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15:人形6
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「逃したか」
鎧を紅く染めバルドは呟く。鎧はところどころ歪み、その中身である体も少なくない被害を負っている。
「さすがは獣人、無傷では無理だったか」
だらりと垂れた左腕、攻撃を受けた衝撃で肩が外れている。鎧を取り外し肩を入れる。嫌な音と痛みが走る。
辺りを見回すと周囲が紅く染まっている。激しい戦いだった、小細工有りの殺し合い。命の奪い合いにおいて、卑怯を語れるのは夢想主義者か絶対的な強者ぐらいだろう。騎士でありながらバルドはそういう泥臭い戦いを得意としていた。
「しかし、人殺しに長けた獣人というのはここまで厄介だとはな」
以前戦った獣人は、身体能力こそ高かったがそれだけだった。駆け引きも何もないただの力押し、それこそ人形の獣にしか過ぎなかった。けれど今回の相手は違った、獣化前の動きからして一線級の傭兵の動き、獣化せずに戦う事に慣れた者。おそらくは、長年人間の国で傭兵をしていた者。
「全ての傭兵が獣人ではないようだが」
費やした体力と時間にため息をつきながら、鎧を外してゆく。どこに向かうにしろ一刻を争う、鎧はもはや足かせにしかならない。
重い鎧が地面に落ちる、その内側には1つの石が貼り付けられている。模造品と呼ばれる石、フルネストが個人的に提供してくれた皇国の新兵器。この石のお陰で命拾いした。
『遣い手次第で、元来魔法の使えない者も魔法同等のことが出来る』
フルネストの端的な説明に興奮より悪寒を覚えた。魔法の資格は神からの授かりもので、代替物などあってはならない。その大前提があるから成り立っているこの国の価値観を揺るがす存在に思えて仕方ない。
「仕組みは分からないが、使えればいい」
事実その力で命拾いした身で何が言えるだろうか。湧き上がった悪寒を振り払い、現実に意識を戻す。森へと続く血の跡、人猪人猪の男の逃げた方向は第4班の方向。マーカスとアネッサなら瀕死の男に遅れはとらないだろう。
「気になるのは、腕を持っていったということぐらいか」
バルドとの戦いで千切れた腕を持って逃げたのが気になるが、些細な事だろう。部下の亡骸から水袋をちぎり取り、口をつける。戦いの余韻に浸かっている暇はない、万全には遠いが息をつく時間は得ることが出来た。
マルバス殿下を喪えば神殿騎士団は崩れる。なら副団長であるバルドのやるべきことは決まっていた。第1斑の向かった方角へとバルドは駆けていった。
「よお」
男が森から顔を出し、手を上げている。彼女は呆れ気味でため息で答える。
「また男前になったもんだね」
「そういうあんたも、綺麗なもんじゃないか」
彼女は心底呆れたようで、首を振る。軽く獲物を振ると、木に一筋の赤い線が浮かぶ。
「久々にあった時は、大分人間に染まってるように思ったけれど、一皮むけるとあんたも立派な獣人だったってことかね」
男は牙の生えた口を開き、大声で笑う。南から北に来て十数年、傭兵というやくざな商売をしていたとは言え人間として生きてきた。けれど、今日、本来の目的を後回しにして思うままに強い者と戦いたどり着いたのは1つの結論。
俺は強いものと闘うのが好きだ
より強いモノと
より強大なモノと
より#危険_な_・__#モノと。
それはきっと獣人の本能なのだろう、幾ら千年前から代を重ねたとは言え変わらない獣人という種族に課せられた枷。然るべき時に闘うための機能。
「ところで、あんた死にそうだけど」
「ああ、太陽が落ちてきても無理ってやつさ、獣化を解く余力もありゃしない」
男は自らの千切れた腕を彼女に投げる。それを受け取り苦い顔をする。
「自分で渡しに行く余力もないってか」
