没落令嬢の華麗なる狂詩曲 〜奴隷堕ちした令嬢がハーレムを築くまでの軌跡〜

中原星道

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第二幕 変転のコリンヴェルト

第17話 没落令嬢と女中の矜持

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 商談が成立し、多くの最新兵器を入手したコリンヴェルトの領主はさっそくそれを前線となる港へと送り、自らも意気揚々とそちらに向けて出立してゆく。

「あれでよかったんですの?」

 完全に空っぽとなった荷車を見つめてララがヤンに向けて 、納得がいっていないというていで問う。

「何がですか?」
「先ほどの取り引きですわ。五千金ではほぼ儲けは出ていないのではありませんこと?」
「そうですねぇ。まあ、間違いなく赤字ですね」

 ヤンはあっけらかんと答える。

「ではなぜ、あんなに値引きなさったんですの? 相手の窮状を考慮すればもっと高値でも買い取ってくださったでしょうに」
「そうですね。ララ殿の言う通り、もっと高値で売ることも可能だったでしょう。ですが、相手の足下を見て高値を引き出せたとして、弱みにつけこむような者ともう一度取り引きがしたい、とお客様はお思いになりますか?」
「そ、それは……」

 逆にヤンに問われ、ララは答えに窮する。

「ただ利益を得るだけでしたら、ララ殿のおっしゃるやり方が正しいでしょう。しかし、それをしてしまえばその相手との取り引きは一度きりで終わってしまうのです。私がそれをしないのは、長期的な視点から次回以降に繋がるような取り引きを心がけ、根気強く信頼を築き上げ、やがて得意取り引き先として選ばれるようになるためなのですよ」

 ヤンは噛み砕くように懇々こんこんと商売の心得を説く。

「長期的な視点で……」

 それを聞いたララは、目から鱗が落ちるような思いに至った。

 目先だけの利益で物事を捉えてはならない。常に先を見据え、何が本当に大切なのかを見極めなければならないのだ。

 ――そういえば以前、レンさんがおっしゃってましたわ

『商売というものは一朝一夕で成り立つものではありません』

 ――まだまだ、わたくしは浅慮せんりょですわ

 その時はまだ理解出来なかったが、今ならその言葉の意味と妙も理解出来ると共に、商売の難しさを痛感して自嘲を漏らすララ。

 しかし、採算を度外視してでも人との繋がりを求めるヤンの姿勢に清々しさを覚え、逆に心は晴れやかになるのだった。

「まあ、それでも五千金といえば大金だ。ララ五人分の値段だからね」
 
 ふと、ミレーヌがかつて一千金でララを引き取ったことを引き合いに出して言うと、

「わ、わたくしの値打ちはそんなに安くはありませんわよッ!!」

 ムキになって否定するララ。

「ッ!!」

 刹那、そんな二人の何気ないやりとりにピクリと反応を示したのはレンだった。

 彼女は胸に手を当てて一度顔を伏せるが、すぐに頭をもたげると、

「ララ様ッ!!」

 いつになく神妙な面持ちでその前に進み出る。

「どうなさいました、レンさん?」

 普段のクールでしとやかな姿とは違う様子に、ララは首をかしげる。

「ララ様はご自身の過去や出身に関して何か複雑な事情を抱えており、それを話したがらないことは承知しております。ですが、失礼を承知で改めてお願い申し上げます」

 レンは淡々とした口調でそう述べると深々と頭を下げ、

「ララ様。貴女の本当のお名前を教えてはいただけないでしょうか?」

 切実なる思いをこめて懇願する。

「……レンさん。以前にもお伝えした通りわたくしはただの小娘で――」
「いいえ、貴女は貴族のはずです!!」

 ララの言葉を遮り、レンはキッと顔を上げてそう断言する。

「……なぜ、そう思われるんですの?」
「私はあの時、貴女の高貴な雰囲気に触れてこう問いました。『どういった出自なのですか』と。そして貴女は、『貴族ではない』と答えられました。出自を問われただけなのにわざわざ『貴族ではない』とおっしゃられたことこそが、貴女が本当は貴族であることの代弁。私はそう思うのです!」

 それは理路整然とした論調でありながらも、まるで駄々をこねる子供のように感情剥き出しの言葉であった。

 ――失言でしたわね

 ララは心の中で悔いた。
 詮索されたくないという思いが強すぎたがゆえに、不要な言葉まで無意識の内に発してしまったのだろう。

「……仮にそれを知って、どうなるというんですの?」
「私はとある人物を探しており、その特徴が貴女に酷似しているのです。お願いでございます。どうか、貴女の本当の名を――出自を教えてください!!」

 そう言って再び頭を下げるレン。

「ララ……」

 複雑な思いでそれを見守るミレーヌ。

 ララはしばらくの逡巡の末ひとつため息を吐き、

「わたくしの本当の名は、アンジェリーヌ・ドゥ・アルセイシア……。かつてノルマン公爵だった者の娘ですわ」

 かの地に捨てて来たはずのその名を再び口にする。

「ああッ! やはり貴女様だったのですねッ!!」

 途端にレンは泣き崩れると、ララの元へ駆け寄りその胸にしがみついた。

「ずっと……ずっと探しておりました。私が仕えるべきお方を……」
「それではやはり、父が依頼してわたくしの世話をしてくださる予定だった東洋人の女中メイドというのは、アナタでしたのね……」
「気づいてらしたのですか?」
「薄々は。ですが、わたくしはもうノルマンでの過去を捨ててララとして生まれ変わると決意した身。ですから過去の自分に関わるものは極力避けるようにしていたのです」

