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夫婦は夜の峠をゆく Shiho
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「もうすっかり冬ね。秋はどこに行ったんだろう」
車窓から夜の峠を眺める。昔と違って、どこか不気味に見えてしまうのが悲しかった。あたしも年を取ってしまった。避けられないことだけど、それが時々どうしようもなく切なくなる時がある。
隣では夫がハンドルを握っている。夫は何も答えずに、どこか上の空といった風に見えた。事故さえ起こさなければいいから、まあ放っておこうか。
それにしても、夫婦だけでドライブなんて久しぶりかも。息子の愛翔が生まれてから、結婚当初のバカップル夫婦のままではいられなくなった。それは単に子育てが加わったからというのが大きい。
それから旅行に行くのも家族三人一緒だったし、あたし達夫婦と子供は当然のようにセットで行動するようになった。それもあって、夫との関係も結婚前の男と女という感じではなくなっている。
最近だとめっきり夜にする回数も減ってきた。寂しくないと言えば嘘になるかもしれないけど、あたし自身も昔とは勝手が変わってきたせいか、夫が知らないところで変なことをやっていなければいいやという感じにもなっている。
たまにテレビとかで結婚して何年経ってもラブラブな夫婦を見るけど、そのバイタリティはどこから来るんだろうと思う。少なくともあたし達の周辺にそのような夫婦はいないし、そんなに毎日愛してる愛してるって言い合ったら疲れちゃうんじゃないかって思うけど。
最後に夫のことを「ガックン」って呼んだのはいつだっけ?
今は息子も中学三年生になって、そんな恥ずかしい呼び方で夫に話しかけることが出来ない。だからって「あなた」って言うのもなんか違う気がして、結局「ねえ」とかで代用している。
だけど、今日になって急に夫が真剣な顔で相談を持ち掛けてきた。「話があるんだ」なんて言うものだから、もしかして離婚でも切り出されるのかと思って心拍数が上がってしまった。
実際にその相談っていうのは離婚のことじゃなくて、つい先日にあたし達の目の前に現れた亜衣ちゃんの件だった。
正直今でもあの夜に現れたのが、本当にあたし達の知っている亜衣ちゃんなのか分からない。だって、彼女は亡くなったし。それじゃあ葬式で燃えたのは誰の遺体なの?これってミステリー?って話になるし。
「俺も正直、もうよく分かっていないんだ」
ヤケクソ気味にも見えた夫はそんなことを言っていた。
それから夫に言われて必要な物を用意すると、自家用車で家を出た。愛翔に夕ご飯は残り物でテキトーにとっておいてと伝えて。「えー」って言われたけど、愛翔は連れて行かない方がいいとあたしの勘が言っていた。
◆
峠へ車を走らせる中、助手席に座るあたしはいまだに混乱していた。
「ねえ、何があったの?」「これから何が起こるの?」「何か脅されていたりする?」「あの子はどうして亡くなった時の姿そのままで現れたの?」
自分でも無駄だと分かっているような疑問を矢継ぎ早に浴びせかけると、夫はしばらく遠くを見つめたまま言った。
「夜見川に会いに行くんだってよ」
「夜見川君に……って、どういうこと?」
あたしはますます混乱する。亜衣ちゃんもそうだけど、夜見川君だって亡くなっている。会えるわけないじゃない。
だけど、これから行くのは昔に肝試しをやった場所でもあり、国内でも「出る」と評判の心霊スポットでもある。加えて持って来るように言われたアレを考慮に入れると……ちょっとまって、あたし達、もしかしたら降霊術でもやりにいくの?
ちょっと待ってよ。こういうことをやろうとした人たちって、ホラー映画で大体最初の方で死ぬじゃない? ねえガックン、あなたは何をしようとしているの?
そんなあたしの心理も知らずに、夫が真剣な目で月を睨む。
「正直なところ、俺にも分からない。だけど、だからといって上城さんを名乗る女の子が偽物だとも思えない」
「うん」
「きっと、これには何か意味があるんだ。俺たちの知らない、何か特別な意味が」
そう言う夫の声には、どこか後悔めいたものが滲んでいた。亜衣ちゃんが亡くなった時も、夜見川君が亡くなった時も「どうして俺は何もしてやれなかったんだろう」って後悔していたっけ。そんな綺麗な心にあたしは惚れたんだけどね。
……って、のろけている場合じゃない。
「特別な意味って、何?」
「正直それも分からない。だけど、上城さんの言う『夜見川君に会いに行く』というのは、根拠のない発言には聞こえなかったんだ。少なくとも、俺にはな」
「そうだね。いい加減なことを言うコじゃなかったからね」
「ああ。でも、それだけじゃない。上城さんは俺たちの知らない何かを知っている風だった。それが何かは分からないけど、中学以来の親友なんだ。一度くらい何も言わずに手を貸してやったっていいだろう」
なんだか分からないけど、ウチの夫も律儀というか、バカ正直というか……。まあ、あたしも彼のそんなところが(以下略)
状況は少しも理解していないけど、どうやらあたし達はあの峠まで青春時代の忘れ物を取りに行くようだ。悔しいことに、なんだかワクワクしてしまう自分がいるのもたしかだ。
「もし夜見川君にも会えたらさ、今度は四人で同窓会をやろうよ。あの峠で、二十五年前と同じように」
半ばヤケクソのような感じで言ったセリフだったけど、それを聞いた夫はふっと笑ってから「そりゃいいな」と答えた。いいんだろうか。まあ、いいのか。もう会えなくなってしまったはずの人に会えるんだから。
お酒を持ってくれ良かったかも。でも、それだとガックンは飲酒運転になってしまうのか。
この先どうなるのか少しも分からないけど、もうちょっと夫のことを信じてみようか。それから、亜衣ちゃんのことも。
だって、あたし達は元々親友だったんだからね。
車窓から夜の峠を眺める。昔と違って、どこか不気味に見えてしまうのが悲しかった。あたしも年を取ってしまった。避けられないことだけど、それが時々どうしようもなく切なくなる時がある。
隣では夫がハンドルを握っている。夫は何も答えずに、どこか上の空といった風に見えた。事故さえ起こさなければいいから、まあ放っておこうか。
それにしても、夫婦だけでドライブなんて久しぶりかも。息子の愛翔が生まれてから、結婚当初のバカップル夫婦のままではいられなくなった。それは単に子育てが加わったからというのが大きい。
それから旅行に行くのも家族三人一緒だったし、あたし達夫婦と子供は当然のようにセットで行動するようになった。それもあって、夫との関係も結婚前の男と女という感じではなくなっている。
最近だとめっきり夜にする回数も減ってきた。寂しくないと言えば嘘になるかもしれないけど、あたし自身も昔とは勝手が変わってきたせいか、夫が知らないところで変なことをやっていなければいいやという感じにもなっている。
たまにテレビとかで結婚して何年経ってもラブラブな夫婦を見るけど、そのバイタリティはどこから来るんだろうと思う。少なくともあたし達の周辺にそのような夫婦はいないし、そんなに毎日愛してる愛してるって言い合ったら疲れちゃうんじゃないかって思うけど。
最後に夫のことを「ガックン」って呼んだのはいつだっけ?
今は息子も中学三年生になって、そんな恥ずかしい呼び方で夫に話しかけることが出来ない。だからって「あなた」って言うのもなんか違う気がして、結局「ねえ」とかで代用している。
だけど、今日になって急に夫が真剣な顔で相談を持ち掛けてきた。「話があるんだ」なんて言うものだから、もしかして離婚でも切り出されるのかと思って心拍数が上がってしまった。
実際にその相談っていうのは離婚のことじゃなくて、つい先日にあたし達の目の前に現れた亜衣ちゃんの件だった。
正直今でもあの夜に現れたのが、本当にあたし達の知っている亜衣ちゃんなのか分からない。だって、彼女は亡くなったし。それじゃあ葬式で燃えたのは誰の遺体なの?これってミステリー?って話になるし。
「俺も正直、もうよく分かっていないんだ」
ヤケクソ気味にも見えた夫はそんなことを言っていた。
それから夫に言われて必要な物を用意すると、自家用車で家を出た。愛翔に夕ご飯は残り物でテキトーにとっておいてと伝えて。「えー」って言われたけど、愛翔は連れて行かない方がいいとあたしの勘が言っていた。
◆
峠へ車を走らせる中、助手席に座るあたしはいまだに混乱していた。
「ねえ、何があったの?」「これから何が起こるの?」「何か脅されていたりする?」「あの子はどうして亡くなった時の姿そのままで現れたの?」
自分でも無駄だと分かっているような疑問を矢継ぎ早に浴びせかけると、夫はしばらく遠くを見つめたまま言った。
「夜見川に会いに行くんだってよ」
「夜見川君に……って、どういうこと?」
あたしはますます混乱する。亜衣ちゃんもそうだけど、夜見川君だって亡くなっている。会えるわけないじゃない。
だけど、これから行くのは昔に肝試しをやった場所でもあり、国内でも「出る」と評判の心霊スポットでもある。加えて持って来るように言われたアレを考慮に入れると……ちょっとまって、あたし達、もしかしたら降霊術でもやりにいくの?
ちょっと待ってよ。こういうことをやろうとした人たちって、ホラー映画で大体最初の方で死ぬじゃない? ねえガックン、あなたは何をしようとしているの?
そんなあたしの心理も知らずに、夫が真剣な目で月を睨む。
「正直なところ、俺にも分からない。だけど、だからといって上城さんを名乗る女の子が偽物だとも思えない」
「うん」
「きっと、これには何か意味があるんだ。俺たちの知らない、何か特別な意味が」
そう言う夫の声には、どこか後悔めいたものが滲んでいた。亜衣ちゃんが亡くなった時も、夜見川君が亡くなった時も「どうして俺は何もしてやれなかったんだろう」って後悔していたっけ。そんな綺麗な心にあたしは惚れたんだけどね。
……って、のろけている場合じゃない。
「特別な意味って、何?」
「正直それも分からない。だけど、上城さんの言う『夜見川君に会いに行く』というのは、根拠のない発言には聞こえなかったんだ。少なくとも、俺にはな」
「そうだね。いい加減なことを言うコじゃなかったからね」
「ああ。でも、それだけじゃない。上城さんは俺たちの知らない何かを知っている風だった。それが何かは分からないけど、中学以来の親友なんだ。一度くらい何も言わずに手を貸してやったっていいだろう」
なんだか分からないけど、ウチの夫も律儀というか、バカ正直というか……。まあ、あたしも彼のそんなところが(以下略)
状況は少しも理解していないけど、どうやらあたし達はあの峠まで青春時代の忘れ物を取りに行くようだ。悔しいことに、なんだかワクワクしてしまう自分がいるのもたしかだ。
「もし夜見川君にも会えたらさ、今度は四人で同窓会をやろうよ。あの峠で、二十五年前と同じように」
半ばヤケクソのような感じで言ったセリフだったけど、それを聞いた夫はふっと笑ってから「そりゃいいな」と答えた。いいんだろうか。まあ、いいのか。もう会えなくなってしまったはずの人に会えるんだから。
お酒を持ってくれ良かったかも。でも、それだとガックンは飲酒運転になってしまうのか。
この先どうなるのか少しも分からないけど、もうちょっと夫のことを信じてみようか。それから、亜衣ちゃんのことも。
だって、あたし達は元々親友だったんだからね。
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