15 / 19
番外編
お人好しの友人
しおりを挟む
私が初めてシオンに出会ったのは、酷い雨の日だった。
「……ねぇ、何してるの?」
「雨宿りです」
淡々と答えたシオンは雨に濡れてずぶ濡れだったし、それ以前にボロボロだった。
身体のあちこちに傷や痣があって、とても痛々しかった。
「雨は傷に沁みるので」
「確かにそうだけど」
そんな状態であるというのに、当の本人は気にした風もなく平然としていて、軒下で雨が止むのをただ待っていた。
「もしかしてお邪魔でしたか?」
なかなか立ち去らない私に何を思ったのか、そんなことを聞いてくる。
私は思わず呆れてしまった。
「ねぇ、風邪を引いてしまうわよ?」
「ええ」
それがどうしたと首を擡げるシオンの手を、私は掴んだ。
「どうしたもこうしたも無いわよ。風邪を引く前に、温まっていきなさい」
「え?」
戸惑う彼女に構わず無理やり手を引っ張り、店の中へ連れ込んだ。
風呂を沸かせて全身を綺麗にして、ロクに手入れをしてない髪を丁寧に梳いてやり、目立つ傷痕に軟膏を塗りたくった。
「……ビルトゥさんは」
「ビルトゥでいいわよ」
「……ビルトゥは、お人好しですね」
クスクスとシオンは笑った。
傷だらけだというのに、とても綺麗な笑顔だった。
「ねぇ、シオン。私ね、友達が欲しいのよ」
「そうなんですか」
「そうなの。私の友達になってくれない?」
「……私で良ければ、喜んで」
どこかやる気のない声だったから、両頬をつまんで「本当に?」と脅迫めいた確認をしてしまった。
「ええ、本当に」
一瞬だけきょとんとして、笑って頷いた。
花が綻ぶような美しい笑顔に、何故だか心が締めつけられる。
「友達なんだから、たまにはここに遊びに来なさい」
「ええ、分かりました」
一夜明け、シオンは帰っていった。
それからも、子爵家から外へ追い出されるたびに彼女が私の元に来てくれて、私はシオンの訪問を快く受け容れた。
シオンは諦めが良すぎる子で、どんなに傷つこうが泣きもせず、誰にも助けを求めない。私を訪ねてくるのだって、遊びに来いと言った私の要求に応えるためだ。
それでも良かった。シオンを一人にさせたくなかった。
私の勝手なお節介でしかなくても。
シオンが結婚すると聞いて、私は空き部屋を掃除した。
すぐに諦めてしまうあの子を、いつでも迎えられるように。
しかしこちらの心配をよそに、5年の月日が流れてしまった。
噂で聞く彼女の夫の所業に内心怒りを覚えつつ、月一で彼女の元へ通い、それとなく誘いを掛けた。
全て断られてしまったけれど。
「ねぇ、シオン」
「はい」
「今、幸せ?」
「ええ、とても」
腕の中に愛らしい小さな生命を抱える彼女は、とても幸せそうだ。
「貴女に幸せだと言える今の私を、誇らしいと思います」
「何よそれ」
「貴女には、たくさんの優しさを頂きましたから」
その言葉で、私が彼女を匿おうと色々画策していたことがバレていたのだと知った。
「……あなた、普段はぼんやりしているくせに意外と鋭いところあるわよね?」
「ビルトゥは優し過ぎるから分かりやすいんです」
私には勿体無いほどに。
そう言って笑うシオンは、前よりも感情豊かになったと思う。
「旦那様のこと、好き?」
「ええ、大好きです」
「私よりも?」
「あら、嫉妬ですか?」
だって悔しいんだもの。
私が先に、シオンに出会ったのに。
「比べてと言われると、とても困ります。だって、アロー様もビルトゥも、どちらも大好きですから」
「あんな男のどこが好いのよ」
「私を愛してくれるところです」
「……じゃあ、あなたを愛さなくなったら?」
「お別れします。諦めるのは、今でも得意ですから」
そのとき、ドタバタとひどい物音がした。
ノックも無しに荒々しく部屋の扉が開かれて、シオンの旦那様が血相を変えて飛び込んでくる。
「絶対に別れないからな!」
開口一番に放たれた言葉に、シオンは笑顔で大きく頷いた。
「はい、アロー様」
「絶対だぞ! 子どもだっているんだ! 離縁なんて死んでも承知しないからな!」
ソファーに座っているシオンの足に、縋り付く勢いでまくし立てる。
そんな男を心の底から情けなく思う反面、私は密かに安堵の息を吐いていた。
「旦那様。シオンを捨てたら私が頂戴致しますので、肝に銘じておいてくださいね」
「何を言うか!? 例え友人だろうが、シオンはやらないからな!」
噛み付くように言う男の狭量さを笑って、改めてシオンに祝福の言葉を贈った。
「末永く幸せにね、シオン」
【了】
