私を嫌いな貴方が大好き

六十月菖菊

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【第8話】約束

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「スィエラ、食堂に行くぞ」
「……」

 午前の授業を終えて昼休みに入った私のもとに、婚約者さまが現れた。

「聞こえなかったか?」
「ええと、いいえ。聞こえておりました」
「それならばいい。早く立て、食堂に行く」
「でも、私お弁当がありますわ?」
「それなら食堂で弁当を食べればいい。俺は食堂の定食を食べる」
「……ええと」

 助けを求めるように級友を見ると、とても愉しそうな顔をしていた。

「いいじゃないかスィー。偶には、婚約者さまと食べてきな」

 ひらひらと手を振って、見送る気満々である。

 ────エラトマさまに見捨てられた!

 がーん! とそんな効果音が聞こえてきそうな私の心境を知ってか知らずか、婚約者さまは紳士的に手を差し伸べてくださる。

「……」

 しばらく悩んだ後、渋々その手を取った。




 私を連れだって、賑わい出した廊下を進んでいく。
 触れている手が熱くて、火傷してしまいそうだった。

「いつも弁当か?」
「は、はい」
「そうか。俺は荷物を増やしたくないからいつも食堂で済ませる。種類も豊富で毎日飽きない……そうだ、お前さえ良ければ俺のものと少し交換しないか」
「へ……?」
「男爵家の弁当は絶品だと、エラトマ嬢から聞いた」
「ええと……その、はい?」
「特に卵焼きが美味いらしいな。味だけでなく栄養価も考慮していると。今度公爵家でも弁当を頼んでみるか」

 歩きながら真顔で言われた言葉の数々に口がぽかんと開きそうになる。
 婚約者さまが、私に対してこんなに話すことなんてあっただろうか。

「着いたぞ。俺はいつも窓際の席を取るが、スィエラは好みの席はあるか?」
「いえ、特には……」
「そうか。晴れているし、偶には屋外の席でも取るか」

 人混みを避けて、屋外の席へ。

「注文してくる。先に食べたければ食べていてもいい。水はいるか?」
「……お願いしても?」
「分かった。待っていろ」

 再び屋内に戻っていく背中を見送って、しばらく呆然としてしまう。

 ────いったい全体、どうしたというのだろう?

 嫌いでいてくれと願ったあの日から、一週間が経つ。
 その間に、あのひとに何があったというのか。

「頭を打ち付けたのかしら……」

 何故だか落ち着かなくて、そわそわとしながら彼が戻るのを待った。
 弁当を先に広げて食べようなどと、思いもしなかった。



 結局、戻って来た彼が注文した定食と、私が持参した弁当を突き合わせて。定食に乗っていた唐揚げが気になって、彼が気にしていた卵焼きと交換した。

「甘いな」
「お砂糖が入っておりますので」
「だが美味い。やはりうちでも作るか」

 どうやら真剣に弁当を作らせようか考えているようだった。

「あの、唐揚げも美味しいです」
「だろう? 一介の食堂とはいえ、なかなか良い味付けをする……おい、どうした。そんなに目を見開いて」

 世にも珍しいものを見てしまった。

「し、失礼しました。その、えっと」

 咄嗟に誤魔化そうかと考えて、反射的に親指を握りこみそうになる。
 それに目敏く気が付いた彼が私の手を攫った。

「別に怒らないから、正直に言え」
「ですが……」
「お前に嘘をつかれるのは、かなしい」
「!」

 ────どうして今日はそんなに素直なの?

 あまりのことに【兆し】も無いのに息が止まりそうになる。
 ああいやだ。少しでも拒絶して、逃げてしまえばよかった。

 ────でもそうしたら、この人はまた泣いてしまうのでは?

 それも嫌だと思った。

「……ヴノスさまが、初めて笑ってくださったから」

 消え入りそうな声で告げると、一瞬きょとんとした顔になって、それからまた笑ってくれた。

「そうか。俺はあまり笑えてなかったのか」

 これからは気を付ける。
 そう言った彼をまじまじと見つめてしまった。

「お前は、俺に嫌われることを望んでいる。合っているか?」
「……」

 声が出なくて。仕方なくこくりと頷いて応えた。
 すると、彼はとんでもないことを言い始めた。

「申し訳ないことに、どうやら俺はお前を嫌いになれないらしい。だが、お前は俺から嫌われたいと望んでいる。心の問題はどうしようもできない。せめて、お前の意に沿えるよう尽力する。だから、これからは何か【望み】があれば隠さず言ってほしい。頼むから、俺に【嘘】をつくのは今後一切やめてくれ」
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