面倒そうに男の腕を見る。千切れてなお獣化したままの腕、獣人が獣化したまま死んだ時、或いは獣化したままちぎられた体の一部は人形に戻ることは無い。腕を軽く振り回しながら、彼女はその場をゆっくりとその場を後にしようとする。
「全くだらしがない限りだ」
その背に呟きながら男は木にもたれかかる。空を見上げると天上には2つの太陽。故郷の里を出てから今までずっと人間として生きてきた。最後の瞬間だけは獣人として死ぬことが出来るのは幸福だろうか、それとも不幸だろうか。空は繋がっていると人は言う。人獣の誘いがなければ、今もこの先もどこかで野垂れ死ぬまできっと人間として生きていたに違いない。
「お前さんはさ、俺よりしがらみが多かったんじゃないのか」
足元に転がる死体を見て呟く。彼女と同じ色の鎧の死体が周囲に転がっっている。
「根無し草の傭兵と、騎士団じゃしがらみの多さはやっぱり多かっただろうね」
振り返らずに彼女は答える。
視界の彼方に消えてゆく彼女を見送り。再び空を見上げる。全身の感覚は既に無く彼の信じる神であるヘカテへ祈りを捧げながらゆっくりと意識が薄れていく感覚する。
消え行く意識の中、何かの足音がどこか遠くから聞こえた気がした。
洞窟の深部、薄っすらと湿った岩盤に赤い染みがまた1つ増える。
「キマリス殿」
傭兵の攻撃を避けながら、青年の名を呼ぶ。
「どうされましたか、マルバス殿下」
剣を抜くこともなく、傭兵を挟みキマリスがその正面に立っている。団員の死体が転がる中、マルバスは傭兵たちと刃を交えていた。
数の不利の上に不意打ち、更に地の利も相手にある。どう考えても負け戦だ奥歯を噛み締めキマリスを睨む。
(まだ剣を手に前に出てくれれば、やりようがあるものの)
キマリスは後方から指示を出すだけで前に出ようとはしない。実に合理的な戦い方だ、勝てる戦いに不確定要素を増やす必要はない、背中越しに団員の荒い息が聞こえる。
「何が目的だ、私の命か」
マルバスの叫びが洞窟に木霊する。脳裏に浮かぶのは道中で兄への叛意を案に問われたこと、兄がそれを事実だと思い刺客としてキマリスを使ったというならわからなくはない。
「命を奪うのが目的か、という意味ならそれは否定です」
団員の1人が傭兵の隙間を縫いキマリスに剣を振り下ろすが、その剣はキマリスに届く前に違う方向へと吹き飛ばされる。吹き飛ばしたのはキマリスの横に立つ巨漢、洞窟の暗闇で確証はないが、マルバスはその姿に見覚えがあった。
「剣士殿もグルということか」
バーサッドで人狼に止めを刺した大柄の剣士の姿がある。団員が軽く吹き飛ばされた様子を見れば、技量はともかく膂力は尋常ではないだろう。キマリスはマルバスの言葉に静かに頷く。
「彼は同志です」
剣士の顔から感情を読み取ることは出来ないが、行動を見る限り嘘でないのだろう。傭兵たちが巧みな連携でこちらを追い詰めてくる。
「マルバス殿下、もし私どもの目的が知りたいなら我々に降りて頂けませんか」
嘲りの色はなく、敬意すら浮かんでいる口調。
「キマリス殿、順番を間違えたな。話を聞かせたいなら剣を抜く前にするべきだった」
「おっしゃるとおりです。されども、私たちは余りに数が少なく、そして弱い。話した後こういう状況になってしまえば為す術もなく負けてしまうでしょう」
もしこの場にバルドがいれば、或いはマークスやアネッサでもいい。それならば、突破できない状況ではない。けれど、現実はこうだ。キマリスは彼我戦力を冷静に判断していると言わざるをえない。
「しかし、実のところギリギリまで迷っていたのです。ハルファス殿下とマルバス殿下、お二人が噂通りに争っているならば、その選択肢を取っていたかもしれません」
「兄の名が出るということは」
「ええ、私たちは皇国に弓を引きます」
東との開戦が噂される中、バーサッドが反乱を起こす。
(兄が私を暗殺しようとした。それぐらいの話の方が遥かにマシだな)
剣の柄を握る力が自然と強まる。
「バーサッド1つの戦力で、皇都や神殿都市の全軍と相対すると」
