没落令嬢の華麗なる狂詩曲 〜奴隷堕ちした令嬢がハーレムを築くまでの軌跡〜

中原星道

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第二幕 変転のコリンヴェルト

第18話 没落令嬢と未来投資

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 ドンッ!!

 刹那、海のある方角からけたたましい轟音が発せられると、

 ドンッ! ドン、ドンッ!!

 まるで太鼓でも打ち鳴らすかのように次々と発砲音が鳴り響くと、それは海鳴りのようにバリバリと空気を震わせる。

「敵の攻撃が始まったみたいですわね……」

 音のする方に細めた目を向けて、ララは忌々しげにつぶやく。

 まだ距離が遠く、ララの『色心眼クレルヴァイヤンス』は発揮されない。

 しかし、大ブリタニアには宿敵ともいえるあの男が――紫紺騎士団のリーダー・リオがいる。

 今回彼が参戦して来ているかはわからないが、その可能性がある以上彼女は常にそちらに気が向いてしまうのだ。

「行くのですか、ララ殿?」

 ふと、彼女の胸の内を察したかのようにヤンが問う。

 ララはしばらくの逡巡の末、はい、と小さくつぶやいた。

「戦いたい相手がいるかも知れないというのもありますが、やはりこれ以上ブリタニア人ブリタニアンに我が国を好き放題にされるのは癪ですもの」
「実にララ殿らしい理由ですな」

 ヤンはそう言って笑う。

「ララが戦うって言うなら、もちろんアタシもついてくさ」

 ミレーヌがそう言ってララの肩をポンと叩く。

 二人は顔を見合わせ、コクリとうなずいた。

「それでは、そんなお二人に私からささやかながらプレゼントを贈らせていただきたい」

 懐から黒い指抜き手甲グローブを取り出して、それをララとミレーヌに差し出す。

「これは……ヤン殿がつけておられるのと同じものでしょうか?」
「ええ。これは『聖痕使いスティグマータ』の力を効率良く引き出すことが出来る手甲グローブです。もちろん、その効果は宝珠には到底及びませんが、使う者の資質次第では『吸血者ドラキュリアン』でも一般人でも『聖痕使いスティグマータ』のような『魔導ルーン』を扱えます」
「『魔導ルーン』?」

 それも二人は初めて耳にする言葉だった。
 
「『魔導ルーン』は『聖痕スティグマ』を起因として発せられるエネルギーの総称です。ララ殿の鉄の壁や、私の衝撃波などを指す言葉です」
「それじゃ何だい? その手甲グローブをつけてれば、アタシでもララたちみたいな不思議な力が使えるかも知れないってことかい?」
「あくまでも、可能性の話ですが」

 それを聞いて二人はさっそく右手に手甲グローブを装着する。

「つけた感じは、普通の革の手甲グローブと変わりありませんわね」
「そうですね。ですが、それは最先端の科学技術のすいを結集して作られた業物です。きっと役立つことでしょう」

 実際にヤンは、この手甲グローブをつけた右手ですさまじい衝撃波を放出していた。
 彼が真性の『聖痕使いスティグマータ』であるというのもあるが、それでもあれだけの力を――『魔導ルーン』を発せられるのは手甲グローブの力によるものも大きいのだろう。

「そのような貴重なものをいただき、ありがたく存じますわ」
「でも、そんなスゴいものなのにホントにイイのかい? きっとお高いんだろう?」
「そうですね。完全非売品なので正確な額は算出出来ませんが、おそらくそれひとつで五千金程の値打ちになるでしょうか」
「「五千金!!」」

 ララとミレーヌが同時に驚嘆の声を発する。

「これひとつで、先程の最新武器一式と同等のお値段だなんて……」
「スゴいよ。これひとつでララが五人分……」
「だから、わたくしの値打ちで換算しないでくださいましッ!!」

 一千金の女・ララがすかさずミレーヌにツっこむ。

「ヤン殿のご好意は大変ありがたいのですが、どうしてここまでしてくださるんですの? わたくしはヤン殿と比べたらまだまだ非力で無力な女ですのに」
「これは未来投資なのですよ。私は貴女がきっと大きなことを成し遂げると見込み、それを期待して援助させていただいているだけなのです」
「わたくしを……見込んで?」

 ヤンは大きくうなずいた。

「ですので、お金のことを気にする必要はまったくありません。貴女が名を挙げてくだされば、それを援助した私の名声も高まり、結果さらなる商売の幅が広がるのですから」
「……わかりましたわ。ヤン殿に一生娼館通いしても困らないくらいの見返りをもたらせて差し上げますわ!」
「期待しております」