 鉛のような鈍色に包まれる空を仰ぎ、ララは自嘲する。
 
「アナタのことも、むしろあの暴動に巻きこまれずに済んで良かった、と思っておりました。生きて、また別の方の助けになってくださればそれで良いと……」
「良くはありません!!」
「ッ!」

 ハッと覚醒したように、ララは目の前の女性に向き直る。
 
「私は『契約女中コントラクト・メイド』。まだ正式な契約を結ぶ前だったとはいえ、一度お引き受けした大切なお仕事。それなのに、約束の期日に遅れてしまうという失態を犯してしまいました。もしも私が間に合っていたら、……ララ様もララ様のご家族も、あのようなことにならずに済んだのに。そんな慚愧の思いにずっと駆られながら、私は貴女を探しておりました。もしもお会い出来たなら、今度は貴女を護ろうと、そう胸に誓って。一度引き受けた仕事は必ずやり通す。それが私の矜持プライドだから……」
「レンさん……」

 神秘的な魅力を秘めた瞳でまっすぐ見据えるレンの姿についに心を打たれたララは、

「わたくしのことを心配してずっと探してくれていたのに、わたくしはただ過去を忘却することしか考えず顧みようともしませんでしたわ。ごめんなさい、レンさん……」

 彼女の手を取り詫びるのだった。

 レンはブンブンとかぶりを振り、憂いを帯びた瞳を向けて言った。

「いいえ、謝らなければならないのは私の方なのです。……ララ様にはまだ告げてなかったのですが、本当は私は――」
「『財団ファウンデーション』の一員……なのですわね?」
「ッ!!」

 しかし思わぬ形で言葉を遮られ、レンは驚きのあまり息を飲んだ。

「ど、どうしてそれを……?」
「アナタと同じですわ。ヤン殿が無意識に漏らした失言から読み解いただけです」

 ララが軽く笑って言うと、ヤンは少し驚いたような顔で自身を指差す。

『【観察者オブサルベート】……私はその者をそう呼んでおります』
『……【財団ファウンデーション】。私はそう呼んでおります』

 ララは以前にヤンが放った言葉を引用し、

、と複数形を用いたからには、他の仲間もその場にいるはず。そしてあの場にいたのはわたくしたち四人だけ。わたくしとミレーヌは自ずと除外されますので、ヤン殿と同じお仲間はレンさん、ということになるのですわ」

 腰に手をあて、ドヤ顔を決めて告げる。

「私としたことが……まだまだ未熟ですね」

 ヤンは短い髪をボリボリと掻きながら、自嘲交じりにつぶやく。

「私は迷っておりました。貴女にお仕えしたい。しかし、恐らく貴女にとって因縁の相手なのであろう『観察者オブサルベート』の仲間であると知ったら、きっと気分を害されるであろうと」
「たしかに、わたくしの知る獣面の者が『観察者オブサルベート』であるなら、その者はノルマンの農民蜂起を煽動した黒幕。わたくしにとって仇敵ともいえる存在です。ですが……誰の仲間だからとか、どこの組織の一員だからとか関係なく、レンさんはヤン殿と同じ大切な友人であり、わたくしにとっては姉のように頼れる存在なのですわよ」
「ララ様……」

 ララの言葉に感極まって涙するレン。

 そして彼女は女中メイド服の袖で涙を拭うと、

「ララ様。あの時果たせなかった約束を……私との契約を、今こそ結んでいただけないでしょうか?」

 切なる願いを告げる。

「もちろんわたくしは構いませんわ。ですが、今レンさんと契約を結んでいるのはヤン殿ですわ。まずは、ヤン殿におうかがいを立てなくてはなりませんわ」
「ヤン殿、いかがでしょうか?」

 ララとレンの瞳が同時にひとりの男に注がれる。

「そうですね……ちょうど今商品がすべてはけて護るべき対象がなくなったので、ここでレン殿との契約は満了ということになりますね」

 本当はすぐにでも了承したいところを、商人らしくわざわざ事務的な文言で告げるヤン。

「ということは」
「フリーとなりました」

 その言葉を聞き、ララとレンはヤンに向けて深々と頭を下げる。

「それでレンさん。アナタとの契約には何が必要なんですの?」
「私は『吸血者ドラキュリアン』です。それゆえ、いつも御契約者様から定期的に血をちょうだいしております」
「血、ですわね。わかりましたわ」

 ララはコクリとうなずき、腰に帯びた剣を抜く。そして、その切っ先を左手人差し指の先端に添え、軽く皮膚を裂く。
 そこから、燃え上がるように赤々とした鮮血が滲み出す。

「それではレンさん。契約の証の血ですわ」

 その左手を差し出すと、レンはまるで宝物でも見るようなうっとりとした瞳でそれを見つめると、ゆっくり顔を近づけ、鮮血をまとった指先に舌を這わせる。

「はぁ……あぁぁぁぁッ!!」

 レンは恍惚に満ちた声を上げ、紅潮して熱を帯びた頬を両手で包みこんだ。

「これで契約完了ですわね」
「はい……。期限付きではありますが、これより誠心誠意お仕えさせていただきます。ララお嬢様」

 そう言ってレンは片膝をついて身をかがめると、ララの手の甲に口づけ、親愛の意を示す。

「やれやれ、結構妬けるねぇ……」

 まるで貴族のプロポーズのようなその行為に、ミレーヌは胸の高鳴りと共に軽い嫉妬ジェラシーを覚え、思わず苦笑するのだった。
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