秒で諦める、その前に。

六十月菖菊

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アロー=ガンシア

【5】一緒に生きたいと、あなたが泣くから。

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 ある日、その事件は起きた。
 かつての愛人たちが屋敷に乗り込み、シオンを襲ったのである。
 使用人からの報せを受けて急いで戻ると、シオンが首を絞められていた。

「────シオン!」

 倒れるシオンに間に合わなかったあの日のことを思い出した。
 今度こそはと、駆け寄る。そうして愛人たちを払いのけて腕に抱いた妻は、泣いていた。

「シオンが、泣いている」

 呆然とした。
 彼女が泣いているところなんて、初めて見た。

「許さない」
「アロー様?」

 立ち尽くしている女どもを睨みつける。

「シオンを泣かせたお前らを、俺は絶対に許さない」



 女どもは全て拘留所に叩き込んだ。
 貴族の出の娘は勘当させた。
 表向き、拘留期間を終えたら解放することになっているが、そんなことはさせない。
 殺してやる。シオンを泣かせた女どもは一人残らず全員殺す。

「だから起きてくれよ、シオン……!」

 意識を失ってから三日間。ずっと眠り続けている妻の手を握り締めて語りかける。

「死ぬな馬鹿! 死んだら俺も死ぬぞ!」

 祈るようにというよりは、呪いの言葉を吐くように。
 ずっとシオンの傍で言い続けた。





「……あ、ろ」

 きゅ、と。弱々しくあったが、握っていた手に力が込められた。
 ハッとして顔を見れば、瞼が震えている。

「シオン? シオン!」

 必死で呼びかければ、ゆっくりと瞼が上がっていく。

「あ、ろー、さま?」
「シオン、俺が分かるか?」

 俺の姿を捉えた瞳が、ゆるゆると安堵に染まる。

「アロー、さま」
「ああ、シオン……!」

 嬉しさのあまり涙が出た。
 ゆっくりとシオンの手が伸びて、俺の涙に触れた。

「アローさま、また泣いて……?」
「だ、だってお前が、なかなか起きないから……!」

 詰るように責め立てると、久しぶりにシオンが笑った。

「心配、してくれたんですね」
「当たり前だ馬鹿!」
「私、ちゃんと生きてます」

 ────だから。

「アロー様も、一緒に生きてくださいね」

 今、一緒にと言ったか。

「私と一緒に、生きてくださいね」

 笑いながら、シオンは泣いていた。

「だって、私たち、夫婦なんですから」

 ────自分も死ぬだなんて、言わないでください。

 震える声で、そう嘆願した。

「……聞こえていたのか?」
「ずっと、ずっと聞こえておりました。起きるのが遅くなって、ごめんなさい」

 ぽろぽろと涙を流しながらシオンは言う。

「私、恐かった。あなたが死んでしまうって考えたら、自分が死ぬことよりも恐かった」
「シオン……」
「死なないでアロー様。私、ちゃんと生きますから。だから」
「……分かった。分かったから、もう泣くなよ」
「はい……」

 ぐずぐずと泣き続ける妻を抱きしめた。




 シオンに愛人たちのことを話すと、妙に勘の鋭い彼女は俺の考えを感じ取ったらしく、止めるように説いてきた。

「彼女らをこれ以上罰しないでください」
「いやだがしかし」
「何でも言うことを聞きます。お願いですから、私なんかの為にひどいことをしないでください」
「今何でもって言ったか!?」

 何でも、言うことを聞く。
 それを聞いただけで、女どもへの殺意は遥か遠い彼方へと飛んでいった。
 俺には、そんなものよりも、喉から手が出るほど欲しいものがあったから。

「俺を愛してくれ!」

 シオンからの愛が欲しい。
 嬉々と、それでいて必死の形相でそう願い出ると、彼女は愛らしく目を丸くした。
 そして、初めて会ったあのときのように、花のような笑みを見せてくれた。





「はい、愛しております。アロー様」
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