傭兵の攻撃を剣で弾く。
「いえ、私たちはそこまで傲慢ではありません。皇都は東の相手をしていただき、神殿都市はマルバス殿下がいらっしゃる」
傭兵たちの攻撃が僅かに緩む。その隙きに1人の剣を払いのけるが、すぐさま他の傭兵が抑えに入り埒が明かない。
「我々反乱軍の担ぐ旗印は、マルバス殿下なのですよ」
予想外の一言に、開いた口が塞がらない。
「ふざけるな」
気合とともに傭兵の1人を切り捨て、返す刃でキマリスに斬りつける。あと一歩が届かない。剣士の豪剣が横薙ぎされ、洞窟の岩盤をマルバスの体が跳ねる。
剣を杖にし立ち上がる。後ろから水の流れる音がする。
「殿下、お気をつけください。この洞窟は地下の水脈と繋がっております。後数歩後ろは崖になっておりまして、そこには北から南に流れる大水脈の1つが流れております」
敵を前に振り返ることは出来ない。キマリスの言葉が正しいとすれば、これ以上後ろに下がるのはまずい。
「聞いた話によると、本来、例年ならこの洞窟には崖など存在しないそうですが、今はこれほどの崖がある」
傭兵と剣士を挟んだまま、キマリスはゆっくりとマルバスの横へと回り込む。自然とマルバスも横を向く形になり、崖が視界に映る。崖の遙か下にゆるやかな水の流れが見える、大水流と言う割には酷く慎ましい。南の水不足の単語が脳裏に浮かぶ。
「気づかれましたか」
キマリスはマルバスを真っ直ぐ見つめている。
「南の水不足はそこまで深刻なのか」
「ええ、皇国領内はともかくそこから南になると一層、ただでさえ雨が少ない上に地下水脈さえ異常な速度『で枯れつつあります」
「獣人の国か」
獣人による賊の増加は今年に入ってから急増している。それが、国内の食糧不足によるものなら合点がいく。
「バーサッドでも独自に援助はしていたのですが、やはり焼け石に水でして」
疲れたような笑み。マルバスは皇都に協力を請えばという言葉を口には出さない。実際にそれを願い出た獣人が断られたことを知っている。
「つまり、バーサッドは獣人のために立つと」
「そうなります」
一部の傭兵たちも無言で頷く。傭兵のなりをしているが、キマリスの思想に賛同する者たちなのだろう。
「叶うならば獣人への理解が深いマルバス殿下が、獣人への援助を断ったハルファス殿下へ異議を唱えるべく兵を挙げるという形にしたいところです。そうすれば、内乱となり日和見の貴族達は手を出さないでしょう」
「つまり、国内の被害を減らすために担がれろと」
「はい、バーサッドが単身が獣人とともに神殿都市や皇都に攻め入ろうものなら、それはよくて反乱、最悪の場合では獣人の国の侵攻と取られるでしょう。そうなれば、国同士の争いとなり戦争の規模は内乱の場合に比べ遥かに大規模となるでしょう」
それは事実なのだろう。だが、そもそもバーサッドが立たないという選択肢は無いのだろうか。
「殿下、同胞は既にマクシャに兵を進めております」
神殿都市の南東、東と南2つの国境近くにマクシャはある。
「ここから我々に出来るのは、南からの侵攻とするか、マルバス殿下による内乱とするかです」
既に逃げ道は無い。どう転んでも争いが始まる。柄を握る手が思わず弱まる。
「キマリスさん、幾らマルバス殿下に死んで欲しくないからってそういう言い方は良くない」
バーサッドで会った、痩せこけた剣士の従者が話に割り込んでくる。
「マルバス殿下、殿下のなさりたいようになさって下さい。担がれるのが嫌なら、この場で殺して差し上げます」
「ダグ」
キマリスが声を荒げる。ダグの目は暗い光をたたえている。
「君は」
「獣人のとりまとめをさせて貰っている者です。僕達には時間がない、そして、僕達は内乱でも戦争でもどちらでもいいんですよ」
それ以上、言葉を交わす必要はない。ダグは暗にそう語り、キマリスは諦めたように口をつぐみんだ。その視線はマルバスに向いている。
傭兵も、兵士も、団員たちも一様にマルバスの言葉を待っている。静寂に水の流れる音が聞こえる。
