The Doomsday

Sagami

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Expedition

12:幕間 過ぎ去りし日の記憶 エシュケル卿

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寝苦しい、エシュケルは大きく舌打ちをして背を伸ばす。聖都にあるエシュケル家の為に作られた邸宅。華美ではないものの質のいい家具にチリ1つ無い部屋。12家門の多くは質実剛健を気質としている家が多く、エシュケル家はその筆頭と言っても良いほど実用性重視となっている。

窓から外を見る。遥か南では獣人とマクシャの兵達が未だ戦っているやもしれない。或いは、もう全てが終わって獣人たちはここ聖都へと向かっている、もしくは、皇国へとなだれ込んでいるかもしれない。

「母もかつてはこういう焦燥を胸に抱いていたのかもな」

戦場に居ないものの焦燥を胸に、部屋を歩き回る。足を止めふと見ると、姿鏡に映る自身の姿は、かつての母の姿形と良く似ている。



「エシュケル卿」

鎧を着た兵士が息を荒げ父の前に傅く、体の強くなかった父はエシュケル家の常として軍団長の任を任せられてはいたものの、この邸宅で庭いじりをする方が好きなようで、この日も娘である私を連れて庭いじりをしていた。

「どうした、今日は非番のはずだが」

父が眉をひそめ兵士を見る。私は言いようのない不安に襲われ思わず父の後ろに隠れてしまう。そんな私の頭に父は手を置き、無言で大丈夫だよと伝えてくる。

「バーレギ卿より急使です、エシュケル家の旗印を掲げた反乱軍に襲われているとのこと」

無数の鎧の音が徐々に近づいてきている気がする。兵士たちが畏怖と恐怖の目を私達に向け、正面に立ち塞がる。こちらに無数の長槍の穂が向けられる。その穂先は僅かに揺れている。今考えると、攻撃魔法に長けたエシュケルの当主を前にやりを構える、兵士の優秀さに感嘆するべきか呆れるべきか悩むところだ。

「反乱の容疑かね」

「そうだよ、エシュケル卿」

中性的な顔立ち、どこか作り物めいた美しさを備えた少年がゆっくりと歩いてくる。父に連れられて何度か見たことがある、12家門の1つメレキア家の当主がそこに居た。

当時20にもなっていなかった父とメレキア卿、見た目だけなら父の方が年上に見えるが、相対して見るとその貫禄の違いはどうしようもなく見えた。まるで巨獣の前で、それを威嚇する小動物。小動物である父が、どうしてそんな事ができたかが親となった今ではわかる。私も子供達の前なら、同じように虚勢を張ることだろう。

「メレキア卿、直々のお出ましということはエシュケル家への嫌疑は確定といったところか」

「残念ながらね。カイフェ卿にも確認してもらった」

メレキア卿は溜息をつく。カイフェ卿、面識はないがエシュケル家やメレキア家と同じく12家門の1つで得意とする魔法はと聞いている。カイフェ卿自身は世捨て人のように隠棲しており、メレキア卿を含み数名を除きその所在地を知らないという徹底ぶりである。

「今回の反乱は、君のお姉さんが首謀者だよ」

その一言に、父は静か空を見上げ、兵士たちが一斉に父を拘束した。空は曇り、小雨が降り始めていた。



それから全てが終わるまで私と母は父と引き離され、見知らぬ屋敷に軟禁される事となった。元来気の弱い父の選んだ母は穏やかで、どこか線の細い人だった。エシュケル家に従う貴族家の出身、元々はエシュケル家の分家にあたる家という話だった。

「貴女のお父様は何故私を選んだのでしょうね」

軟禁先の屋敷で母は手慰みに編み物をしながら私に尋ねる。12家門の1つエシュケル家の正妻の座を巡って多くの見合い話があったという。分家筋にあたる貴族家は勿論、魔法の資格を持つ娘を持つ有力者たち。それこそ、母が選ばれる理由など本来ないといっても過言ではなかった。

「貴女や貴女のお父様と違って、私は魔法の資格もないただ貴族家に生まれたと言うだけの娘」

貴族でありながら、12家門の血を引きながら、魔法の資格がない。それは母にとっては大きな劣等感であることが幼い私でもわかっていた。直系でありながら魔法の資格を持たない伯母を持つ私は、生まれてすぐに特例で洗礼を受けたという。結果として私は、魔法の資格を持っていることがわかり、一族の者たちは大いに安心したとも聞く。

