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シオン=レシグナ
【5】秒で諦めて、死を選ぶ。
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今までに命令される度に全てを諦めて受け容れてきた私だが、どんなに頑張っても受容できないものも中にはある。
例えばそう、私以外の人間の意思を変えることだ。
「お前のせいでアローがおかしくなった!」
「返して、私たちのアロー様を返してよ!」
囲われていた愛人たちが、アロー様の留守を狙って私の部屋へ急襲をしかけてきた。
返してと言われても、私にはどうすることもできない。
こんな状況にしたのは全て、アロー様の意思なのだから。
「申し訳ありません」
仕方ないので謝ることにした。それしか思いつかなかったからである。
「謝って済むわけがないでしょう!」
強い衝撃が頬を打つ。
打たれるのは随分久しぶりなことだ。義母は元気にしているだろうか。
どうでもいいことを考えていれば、二度目の衝撃がやって来る。
「アロー様を返しなさいよ!」
何度か打たれた後、立てなくなった私は床へ崩れ落ちる。
追いかけるように、愛人たちの手は尚も襲ってくる。
頭と腹を重点に全身を蹴られる。ついには首へと標的が変わり、細腕が有らん限りの力で締め上げてくる。
「死になさい! 死んでしまえ!」
────やっとだ。
私、やっと、死ねるんだ。
嬉しくて涙が出た、そのときだった。
「────シオン!」
首の圧迫感が消えた。
次いで、力強く抱き上げられる。
「シオンが、泣いている」
変なところに目敏い。
ぼんやりとした頭でそんな感想を抱きながら、私はそのまま気を失った。
ずっと、ずっと。
私は死にたかった。
ただ、自分で死ぬのが恐ろしくて。
仕方ないから、ずっと生きてきた。
父が娼婦にうっかり子種を蒔いてしまって出来たのが私。
母である娼婦は面倒を見切れないからと、産み落として早々父に私を押し付けた。
レシグナ子爵家の卑しい妾腹の子。貴族社会で私は悪い意味で有名だった。
卑しい娼婦の血を引く娘。貴族の恥晒し。
皆、私の名を聞けばすぐに好奇の目を向け、蔑み、そして疎んじた。
だから、嬉しかったのかもしれない。
「ふうん。お前、レシグナ子爵のところの妾腹か」
事も無げに、興味無く軽く聞き流した彼の言葉は、私にとって救いだったのかもしれない。
貴族との会話で、あんなに会話が続いたのも彼が初めてだったから。
自分しか見えていない分、他人なんてどうでもいいと思える彼からの扱いは、私が真に望んでいたものだったのだろう。
確信することはできなかったが、ひとつだけ。
────嫌いだ。
泣きながら彼が言った言葉を嘘と思えた瞬間、胸が苦しくなるほど嬉しいと感じた。
愛を知らずに育ってきた私が、ようやく知ることができた感情だった。
ありがとう、アロー様。
私を愛してくれて、ありがとうございます。
死ぬことは恐ろしいけれど、アロー様の腕の中なら安心して逝けます。
────さようなら。
例えばそう、私以外の人間の意思を変えることだ。
「お前のせいでアローがおかしくなった!」
「返して、私たちのアロー様を返してよ!」
囲われていた愛人たちが、アロー様の留守を狙って私の部屋へ急襲をしかけてきた。
返してと言われても、私にはどうすることもできない。
こんな状況にしたのは全て、アロー様の意思なのだから。
「申し訳ありません」
仕方ないので謝ることにした。それしか思いつかなかったからである。
「謝って済むわけがないでしょう!」
強い衝撃が頬を打つ。
打たれるのは随分久しぶりなことだ。義母は元気にしているだろうか。
どうでもいいことを考えていれば、二度目の衝撃がやって来る。
「アロー様を返しなさいよ!」
何度か打たれた後、立てなくなった私は床へ崩れ落ちる。
追いかけるように、愛人たちの手は尚も襲ってくる。
頭と腹を重点に全身を蹴られる。ついには首へと標的が変わり、細腕が有らん限りの力で締め上げてくる。
「死になさい! 死んでしまえ!」
────やっとだ。
私、やっと、死ねるんだ。
嬉しくて涙が出た、そのときだった。
「────シオン!」
首の圧迫感が消えた。
次いで、力強く抱き上げられる。
「シオンが、泣いている」
変なところに目敏い。
ぼんやりとした頭でそんな感想を抱きながら、私はそのまま気を失った。
ずっと、ずっと。
私は死にたかった。
ただ、自分で死ぬのが恐ろしくて。
仕方ないから、ずっと生きてきた。
父が娼婦にうっかり子種を蒔いてしまって出来たのが私。
母である娼婦は面倒を見切れないからと、産み落として早々父に私を押し付けた。
レシグナ子爵家の卑しい妾腹の子。貴族社会で私は悪い意味で有名だった。
卑しい娼婦の血を引く娘。貴族の恥晒し。
皆、私の名を聞けばすぐに好奇の目を向け、蔑み、そして疎んじた。
だから、嬉しかったのかもしれない。
「ふうん。お前、レシグナ子爵のところの妾腹か」
事も無げに、興味無く軽く聞き流した彼の言葉は、私にとって救いだったのかもしれない。
貴族との会話で、あんなに会話が続いたのも彼が初めてだったから。
自分しか見えていない分、他人なんてどうでもいいと思える彼からの扱いは、私が真に望んでいたものだったのだろう。
確信することはできなかったが、ひとつだけ。
────嫌いだ。
泣きながら彼が言った言葉を嘘と思えた瞬間、胸が苦しくなるほど嬉しいと感じた。
愛を知らずに育ってきた私が、ようやく知ることができた感情だった。
ありがとう、アロー様。
私を愛してくれて、ありがとうございます。
死ぬことは恐ろしいけれど、アロー様の腕の中なら安心して逝けます。
────さようなら。
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