて顔を伏せる。
「でも、これだけは教えて欲しい。何でヤン殿は『観察者』や『財団』についてそんなに詳しく知ってるんだい?」
ミレーヌが問う。
その瞳には、わずかながら警戒の色が宿っていた。
「そうですね。ここまで話したからにはきちんと伝えなければなりませんね……」
ヤンは苦笑と共に小さくため息を吐くと、
「私はその『財団』の一員、『死の商人』なのです」
まるで初対面の者に自己紹介するかのように、事務的で淡々とした口調で告げた。
「ッ!!」
それを聞いてミレーヌは立ち上がり、ララを護るようにその前に立つ。
「何を言っても信じてはもらえないかも知れませんが、『財団』はひとつの理念の下に集ってはおりますが、基本的に個別で行動しており一枚岩という訳ではありません。同じメンバー内でも協力することもあれば敵対することもあるのです」
冷静な口調で告げるヤン。
「……ヤン殿の袖口に刺繍されている紋様」
不意にララがまるでひとりごとのようにつぶやいた。
「それが『財団』の象徴なのではありませんこと?」
その言葉にヤンは少し驚いたように目を剥くと、
「よくこのような小さな紋様に気づきましたね……」
かすかに笑い、袖口を上げて見せる。
そこにあったのは、三角形とその中に目のような印が配された実にシンプルな紋様であった。
「これは『摂理の目』と呼ばれるもので、貴女のおっしゃる通り『財団』の象徴であります」
「『財団』に属する方は皆、その象徴をどこかに掲示しているんですの?」
「すべての者がそうとは限りませんが……」
そして流れる沈黙の時。
まるで睨み合いのような膠着した状態がしばらく続いた。
「……大丈夫ですわ、ミレーヌ。この方々は少なくとも敵ではありませんわ」
そんな重い空気を振り払うように、ララがミレーヌの服の袖を掴み、座るよう暗にうながす。
「もし敵意があったなら、わたくしたちはとっくに殺されておりましたわ。いつでもわたくしたちに害をなす機会はありましたから」
「……わかったよ」
まだ完全には納得していない様子のミレーヌだったが、ひとまずララの言う通り椅子に腰を下ろす。
「ヤン殿は恩人であり、わたくしたちの師でもあります。それは紛れもない事実ですもの。わたくしは信じますわ」
そう言ってララはほほ笑む。
「ご信頼いただけて何よりです」
ヤンは立ち上がり、胸の前で右手の拳を左手のひらで包みこむように合わせ、深々と頭を下げる。
ララとミレーヌも立ち上がり、彼と同じ礼の形を取って頭を下げるのだった。
それから三日後――
この日もララとミレーヌはいつも通り、コリンヴェルトのメインストリートで店番をしていた。
ヤンたちから様々な情報を得たララは、ずっとそれらを頭の中で反芻し、整理していた。
ヤンが『聖痕使い』であったこと――
レンが『吸血者』であったこと――
『聖痕』の紋様は属性を顕しており、ララは「金」、ヤンは「海」の属性を持っていること――
『踊る屍者』は『吸血者』の成れの果ての姿であること――
赤い薬の成分は『聖痕使い』の血であり、それを用いて半強制的に『吸血者』及び『踊る屍者』を生み出せること――
『聖痕使い』が死ぬと、その血を飲んだ『吸血者』は血の契約が解消されて人間に戻ること――
ララは『神霊』と呼ばれるエネルギー的な存在を煙として視認できる『色心眼』という能力を保有していること――
獣面の者は『観察者』と呼ばれ、『聖痕使い』であること――
『観察者』は『財団』なる秘密結社に属していること――
ヤンも『財団』に属している『死の商人』であること――
それらはまるで情報の洪水であり、堰を切ったようにララの頭の中に流れこむと、たちまち混乱を来して思考回路を狂わせた。
それでも時間をかけて少しずつ噛み砕くようにして嚥下してゆき、今では漠然とではあるが理解するに至った。
『八紘の宝珠』はこの世のありとあらゆる知識と記憶が蓄積された聖遺物である――
かつてリオがそのようなことを言っていたが、もしもララが『聖痕使い』として完全なる覚醒を遂げていたら、それらの情報もすべて瞬時に理解することが出来たのかも知れない。
「はぁ……」
思わず大きなため息を吐いてしまうララ。
「相変わらずヒマだねぇ」
ミレーヌがそれを見て苦笑と共にぼやく。
ここに露店を構えて一週間以上になるが、武器はいまだに売れたことがない。売れたことがないどころか足を止めるのは、見目麗しいレンを口説こうとするナンパ男くらいなものだった。
「ええ。それもあるのですが……」
「ああ、この前のことかい? アタシはいまだにちんぷんかんぷんで理解出来そうもないから、もうあれこれ考えるのをやめたよ」
ミレーヌはそう言って呵々と笑う。
「ミレーヌらしいですわね」
ララもつられて笑う。
それと同時に、ミレーヌのように今はあまり深く考えこまず、自然の成り行きに身を任せる方が良いのかも知れない、と思うに至った。
『もしも貴女が本当に『観察者』と何らかの因縁があるのであれば、きっとそれらのことは自ずと判明していくことでしょう』
ヤンもそのようなことを言っていた。
焦らずともララには『神霊』が見える『色心眼』がある。
そして、『財団』のメンバーは『摂理の目』と呼ばれる象徴を掲げている。
獣面の者――『観察者』に辿り着くための手掛かりはあるのだ。
ふと、空気を震わせるほどの大きな揺らめきを放ちながら、背後から近づく気配を感じるララ。
――ひとり……いいえ、二人かしら?