暫くして、洞窟に金属音が響いた。
鎧を紅く染めバルドは呟く。鎧はところどころ歪み、その中身である体も少なくない被害を負っている。
「さすがは獣人、無傷では無理だったか」
だらりと垂れた左腕、攻撃を受けた衝撃で肩が外れている。鎧を取り外し肩を入れる。嫌な音と痛みが走る。
辺りを見回すと周囲が紅く染まっている。激しい戦いだった、小細工有りの殺し合い。命の奪い合いにおいて、卑怯を語れるのは夢想主義者か絶対的な強者ぐらいだろう。騎士でありながらバルドはそういう泥臭い戦いを得意としていた。
「しかし、人殺しに長けた獣人というのはここまで厄介だとはな」
以前戦った獣人は、身体能力こそ高かったがそれだけだった。駆け引きも何もないただの力押し、それこそ人形の獣にしか過ぎなかった。けれど今回の相手は違った、獣化前の動きからして一線級の傭兵の動き、獣化せずに戦う事に慣れた者。おそらくは、長年人間の国で傭兵をしていた者。
「全ての傭兵が獣人ではないようだが」
費やした体力と時間にため息をつきながら、鎧を外してゆく。どこに向かうにしろ一刻を争う、鎧はもはや足かせにしかならない。
重い鎧が地面に落ちる、その内側には1つの石が貼り付けられている。模造品と呼ばれる石、フルネストが個人的に提供してくれた皇国の新兵器。この石のお陰で命拾いした。
『遣い手次第で、元来魔法の使えない者も魔法同等のことが出来る』
フルネストの端的な説明に興奮より悪寒を覚えた。魔法の資格は神からの授かりもので、代替物などあってはならない。その大前提があるから成り立っているこの国の価値観を揺るがす存在に思えて仕方ない。
「仕組みは分からないが、使えればいい」
事実その力で命拾いした身で何が言えるだろうか。湧き上がった悪寒を振り払い、現実に意識を戻す。森へと続く血の跡、人猪人猪の男の逃げた方向は第4班の方向。マーカスとアネッサなら瀕死の男に遅れはとらないだろう。
「気になるのは、腕を持っていったということぐらいか」
バルドとの戦いで千切れた腕を持って逃げたのが気になるが、些細な事だろう。部下の亡骸から水袋をちぎり取り、口をつける。戦いの余韻に浸かっている暇はない、万全には遠いが息をつく時間は得ることが出来た。
マルバス殿下を喪えば神殿騎士団は崩れる。なら副団長であるバルドのやるべきことは決まっていた。第1斑の向かった方角へとバルドは駆けていった。
「よお」
男が森から顔を出し、手を上げている。彼女は呆れ気味でため息で答える。
「また男前になったもんだね」
「そういうあんたも、綺麗なもんじゃないか」
彼女は心底呆れたようで、首を振る。軽く獲物を振ると、木に一筋の赤い線が浮かぶ。
「久々にあった時は、大分人間に染まってるように思ったけれど、一皮むけるとあんたも立派な獣人だったってことかね」
男は牙の生えた口を開き、大声で笑う。南から北に来て十数年、傭兵というやくざな商売をしていたとは言え人間として生きてきた。けれど、今日、本来の目的を後回しにして思うままに強い者と戦いたどり着いたのは1つの結論。
俺は強いものと闘うのが好きだ
より強いモノと
より強大なモノと
より#危険_な_・__#モノと。
それはきっと獣人の本能なのだろう、幾ら千年前から代を重ねたとは言え変わらない獣人という種族に課せられた枷。然るべき時に闘うための機能。
「ところで、あんた死にそうだけど」
「ああ、太陽が落ちてきても無理ってやつさ、獣化を解く余力もありゃしない」
男は自らの千切れた腕を彼女に投げる。それを受け取り苦い顔をする。
「自分で渡しに行く余力もないってか」
面倒そうに男の腕を見る。千切れてなお獣化したままの腕、獣人が獣化したまま死んだ時、或いは獣化したままちぎられた体の一部は人形に戻ることは無い。腕を軽く振り回しながら、彼女はその場をゆっくりとその場を後にしようとする。
「全くだらしがない限りだ」
