私を嫌いな貴方が大好き

六十月菖菊

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【第9話】決壊

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 ────あれから、あっという間に時は過ぎた。

 ヴノスさまは以前に比べて私と会話をするようになったし、一緒に行動することも増えた。
 とは言っても、どこまでも紳士的で。悪く言えば、腫れものに触るような扱いだった。
 だから、包み隠さず私は訴え出た。嘘をつくときの癖を見破られているため、隠すこともできなかったからだ。

『お願いします。もっと普通に接してください』

 ヴノスさまは困惑顔になった。

『普通とは?』

 私は言葉に詰まってしまった。
 下手をすると、今までひた隠しにしてきた【願い】も言ってしまいそうになったから。



「……普通って何でしょう?」

 困った時こそ、級友の出番である。
 助けを求めるように尋ねると、あっけらかんとした回答が返って来た。

「やりたいことを好きなようにやることさ」

 ────ああ、やっぱりこのお方は意地悪だわ。

「……もう、諦めた方がいいのでしょうか」
「それは違うだろう」

 何を言っているのだ、こいつは。と、呆れた顔をされる。

「諦めるのとはわけが違う。やりたいことに、やる気を出していいってことさ」

 だってそれが《人間》だろう?







「……どうした?」

 心底心配そうな顔をして、ヴノスさまが私を見つめている。

「何か悩みがあるのか? 成績が芳しくないのか? この間の定期試験では上位に入っていただろう? 点数も悪くなかったし、むしろ高得点だったし……まさか、体調が優れないのか? 冬は冷え込むからな、もう少し暖かい服装に……おい、ちょっと待て、何故泣く!?」

 とても、とても優しい言葉たちだ。
 それを紡いでいるのがヴノスさまだから、尚更タチが悪い。

「ひっぐ……!」
「くっ、確かこういうときはあまり刺激を与えるべきではないと確か教本に」

 どんな教本ですか、それ。

「力不足ですまないスィエラ。エラトマを呼んでくるから、少し待て」

 ────いやだ、いかないで!

 必死に手を伸ばして、彼の服の裾を掴んだ。

「おねがい、いかないで」
「いやしかし」
「おねがい。もう、どこかにいかないで。そばにいて。おねがい、きいてくれるなら」

 ────厄介者と、罵ってくれても構わないから。

「きらわれてもいい。ずっと、ずっとそばにいて」

 ────好きなの。

 一番言いたい言葉を頑張って胸の中に押し込んで、伝えられる精一杯の想いで引きとめる。




『私ことスィエラ=ヴァルディスティは。貴方に初めて会ったあの瞬間に、一目で恋に落ちました』

 お祖父さまも、お父さまも。代々続くヴァルディスティの血を引く者は、一目惚れした相手を決して逃さなかった。
 囲って、逃げ道を塞いで、自分だけの世界に閉じ込めてしまう。
 お祖母さまもお母さまも幸せそうで何よりだけど、それは偶々相手が良かっただけであって。
 私は怖かった。
 この脆弱な身体を理由に、好きな相手を縛りつけてしまうのではないかと。



 ────やっぱり、私はこの人を縛ってしまう。

 不自由な私と結ばれてしまう、可哀想な人。
 せめて、この自分勝手な想いからは逃がしてあげなくちゃ。
 この人はどこまでも空高く飛べる鳥のように在るべきなのだ。



「スィエラ」

 声が震えているわ、ヴノスさま。
 やっぱり嫌だったのね。それもそうよね、【演技】をしている間も随分嫌がっていたもの。

「なぁ、スィエラ。俺のこと、好いてくれるのか」

 耳を疑った。
 驚いて顔を上げると、雫が降って来た。

「俺、お前のことを好いてもいいのか。お前が拒んでいた愛を、お前に求めていいのか」

 前に追いかけられて泣かれた日を思い出す。
 ぼろぼろとみっともなく泣く彼はどうしようもなく情けなかったけれど。

「────すき」

 ぽろりと、口から愛がこぼれた。

「すき、あなたが、すきなの」

 息が詰まる。
 発作が起きたときのように苦しい。
 愛おしさが溢れ出て、これ以上言葉にならない。

「ありがとう。ありがとう、スィエラ」

 涙でぐしゃぐしゃの顔を互いに擦りつけ合って、まるで猫のじゃれあいのようだ。

「おれも、すきだ」

 恐る恐る私の身体を抱き寄せて、ぴったりと身体をくっつけた。
 高鳴る二つの心臓を重ねて、私たちは気の済むまで泣いて愛をこぼしたのだった。
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