「母様は父様の事が嫌いなの?」

幼い私は残酷な質問をしたと思う。母は一瞬表情を曇らせ、編み物をする手を止める。

「私は貴女のお父様を愛していますよ」

それは答えのようで、答えではない。愛することと嫌うことは相反するものではないと、当時の私は知らなかった。結論として、母は父を愛していて、同時に嫌っていた。その事とその理由に私が辿り着くには、私自身が母になるまで待つことになる。



私はその軟禁された屋敷の庭で空を見上げて転がっていた、2つの太陽は雲に隠れ、厚い雲は陽の光を遮って久しい。

「そんな所で転がっていたら、せっかくの可愛い服が汚れるよ」

いつのまに居たのか、この屋敷の主人の息子が本を片手に立っていた。名前は忘れた、私が士官学校を卒業し軍務についた頃に、逐電したという噂を聞いたのは覚えている。

「あなたは」

おとなしそうな少年だった、屋敷の外に出たことの殆ど無い幼い私にとって年の比較的近い異性は興味の対象だった。おとなしい雰囲気がどこか父に似ていたのも声を掛けた理由かもしれない。

「パレハ卿の息子」

少年は名前を名乗らず、肩書だけを告げる。それは個人的な付き合いをする気はないと言外に語っていた。幼い私は、愚かなことにこのときまでこの屋敷の主がパレハ卿であるということに気づいても居なかった。

「私は・・・」

「名乗る必要はない、君たちは有名人だからね」

少年は私の横に座り、手に持った本を開く。古い本、黒い背表紙に金色の6つのバンド、題名は掠れて読めない。

「何か用なの」

少年に視線を向け尋ねるが、少年は視線を合わせようともしない。

「次期当主同士、多少は話しておけと父が言った」

ため息混じりに少年が告げる。いつかは私も父の跡を継ぐ、それは事実として知ってはいたがあまりに遠い話で、まったく実感のない言葉だった。

「私がエシュケル卿で、あなたはパレハ卿?」

少年は本に視線を向けたまま頷く。

通りならそうなる」

不思議な物言いをする少年だった。私と少年が直接会ったのはこの時だけで、その言葉と、少年が持っていた黒い背表紙の本の姿だけが記憶にこびりついている。



軟禁は1月ほどで終わりを告げた。屋敷の玄関で母とともに父を待つ。母の手が肩に置かれ、その暖かさが私を安心させる。大きな扉が開き、パレハ卿を伴って父が私へと駆け寄ってくる。父が痛いほど私を抱き寄せ、視界が父の胸で埋まる。

金属製のブーツの音が周囲でする。
母の温かい手が私の肩を離れる。
視界が開かれた時、母の姿だけがその場にはなかった。



私はお忍びで聖都の広場を訪れていた。普段のドレスではなく、母の手縫いのシャツの上に少年のように革のジャケットを羽織り、人混みを掻き分けてゆく。無数の物見の見物客達。遠くで声が聞こえる。本日のメインイベントの開始を告げる声だ、私は歩みを早める。

誰かにぶつかってこけた。フードを深くかぶったその誰かは、一瞬興味深そうに私を見てから助け起こしてくれた。フードからはみ出ている髪の毛の色は珍しい緑色だったが、その時の私にはそんなことに気を取られている暇はなかった。

「ありがとうございます」

「いいよ、急いでるんだろう」

誰かは広場の中央を指差す。私はうなずき再び広場の中央を目指して駆け出す。人混みを掻き分け、広場の中央が視界に入る。

広場の中央、目を閉じまるで祈りを捧げるように眼の前で手を握り座り込んだ女性の姿。
思わず私の口が何かを大きな声で叫ぶ、
女性の目が驚きに見開かれる。
視線が合う。
女性は一瞬穏やかな笑みを浮かべ、その首が笑みを浮かべたまま、私の足元にまで転がってきた。



後に知った話だ。母は伯母と通じ、反乱に手を貸していたらしい。伯母はバーレギ卿に討ち取られ、母は反乱への見せしめとして公開処刑となったと聞いた。

表立って父への咎め立てはなく、母の処刑も、その身分を隠して反乱の首謀者に近いものとして処刑されたという。

父は母より職務を立場をとったのだろうか?
姿鏡に映る自身の姿に尋ねるが答えはない。

自身は夫より職務を優先した行動をとろうとしている、それは正しいのだろうか?
姿鏡映る自身の姿に尋ねるが答えはない。

テーブルの上には、白いシャツを手直しして作った一枚のハンカチだけが置かれている。

睡魔はまだ訪れる気配はない。
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