The Doomsday

Sagami

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カビ臭い土煙が舞い、地下水路を覆いつくされている。無造作に放たれる力の奔流が停滞した空気を撹拌する。地下を流れる水の流れが無数の刃と化して飛来し、名無しが外套でそれを払う。払う一瞬、外套に紅い紋様が浮かぶ。おそらくは魔法避けの呪具が編み込まれているのだろう。私はその光景を事実他人事であるが故にただ、眺めている。

「確かあの方はお弟子さんだったと記憶しておりますが」

半ば無意識に引っ張り込んだ老人、いや、薬術師フルネストを見る。神殿都市に住む者たちに畏怖をもって知られるこの老人の体はまるで骨と皮で出来ているように見える。これでバルドと同じ年代というのだから、扱っているものの危険性がよく分かる。

「ラグルドなら私の弟子だが、違う」

表情無く告げるフルネストの目には何が映っているのだろう。私の知る限り、以前にあった時とラグルドさんの姿形が変わっているようには見えない。

「弟子が新しい玩具に嫉妬した、ぐらいなら分かりやすかったのですが」

思わず口に出してしまう。バルドの顔を立てることと、実益のために敬意を示す態度をとってはいるものの、個人的には嫌いな人間でしかない。

「けど、死なれたら困るのも事実なんですよね」

ため息を付き、この不可思議な状況を頭のなかで整理する。薬の補充と定期診断、あわよくば末弟を生き長らえさせる手段を聞くためにフルネストに会いに来た。だが、彼の研究室の目の前で、どう見ても彼の末の弟子にしか見えない男に襲われている。早々に考えるのを辞める、答えにたどり着くための情報が絶対的に欠如してることだけは分かる。

「まったく状況がわかりません。あれが、お弟子さんでなければ一体誰で、どうなってるんですか」

2人の争いの余波で飛んできた瓦礫を受け止め、握り潰す。思わずやってしまったけれど、兄弟やアマネちゃんには見せれない光景だと思う。

「状況がわかれば、手助けでもしてくれるのか。憎い私が相手でも」

「損得勘定抜きでは無理ですが、損得勘定有りなら選択肢にはなります」

この男がバルドの友人でなく、私や兄弟たちに必要な薬を作る者でなければとっくに殺している。その結果、神殿都市やこの国、或いは人間にどんな影響が出ようと知ったことではない。それが嘘偽りのない本心だった。

「うちの不肖の弟子の形を取っているが、あれは違う。ラグルドにあんな目は出来ない」

土煙越しに見える男の目は、行為と裏腹に酷く澄んでいる。フルネストの言葉は案外真実かもしれない。

「確かに、あんな目は産まれたばかりの赤ん坊じゃなければ出来ませんよね」

フルネストの目が見開かれ、可笑しくてたまらないかのように押し殺した笑い声をあげる。

「いい意見だ。私がソレにたどり着くのに10年は掛かったと言うのに」

よくわからない事を言う。名無しと男の戦いは、男が押しているようだった。魔法避けの外套はボロボロになり、次第にその効力を失っているように見える。

「さて、助けてくれるならお願いできるかな。君が手を貸してくれても勝たしてくれるかは分からないが、少なくともこのままだと負けてしまいそうだ」

笑みを抑えて言うその言葉に偽りは混じってないように思う。

養父ちちに感謝してくださいね」

そう告げた私に向けたフルネストの表情はどこか穏やかで、酷く私を苛つかせた。



バーサッドの酒場、珍しい組み合わせの4人組が座っている。酒場だと言うのに、そのテーブルの雰囲気は妙に硬い。先日の襲撃があったせいか店は盛況でなものの、包帯をしている物の姿が混じっている。

