秒で諦める、その前に。

六十月菖菊

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シオン=レシグナ

【END】秒どころか、瞬きする間もなく。

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「────それでは、貸出期間は二週間です。ご利用ありがとうございました!」

 ニコニコと満面の笑みを浮かべる、赤いカチューシャを付けた可憐な少女に見送られながら図書館を出る。

「お待たせしましたアロー様」
「遅いぞシオン! 本を選ぶのに三十分もかけるな!」
「はい。次はもっと早めに選びますね」

 分厚い本を数冊腕に抱えて少しよろよろとしているのを見咎めて、アロー様がそれらを私から取り上げた。

「先に屋敷に運んでおいてくれ。一時間後、またここに」
「畏まりました」

 従者に本を預けるや否や、手を引かれて歩きだす。

「ほら、お前が遅いから昼を少し過ぎてしまった」
「大丈夫ですよ。この時間ならまだ空いています」
「分からないだろう。お前の友人とやらが経営する店なんだ。こうしている間にも行列のできるレストランになってしまっても可笑しくはない」
「私の友人を褒めてくださってありがとうございます」
「俺が褒めているのはガンシア公爵である俺の妻が認めた店だ」

 つまり同じ意味である。

「いらっしゃいませ……あら、シオンじゃない。旦那様もご一緒に?」

 店に入ると直ぐにカウンターに立つ友人の姿を捉えた。

「こんにちはビルトゥ。席は空いているかしら」
「ええ、余裕で空いているわ。お好きな席へどうぞ」

 それならばと、早速夫の手を引いてカウンター席に座る。

「アロー様、こちらがメニューです」
「ああ」

 隣り合って一つのメニュー表を覗きこむ。

「オススメはオムライスとハンバーグのセットメニューです」
「お前はどちらを食べたい?」
「今日はハンバーグな気分です」
「ならばオムライスにしよう」
「スープも選べるんですよ。クリームスープとコンソメスープ」
「ではコンソメスープを」
「かしこまりました」

 オーダーを受けてビルトゥはキッチンへと入っていく。
 それを見送りつつ、私は一度閉じたメニュー表をもう一度開いた。

「どうした、他に何か頼みたいものでもあったのか」
「いいえ。ただ、このメニューに描かれた絵が可愛らしいものですから、待っている間によく眺めるんです」
「まあ確かになかなか上手いな。描いたのはあの友人か?」
「よくお分かりになりましたね。彼女、絵がとても上手なんですよ」

 アロー様と揃ってメニュー表を鑑賞していれば、苦笑いを浮かべたビルトゥがサラダを持ってやって来た。

「大した絵じゃないんだから、そうマジマジと見ないでくれる?」
「大した絵ですよビルトゥ。家に飾りたいくらいです」
「やめてやめて。お貴族様の家にデフォルメされた猫の絵なんて飾らないでよ、頼むから」

 ことりと、木で作られた器に盛られたサラダが置かれる。

「いただきます」
「ええ、召し上がれ」

 シャキシャキとした食感が心地いい。
 友人特製だというドレッシングが絶妙に絡んだそれは、私のお気に入りのひとつである。

「我が家のサラダにも使いたいです」
「教えてあげたいけど、うちのシェフが許可くれないのよね」
「残念ですが、仕方ありませんよね。また食べにくるので大丈夫です」
「いつもご贔屓にどうも。ドリンクサービスしてあげるよ」
「ありがとうビルトゥ。アロー様、食後に味わうここのアイスティーは格別なのですがいかがでしょう?」
「いただこう」

 すぐに返って来た了承の意に思わず笑顔になる。

「ありがとうございます」
「何故お前が礼を言うんだ?」
「なんとなくですよ」

 程なくしてスープ、そしてメインのオムライスとハンバーグが来た。

「美味しいでしょう、アロー様」
「ああ、美味い」

 自慢するように言えば、肯定の言葉が返って来る。
 私はもう一度、今度ははにかむようにして笑ったのだった。




 まあ、こうして後日談を語っているのを見てもらえばお察しのことだろう。
 私はあの日、死ななかった。
 死んでもいいと、最後の最後で諦めて手放そうとした命を、アロー様が必死に拾ってくれた。

「死ぬな馬鹿! 死んだら俺も死ぬぞ!」

 立派な脅迫を前に私は無力だった。
 自分は死んで良くても、アロー様が死ぬのは嫌だったから。


 あの愛人たちはというと、妾腹の子とはいえ公爵夫人への殺人未遂の罪を負わされて現在拘留中である。
 何人か貴族の娘もいたらしく、勘当もされたとか。
 アロー様はこのことに胸を痛めただろうかと思ったがそんなことは無かった。
 充分な手切れ金を渡して関係を解消したのにも関わらず、契約を破って妻を殺そうとした輩を決して許さないと、ほの暗い目をして言っていた。
 もしかすると、拘留期間が終わったら彼女らの人生も終わって、アロー様が犯罪者になるのではないか。
 できればアロー様の手を血で穢すようなことはさせたくなかった私は、お願いすることにした。

「彼女らをこれ以上罰しないでください」
「いやだがしかし」
「お願いですから、私なんかの為にひどいことをしないでください。何でも言うことを聞きますから」
「今何でもって言ったか!?」

 秒どころか瞬発的に喰いついてきたのでさすがの私も引いた。
 だが、直ぐに引き返して頷くと、嬉々としてアロー様はのたまった。

「俺を愛してくれ!」

 ────ああ、この人やっぱり馬鹿だ。


「はい、愛しております。アロー様」

 初めて会ったあの夜からずっと。
 そして、これからもずっと。



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