そう予想して振り返ると、
「お二人とも、お疲れ様です」
「お疲れ様です、ララ様。ミレーヌ様」
ヤンとレンが肩を並べてやって来るのが見え、彼らはララたちの方に手を振る。
「おや、めずらしいじゃないか。二人そろって来るなんて。特にヤン殿は仕事中に来ることないしね」
「本当にめずらしいですわね。ヤン殿が娼館に入り浸ってないなんて」
「は、ははは……私だって毎日娼館に通っている訳ではないんですがね……」
二人からの手痛い口撃に、ヤンは苦笑を禁じ得なかった。
「まあ、そういうことにしておいて差し上げますわ。それで、何かあったのかしら?」
「ええ。ようやくその時が来たようです」
「その時?」
あまりにも抽象的な物言いをするヤンに、ララたちは首をかしげる。
「海の方……何か感じませんか?」
「海?」
まるでヒントを与えているかのようなレンの言葉に従い、ここより少し離れた場所にある港の方へと目を向けるララ。
もちろん、海までは距離がある上に建造物が無数に立ち並んでいるためにここから直視することは出来ない。
が、しかし、たしかにそちらの方から流れてくる潮風が、いつもよりもざわめいているようにララは感じた。
――何か、大きなものが近づいている……?
そう直感したその時――
カンカンカンカンカンカンッッッ!!!
港の方から非常事態を告げる鐘がけたたましく打ち鳴らされると、
「敵襲だーーーッ!! 大ブリタニアの艦隊が来たぞーーーッッッ!!!」
焦燥に満ちた叫び声がそこから発せられるのだった。
ララが放ったその言葉に明らかな反応を示したヤンとレンは、途端に顔を顰める。
「知っておられるのですねッ!?」
これまでララは、行く先々で聞いて回ったもののまったく足がかりが掴めなかった。しかし今、ようやく可能性を感じさせる反応を得て、ララは思わず大きく身を乗り出す。
「私の知る獣面を被った者が、ララ殿の言う人物と同一かはわかりかねますが」
「違っていてもかまいません。その人物について教えてくださいませッ!!」
藁にもすがる思いのララは、必死の形相でうながす。
ヤンはひとつため息を吐き、
「『観察者』……私たちはその者をそう呼んでおります」
わずかに声を震わせ、そうつぶやく。
「『観察者』……。一体何者なのですか、その者は!?」
「あの者は……『観察者』はとある組織に属しており、本当の名も性別もわからない謎多き存在です。あの者は私やララ殿と同じく『聖痕使い』であり、様々な時代、様々な場所に神出鬼没し、歴史を陰から操ることに長けた策士です」
「陰から歴史を操る?」
「はい。あの者は人の心の隙間に入りこんで言葉巧みに取り入り、煽動し、意のままに操る人心掌握を得意としております。そしてもう用済みと見るや煙のように姿をくらまし、また別の場所に現れて同じようなことを繰り返す……。本当に捉えどころの無い存在です」
そこまで言うと、ふう、と疲れ果てたようなため息を吐くヤン。
千年以上もの時を生き、常に泰然自若としている彼でさえも、その『観察者』を語る時には緊張や怖れのようなものを禁じ得なかった。
――人の心につけ入り、煽動する……。間違いありませんわ。あの獣面の者は『観察者』ですわ!!