「これはまた、妙な組み合わせになったもんだね」
「僕とアネッサはいつものことだし、アマネ嬢も誘ったから分かるけど」

神殿騎士の2人組、アネッサとマークスはもう1人の臨席者に視線を向ける。神殿騎士団の数少ない文官の1人がそこに座っていた。

「マルバス殿下とバルド様に名代を頼まれたので」

ベリトはそう言って、店員に声をかける。顔なじみなのか店員と軽く世間話さえしている。

「そちらの方がアマネ様ですね。はじめまして、ベリトと申しますよろしくお願いします。バルド様から虫がつかぬように気をつけてくれと頼まれております」

「はい、はじめまして、こちらこそよろしくお願いします」

苦い顔をするマークスの横で、アネッサが声を上げて笑っている。

「って、笑ってたが、団長が来るのかい」

「へえ、こんな場所に来るなんて珍しい」

2人は顔を合わせ不思議そうな表情を浮かべる。団の行事や、祭典などでは酒を飲んでいる姿を見るが団員同士の飲みに参加した話は聞いたことが無い。

「お客様、こんな所で申し訳ございませんが、注文をお願いしても?」

目が笑っていない店員の声に、マークスが首を振る。

「特に問題なければ、全員エールで良いでしょうか」

「異議なし」

ベリトの声に、アネッサが同意する。

「いや、アマネ嬢は流石にお酒はまずくないか」

マークスの声に、アマネに視線が集まる。この国に、明確な酒の年齢制限はないが一般には洗礼が終わった者は問題ないとされている。

「そういや、洗礼は受けてないんだっけ?」

「はい、私は神様を信じていませんから」

さらりと答えるアマネに再びアネッサとマークスが顔を合わせる。

「貴方は凄いですね。なかなか思っていても、素直に口に出せるものではないですよ」

ベリトは彼にしては珍しい本心からの感嘆の声をあげる。神殿騎士団に雇われている以上、今の彼には思っていても言えない言葉だった。3人分のエールと果実ジュースを頼みながら口元に笑みを浮かべる。

「へぇ、ベリトも笑うことあるんだ」

「そうそう、いつも仏頂面の印象で」

アネッサの言葉にマークスがのりかかる、テーブルの下でアネッサがマークスの足を踏んでいるのは、言い様があまりに悪い為だろう。

「心外ですね、私も人ですから。もすれば笑いもしますよ。ただ、まああ多少余裕が無いのは否定はしませんがね」

テーブルに運ばれてくるエールをアマネがそれぞれの前に置いてゆく。

「ふぅん、ま、そりゃそうだね。ちなみにイケる口かい?」

「それなりには」

ベリトは口元に笑みを浮かべる。ともに働きだしてから暫くたち騎士達の性分というのも大分わかってきた。騎士と聞いてどれだけ自分と違う生き物かと思っていたが、思いの外自分たちによく似ている。理由は様々でたどり着いた場所も違うが、ともに普通に生きれなかった者たち。もしも、最初にたどり着いた場所がこちらだったら、娘を喪うこともなかったのかもしれないと詮無きことも考えたことさえある。

「さて、団長達は来るかわからないしとっとと始めちまうかい、乾杯の音頭はマークスでいいか」

「いいかって、何だよ」

大きく息を吐き、マークスがグラスを掲げる。

「神殿騎士団と皆の壮健たらんことに、乾杯」

「乾杯」
「乾杯」
「乾杯」

未来を信じる若者の声に、三者三様の思いとともにグラスが掲げられた。彼らが同じテーブルを囲んだのはこの日が最初で最後になる。



仮設の天幕の中、マルバスとバルドは一枚の地図を見ている。

「どう思う」

「この辺りに拠点が有るなら、今までの被害の分布も納得行くが」

バルドは自身の顎を撫でながら言葉を濁す。

「気になることでも」

「正直に言わせてもらうと『気になること』だらけではあるんだがな」

大きくため息をつく、思い出すのは自身に娘の出来た日。あの日もバルドはマルバスの考えを翻すことはできなかった。

「だが、付き合ってはくれるのだろう」

「ああ、どうも儂は誰かの目的を手助けする立ち回りにいるようでな。で、出立はいつだ」

「明日の朝1に兵に伝えて、昼といったところだな」

「そうか」

顎を再び撫でながら、バルドは何か思案している。

「どうした」

「いや、今晩のタダ酒を飲めるかどうかの計算を」

真面目に答えるバルドの言葉に、マルバスはなんとも言えない表情を浮かべた。



夜の山を駆ける一匹の狼がいる。元は美しい毛並みであっただろうそれは、長期の栄養失調と疲労によりボロボロになっている。

狼は空を見上げると天上には金色の月が輝いている。故郷と変わらない月、兄弟たちと見上げたのはもう遠い昔に思う。あれだけいた家族が、今はもう3人。しかも、その1人生きているかも分からない。

狼の眼から1筋の水が流れる。

どうしてこんな所にいるのか
どうしてこんな事になっているのか
どうして1人なのか

疲れで回らない頭にぐるぐると考えが浮かんでは消える。体力の限界が訪れたのか、狼は勢いのまま崩れおちる。自慢だった毛並みが土にまみれたのが口惜しい。体の体温が失われていくのが分かる。

無理をし過ぎだ

懐かしい言葉が聞こえた気がして、首だけを動かして兄の面影を探す。けれどただの幻聴にしか過ぎないそれに形はない。

狼はただ悲しくて、月に向かって大きく一度吠えた
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