「……ねぇ、何してるの?」
「雨宿りです」
淡々と答えたシオンは雨に濡れてずぶ濡れだったし、それ以前にボロボロだった。
身体のあちこちに傷や痣があって、とても痛々しかった。
「雨は傷に沁みるので」
「確かにそうだけど」
そんな状態であるというのに、当の本人は気にした風もなく平然としていて、軒下で雨が止むのをただ待っていた。
「もしかしてお邪魔でしたか?」
なかなか立ち去らない私に何を思ったのか、そんなことを聞いてくる。
私は思わず呆れてしまった。
「ねぇ、風邪を引いてしまうわよ?」
「ええ」
それがどうしたと首を擡げるシオンの手を、私は掴んだ。
「どうしたもこうしたも無いわよ。風邪を引く前に、温まっていきなさい」
「え?」
戸惑う彼女に構わず無理やり手を引っ張り、店の中へ連れ込んだ。
風呂を沸かせて全身を綺麗にして、ロクに手入れをしてない髪を丁寧に梳いてやり、目立つ傷痕に軟膏を塗りたくった。
「……ビルトゥさんは」
「ビルトゥでいいわよ」
「……ビルトゥは、お人好しですね」
クスクスとシオンは笑った。
傷だらけだというのに、とても綺麗な笑顔だった。
「ねぇ、シオン。私ね、友達が欲しいのよ」
「そうなんですか」
「そうなの。私の友達になってくれない?」
「……私で良ければ、喜んで」
どこかやる気のない声だったから、両頬をつまんで「本当に?」と脅迫めいた確認をしてしまった。
「ええ、本当に」
一瞬だけきょとんとして、笑って頷いた。
花が綻ぶような美しい笑顔に、何故だか心が締めつけられる。
「友達なんだから、たまにはここに遊びに来なさい」
「ええ、分かりました」
一夜明け、シオンは帰っていった。
それからも、子爵家から外へ追い出されるたびに彼女が私の元に来てくれて、私はシオンの訪問を快く受け容れた。
シオンは諦めが良すぎる子で、どんなに傷つこうが泣きもせず、誰にも助けを求めない。私を訪ねてくるのだって、遊びに来いと言った私の要求に応えるためだ。
それでも良かった。シオンを一人にさせたくなかった。
私の勝手なお節介でしかなくても。
シオンが結婚すると聞いて、私は空き部屋を掃除した。
すぐに諦めてしまうあの子を、いつでも迎えられるように。
しかしこちらの心配をよそに、5年の月日が流れてしまった。
噂で聞く彼女の夫の所業に内心怒りを覚えつつ、月一で彼女の元へ通い、それとなく誘いを掛けた。
全て断られてしまったけれど。
「ねぇ、シオン」
「はい」
「今、幸せ?」
「ええ、とても」
腕の中に愛らしい小さな生命を抱える彼女は、とても幸せそうだ。
「貴女に幸せだと言える今の私を、誇らしいと思います」
「何よそれ」
「貴女には、たくさんの優しさを頂きましたから」
その言葉で、私が彼女を匿おうと色々画策していたことがバレていたのだと知った。
「……あなた、普段はぼんやりしているくせに意外と鋭いところあるわよね?」
「ビルトゥは優し過ぎるから分かりやすいんです」
私には勿体無いほどに。
そう言って笑うシオンは、前よりも感情豊かになったと思う。
「旦那様のこと、好き?」
「ええ、大好きです」
「私よりも?」
「あら、嫉妬ですか?」
だって悔しいんだもの。
私が先に、シオンに出会ったのに。
「比べてと言われると、とても困ります。だって、アロー様もビルトゥも、どちらも大好きですから」
「あんな男のどこが好いのよ」
「私を愛してくれるところです」
「……じゃあ、あなたを愛さなくなったら?」
「お別れします。諦めるのは、今でも得意ですから」
そのとき、ドタバタとひどい物音がした。
ノックも無しに荒々しく部屋の扉が開かれて、シオンの旦那様が血相を変えて飛び込んでくる。
「絶対に別れないからな!」
開口一番に放たれた言葉に、シオンは笑顔で大きく頷いた。
「はい、アロー様」
「絶対だぞ! 子どもだっているんだ! 離縁なんて死んでも承知しないからな!」
ソファーに座っているシオンの足に、縋り付く勢いでまくし立てる。
そんな男を心の底から情けなく思う反面、私は密かに安堵の息を吐いていた。
「旦那様。シオンを捨てたら私が頂戴致しますので、肝に銘じておいてくださいね」
「何を言うか!? 例え友人だろうが、シオンはやらないからな!」
噛み付くように言う男の狭量さを笑って、改めてシオンに祝福の言葉を贈った。
「末永く幸せにね、シオン」
【了】
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる