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アロー=ガンシア
【0】盗み聞き、泣きべそをかく。
しおりを挟むそれはただの偶然。魔が差しただけ。
いつもならこんな、コソコソとしたマネはしない。
「こんな時間になってごめんね、シオン」
「大丈夫ですよビルトゥ。昼間は営業時間ですから、仕方ありません」
敷地内の庭にある東屋で、妻とその友人が茶会を開いていた。何故か真夜中に。
「あの家を出てから傷が癒えたのは良いけれど……あなた、前にも増してやつれたわね」
「そうですか? 一日三食付きの優良物件ですよ?」
「その三食をまともに食べているのかって聞いているのだけれど」
「元々小食ですし」
「ちゃんと食べなさい。その内倒れるわよ」
気遣う友人に対する妻の返答に、俺は小さな衝撃を受けていた。
ガンシア家のシェフが作る食事は、他の追随を許さない程に素晴らしいものだ。
それをまともに食べていないというのだ、我が妻は。なんてもったいないことをする。
────折角、あの地獄のような場所から助けてやったというのに。
自尊心を傷付けられた気分だった。
「結婚して五年だっけ? 早いものね」
「ええ。よくここまで続いたものです。直ぐに追い出されると思っていましたのに」
「……前にも言ったけれど、もしそうなったら私のところに来なさいよ。うちのシェフもそうしろって言ってくれてる」
「ありがとう、ビルトゥ。私は善き友人を持ちました」
追い出される? 何を言っているのだろう。
追い出すわけがないのに。
「そういえば、ゴタゴタしていてまともに聞けていなかったけれど、公爵様との結婚ってどうやって決まったの?」
「側仕えにされるつもりが、成り行きで気が付けば妻になっていました」
「経緯が雑過ぎじゃない?」
友人の呆れた声が上がる。
俺は茂みの中で、再び衝撃を受けていた。
────好きだから結婚してくれたんじゃないのか。
無感情に経緯を雑に語った妻は更に言う。
「語るのが面倒になりました」
面倒。
面倒だと言ったのか、この妻は。
俺との結婚話を、面倒だと。
「そろそろ行くわ。あまり夜更かししては駄目よ」
「はい。おやすみなさいビルトゥ」
そうこうしている内に、妻たちの夜の茶会は終わったらしい。
気付かれないように立ち去ろうと動いた瞬間、潜んでいた茂みを揺らしてしまった。
「どなたかいらっしゃるの?」
息を顰めて、必死に存在を消した。
少しずつ、少しずつその場から離れようと動き出す。
「逃げたのかしら」
ようやく茂みから大分離れたところで、妻のそんな声が聞こえた。
「卑怯者と詰っても構わないかしら」
その言葉に、心臓を抉られたかのような痛みを覚えた。
卑怯者? この俺が?
動揺のあまり転んでしまった。
────ひどく惨めだ。
泣いたのは子どもの頃以来かもしれない。
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