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第二幕 変転のコリンヴェルト
第16話 没落令嬢と駆け引き
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大ブリタニア王国の艦隊が来た――
その報は瞬く間にコリンヴェルトの町中を駆け巡り、人々は突然の敵国の襲来に驚き戸惑い、右往左往するばかりだった。
「まさか……ヤン殿は先読みしていたんですの? 大ブリタニアがコリンヴェルトを攻めることを」
ララが驚いたように目を瞬かせながら問う。
「ええ。これまで彼ら大ブリタニアはアルセイシア王国の北部を中心に侵攻しておりましたね」
「そうだったね。エイレンヌみたいな小さい町にも来たよ」
ミレーヌの言葉に大きくうなずくと、
「もしも、それらすべてが陽動だとしたら?」
逆にララたちに問う。
「初めから大ブリタニアの狙いはこのコリンヴェルトだった、ということですのね!?」
激昂の入り混じった声でララが叫ぶ。
「ええ。正しくは、このコリンヴェルトを起点とした海路を欲しているのでしょう。ここを抑えれば、アルセイシア王国の大半の制海権を得ることになりますから」
「制海権!? 大ブリタニアは経済面でアルセイシアを締め上げようって腹づもりなのかい!!」
かつて大ブリタニア軍によって家を破壊された苦々しい経験があるミレーヌが、憤怒を顕にする。
ララたちが怒りを噴出している中、町の通りでは人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていたが、ひとりの壮年男性がヤン商会の露店に気づいて駆け寄り、
「私はこの通りを仕切る商工ギルドのマスターなのだが、ここにある武器は君たちの商品かね?」
切羽詰まった表現でララたちに問う。
「いかにも。私どもはヤン商会と申す武器商人でございます」
途端に商売人モードに入ったヤンが、うやうやしい口調で答えるが、やはり低く凝った声と圧の強い厳つい顔は不相応で、どこか滑稽にも見える。
「ここにある武器をすべて売ってもらえないか? せめて周辺の店舗だけでも自衛しなければならないのだ」
「かしこまりました」
商工ギルドマスターの男の意向を受け、了承の意を示すヤン。
「えっと……剣が一本三金で、槍が一本五金だから……」
指を折りながら計算を始めるララ。
しかし――
「貴方のギルドマスターとしての責任感に心を打たれました。こちらの武器はすべて無償で提供しますので、どうぞご自由にお使いください」
ヤンは大きく両手を広げ、突然そう言い放った。
「「「……えええええええええッッッ!!!」」」
これにはギルドマスターのみならず、ヤン商会の一員であるはずのララとミレーヌも思わず驚嘆の叫びを上げずにはいられなかった。
「た、タダで……? それはありがたい話だが、本気なのか?」
「もちろんでございます。私に二言はございません。どうかお役立てくださいませ」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で念を押すギルドマスターに、ヤンは怖いくらいに取り繕った笑顔で答える。
「……わ、わかった。ありがたくちょうだいさせていただこう」
「今後ともヤン商会をどうかご贔屓によろしくお願いいたします」
「もちろんだ。この恩はいつか返させてもらう」
こうして商談にもなっていない一方的な取り引きが成立し、ギルドマスターの男は町の男たちにその武器を持たせ、迎撃の態勢を整える。
「本当に全部あげてしまいましたが……よかったんですの?」
その光景をポカンと呆けた顔で見ていたララは、せっかく訪れた商売のチャンス時に取った彼の行動の真意がまったくわからなかった。
「初めて訪れた地で顔と恩を売ることが出来たのです。上々でございます」
こともなげにそう言い放つヤン。
ミレーヌは、ハッと何かに気づいて言った。
「ああ、アレかい? よく旅芸人が『名前だけでも覚えて帰ってくださいね~』って言う、アレと同じだ」
「え……うん、まあ、そんな感じ……でしょうかね」
旅芸人のそれはネタのひとつであって商人のそれとは違う、と言いたかったヤンだったが、名前を広めたいという狙いがあるのは同じか、と無理矢理自身を納得させる。
「ですが、わざわざコリンヴェルトまで来たのに、武器を無償で提供しただけで終わりでは、大赤字ではありませんこと?」
「いいえ。本当の商売はこれからですよ……」
ララの問いに、ヤンはニヤリとほくそ笑んでそう言うのだった。
コリンヴェルトを統治している領主の館は、港から南東方面の高台の上にある。
「いいか、我々は館の防衛にあたる。絶対にブリタニア人を通すなよ!」
その館の周辺では、大ブリタニア王国軍襲来の報を受けた衛兵たちが大わらわとなって迎撃の態勢を整えている最中であり、ピリピリと殺気立った空気が張り詰めていた。
と、そこへ馬に引かせた数台の荷車がやって来る。
「ん? こんな時に行商か? 一体何の用だ?」
それに気づいたひとりの兵士がそちらに駆け寄る。
「これより先は領主様の館である。お前たち、何用だ?」
衛兵がそう問うと、先頭の荷車を駆る男が馬を止め、うやうやしい口調で答えた。
「私どもはヤン商会という武器商人でございます。本日は商談を取り付けたく参りました。領主様にお取り継ぎ願えないでしょうか?」
「何? こんな時に商談だと!?」
「こんな時だからこそ……ではありませんか?」
「うぬ……」
たしかにこの男の言う通りだ、と衛兵は思った。
コリンヴェルトはこれまで戦火に巻きこまれず平和な日々が長く続いていた。そのため平和慣れしてすっかり油断し切っており、非常事態への備えも武器の更新も怠っていたのだ。
そのため、いざ戦おうにも装備はいずれも旧式のボロばかりで、どうしたものかと思案に暮れていた最中だったのだ。
「たしかに貴殿の言う通りだ。待っていてくれ。すぐに取り次いで来る」
先ほどとは態度が打って変わり乗り気になった衛兵は、そう言い残してすぐに館の方へと駆け出して行った。
そして程なくして戻って来た衛兵によってヤンたちは館内の敷地へと通され、領主と面会することが出来た。
「お前が武器商人か?」
「はい。私どもはヤン商会という武器商人でございます」
口髭をピンと伸ばし、簡素な革鎧をまとい腰にサーベルを差した中年男性の領主が問うと、ヤンは先ほどと同じ口上を述べる。
「どうやら大ブリタニアの奴らが来ておると聞き、一戦交えなければならないのだが、我々にはろくな武器が無い。お前たちはどのような武器を取り扱っておるのだ?」
「その大ブリタニア軍を追い払えるだけの火力を秘めた武器でございます」
「それは誠か? 口からの出まかせではあるまいな?」
「はい。それでは実際に御覧じませ」
そう言ってヤンは後ろに控えていたララたちに目配せし、その場に並べられている複数の大きな木箱を一斉に開封させる。
そして現れたのは、重厚な鉄製の大口径滑腔砲を備えた砲台とそれを載せた台車、銃身が一メートル以上もある大型銃、そして、潤沢な砲弾と弾薬の数々であった。
「お……おおおッ!!!」
それらを目の当たりにした領主は、まるで宝の山でも発見したかのように歓喜の声を発する。
「この大筒はカノン砲で、台車を付属させて移動式砲台にしております」
「カノン砲!?」
領主が驚嘆の声を上げる。
当時のエウロペア大陸でカノン砲に匹敵する火力を誇るを大筒を所持している国はまだ少なく、あったとしてもせいぜいニ、三門程であり、まだまだ最先端の兵器でなかなか手が出せない高嶺の花であった。
「あるのはこの一門だけか?」
「いいえ。今回は五門程取りそろえております」
「五門ッ!!」
飛び上がらんばかりにたまげる領主。
それもそのはずである。ひとつの国ですらニ、三門しか持っていないものを、五門も用意出来ると言うのだから。
そして領主が大型銃の方に目を向けると、
「そちらは最新式のマスケットでございます。全部で三百丁取りそろえております」
先んじて解説する。
「これがマスケット? アーキバスよりも大きいとは思っていたが……」
マスケットもまだ多く出回っていない最新兵器であり、それを目にすることが出来ただけでも領主は感動を覚えるのだった。
「素晴らしい! これがあればブリタニア人に目にものを見せてやれるぞ」
領主はニヤリと口の端を吊り上げ、
「これらをあるだけすべて売って欲しい」
購入の意を伝える。
「はい。カノン砲の移動式砲台が五門に、マスケットが三百丁。そしてそれらの砲弾・弾薬ひと月分を合わせまして……」
ヤンは起伏の無い淡々とした声色で商品を暗唱すると、
「しめて、一万金となります」
獲物を見定める猛禽のごとく鋭い瞳を向けて告げた。
「一万金ッ!?」
これには領主のみならず、ミレーヌも驚愕を禁じ得なかった。
一万金ともなればもはや国家予算にも等しく、とても一領主が用意出来る金額ではない。
――やっぱり、ここで吹っかけましたわね
しかし、ララはヤンの狙いを予想していた。
彼はコリンヴェルトが大ブリタニア軍の攻撃にさらされることを予測し、この地へやって来た。そして予測通り窮地に立たされたコリンヴェルトは良質な武器を喉から手が出るほど欲っし、それがどんなに高値でも手を出さざるを得なくなる。
相手の足下を見るようで一見卑怯とも思われがちだが、それこそが商人の計算高さなのだろう、と彼女は思った。
「一万金ではさすがに手が出せない。もう少し負けてはくれないか?」
「それでは八千金ではいかがでしょう?」
値引き交渉が始まるが、ララの予想ではそれでもまだ適正価格よりも高いのではないか、と踏んでいる。
「むうう……もう少し。もうひと声、どうにかならんかッ!!」
膝を崩し、すがるような瞳を向けて請う領主。
――さすがにこれ以上負けてしまっては利益になりませんわ
先ほども商工ギルドに武器を無償で提供した例もあるので、ここでは必ず利潤を追求するはずだ、とララは予想した。
しかし――
「わかりました。それでは五千金でお売りいたしましょう」
案に相違して、ヤンはほぼ適正価格と思われる値段まで一気に値下げするのだった。
「ほ、本当か!? その値でぜひお願いしたい!!」
途端に晴れ晴れとした面持ちになる領主。
「それでは、取り引き成立です。ご購入いただき誠に感謝致します」
ヤンは深々と腰を折る。
ララは、そのめでたいはずの場面をポカンと呆けた顔で見届けるのだった。
その報は瞬く間にコリンヴェルトの町中を駆け巡り、人々は突然の敵国の襲来に驚き戸惑い、右往左往するばかりだった。
「まさか……ヤン殿は先読みしていたんですの? 大ブリタニアがコリンヴェルトを攻めることを」
ララが驚いたように目を瞬かせながら問う。
「ええ。これまで彼ら大ブリタニアはアルセイシア王国の北部を中心に侵攻しておりましたね」
「そうだったね。エイレンヌみたいな小さい町にも来たよ」
ミレーヌの言葉に大きくうなずくと、
「もしも、それらすべてが陽動だとしたら?」
逆にララたちに問う。
「初めから大ブリタニアの狙いはこのコリンヴェルトだった、ということですのね!?」
激昂の入り混じった声でララが叫ぶ。
「ええ。正しくは、このコリンヴェルトを起点とした海路を欲しているのでしょう。ここを抑えれば、アルセイシア王国の大半の制海権を得ることになりますから」
「制海権!? 大ブリタニアは経済面でアルセイシアを締め上げようって腹づもりなのかい!!」
かつて大ブリタニア軍によって家を破壊された苦々しい経験があるミレーヌが、憤怒を顕にする。
ララたちが怒りを噴出している中、町の通りでは人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていたが、ひとりの壮年男性がヤン商会の露店に気づいて駆け寄り、
「私はこの通りを仕切る商工ギルドのマスターなのだが、ここにある武器は君たちの商品かね?」
切羽詰まった表現でララたちに問う。
「いかにも。私どもはヤン商会と申す武器商人でございます」
途端に商売人モードに入ったヤンが、うやうやしい口調で答えるが、やはり低く凝った声と圧の強い厳つい顔は不相応で、どこか滑稽にも見える。
「ここにある武器をすべて売ってもらえないか? せめて周辺の店舗だけでも自衛しなければならないのだ」
「かしこまりました」
商工ギルドマスターの男の意向を受け、了承の意を示すヤン。
「えっと……剣が一本三金で、槍が一本五金だから……」
指を折りながら計算を始めるララ。
しかし――
「貴方のギルドマスターとしての責任感に心を打たれました。こちらの武器はすべて無償で提供しますので、どうぞご自由にお使いください」
ヤンは大きく両手を広げ、突然そう言い放った。
「「「……えええええええええッッッ!!!」」」
これにはギルドマスターのみならず、ヤン商会の一員であるはずのララとミレーヌも思わず驚嘆の叫びを上げずにはいられなかった。
「た、タダで……? それはありがたい話だが、本気なのか?」
「もちろんでございます。私に二言はございません。どうかお役立てくださいませ」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で念を押すギルドマスターに、ヤンは怖いくらいに取り繕った笑顔で答える。
「……わ、わかった。ありがたくちょうだいさせていただこう」
「今後ともヤン商会をどうかご贔屓によろしくお願いいたします」
「もちろんだ。この恩はいつか返させてもらう」
こうして商談にもなっていない一方的な取り引きが成立し、ギルドマスターの男は町の男たちにその武器を持たせ、迎撃の態勢を整える。
「本当に全部あげてしまいましたが……よかったんですの?」
その光景をポカンと呆けた顔で見ていたララは、せっかく訪れた商売のチャンス時に取った彼の行動の真意がまったくわからなかった。
「初めて訪れた地で顔と恩を売ることが出来たのです。上々でございます」
こともなげにそう言い放つヤン。
ミレーヌは、ハッと何かに気づいて言った。
「ああ、アレかい? よく旅芸人が『名前だけでも覚えて帰ってくださいね~』って言う、アレと同じだ」
「え……うん、まあ、そんな感じ……でしょうかね」
旅芸人のそれはネタのひとつであって商人のそれとは違う、と言いたかったヤンだったが、名前を広めたいという狙いがあるのは同じか、と無理矢理自身を納得させる。
「ですが、わざわざコリンヴェルトまで来たのに、武器を無償で提供しただけで終わりでは、大赤字ではありませんこと?」
「いいえ。本当の商売はこれからですよ……」
ララの問いに、ヤンはニヤリとほくそ笑んでそう言うのだった。
コリンヴェルトを統治している領主の館は、港から南東方面の高台の上にある。
「いいか、我々は館の防衛にあたる。絶対にブリタニア人を通すなよ!」
その館の周辺では、大ブリタニア王国軍襲来の報を受けた衛兵たちが大わらわとなって迎撃の態勢を整えている最中であり、ピリピリと殺気立った空気が張り詰めていた。
と、そこへ馬に引かせた数台の荷車がやって来る。
「ん? こんな時に行商か? 一体何の用だ?」
それに気づいたひとりの兵士がそちらに駆け寄る。
「これより先は領主様の館である。お前たち、何用だ?」
衛兵がそう問うと、先頭の荷車を駆る男が馬を止め、うやうやしい口調で答えた。
「私どもはヤン商会という武器商人でございます。本日は商談を取り付けたく参りました。領主様にお取り継ぎ願えないでしょうか?」
「何? こんな時に商談だと!?」
「こんな時だからこそ……ではありませんか?」
「うぬ……」
たしかにこの男の言う通りだ、と衛兵は思った。
コリンヴェルトはこれまで戦火に巻きこまれず平和な日々が長く続いていた。そのため平和慣れしてすっかり油断し切っており、非常事態への備えも武器の更新も怠っていたのだ。
そのため、いざ戦おうにも装備はいずれも旧式のボロばかりで、どうしたものかと思案に暮れていた最中だったのだ。
「たしかに貴殿の言う通りだ。待っていてくれ。すぐに取り次いで来る」
先ほどとは態度が打って変わり乗り気になった衛兵は、そう言い残してすぐに館の方へと駆け出して行った。
そして程なくして戻って来た衛兵によってヤンたちは館内の敷地へと通され、領主と面会することが出来た。
「お前が武器商人か?」
「はい。私どもはヤン商会という武器商人でございます」
口髭をピンと伸ばし、簡素な革鎧をまとい腰にサーベルを差した中年男性の領主が問うと、ヤンは先ほどと同じ口上を述べる。
「どうやら大ブリタニアの奴らが来ておると聞き、一戦交えなければならないのだが、我々にはろくな武器が無い。お前たちはどのような武器を取り扱っておるのだ?」
「その大ブリタニア軍を追い払えるだけの火力を秘めた武器でございます」
「それは誠か? 口からの出まかせではあるまいな?」
「はい。それでは実際に御覧じませ」
そう言ってヤンは後ろに控えていたララたちに目配せし、その場に並べられている複数の大きな木箱を一斉に開封させる。
そして現れたのは、重厚な鉄製の大口径滑腔砲を備えた砲台とそれを載せた台車、銃身が一メートル以上もある大型銃、そして、潤沢な砲弾と弾薬の数々であった。
「お……おおおッ!!!」
それらを目の当たりにした領主は、まるで宝の山でも発見したかのように歓喜の声を発する。
「この大筒はカノン砲で、台車を付属させて移動式砲台にしております」
「カノン砲!?」
領主が驚嘆の声を上げる。
当時のエウロペア大陸でカノン砲に匹敵する火力を誇るを大筒を所持している国はまだ少なく、あったとしてもせいぜいニ、三門程であり、まだまだ最先端の兵器でなかなか手が出せない高嶺の花であった。
「あるのはこの一門だけか?」
「いいえ。今回は五門程取りそろえております」
「五門ッ!!」
飛び上がらんばかりにたまげる領主。
それもそのはずである。ひとつの国ですらニ、三門しか持っていないものを、五門も用意出来ると言うのだから。
そして領主が大型銃の方に目を向けると、
「そちらは最新式のマスケットでございます。全部で三百丁取りそろえております」
先んじて解説する。
「これがマスケット? アーキバスよりも大きいとは思っていたが……」
マスケットもまだ多く出回っていない最新兵器であり、それを目にすることが出来ただけでも領主は感動を覚えるのだった。
「素晴らしい! これがあればブリタニア人に目にものを見せてやれるぞ」
領主はニヤリと口の端を吊り上げ、
「これらをあるだけすべて売って欲しい」
購入の意を伝える。
「はい。カノン砲の移動式砲台が五門に、マスケットが三百丁。そしてそれらの砲弾・弾薬ひと月分を合わせまして……」
ヤンは起伏の無い淡々とした声色で商品を暗唱すると、
「しめて、一万金となります」
獲物を見定める猛禽のごとく鋭い瞳を向けて告げた。
「一万金ッ!?」
これには領主のみならず、ミレーヌも驚愕を禁じ得なかった。
一万金ともなればもはや国家予算にも等しく、とても一領主が用意出来る金額ではない。
――やっぱり、ここで吹っかけましたわね
しかし、ララはヤンの狙いを予想していた。
彼はコリンヴェルトが大ブリタニア軍の攻撃にさらされることを予測し、この地へやって来た。そして予測通り窮地に立たされたコリンヴェルトは良質な武器を喉から手が出るほど欲っし、それがどんなに高値でも手を出さざるを得なくなる。
相手の足下を見るようで一見卑怯とも思われがちだが、それこそが商人の計算高さなのだろう、と彼女は思った。
「一万金ではさすがに手が出せない。もう少し負けてはくれないか?」
「それでは八千金ではいかがでしょう?」
値引き交渉が始まるが、ララの予想ではそれでもまだ適正価格よりも高いのではないか、と踏んでいる。
「むうう……もう少し。もうひと声、どうにかならんかッ!!」
膝を崩し、すがるような瞳を向けて請う領主。
――さすがにこれ以上負けてしまっては利益になりませんわ
先ほども商工ギルドに武器を無償で提供した例もあるので、ここでは必ず利潤を追求するはずだ、とララは予想した。
しかし――
「わかりました。それでは五千金でお売りいたしましょう」
案に相違して、ヤンはほぼ適正価格と思われる値段まで一気に値下げするのだった。
「ほ、本当か!? その値でぜひお願いしたい!!」
途端に晴れ晴れとした面持ちになる領主。
「それでは、取り引き成立です。ご購入いただき誠に感謝致します」
ヤンは深々と腰を折る。
ララは、そのめでたいはずの場面をポカンと呆けた顔で見届けるのだった。
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