その背に呟きながら男は木にもたれかかる。空を見上げると天上には2つの太陽。故郷の里を出てから今までずっと人間として生きてきた。最後の瞬間だけは獣人として死ぬことが出来るのは幸福だろうか、それとも不幸だろうか。空は繋がっていると人は言う。人獣の誘いがなければ、今もこの先もどこかで野垂れ死ぬまできっと人間として生きていたに違いない。
「お前さんはさ、俺よりしがらみが多かったんじゃないのか」
足元に転がる死体を見て呟く。彼女と同じ色の鎧の死体が周囲に転がっっている。
「根無し草の傭兵と、騎士団じゃしがらみの多さはやっぱり多かっただろうね」
振り返らずに彼女は答える。
視界の彼方に消えてゆく彼女を見送り。再び空を見上げる。全身の感覚は既に無く彼の信じる神であるヘカテへ祈りを捧げながらゆっくりと意識が薄れていく感覚する。
消え行く意識の中、何かの足音がどこか遠くから聞こえた気がした。
洞窟の深部、薄っすらと湿った岩盤に赤い染みがまた1つ増える。
「キマリス殿」
傭兵の攻撃を避けながら、青年の名を呼ぶ。
「どうされましたか、マルバス殿下」
剣を抜くこともなく、傭兵を挟みキマリスがその正面に立っている。団員の死体が転がる中、マルバスは傭兵たちと刃を交えていた。
数の不利の上に不意打ち、更に地の利も相手にある。どう考えても負け戦だ奥歯を噛み締めキマリスを睨む。
(まだ剣を手に前に出てくれれば、やりようがあるものの)
キマリスは後方から指示を出すだけで前に出ようとはしない。実に合理的な戦い方だ、勝てる戦いに不確定要素を増やす必要はない、背中越しに団員の荒い息が聞こえる。
「何が目的だ、私の命か」
マルバスの叫びが洞窟に木霊する。脳裏に浮かぶのは道中で兄への叛意を案に問われたこと、兄がそれを事実だと思い刺客としてキマリスを使ったというならわからなくはない。
「命を奪うのが目的か、という意味ならそれは否定です」
団員の1人が傭兵の隙間を縫いキマリスに剣を振り下ろすが、その剣はキマリスに届く前に違う方向へと吹き飛ばされる。吹き飛ばしたのはキマリスの横に立つ巨漢、洞窟の暗闇で確証はないが、マルバスはその姿に見覚えがあった。
「剣士殿もグルということか」
バーサッドで人狼に止めを刺した大柄の剣士の姿がある。団員が軽く吹き飛ばされた様子を見れば、技量はともかく膂力は尋常ではないだろう。キマリスはマルバスの言葉に静かに頷く。
「彼は同志です」
剣士の顔から感情を読み取ることは出来ないが、行動を見る限り嘘でないのだろう。傭兵たちが巧みな連携でこちらを追い詰めてくる。
「マルバス殿下、もし私どもの目的が知りたいなら我々に降りて頂けませんか」
嘲りの色はなく、敬意すら浮かんでいる口調。
「キマリス殿、順番を間違えたな。話を聞かせたいなら剣を抜く前にするべきだった」
「おっしゃるとおりです。されども、私たちは余りに数が少なく、そして弱い。話した後こういう状況になってしまえば為す術もなく負けてしまうでしょう」
もしこの場にバルドがいれば、或いはマークスやアネッサでもいい。それならば、突破できない状況ではない。けれど、現実はこうだ。キマリスは彼我戦力を冷静に判断していると言わざるをえない。
「しかし、実のところギリギリまで迷っていたのです。ハルファス殿下とマルバス殿下、お二人が噂通りに争っているならば、その選択肢を取っていたかもしれません」
「兄の名が出るということは」
「ええ、私たちは皇国に弓を引きます」
東との開戦が噂される中、バーサッドが反乱を起こす。
(兄が私を暗殺しようとした。それぐらいの話の方が遥かにマシだな)
剣の柄を握る力が自然と強まる。
「バーサッド1つの戦力で、皇都や神殿都市の全軍と相対すると」
傭兵の攻撃を剣で弾く。
「いえ、私たちはそこまで傲慢ではありません。皇都は東の相手をしていただき、神殿都市はマルバス殿下がいらっしゃる」
