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【第2章】帝都にて
【第1話】幼馴染は諌め損ねる
しおりを挟む「突然ですが、帝都に行くことになりました!」
「本当に突然だね母さん」
アヴィメント家の日課のひとつでもある午後三時のおやつの時間。テラスに集まって家族団欒に勤しんでいると、アンフィトリテが唐突にそう宣言した。
「なになに、夜遊び? もう若くないんだから程々にしなよ」
「違います~。明日の夜に皇帝陛下主催の夜会に出席するの!」
「えー、マジで?」
ゲンナリとした顔でミゼルスは母親を見る。
「母さん、不敬罪で訴えられないでね」
「まぁっ、失礼しちゃう」
「アンは何でも素直に言ってしまうからね」
「ガイまでなんてこと言うの! 私、ちゃんとご挨拶できるもの!」
「心配だなぁ」
そこまで他人事のように相槌を打っていると、ふと自分に向けられている両親の視線に気が付く。
「あれ、もしかして私も出席しなきゃいけない感じ?」
「当たり前でしょう? というかミゼちゃん、貴女ご指名されてるわよ?」
「げげぇ、あの皇帝陛下に?」
「ティアブル殿下からのご招待だよ」
「まさかのティア?」
幼馴染の顰め面が頭を過ぎり、ミゼルスも釣られるように顰め面になる。
「まさか私をパートナーにするつもりじゃあないだろうな、あの顔面コミュ障」
「こらこら、そんな呼び方をしたら駄目だよ」
「だって父さん、アイツ私より一年先に社交界デビューしてるくせに未だに婚約者がいないんだよ。ヤバくない?」
「ミゼちゃんが立候補してあげたら?」
「却下。皇族なんかと婚約したら自由気ままに勉強できないじゃん。やっと航海術の授業が来月から受けられるのに、今さら花嫁修業にシフトチェンジとか絶対嫌だからね」
それに。
「私は世継ぎ産めないし、意味無いでしょ」
「……ミゼ」
悲しげな声に父を見遣れば、優しく頭を撫でられた。
「子どもを産めなくとも、幸せな結婚はできるよ」
「……そりゃあ、目の前にいる二人を見てれば分かるよ。そのくらいはさ」
元々、母アンフィトリテは不妊症だった。そんな彼女は16年前、奇跡的に生命を授かった────それが、ミゼルスである。
しかしそのミゼルスも診断の末、不妊症であると判明した。子宮が機能を完全に停止している。アンフィトリテはまだ可能性があった上での奇跡の出産だったが、ミゼルスの身体は受精することすら叶わない。
「いや、別に子どもは要らないよ。アヴィメントに跡継ぎを産めないのは残念だけれど、仕方の無いことだし。いざとなれば商会の若い衆から養子に引き込んで跡を継いでもらえば……」
「ミゼちゃん」
娘の目を、母はじっと見つめる。
「私はミゼちゃんの子どもが見たいわ!」
ガクッ、とミゼルスはその場でズッコケる。
危うく落としかけたティーカップを何とか持ち直し、ゆっくりとソーサーに置いた。
「あのねぇ母さん。出産どころか妊娠すら絶望的だってお医者様に言われたでしょうが。忘れちゃったの?」
「でも、私はミゼちゃんを産めたもの! ミゼちゃんだって産めるはずだわ!」
「なにそのパワフルな根拠の無い確信」
目をキラキラとさせて熱弁する母親にやれやれと肩を竦める。
「そこまで言うなら、今度の夜会で適当に見繕うことにするよ」
「殿下はいいのかい?」
「なんだって私が帝都に出向いてまで幼馴染の世話をしなくちゃいけないんだ」
「そうではなくて、殿下が相手ではやはり不満かい?」
「私の夢が叶わなくなるじゃん。皇族の一員になるなんて、自分から檻に入るようなもんでしょ…………ん? ちょっと待てよ、アヴィメント商会には得になるかな? 外交を口実にすれば海には出られるし、皇族の権威で商売し放題────」
「ミゼ」
