The Doomsday

Sagami

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Ox Head

8:幕間 過ぎ去りし日の記憶 失われた村

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2人の少女は幸せだった。決して豊かとはいえない村の暮らし。畑仕事や水汲み、両親の手伝いをしながら、合間に遊ぶ。夜になれば、暖かい寝床で2人で将来を語る。

黒き門を開き英雄達は降り立った
英雄達は聖遺物を手に、12の化け物たちと死闘を繰り返し遂にそれらを滅ぼした

英雄譚サーガの一節を、メイアが口ずさむ。昼間、村の酒場で吟遊詩人が歌っていたうた、皇国のどこでも聞かれる極々一般的な英雄の伝承。メイアはこの伝承が好きだった。
「ねえ、英雄達はどこからきたの」
「さあねぇ、お婆ちゃんがいってた話だと、英雄様達は遥か遠くから来たっていってたけどね」
夕食の準備をしながら母親が困ったように答える。誰しもが子供の頃憧れ、そして大人になるにつれ興味を失う、そんな英雄譚。昔の自分と娘を重ねてあの頃は若かった、時の流れを感じてしまう。
「聖遺物って、あの神殿都市にある聖遺物?」
「どうだろうねぇ」
曖昧に答えて頭を撫でる。私が若い頃に聞いた話だと、神殿都市にあるものはその1つでしかなく、全12個あるそれのうち1つはこの村にもあるとか。
「まさか、ね」
不思議そうに娘が顔を見上げてくる。こんなどこにでもある村にそんな物があるわけはない。
「ほらほら、英雄様の話はまた今度、手伝わないと夕食抜きだよ」
母親は笑みを浮かべ、娘の頭をもう一度だけ撫でた。



エイダは村の広場で井戸を見下ろしていた。
「ねえ、お父さん。そろそろ日も暮れてきたし切り上げない」
「もう少し」
穴の底から声が聞こえる。私は未だ信じられないが父は元は皇都の技師であったという、『大遠征』の時、南部は大干ばつが発生したというが、当然、皇国の南部にあるこの村も干ばつの被害を受けた。その際、父は水源の改善のために公国からこの村に訪れ、この井戸を作った。この地方の特産のワインに魅了され、それから数十年今では自らそれを作ってさえいる。
「お待たせ、エイダ。水位がちょっと不安定だね、何事も無ければいいけど」
縄梯子を上り、父が笑みを浮かべる。日はもう暮れており、月の光が2人を照らす。歳的には少なくとも60を超えているはずの父は見た目30程度に見える。

不思議に思って尋ねたことがある。
「お父さんはね、実はいい所出身だからね」
父はおどけて言った。公国の一部の貴族は長命という噂がある。長生きは悪いこととは思わないけれど、メイアと同じ時間を生きられないのはちょっと嫌だなと思う。小さな村、数少ない同年代の友達の顔が浮かぶ。
「もしかして、お爺さんやお婆さんは貴族・・・?」
薄っすらと記憶にある身なりの良い夫妻、父さんは大分叱られていたっけ。嫁や孫が出来たならせめて一報よこせと、至極真っ当な理由で叱られていた記憶。
「貴族も貴族、大貴族だよ。僕のお父さん、エイダのお爺ちゃんはもう200年弱もその椅子に座ってる」
一瞬、遠い目をする。私は父の言葉が本当かどうか確認はしなかった。けれど、もし事実なら、父は何か理由があって此処にいるのだ。幼心に私は確信した。

「どうした、エイダ。考え事か」
頭をくしゃくしゃと撫でてくる。
「お父さん、汚い」
体を離す、手を洗わずに頭を撫でるのは流石に控えて欲しい。
「あんなに可愛いかった、エイダが父さんを汚いなんて・・・」
肩を落とす父の姿に苦笑する。手同士ぐらいならいいか。父の手をとり、家へと促す。父の顔が輝く、どこか子供じみた反応に笑みが浮かぶ。帰路につく2人は確かにこの時幸せだった。



村の近く、林の中で貴族の一団が野営をしていた。皇国の地方貴族、眉唾物の家計図には12家門に連なる由緒ある血であると記されている。
「馬鹿らしい」
誰も信じはしない。自身でさえ信じない。
男は唯一の跡取りだった、父母に期待され受けた洗礼で、魔法の資格が無い。そう断定された。父と母は半狂乱となり、廃嫡の憂き目にあい、離れに監禁される羽目となった。
幾ら血筋がよくても、魔法の資格を得られるとは限らない。だが、それを父母は許容できなかった。
「少し前に第二皇子が洗礼を受けたらしいが、魔法の資格がなかったではないか」
今は亡き父母に語るように、一人呟く。男を取り囲む兵士達は身動きひとつしない。
皮袋から赤い丸薬を取り出す。身を蝕む毒、御使いの血、父と母と自身との関係を変えてしまった薬。鉄の味が口の中に広がる、全身に激痛が走る、体が無理矢理造り替えられていく感覚。
「多用はお命を縮めかねませんよ、お客様」
仮面を被った道化が音も無く現れる。恩人にして大敵。

道化がいなければ、自分は朽ちる運命に殉ずるだけだったろう

鍵の掛かった部屋の中、道化は気づくとそこにいた。甘美な誘い、毒を含む美酒、洗礼と御使いの血の意味。自分は差し出された手をとり、その御使いの血という名の毒を煽った。血を吐き三日三晩苦しみ、自身が違うものへと変わったことを認識した。道化はまるで家畜をみるような目で、こちらをみていた。

道化がいなければ、自分は父母を殺す事は無かっただろう

苦しみと引き換えに手に入れた魔法で離れを抜け出し、父母を訪ねた。父母は出来損ないの自分の替りを作り出すべくまぐわっていた。あれからあの洗礼の日から何年たった、醜悪な父母の姿に吐き気を覚える。さほどの感慨も無く、憎悪も無くただそうするべくして、父母を殺した。涙が出た、あのまま鍵の掛かった部屋の中にいれば、なにも見ずに死んでいくことが出来たのだろうか。

道化がいなければ、自分がこれから罪を起こすことは無かったらどう

道化と交わした1つの契約。とある村を襲い。聖遺物を回収する。すでに父母を殺した時点で自身は反乱を起こしたことになっている。本格的な討伐軍が来る前に可能ならば全てを終わらせたいが難しいだろう。特に生きる理由も無い、契約を果たせば死ぬのも悪くない。
兵士達を見回す。共にする兵士達に自我は無い、御使いの血を与えた結果、多くのものは死に、生き残ったものたちは生ける屍同然となっている。命令を下せば、悪鬼の如く働くに違いない。
「唯一違うのがこいつぐらいか」
1人、色々歪んでいるがかろうじで自我を残している兵士を指揮官に任じた。道化に何かを吹き込まれたのか、御使いの血の見せた幻覚の影響か自らを『神兵』などと呼んでいる。まさかの呼び名に苦笑する、道化の話が真実なら、我々はそんな上等な存在では決して無い。

「さて、時間か」
立ち上がり、御使いの血を一掴みにして、飲み込む。激痛で幻覚が見える。

主とその前に傅く12の天使
1人の天使によって貫かれ、崩れ落ちる主の姿
そして、黒い門

「いくぞ」
狂気に染まった瞳に小さな村が映った。


この日、1つの村が失われた。
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