傭兵たちの攻撃が僅かに緩む。その隙きに1人の剣を払いのけるが、すぐさま他の傭兵が抑えに入り埒が明かない。
「我々反乱軍の担ぐ旗印は、マルバス殿下なのですよ」
予想外の一言に、開いた口が塞がらない。
「ふざけるな」
気合とともに傭兵の1人を切り捨て、返す刃でキマリスに斬りつける。あと一歩が届かない。剣士の豪剣が横薙ぎされ、洞窟の岩盤をマルバスの体が跳ねる。
剣を杖にし立ち上がる。後ろから水の流れる音がする。
「殿下、お気をつけください。この洞窟は地下の水脈と繋がっております。後数歩後ろは崖になっておりまして、そこには北から南に流れる大水脈の1つが流れております」
敵を前に振り返ることは出来ない。キマリスの言葉が正しいとすれば、これ以上後ろに下がるのはまずい。
「聞いた話によると、本来、例年ならこの洞窟には崖など存在しないそうですが、今はこれほどの崖がある」
傭兵と剣士を挟んだまま、キマリスはゆっくりとマルバスの横へと回り込む。自然とマルバスも横を向く形になり、崖が視界に映る。崖の遙か下にゆるやかな水の流れが見える、大水流と言う割には酷く慎ましい。南の水不足の単語が脳裏に浮かぶ。
「気づかれましたか」
キマリスはマルバスを真っ直ぐ見つめている。
「南の水不足はそこまで深刻なのか」
「ええ、皇国領内はともかくそこから南になると一層、ただでさえ雨が少ない上に地下水脈さえ異常な速度『で枯れつつあります」
「獣人の国か」
獣人による賊の増加は今年に入ってから急増している。それが、国内の食糧不足によるものなら合点がいく。
「バーサッドでも独自に援助はしていたのですが、やはり焼け石に水でして」
疲れたような笑み。マルバスは皇都に協力を請えばという言葉を口には出さない。実際にそれを願い出た獣人が断られたことを知っている。
「つまり、バーサッドは獣人のために立つと」
「そうなります」
一部の傭兵たちも無言で頷く。傭兵のなりをしているが、キマリスの思想に賛同する者たちなのだろう。
「叶うならば獣人への理解が深いマルバス殿下が、獣人への援助を断ったハルファス殿下へ異議を唱えるべく兵を挙げるという形にしたいところです。そうすれば、内乱となり日和見の貴族達は手を出さないでしょう」
「つまり、国内の被害を減らすために担がれろと」
「はい、バーサッドが単身が獣人とともに神殿都市や皇都に攻め入ろうものなら、それはよくて反乱、最悪の場合では獣人の国の侵攻と取られるでしょう。そうなれば、国同士の争いとなり戦争の規模は内乱の場合に比べ遥かに大規模となるでしょう」
それは事実なのだろう。だが、そもそもバーサッドが立たないという選択肢は無いのだろうか。
「殿下、同胞は既にマクシャに兵を進めております」
神殿都市の南東、東と南2つの国境近くにマクシャはある。
「ここから我々に出来るのは、南からの侵攻とするか、マルバス殿下による内乱とするかです」
既に逃げ道は無い。どう転んでも争いが始まる。柄を握る手が思わず弱まる。
「キマリスさん、幾らマルバス殿下に死んで欲しくないからってそういう言い方は良くない」
バーサッドで会った、痩せこけた剣士の従者が話に割り込んでくる。
「マルバス殿下、殿下のなさりたいようになさって下さい。担がれるのが嫌なら、この場で殺して差し上げます」
「ダグ」
キマリスが声を荒げる。ダグの目は暗い光をたたえている。
「君は」
「獣人のとりまとめをさせて貰っている者です。僕達には時間がない、そして、僕達は内乱でも戦争でもどちらでもいいんですよ」
それ以上、言葉を交わす必要はない。ダグは暗にそう語り、キマリスは諦めたように口をつぐみんだ。その視線はマルバスに向いている。
傭兵も、兵士も、団員たちも一様にマルバスの言葉を待っている。静寂に水の流れる音が聞こえる。
暫くして、洞窟に金属音が響いた。
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