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シオン=レシグナ
【2】秒で諦めて、案の定飽きられる。
しおりを挟む婚約期間すらすっ飛ばして結婚に至った理由を、嫁いだ初日に公爵邸で聞かされたとき、思わず彼の父親であるガンシア公爵に同情した。
なんでも息子のアロー様は大変な放蕩息子であるからにして、16歳にしてとんでもない火遊びっぷりを世間に露呈してきたという。
自信過剰。自意識過剰。世界は自分を中心に回っている。そんな人。
だから公爵様は彼に枷を付けることにした。私という、妻と言う名の枷を。
「あ、これ無理だ」
客間に通されてその話を聞いて、つまるところ私にアロー様の手綱を引いてほしいと言いたいらしいというのを理解して。
誰もいなくなったのを見計らってポロリと口から諦めを吐きだした。
「私なんかがアロー様みたいな自由人、制御できるはずがない」
ああ、ここでも早々に見限られるんだろうな。
遠い目をしてソファーに座っていると、ノックも無しに扉が開いた。
「シオン=レシグナ! 俺の妻! お前はこの世で一番幸運だぞ!」
本当に?
突然部屋に入って来た笑顔の彼に思わず尋ねてしまいそうになる。
「なんたって美しく優秀な次期公爵である俺の伴侶となれるのだから!」
ああ、本当にこの人は眩しいな。羨ましい。
自信たっぷりにのたまう彼が輝かしくて、私は目を細めた。
「そうですね」
「そうだろう!」
完全な棒読みでも、この人は気付かない。
仮初の結婚生活は、思った通り直ぐに瓦解し始めた。
地味で平凡で何のとりえもない私など、初めから要らないものなのだと気が付いていた。
早々に私に飽きた彼は愛人たちを囲いだした。
気付けば結婚して五年が過ぎており、別の屋敷を建てたアロー様はそこで私よりも美しく華やかな女性を何人も愛でている。
正直に言って、どうでもいい。
だって、初めからとっくに諦めていたもの。
「そんなあなたにお話があって参りました」
胡散臭い笑顔で────正確に言うと糸目なので笑っていないのかもしれない────海色の髪の彼女は私に言った。
「シオン=レシグナ嬢────いえ、ガンシア公爵夫人。娼婦として働いてみませんか?」
「?」
私は首を傾げた。
「それは命令でしょうか?」
「いいえ、勧誘でございます」
「勧誘は初めてですね」
そう。
命令や強要なら数え切れないほど。
「勧誘は、どうしたらいいのかしら……?」
返答に困って、オロオロしてしまう。
「どうしましょう」
「損得のお話をしましょうか」
マルと名乗った高級娼館のオーナーは、ひどく優しげな声音で説明を始める。
「損としてはまず、あなたは貞操を喪います。次に名誉。公爵夫人としての顔に泥を塗ります」
「はあ」
「しかし利点もいくつか。娼館で働けば、あなたの夫を見返すことができます。性技を学べばその分、公爵様との閨に大いに貢献できるでしょう。何よりお金を女性の身で稼ぐことができます。好きなものを、自分の稼いだお金で買うことができますよ」
「はあ」
マルはニッコリと笑う。
「これはあくまで勧誘でございます。もし、ここが嫌になったのであればいつでもお声かけくださいませ。お力になります」
「それはご親切にどうも……?」
最後に名刺を渡されて、あっさりとマルは帰っていった。
しばらく呆然として、シオンは名刺を眺めていた。
「娼婦……娼婦かあ」
それもやむなしなのかもしれない。
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