 ララの言葉に、ヤンは満足そうな笑みを浮かべるのだった。



 大ブリタニア王国軍の艦隊は五隻。

 フリゲート級の旗艦。ガレオン級が二隻。キャラック級が二隻という構成だ。

 船首や各マストの頂点には大ブリタニア王家の紋である獅子が描かれた旗がたなびいており、堂々たる威風を放っている。

 実際、四方を海に囲まれた海洋国家である大ブリタニアは海軍に特に注力しており、その卓越した操船技術と圧倒的な火力は他国にとって畏怖の対象であった。

 現在その恐るべき相手と直面しているコリンヴェルトのでは、港付近に正規兵と傭兵ギルドに属する傭兵。町中には市民兵が配置され、それぞれ迎撃にあたっていた。

「敵の編成は? 紫紺騎士団は来てますの!?」

 正規兵たちが集う幕舎にひとりの少女がブロンドの髪をたなびかせながら駆けこんで来ると、彼女はすごい剣幕でまくし立てるように問う。

「何だお前は!? ここは部外者以外立ち入り禁止だぞ!!」

 すぐ側に立つ部隊長が見とがめるが、

「君は先程の商人と一緒にいた娘ではないか。こんなところまでどうしたんだ?」

 正面に立つ領主が見覚えのある顔に気づいて声を掛けたので、思わず両者の顔を見返してしまう。

「もしも敵の中に紫紺騎士団が含まれていたならば、それはわたくしたちがお引き受けしますわ」

 金髪の少女は――ララは自らの胸に手を添えて、凛とした声で言い放つ。
 よく見ると、彼女の後ろにはマルーン色の髪の女と、黒髪に女中メイド服の女も立っていた。

「君たちが紫紺騎士団と戦う……? そんなことが出来る訳ないだろう。冷やかしなら帰ってくれ」

 領主がそう告げたので、部隊長は待ってましたとばかりにララの肩を掴み、力づくで追い出そうとする。

 刹那、レンがすかさずその部隊長の腕を掴んで軽く捻る。すると男の体は木の葉のように舞い上がり、一回転して尻もちをついた。

「なッ!?」

 その場にいた兵士たちすべてが、その信じ難い光景を目の当たりにして驚嘆する。
 投げ飛ばされた部隊長に至っては、一体何が起きたのかわからず呆けてしまっているという有様だ。

「お嬢様に気安く指を触れるなど、言語道断ですよ」

 レンは爽やかな笑顔で男に告げる。しかし、その漆黒の瞳には猛獣のごとく鋭い眼光が宿っていた。

「ひいぃッ!!」

 部隊長は震え上がり、尻もちをついたまま後ずさる。

 ララはひとつため息を吐き、

「エイレンヌの町を襲撃した紫紺騎士団を撃退した娘がいる、という噂を聞いたことがありますかしら? その娘こそ、わたくしなのですわ!!」

 胸を突き上げて高らかに豪語する。
 彼女は本来こういった自己アピールを好まないのだが、手っ取り早く信用を得るためにあえてそうしたのだ。

「……」

 幕舎内がシンと静まり返る。

 ――あら? ひょっとしてその噂、まだここまで広まってませんでしたの?

 あれだけド派手に決めたのに、誰も知らなかったらただの赤っ恥である。ララは途端に不安に駆られて顔が引きつる。

「……女神だ」

 その時、領主がポツリとつぶやくと、

「エイレンヌの女神だ!! エイレンヌの女神が降臨したぞ!!」

 それを呼び水に周囲は一斉に湧き上がり、その場にいる兵士全員がララの前にひざまずくのだった。

「そ、そうですわ。わたくしがそのエイレンヌの女神ですわ。オーッホッホッホ!!」

 大げさな二つ名に疑問を抱きながらも、ララは内心ホッとして高笑いする。

「それで、戦況はどうなってますの?」

 ひとつ咳払いを入れ、ララが問う。

「はい。敵の艦隊五隻の内、ガレオン級とキャラック級の撃沈に成功。残る三隻からの揚陸部隊と現在港近郊で交戦中です」

 先程までと違うハキハキとした口調で領主が答える。

「わかりましたわ。ではわたくしも参戦しますので、先程言った通り紫紺騎士団がいた場合はお任せくださいまし」
「かしこまりました。あの憎っくき敵王太子リオを撃退した女神様でしたら、安心してお任せ出来ます」
「ええ。大船に乗った気持ちでお任せくださいな」

 本当はリオが勝手に帰っただけで撃退した訳ではないのだが、ララはあえてそこに触れないでいた。

 こうして意気揚々と幕舎を出るララたち。

「……ここからですと、少しですが感じますわ」

 港方面を見下ろせる高台。そこから戦地を見回したララが、何かを感じ取り、つぶやいた。

「ひとりだけ、明らかに他とは違う大きな色を持った者がいますわ」
「ええ。たしかにただならぬプレッシャーを感じます。少なくとも『吸血者ドラキュリアン』かそれ以上の力を有する者がおります」

 レンが同調して告げる。
 ミレーヌは、ゴクリと唾を飲みこんだ。

「さあ、ひと暴れしますわよ!!」

 ララの号令を皮切りに、三人は港方面に向けて一気に駆け降りて行った。
 
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