The Doomsday

Sagami

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Expedition

2:辺境2

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飢えた獣の群れが駆けている
飢えを満たすために駆けている
太陽を背に血走った目をして駆けている

一頭の老いた獣がいる。息を切らして群れを追うがいつしかその足が止まってしまう。骨と皮だけの体、瞳だけが爛々と輝いている。獣が小さく雄叫びをあげる。群れの数頭が向きを変え老いた獣へと近づいていく。老いた獣と数頭の獣達は一言、二言と言葉を交わす。

獣の一頭が老いた獣の首筋に牙を立て、老いた獣の瞳から生気が消えてゆく。獣達は頷きあい、温かい肉を貪り、骨だけになったをその場に残し再び駆け始める。口元を紅く染めた一頭の獣が一度だけ振り返った。

飢えた獣の群れが駆けている
飢えから逃れるために駆けている
同族の死を背に血走った目をして駆けている



行商人ジルダートは馬車を駆って街道を進んでいた。街道を挟んでいた森は例年なら鳥の鳴き声がする豊かな森である。しかし、今は日照り続きで鳥の声1つせず、木々も生気を失っているように見える。

「この辺りも大分酷いな」

ミルニトから東へ伸びる街道、東の甘芋と西のミルニトのワイン、行商人であるジルダートが今主に扱っているのはその2品目と生活用品である。例年なら甘芋を取り扱う事は少ないが、今年は食料品がよく売れた。食料品の不作が続く中、例外的にこの甘芋は変わらぬ量が出荷されている。馬車の荷台にはミルニト特産のワインが4箱と護衛として雇ったダイファスという戦士が1人。去年までなら護衛を雇う余裕もなく、寄り合い馬車で革袋1つで行商していたことを考えると今の状況は余りに過ぎた状況に思える。

「旦那、人が」

ダイファスがジルダートに声を掛ける。旦那と呼ばれるとむず痒い。ジルダートは目を凝らすが何も見えない。

「見えるのか」

「俺の魔法を知っているだろう?」

ダイファスは優秀な戦士ではない。しかし、優秀な護衛ではあった。剣の腕は並で魔法も使えるとは言え1種類だけだ。だがその1種類が護衛には最適であった。遠見の魔法が使えるのだ。軍の魔法使いと違って精々通常の視界の3倍程度、3倍早く危険を察知できれば危険からの逃げようもある。

「マントとフードの人影が2つ、しかも徒歩だ」

「この街道を徒歩で」

よくいる旅人の服装ではあるが場所が悪い。思わず呆れの声が出る。

「襲われた可能性もある」

この街道は拓かれて歴史が浅い、街道沿いの宿場町の数も少なく、徒歩で行き来するものは滅多に居ない。

「しかも、片方は女じゃないか」

ダイファスが舌打ちする、常識から考えると女が徒歩でこの道を行くことはない。街道の周囲に怪しい影がないか視線を巡らす。戦士の腰にはナガマキと呼ばれる剣。その柄にいつでも抜けるように手を当てている。

「怪しい気配はないか」

遠目の魔法で辺りの気配を探るが人影以外に動くものはない。気を緩めて柄から手を離そうとした瞬間、寒気がした。遙か前方で2つの人影の1つが振り返ってこちらを見ている。

「この距離で気づかれた」

ダイファスの呟きに、ジルダートは思わず手綱を握りしめる。

「馬車を止めるか」

「敵意は感じない、そのままで」

柄からゆっくりと手を離すと、人影はこちらを向くのを止め再び歩き出した。ダイファスは大きく息を吐き、木箱にもたれ掛かる。手練の魔法使いならこの距離でも危険だ、とりあえずはそういった類の相手では無さそうだと安堵する。

「おい、商品を倒すなよ」

「わかってるよ、旦那」

馬車は道なりにすすみ、人影の背が次第に近づいてくる。

「お、あれか流石だなダイファス。僕にもようやく見えたよ」

「そりゃどうも」

いつでも動けるように気だけを張ってダイファスは答えた。



2人の旅人は荷を詰めた革袋を背負い、街道を歩いていた。

「振り返ってどうした、シロウ」

小柄な人影レフィがシロウを見る。化物との戦いからさほど日は経っていないが、半ば吹き飛んだはずのシロウの頭部に目立った傷跡は見当たらない。

「誰かがこちらを見ていた気がしてな」

「気のせいでは」

レフィは振り返るが、後方には何も見当たらない。

「ルーザスからそういう魔法は習ってないのか」

化物との戦いから数日、傷の経過の確認のためミルニトに2人は滞在した。その際、魔法の基礎を隻腕の英雄と呼ばれているルーザスからレフィは学んでいる。

「変な癖をつけるわけにはいかないと、基本的なところだけだ。各属性の基本の練習方法だけ」

そういって、レフィは手のひらを上に向ける。周囲の空気の流れが変わり、小さな渦がその上で出来上がる。魔法の基本的な練習方法の1つだ。空気そのものを触媒として使える風魔法は魔法の初歩の訓練としてよく用いられるものの1つである。シロウは視線を向けわずかに目を細める。

「実用性があるようには思えないな」

脳裏には風を操る男の顔が浮かぶ、名前を思い出そうとするがどうしても出ない。

(元々覚えていないか、或いは、物理的にその記憶に繋がるシナプスが切れたか)

軽くため息をつく、化物の攻撃で頭を吹き飛ばされたのは不味かった。体の傷は精々寿命が縮まるぐらいで済むが、脳の損傷は多くの場合記憶の欠如を発生させる。ただでさえ、20年前以前の記憶が曖昧だと言うのに、これ以上の欠如は有り難くない結果しか生まない。

「ため息を付くことはないではないか。我が家門の最も得意とする魔法に近いとはいえ、まだ洗礼を受けて間もないのだ」

シロウのため息を失望と受け取り、慌ててまくしたてる。

「そういうわけではないのだがな。レフィの家にも得意とする魔法があるのか」

不要な誤解をされているとはわかっているが、説明するのも面倒で話題を変える。

「無論だ、対個人においてはメレキア家には及ばぬが、対軍に置いて我が家門の魔法はバーレギ家のと並び最強を自負している」

無い胸を張りレフィが言う。その脳裏に兄が語った母の武勇伝が浮かんでいる。

曰く、その魔法はエシュケルの始祖より伝わる魔法であると
曰く、その魔法はと呼ばれる魔法であると
曰く、その魔法は万の軍勢をも討ち滅ぼすと魔法であると

曰く、その魔法によりの率いる軍勢を一晩で滅ぼしたと

「対集団戦におけるの類似と考えるのが良いか」

レフィの言葉に、シロウが短く呟く。翻訳のための薬はミルニトを出てからは飲んでいない。シロウの言葉におけるの意味はわからないが、に類するシロウの国の言葉であるのだろうとレフィは認識する。旅をしながらこうして言葉を交わすのは、旅の間に互いを知る目的もあるがシロウのこの国の言葉の練習を兼ねている。

「レフィも使えるようになるのか」

「兄や伯母は無理だったというから、家門の者でも使えるとは限らないだろうな」

もし使いこなせないとなった時、どうなってしまうのかと考えると気が重い。その一方で、貴種でない母でさえ戦局を変えるほどの魔法だ、貴種であるレフィが使った時の威力のほどを考えると恐ろしいとまるで他人事のように思ってしまう。

「それは、自然に使えれるようになるのか」

「まさかだ、師につき研鑽に励まねば使えるものではない」

公国に戻り、軍属となった折には恐らく母のもとで魔法の修行をすることになるだろう。その際には、シロウも部下として軍属になるはずだ。

「公国に戻れば、シロウも軍属だな」

「契約の履行に必要なら、仕方あるまい」

軽く牽制してみるが、別段気にした様子もない。

「だが、この地は頻繁に戦いがあるのか?」

シロウの問いに記憶をたどる。軍属となるなら当然気になる話だろう。

「そうだな、私の知る限りだが、小さな争いを含めれば数年と開けずに必ず何らかの戦いがある」

「それでは、兵が暇もないな」

「ああ、兵が暇もない」

似て非なる言葉を無意識に交わし、お互いそれに気づかない。

「歴史書通りであれば、皇国が公国に反旗を翻した300年前からずっとだな」

「元は同じ国、だったか」

アルナスト公国とアルフィール皇国、隣接する2国は元は同じ国だった。

「皇国の皇家であるエシラ家は12家門の1つだ。今も公国の円卓の間にはエシラ家の席があり、公都にはエシラ家の屋敷は主こそ住んでいないが維持されていると聞く」

「結局は長い内乱のようなものなのか」

シロウの言葉に、一瞬レフィの足が止まる。

「或いはそうなのかも知れない。は12家門が相争う事などあってはならないはずと聞いているしな」

再び歩き出し、そう答えた。



街道は小高い丘へと続いている、丘を越えれば小さな宿場町があり、そこがミルニトとマクシャのちょうど中間地点になる。2人の旅人の足が丘の頂上で止まる。後ろを走っていた馬車が旅人に追いついた。

「旅人さん、どうかしたのかい」

ジルダートは恐る恐る旅人に声を掛ける。小柄な旅人が腕を伸ばして何かを指差す。

「これは、遠見の魔法を使うまでもねえな」

ダイファスが吐き捨てるように言う。

「さて、これも頻繁に起こってる争いの1つという事かな」

「マクシャから攻め出ることは無い、はずです」

シロウの問いにレフィが端的に答える。

4対の瞳の先には黒煙をあげる宿場町の姿があった。
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