ララはその話を聞いてそう確信する。
そして、『観察者』が『聖痕使い』であれば、きっと『神霊』を手掛かりに探し出せるに違いない、と思った。
「なあ、ヤン殿。さっき『観察者』はとある組織に属しているって言ってたけど、その組織ってのは何なんだい?」
ミレーヌが問うと、彼はさらに顔を曇らせて言った。
「……『財団』。私どもはそう呼んでおります」
「その『財団』とはどういった組織なんですの?」
「『財団』は、ひとつの理念の下に集った秘密結社。歴史の裏で人知れず暗躍する者たちが集う場所です」
「その理念とは何なんですの!?」
興奮気味にララが叫ぶ。
「……申し訳ございませんが、それ以上は語れませんし語りません。もしも貴女が本当に『観察者』と何らかの因縁があるのであれば、きっとそれらのことは自ずと判明していくことでしょう」
まるで熱に浮かされた子供をなだめるような口調で、ヤンは答える。
「ですが……」
「それに、これまでたくさんの情報が錯綜して、頭の整理がまだ追いついていないでしょう?」
たしかにそうだった。
もたらされたそれらの情報はあまりにも胡乱であり、ともすれば荒唐無稽な絵空事とも受け取られかねない曖昧模糊なものだ。
それらを嚥下するには時間を要するだろう。
ララは小さくうなずくと、椅子に深く腰かけて顔を伏せる。
「でも、これだけは教えて欲しい。何でヤン殿は『観察者』や『財団』についてそんなに詳しく知ってるんだい?」
ミレーヌが問う。
その瞳には、わずかながら警戒の色が宿っていた。
「そうですね。ここまで話したからにはきちんと伝えなければなりませんね……」
ヤンは苦笑と共に小さくため息を吐くと、
「私はその『財団』の一員、『死の商人』なのです」
まるで初対面の者に自己紹介するかのように、事務的で淡々とした口調で告げた。
「ッ!!」
それを聞いてミレーヌは立ち上がり、ララを護るようにその前に立つ。
「何を言っても信じてはもらえないかも知れませんが、『財団』はひとつの理念の下に集ってはおりますが、基本的に個別で行動しており一枚岩という訳ではありません。同じメンバー内でも協力することもあれば敵対することもあるのです」
冷静な口調で告げるヤン。
「……ヤン殿の袖口に刺繍されている紋様」
不意にララがまるでひとりごとのようにつぶやいた。
「それが『財団』の象徴なのではありませんこと?」
その言葉にヤンは少し驚いたように目を剥くと、
「よくこのような小さな紋様に気づきましたね……」
かすかに笑い、袖口を上げて見せる。
そこにあったのは、三角形とその中に目のような印が配された実にシンプルな紋様であった。
「これは『摂理の目』と呼ばれるもので、貴女のおっしゃる通り『財団』の象徴であります」
「『財団』に属する方は皆、その象徴をどこかに掲示しているんですの?」
「すべての者がそうとは限りませんが……」
そして流れる沈黙の時。
まるで睨み合いのような膠着した状態がしばらく続いた。
「……大丈夫ですわ、ミレーヌ。この方々は少なくとも敵ではありませんわ」
そんな重い空気を振り払うように、ララがミレーヌの服の袖を掴み、座るよう暗にうながす。
「もし敵意があったなら、わたくしたちはとっくに殺されておりましたわ。いつでもわたくしたちに害をなす機会はありましたから」
「……わかったよ」
まだ完全には納得していない様子のミレーヌだったが、ひとまずララの言う通り椅子に腰を下ろす。
「ヤン殿は恩人であり、わたくしたちの師でもあります。それは紛れもない事実ですもの。わたくしは信じますわ」
そう言ってララはほほ笑む。
「ご信頼いただけて何よりです」
ヤンは立ち上がり、胸の前で右手の拳を左手のひらで包みこむように合わせ、深々と頭を下げる。
ララとミレーヌも立ち上がり、彼と同じ礼の形を取って頭を下げるのだった。
それから三日後――
この日もララとミレーヌはいつも通り、コリンヴェルトのメインストリートで店番をしていた。
ヤンたちから様々な情報を得たララは、ずっとそれらを頭の中で反芻し、整理していた。
ヤンが『聖痕使い』であったこと――
レンが『吸血者』であったこと――
『聖痕』の紋様は属性を顕しており、ララは「金」、ヤンは「海」の属性を持っていること――
