The Doomsday

Sagami

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Expedition

14:月陰5

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夜、マクシャは篝火の灯りに照らされ不夜城の様相を示した。この日、獣人たちの襲撃はなかった。防壁の上では、正規兵に混じり民兵が見張りに立っている。彼らの顔には疲れと恐怖が色濃く浮かんでいるものの、僅かばかりの希望と安堵の色も見える。

交代への兵が訪れ、申し送りがされる。軽口を交わし、2人の兵は視線を領主の館に向ける。

少年は眩しいものを見るようにそれを見て、老人は複雑な表情でそれを見ていた。



マクシャの中央には領主の館がある。有事の際の防衛拠点を兼ねたそれは、石壁でできており華美な装飾もなく小さな砦と言った方がしっくりと来るかもしれない。その館の広間、大きな長テーブルに2人の男が座っている。ジルダートとダイファスである。2人は着慣れぬ正装を着て緊張した面持ちで言葉をかわす。

「ダイファス、僕には場違いだと思うんだが」

駆け出し商人の域を出ていないジルダートにとって、貴族、それも爵位で言うなら上位である辺境伯の館に招かれるのは酷く心臓に悪い。

「商売人だろ、せっかくだから商売の1つでもしろよ」

どこか投げやりなダイファスの声。ダイファス自身も落ち着かないのか、あたりをキョロキョロと見回している。

「しかし、あの2人は居ないんだな」

昨日の夕食を共にした2人の旅人、レフィーアとシロウの姿は部屋にはない。せめて、どちらかが居れば、今の状況に対する情報が少しは増えるのにと舌打ちをする。

「悪いね、おまたせした」

「お初にお目にかかります。商人のジルダートです、お招きに預かり光栄です」

用意してきた慣れない言葉をどうにか絞り出す。

「急に呼び立てて申し訳ないね」

辺境伯がテーブルに座る。街中を散策する姿を見ることはあったが、こうして言葉を直接交わすのは初めてだった。

「ご無沙汰してます」

ダイファスの予想外の言葉にジルダートがダイファスに視線を向ける。

「辺境伯になってしまってからは、直接話すのは初めてだな」

「お互い立場がありますからね」

大きく息を吐き、ダイファスが苦笑する。

「今はこんな状況だ、公国に仕官するなら試験も手続きもなく採用するぞ」

「軍を抜けてどれだけたったと思ってるんですか。こんなロートルなんの役にも立ちませんよ」

「それは残念だ」

トントン

ノックの音がする。

「どうぞ」

扉が開き。1人の令嬢が姿を現す。歳の頃は10代中頃、青を基調としたパーティドレスにアップに纏めた青銀の髪。斜め後ろには正装をした男性を連れ、令嬢がテーブルへと向かう。

