4 / 11
【第3話】休日
しおりを挟む珍しいこともあるものだと、私は一人感心する。
客人が来たと使用人たちに知らされて階下へと降りた私は目を丸くした。
「まあまあ、ヴノスさま! ごきげんよう!」
いつものように笑って、眼前に立つ婚約者を見つめ返す。
いつも曲がっているネクタイが曲がっていない。そのことに少しホッとしている自分がいて、嫌になる。
「……何故、昨日休んだ?」
あらあら、まあまあ!
私は心の中で驚嘆の声を上げてしまった。
「体調を崩しておりましたの」
「……それだけか?」
「ええ、それだけでございます」
にっこりと笑って牽制した。気持ちはお姉さまに成り切ったつもりだ。演技には自信があった。
悟られない、自信があった。
「そうか」
どうして。
どうして、そんなホッとした顔をするのだろう。
「体調は戻ったのか」
「ええ、お陰さまで」
「……そうか」
なんだろう、様子がおかしい。
歯切れが悪そうに話す婚約者さまを不審に思い、私は注意深く彼を観察した。
「その、お前が良ければ、だが」
言葉を詰まらせながら、婚約者さまは意を決したように私の目を見る。
ひどく、真摯な目だった。
「今日、カフェに行かないか」
「……はい?」
なぜ、こうなったのだろう。
自分に問うても、答は得られない。
悩みの種本人に問おうかと思ったが、そんな勇気は端から無い。
「今日は猫か」
「はい、猫は好きです!」
私は笑みを湛えて婚約者さまに応えた。
大丈夫、引き攣ってない。
猫のラテアートに夢中になっているお嬢様。それが今の私、スィエラ=ヴァルディスティだ。
向かいに座る婚約者さまはいつも通りの不機嫌そうなお顔で私を見ている。
文句があるのなら言えば良いのに、言わない婚約者さまが悪い。
私は、悪くない。
「……おい、何を考えている」
しまった、少し気取られたか。
「ヴノスさまのことですわ!」
元気よく模範解答をする。あながち間違いでも無い。
私は、貴方のことしか考えられない。
「……」
「ヴノスさま?」
黙りこくってしまった婚約者さま。何か言いたげに私を見る。
そんな目で見られても、口にしてもらわなければ何も分からない。
何も教えてくれない貴方に、私はどうすることもできない。
逃げてしまおうかと考えて、それは良い案だと胸中でひっそり微笑んだ。
「ああ、いけない! ヴノスさま、私ったら浮かれてしまって、午後に級友と約束しているのをすっかり忘れておりました!」
唐突に席から立ち、私は急きょでっち上げた【約束】の為に慌て始める。
「お名残り惜しいですが、お茶会はこのあたりにいたしましょう」
「待て」
強く腕を掴まれた。
「え?」
「逃げるな」
何を言っているのだろう、この人は?
「あの、本当に約束が」
「お前は嘘をつくとき、親指を隠す癖がある」
掴まれた腕の先、強く握りこまれた親指に視線が行く。
「……よく、御存知で」
冷えた眼差しで彼を見るのは久しぶりだ。
「どういうおつもりです?」
「いい加減、胸糞悪い演技を止めろ」
「なんだ、気付いていらっしゃったの」
肩を竦めてこれ見よがしに溜息を吐く。
「まあ、嫌がっておいでなのを知りながら演技をして参りましたし。気付かれても仕方ありませんね」
それで。
「演技を止めさせて、どうしてほしいのです?」
「……分からない」
「はぁ?」
婚約者さまの返答に、私は思わず目を吊り上げた。
「何です、それ。ふざけていらっしゃるの?」
「ち、違う。お前を愚弄するつもりでは」
態度が変わった私を見て慌てる婚約者さま。
なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
「……はぁ、もう良いです。今日はこれでお開きにしましょう。お望み通り、演技は止めさせていただきます」
まだ掴まれていた腕を外し、テーブルにお金を置いた。
「今日は誘っていただいてありがとうございました。【次】なんて期待しませんので、どうかご安心を」
そう言い捨てて立ち去る。
背を向ける寸前に見た、置いていかれる子どものような顔の彼に、心底苛立った。
12
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢「婚約者には好きな人がいるのに、その人と結婚できないなんて不憫」←好きな人ってあなたのことですよ?
ツキノトモリ
恋愛
ロベルタには優しい従姉・モニカがいる。そのモニカは侯爵令息のミハエルと婚約したが、ミハエルに好きな人がいると知り、「好きな人と結婚できないなんて不憫だ」と悩む。そんな中、ロベルタはミハエルの好きな人を知ってしまう。
【完結】瑠璃色の薬草師
シマセイ
恋愛
瑠璃色の瞳を持つ公爵夫人アリアドネは、信じていた夫と親友の裏切りによって全てを奪われ、雨の夜に屋敷を追放される。
絶望の淵で彼女が見出したのは、忘れかけていた薬草への深い知識と、薬師としての秘めたる才能だった。
持ち前の気丈さと聡明さで困難を乗り越え、新たな街で薬草師として人々の信頼を得ていくアリアドネ。
しかし、胸に刻まれた裏切りの傷と復讐の誓いは消えない。
これは、偽りの愛に裁きを下し、真実の幸福と自らの手で築き上げる未来を掴むため、一人の女性が力強く再生していく物語。
伯爵令嬢の苦悩
夕鈴
恋愛
伯爵令嬢ライラの婚約者の趣味は婚約破棄だった。
婚約破棄してほしいと願う婚約者を宥めることが面倒になった。10回目の申し出のときに了承することにした。ただ二人の中で婚約破棄の認識の違いがあった・・・。
その令嬢は祈りを捧げる
ユウキ
恋愛
エイディアーナは生まれてすぐに決められた婚約者がいる。婚約者である第一王子とは、激しい情熱こそないが、穏やかな関係を築いていた。このまま何事もなければ卒業後に結婚となる筈だったのだが、学園入学して2年目に事態は急変する。
エイディアーナは、その心中を神への祈りと共に吐露するのだった。
自称地味っ子公爵令嬢は婚約を破棄して欲しい?
バナナマヨネーズ
恋愛
アメジシスト王国の王太子であるカウレスの婚約者の座は長い間空席だった。
カウレスは、それはそれは麗しい美青年で婚約者が決まらないことが不思議でならないほどだ。
そんな、麗しの王太子の婚約者に、何故か自称地味でメガネなソフィエラが選ばれてしまった。
ソフィエラは、麗しの王太子の側に居るのは相応しくないと我慢していたが、とうとう我慢の限界に達していた。
意を決して、ソフィエラはカウレスに言った。
「お願いですから、わたしとの婚約を破棄して下さい!!」
意外にもカウレスはあっさりそれを受け入れた。しかし、これがソフィエラにとっての甘く苦しい地獄の始まりだったのだ。
そして、カウレスはある驚くべき条件を出したのだ。
これは、自称地味っ子な公爵令嬢が二度の恋に落ちるまでの物語。
全10話
※世界観ですが、「妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。」「元の世界に戻るなんて聞いてない!」「貧乏男爵令息(仮)は、お金のために自身を売ることにしました。」と同じ国が舞台です。
※時間軸は、元の世界に~より5年ほど前となっております。
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる