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アロー=ガンシア
【END】諦めるのではなく、愛ゆえに。
しおりを挟む奪っていた自由を返し、ひとまず出掛けることにした。
二人で出掛けるなんて、結婚して初めてのことである。
「本を借りに図書館と、あと友人のレストランに食べに行きたいです」
「お前、本なんて読むのか」
五年経って初めて知ったことが多くある。
シオンは読書家だったらしく、図書館で大量の本を借りてきた。
「お待たせしましたアロー様」
「遅いぞシオン! 本を選ぶのに三十分もかけるな!」
「はい。次はもっと早めに選びますね」
俺はこの図書館があまり好きではない。
ここで働いている、赤いカチューシャを付けた司書が苦手なのだ。
以前、可憐な司書が居ると噂に聞いて口説きに行って、ひどい罵詈雑言を浴びせられたことがあった。
それ以来、図書館には一歩も入ることができていない。
「まあ、そんなことが」
そのことを話すと、シオンは目を丸くして図書館を仰ぎ見る。
「とても可愛らしい御方でしたよ?」
「花には棘があるものもある」
「私にはありませんから、安心してくださいね」
ニコニコと笑うシオンを見て、心から彼女が妻で良かったと思った。
「いらっしゃいませ……あら、シオンじゃない。旦那様もご一緒に?」
シオンの友人ビルトゥが経営する店は客が少ない分、静かで居心地が良かった。
どこか、シオンのような雰囲気だと思った。
「お前、ここの料理はちゃんと食べるんだな」
「アロー様、我が家のシェフには内緒でお願いしますね。私、偏食なんです」
小食というのは嘘だったと、申し訳なさそうに語る。
「我が家の料理が素晴らしいことは事実なのですが……高級な食材は、私の喉を通りにくいのです」
子爵家で虐げられていた後遺症なのだろうか。
粗悪な食事ばかり摂らされていた彼女は、貴族にとって当たり前の味を受け容れられないのだという。
「それならば問題無い。内容を変えれば良いだけの話だ」
「でも」
「俺だってこの手の料理は好きだ。お前が好きなら尚更だ」
事も無げにそう言えば、泣かれた。
「何故泣く!?」
「あーあ、泣かせた。旦那様、罪な男だねぇ」
見咎めたビルトゥが囃したてるように言い残して去っていく。待て、置いていくな。
「嬉しい、です。アロー様、ありがとうございます」
慌てふためく俺に泣きながら笑いかける。彼女の笑顔は涙に濡れていても綺麗だった。
「おう、公爵様じゃんか。お元気ー?」
「マル」
街の往来の真中で出会った高級娼館のオーナーは愉しげに笑っている。
その傍には、白銀色の髪と瞳を持つ美麗な黒服の男が控えていた。
「マル様、お久しぶりです」
「お久しぶりです、シオン様。その様子だと、私の勧誘は失敗したと見えますね?」
「はい。おかげさまで」
にこやかに返すシオンを、マルは眩しそうに見つめている。
「おい、あまりシオンに慣れ慣れしくするな」
「男の嫉妬は醜いねぇ! 別に良いじゃん、今の私はオフだよ」
「オフ?」
「見てわかんねーの? デートだよデート」
なぁ?と、傍にいる男に腕を絡めて同意を求める。
黒服男はギロリとマルを睨んだ。
「何がデートだ。キビキビ歩け」
「ひっでぇ、それが久しぶりに再会した恋人に対するセリフと態度かよ」
「煩い。お前はオフだろうが、俺は仕事中だ。ほら行くぞ」
「うわ、ちょっと待てって。引っ張るなってば」
半ば引き摺られるようにして、マルは黒服男により連れて行かれていく。
緩く手を振って二人を見送っていたシオンがふと、思い出したように俺の顔を見た。
「どうした?」
「これは、デートですよね?」
「そうだが?」
即答すると花が咲いた。
「ありがとうございます」
「……そんなに簡単に笑いかけてくれるのであれば、毎日デートに誘いたい」
思ったことをそのまま声に出して言うと、またひとつ花が開く。
「それなら、これから毎日笑いかけてあげますね」
「……無理をするな」
「あなたが喜んでくれるのなら無理じゃないですよ? 愛ゆえに、なのです」
「ぐっ……止めろ、俺を悶死させる気か」
心臓を抑えて蹲る羽目になる。
俺の妻は、あらゆる意味で恐ろしい存在となった。
了
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