今度は苦笑いを浮かべて、父は娘を制止する。
「夜会は殿下についてあげなさい」
「ええぇぇ! なんで?」
「殿下が可哀想だ」
「なにそれー!?」
不服そうな声を上げるミゼルスだったが、父の柔和かつ有無を言わせない圧力には勝てず、渋々了承することになった。
◇ ◆ ◇
「────というわけでだ、断るなら今の内だぞティア」
「断るも何も元々そのつもりでお前を招待したんだが」
「君なぁ! もう少しまともな人脈はないのか!」
「お前が幼馴染という時点で察してくれ」
遠目から見る限りは、顰め面の帝甥殿下と笑顔でエスコートされている辺境伯令嬢の図であるが、会話の内容はただの幼馴染コントである。ミゼルスが一方的にキレているだけだが。
「まあ見て、ティアブル殿下よ」
「今日も凛々しいお顔付きですこと」
「隣にいらっしゃるのはアヴィメント辺境伯の……」
「お二人は幼馴染だとか」
「ずいぶん仲がよろしいのね」
遠巻きに囁かれる声に溜息を吐きたくなる。
メースン=レディティム帝国の貴族たちには物好きが多く、比例して噂好きも多い。件の皇帝陛下の不能説もその一つに数えられている。
「では、次の皇妃様は……」
────相変わらず好き勝手言ってるなぁ。
次に言われる内容を容易に予想できたミゼルスは思わずニヤリと嗤った。
「────ミゼルス嬢は、子どもを産めないそうよ」
「お世継ぎも産めないのに、どうやって殿下に取り入ったのかしら」
「子どもは産めなくても……ねぇ?」
「あら、はしたないこと」
クスクスクスと、談笑は嘲笑に早変わりする。
それに呼応するように、ミゼルスも笑みを深めた。
────人の【悪意】ほど、心地の良いものはない。
例えそれが、自分に向けられたものであっても。
「……これはこれで来て良かったかもしれないな」
「ミゼルス?」
ニヤニヤと笑うミゼルスの視線を追って、ティアブルも貴族たちに目を向ける。
ティアブルに見られていることに気がついた貴族たちが、気まずそうに視線を逸らした。
「ほらほら。そんな顰め面でいるから嫌われちゃったじゃないか」
「? そうなのか」
「……この顔面コミュ障め」
通常運転の幼馴染に嘆息しつつ、ミゼルスはその貴族たちの輪へと自ら足を向けた。ティアブルも影のように後ろから付いてくる。
「ごきげんよう、皆様」
「ご、ごきげんよう」
まさかミゼルスからこちらへとやって来ると思いもしていなかった貴族たちは、あからさまに動揺する。
「ティアブル殿下もご機嫌麗しゅう……」
「…………ああ」
ミゼルスの後ろに従者の如く控えているティアブルにも戦々恐々しながら声を掛けるが、ティアブルは全く興味なさげに相槌を打つのみである。
(ああって何だよ、ああって! 皇族の礼儀教育はどうなってんだ)
幼馴染の受け答えに呆れるも、外面の笑みは崩さない。ミゼルスはそのまま、挨拶の口上を述べる。
「お初にお目にかかります。わたくしは辺境伯ガイオス=ノシェ=アヴィメントの娘、ミゼルス=マイアープ=アヴィメントと申します。辺境育ちのため多少の無作法はあるかと思いますが、どうかご容赦お願い致します」
身を包む青のドレスの裾を少しだけ持ち上げて会釈をする。それは本人が口にした「無作法」からは程遠い、完璧な所作であった。
「……あら」
そして固まる貴族たちをざっと見回して、わざとらしいセリフを吐く。
「なんて素敵なドレス……帝都はやはり流行の最先端ですわね。そちらの深緑のドレスのお方、もしやアヴリス店でご購入を?」
指摘された令嬢がハッとした顔になる。
「よくお分かりに……確かに、このドレスはアヴリスで購入したものですわ」
「やはりそうでしたか。我がアヴィメント商会でも懇意にしているドレス店でして、デザインの腕はもちろん、値段も良心的です。帝都ではまだ新参の店なのですが、アヴリスを見出した貴女は良い審美眼をお持ちですわね。これからもアヴリス店をよろしくお願いします」
「まあまあ……」
自身の見立てを褒められ、令嬢は満更でもない顔になる。
「ミゼルス様はまだお若いのに、もう商会のお手伝いを?」
「手伝いと申しますか……跡取りがわたくししかおりませんので、今の内に父と母について回って勉強をしております」
────不妊症の母がこれ以上子どもを産むことができないため、アヴィメントの後継者は私だけ。つまるところ、皇妃になるつもりは一切ない。
暗に言葉の裏で、ミゼルスはそう彼女たちに伝える。
相手もそれを察したのか、再び身を固くした。
「そ、そうなのですね。ご立派だわ」
「滅相もございません。まだ半人前の身ですので、これからも精進致します。ところで────」
薄らと糸目が開く。ラピスラズリの瞳が狡猾な光を湛えて獲物を品定めする。
「風の噂でお聞きしたのですが、近頃の帝都では殺人鬼が出るとか……?」
《殺人鬼》。
その言葉を聞いた途端、目の前の彼女たちの顔色が一斉に青くなった。
それに気付かない振りをしてミゼルスは続ける。
「狙われているのは貴族で、一人のみならず一家皆殺しだとか……恐ろしいですわ。辺境とは言え、わたくしも貴族の端くれ。気を付けないといけませんわね」
「ミゼルス」
それまでずっと黙っていたティアブルが名前を呼ぶ。
「そろそろ伯父上が来る」
「もうそんな時間か。……それでは皆様、わたくしはこれにて失礼致します。お話していただき、ありがとうございました」
挨拶もそこそこに、最後にもう一度頭を下げてからその場を去る。
「先程の殺人鬼の噂、本当か?」
隣からティアブルが歩きながら訊ねてくる。それにミゼルスはニヤニヤと笑い「本当だよ」と答えた。
「三ヶ月程前から、貴族を狙った殺人事件が起きている。貴族は一家全員殺されているのに対して、使用人などは誰一人として殺されていない。使用人たちを疑う声もあるが、使用人のほとんどは田舎から奉公に来ている平民だ。雇い主である貴族が死ねば必ず路頭に迷う。彼らが犯行に及ぶのは考えにくい。被害はこの三ヶ月間起こり続けているところを見ると、犯人はまだ捕まってはいない。明日は我が身かもしれない────そんな不安が、今の帝都を覆っているのさ」
「楽しそうだな」
「だってワクワクするじゃないか、こんなの!」
言葉の通り、ミゼルスは瞳を煌めかせていた。
「もしかしたらその殺人鬼が、私を殺しに来てくれるかもしれないし────」
「ミゼルス、やめろ」
ティアブルが顰め面を通常の五割増しにすると、更にミゼルスは嗤う。
「素直でイイなぁ、ティアは」
「…………ミゼルス」
五割増しから七割増しに変わる。幼馴染が本気で怒っている証拠だった。
「君が勿体ぶるのがいけない。後悔しないように、早いところ約束を果たしてくれ」
「……分かってる」
────解ってないなぁ、この顔は。
ミゼルスに指摘されたことにより怒りを退かせたその顔には、彼女にも見覚えがある。分かっていて、かつ解っていない顔だ。
ティアブルは幼馴染からの依頼を弁えているつもりでも自分の中で割り切れず、理解するまでには至っていない。
この十数年で何度も見てきたのだ。今さら幼馴染の考えていることなど、表情の変化ひとつでお見通しである。
(ああもう、これだからやめられない────)
苦渋の表情をする幼馴染を前に、ミゼルスはひとり満足する。
心を占める感情に名前をつけるとしたら、そう。
────愉しくて、堪らない。
悪意の蔓延る社交場にて。
愉悦に浸る少女は不穏な笑みを携えて、更なる愉しみに向けて歩き出した。
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