「嬢ちゃん化けたな」

ダイファスの呟きに、薄く笑みを浮かべて令嬢は視線を向ける。

「嬢ちゃんって・・・レフィーアさん」

薄汚れた旅装の姿の印象と目の前の淑女のギャップに、ジルダートは絶句する。視線を移すと、斜め後ろに何食わぬ顔で立っている男性はシロウであることにも気づく。

「そんなに驚かれると流石に心外ですよ」

そんなやりとりに、辺境伯は笑みを浮かべる。

「既に知っていると思うが、私の娘のレフィーアだ。どうやら娘が世話になったようだ」
深々と辺境伯は頭を下げる。

「あ、頭を上げてください。お世話になったのは僕、いえ、私共の方でして。レフィーア様とシロウ様のおかげで荷も失う事なく無事マクシャに戻ることができました」

ジルダートの足元で、ダイファスが軽くその足を蹴る。

「落ち着け」

ダイファスの言葉に、ジルダートは口を少しの間ぱくぱくさせる。

「まあ、というわけで、君たちには礼を兼ねて夕食会に誘わせて貰ったわけだ」

辺境伯はその様子を面白そうに一通り眺めて、レフィーアとシロウに着席を勧める。

「知っているかもしれないが、今はマクシャは厳戒態勢でね。軽いものになるが構わないだろうか」

「一緒にお食事出来るだけで光栄です、あ・・・あと、こちらは手土産のようなもので」
持参したミルニトのワインを差し出す。

「娘からも聞いている。良い品だそうだね、感謝する。どうせなら皆で飲もうか」

穏やかな表情で、ワインを受け取る。

「飲んで大丈夫なのですか」

「厳戒態勢だから、私は遠慮するよ。代わりにその分娘が飲むから大丈夫」

どこからか取り出したコルク抜きでシロウがワインの口を開け、辺境伯を除いた4人のグラスにワインを注いでゆく。

「堂に入ってる」

ジルダートの呟き、ダイファスとレフィーアも口には出さないが同じように思ったのかその洗練された動きに目を見開いている。

「では、食事を始めようか」

辺境伯はそういって、テーブルの上に置かれた金色のベルを鳴らした。



「食事をしながらでいいのだが、西にある村を襲った獣人達について聞いていいかな」

辺境伯の問に、ジルダートとダイファスが頷く。

「どこまで聞かれてますか」

今日一日、兵士に語った事以上のことはないと暗に告げる。

「報告は受けたが、直に当事者から話を聞きたい」

視線を交わし、ダイファスが頷く。黒煙を見て村を訪れたところから、マクシャに到着するまでをダイファスが辺境伯に語る。

「そして、マクシャに辿り着いたらこの様相だったと言う訳です」

時折、レフィーアが補足し、ジルダートは頷くばかり。シロウは黙ったまま、その話を聞いている。

「マクシャも同じ日、獣人に襲われてね。君たちが遭遇した獣人たちと特徴的にはよく似てたし同じ集団が分かれたのかもしれないね」

辺境伯はグラスを傾け水を口にする。

「父上、辺境に来たのは久々なのですが、こういった獣人による襲撃は多いのですか?」
レフィーアの問に首を横に振る。

「いや、私が辺境伯に封じられてからは、初めてだな」

辺境伯の視線が、ダイファスに向く。

「獣人との個人単位での小競り合いならたまに聞くが、集団での襲撃は聞いたこと無いな。まだ、お隣が獣人を雇って襲ってきたって方が信じられる」

「その線はあると思うか?」

「まともな獣人の襲撃ならそれもあるでしょうが、明らかにおかしな獣人ばかりだったのでそれはないでしょうな」

ダイファスの答えに、辺境伯は首肯する。

「ふむ、まあ、硬い話はそれぐらいにしよう。折角の料理に手を付けないのも悪い」

辺境伯の言葉と共に、各々の手と口が動き始める。

「これは、美味しいサラダですね」

ジルダートが舌鼓を打つ。

「果物とマヨネーズと塩コショウと、のサラダですか」

「よくわかったね、シロウ」

辺境伯とシロウのやりとりを不可思議なものを見るような目で、レフィーアは見る。

・・・ですか?」

同じ疑問を持ったのか、ダイファスとジルダートもシロウの方へと視線を向ける。

「うん、甘芋は私達の故郷では『サツマイモ』と呼ばれているんだよ」



夜の帳は落ち、空には月が輝いている。夜道を歩くダイファスとジルダートの姿がある。
「ダイファス、辺境伯と知り合いだったのか」

土産のワインを1人で半分ほど空けたジルダートの歩みはふらふらしている。

「昔、軍に居た事があってな、当時の上官が今の辺境伯だ」

思い出されるのは、このマクシャを巡る隣国との戦い。援軍もなく完全な負け戦、同僚の多くは死に。最後には降伏することになった。

「なのに今は戦士として傭兵紛いの事やってるのか、今までだって辺境伯に頼めば仕官の口なんていくらでもあったんじゃないか」

「まあ、商人の護衛よりは給金は良さそうだな」

「給金が安くて悪いね」

酒のせいか目が座っている。路々には篝火が焚かれ。普段のマクシャとの空気の違いに寒気がする。

「元皇国の軍人だったからな、敵国の軍に入るのには抵抗があった」

理由の半分を告げ、静かに笑う。

「というと、辺境伯様は元は皇国の軍人か」

ふらふらと木にもたれかかり。座り込む。

「おい大丈夫か」

「大丈夫じゃない。酒でも飲まずにあの場にいれると思うか」

呆れて思わずため息が出る。小心者のジルダートが最後までよくあの席にいたものだと感心していたがカラクリが判れば苦笑するしか無い。

「ま、無理だろうな」

素直に認める。

「辺境伯様が偉いからじゃないんだぞ」

「判ってる、判ってる」

ダイファスとて、あの場に長時間いるのは正直辛かった。

「くそっ、僕でもわかるぐらい殺気撒き散らしてアイツは何考えてるんだ」

2人の脳裏には、1人の青年の姿が浮かんでいた。



テーブルの上には酔いつぶれてレフィーアに辺境伯、そして、シロウがいる。

「我が娘ながら無様というべきかなんというか」

よだれを垂らし、突っ伏して眠る娘を愛おしそうに辺境伯は見ている。

「娘をマクシャまで守ってくれたそうだね」

シロウは何も答えない。

「君のことだ、この子が私の娘などとは知らなかったのだろう?」

辺境伯が青銀の髪を手ですき、風邪を引かないようにとシロウが上着をかける。

「まったく、運命のいたずらというか因果というか」

どこか楽しそうに辺境伯は口元に笑みを浮かべるが、シロウは視線だけを辺境伯に向けている。事実上2人だけになった部屋の気温は、体感で数度は下がっているのではないかとえ感じる。

「1つ聞いて良いかね」

からも1つ問わせて貰えるなら」

シロウの答えに笑みを浮かべ辺境伯は頷く。

「君は何故、私を殺そうとしない?」

辺境伯の問いで更に空気の温度が下がった気がした。隠しきれてなかったシロウの殺気がタガが外れ垂れ流しになる。

「理由がない」

記憶のどこを探してもシロウにとって、自身が辺境伯に殺意を向ける理由が見つからなかった。だから実行には移していない。

「そうか、それはだ」

どこか拍子抜けしたような辺境伯の声。指先でグラスを持ち上げ、残った水越しに殺意の籠もった視線をこちらに向けるシロウを見る。もしも視線だけで人を殺せるなら、間違いなく殺されているとさえ思える強い殺意の籠もった視線。

「こちらからの質問だ」

「どうぞ」

残った水を飲み干し、テーブルにグラスを置く。

「お前はを知っているのか」

「知っているよ」

窓の外では夜の闇を篝火が照らしていた。
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