『踊る屍者』は『吸血者』の成れの果ての姿であること――
赤い薬の成分は『聖痕使い』の血であり、それを用いて半強制的に『吸血者』及び『踊る屍者』を生み出せること――
『聖痕使い』が死ぬと、その血を飲んだ『吸血者』は血の契約が解消されて人間に戻ること――
ララは『神霊』と呼ばれるエネルギー的な存在を煙として視認できる『色心眼』という能力を保有していること――
獣面の者は『観察者』と呼ばれ、『聖痕使い』であること――
『観察者』は『財団』なる秘密結社に属していること――
ヤンも『財団』に属している『死の商人』であること――
それらはまるで情報の洪水であり、堰を切ったようにララの頭の中に流れこむと、たちまち混乱を来して思考回路を狂わせた。
それでも時間をかけて少しずつ噛み砕くようにして嚥下してゆき、今では漠然とではあるが理解するに至った。
『八紘の宝珠』はこの世のありとあらゆる知識と記憶が蓄積された聖遺物である――
かつてリオがそのようなことを言っていたが、もしもララが『聖痕使い』として完全なる覚醒を遂げていたら、それらの情報もすべて瞬時に理解することが出来たのかも知れない。
「はぁ……」
思わず大きなため息を吐いてしまうララ。
「相変わらずヒマだねぇ」
ミレーヌがそれを見て苦笑と共にぼやく。
ここに露店を構えて一週間以上になるが、武器はいまだに売れたことがない。売れたことがないどころか足を止めるのは、見目麗しいレンを口説こうとするナンパ男くらいなものだった。
「ええ。それもあるのですが……」
「ああ、この前のことかい? アタシはいまだにちんぷんかんぷんで理解出来そうもないから、もうあれこれ考えるのをやめたよ」
ミレーヌはそう言って呵々と笑う。
「ミレーヌらしいですわね」
ララもつられて笑う。
それと同時に、ミレーヌのように今はあまり深く考えこまず、自然の成り行きに身を任せる方が良いのかも知れない、と思うに至った。
『もしも貴女が本当に『観察者』と何らかの因縁があるのであれば、きっとそれらのことは自ずと判明していくことでしょう』
ヤンもそのようなことを言っていた。
焦らずともララには『神霊』が見える『色心眼』がある。
そして、『財団』のメンバーは『摂理の目』と呼ばれる象徴を掲げている。
獣面の者――『観察者』に辿り着くための手掛かりはあるのだ。
ふと、空気を震わせるほどの大きな揺らめきを放ちながら、背後から近づく気配を感じるララ。
――ひとり……いいえ、二人かしら?
そう予想して振り返ると、
「お二人とも、お疲れ様です」
「お疲れ様です、ララ様。ミレーヌ様」
ヤンとレンが肩を並べてやって来るのが見え、彼らはララたちの方に手を振る。
「おや、めずらしいじゃないか。二人そろって来るなんて。特にヤン殿は仕事中に来ることないしね」
「本当にめずらしいですわね。ヤン殿が娼館に入り浸ってないなんて」
「は、ははは……私だって毎日娼館に通っている訳ではないんですがね……」
二人からの手痛い口撃に、ヤンは苦笑を禁じ得なかった。
「まあ、そういうことにしておいて差し上げますわ。それで、何かあったのかしら?」
「ええ。ようやくその時が来たようです」
「その時?」
あまりにも抽象的な物言いをするヤンに、ララたちは首をかしげる。
「海の方……何か感じませんか?」
「海?」
まるでヒントを与えているかのようなレンの言葉に従い、ここより少し離れた場所にある港の方へと目を向けるララ。
もちろん、海までは距離がある上に建造物が無数に立ち並んでいるためにここから直視することは出来ない。
が、しかし、たしかにそちらの方から流れてくる潮風が、いつもよりもざわめいているようにララは感じた。
――何か、大きなものが近づいている……?
そう直感したその時――
カンカンカンカンカンカンッッッ!!!
港の方から非常事態を告げる鐘がけたたましく打ち鳴らされると、
「敵襲だーーーッ!! 大ブリタニアの艦隊が来たぞーーーッッッ!!!」
焦燥に満ちた叫び声がそこから発せられるのだった。
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