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悲しみは怒りへ
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「それじゃあ、今日はここまで」
「ありがとうございました」
深山結月はカウンセラーに礼を言うと、個室から出て行く。扉の前では涼が待っていた。
「大丈夫か」
「うん」
棒読みで答える結月。涙がまだ乾かない。いくら話しても親友を喪った悲しみは消えない。
目の前で羅魅乃が亡くなった。それも、想像を絶するほどグロテスクな光景で。今でもその時の記憶がフラッシュバックして、夜中に目が覚めることがある。まるで呪いのようだった。
明らかにメンタルに不調をきたした結月は、近所の心療科でカウンセリングを受けることとなった。それが両親や友人たちからの勧めだった。
だが、悲しみはいくら話しても擦り減らなかった。それどころかカウンセラーに話している最中でさえ、あの恐ろしい光景が蘇って発狂しそうになる。
学校はいまだに休みになっている。当然のことだ。生徒たちは深い傷を心に負い、そんな彼らをハイエナのようにメディアが追いかけ回す。そんな状況が続くぐらいなら、いっそすべてのクラスを休みにするしかない。誰が見ても、そう断じざるを得ない状況があった。
今日は結月の通院日。
付き添いの涼は受付で彼女の帰りを待つ。どちらかと言えば仲が良かったのは結月よりも羅魅乃の方だが、彼女のいなくなった今、結月を支えられるのは自分だけな気がした。それだけの理由で毎回クリニックまで付き添っている。
「行こうか」
涼は結月の手を取る。付き合っているわけではないが、こうしてあげるべきだと思って、クリニックの送り迎えには必ずこうしている。
クリニックを出ると、そのまま周囲を散歩する。散歩には不思議な効果があり、家の中で籠っているよりも意識が外へ向く。今、心の内側は最悪なので、内向しているよりは外へ注意を向けている方が遥かにマシだった。
「なんか食う?」
涼は返事を待たずに公園の売店に来ると、ベルギーワッフルを買って来た。ベンチに座って、二人で並んで食べる。
しばらく無言で食べ続けて、結月が空を見上げる。
「……あの空の向こうに、羅魅乃ちゃんがいるのかな」
棒読みの呟き。
涼は何も答えることが出来なかった。虚ろな目からは、思い出したように涙がこぼれだす。涼はハンカチを出して拭き取った。
羅魅乃の喪失があまりにも大きかったせいか、今では何でも彼女のメタファーに見えてしまうようだった。ある時は夕日に飛ぶカラスが、またある時は無邪気に走る子供でさえ結月のスイッチを入れてしまう。
何をどう見ても、喪った親友の死に関連付けてしまう――だからいつまで経っても涙が止まらない。
結月は見ていられないほど弱っていた。時々こんな台詞を言うものだから、羅魅乃の後を追いやしないかと内心ヒヤヒヤしながら見ている。
結局、どうしたらいいのかも分からず、こうやって結月のスイッチが入ると黙って抱きしめている。色々と試行錯誤している内に、これが一番有効だと分かった。どんな言葉をかけても、今の結月には地雷になりかねない。
「りょーちん、羅魅乃ちゃんがいなくなって寂しいよ」
「……俺もだ」
「悲しいよ」
「……」
無言で結月を抱きしめる。結月はいつまでも泣いていた。
――どうして俺は羅魅乃を止めなかったんだろう。
くだらないことはやめろと、意地でもスマホを取り上げるべきだった。はじめから何もかも知っていれば迷いなくそうしたはずなのに。
泣きじゃくる結月を抱きしめていると、自責の念がこみ上げてくる。
クソリプさんなんて、ネットによくある与太話だと思っていた。少しも怖いとは思っていなかった。そう、あの時までは。
だが、依然としてクソリプさんは世界で猛威を振るっている。箝口令でも敷かれているのか、テレビやネットニュースではその呪いについてはやんわりとしか触れていないが。
……いや、報道機関が本当かどうかも分からない与太話を取り上げることなんてあり得ないか。そういう意味ではテレビからクソリプさんが出てくるわけではなさそうで良かった。
あの事件があって以来、涼はツイムでクソリプさんをブロックしようとした。だが、まるでそういう仕様かのようにクソリプさんのブロックが出来なくなっていた。
仕方がないのでアカウントごと消すと、時間差でスマホのトップ画面に削除したはずのアプリが復活していた。
それどころじゃない、フォトグラムをはじめとした、他のSNSでもクソリプさんにフォローされていた。どのアプリもが意見を示し合わせたかのように、クソリプさんのブロックを出来なくしている。
――お前は、逃げられないぞ。
まるでクソリプさんから脅されているみたいだった。きっとスマホを買い替えても似たようなことが起こるのだろう。ヤンデレと言うには危険過ぎる存在に好かれてしまったようだった。
当のクソリプさんはいたって静かで、こちらから何かを仕掛けない限りは何もしてこない。それだけが唯一の救いだった。感情的になって攻撃的なメッセージを送れば、ついこの前の羅魅乃のようにむごたらしい死に方をするに違いない。それを考えるとノイローゼになりそうだった。
正直なところ、涼の方がメンタルをやられそうな勢いだった。
だが、病んでいる場合ではない。結月を助けてやらなければ、彼女はいつ自ら命を断つかも分からない。自分がメンタルをやられている場合ではない。涼と結月の、不思議な共生関係が出来上がっていた。
「結月」
一緒に空を見上げていた涼がふいに口を開きはじめる。
「俺は、お前を置いてはどこにもいかないからな」
「……うん」
それは、自分自身に対しての決意表明でもあった。
ネットから出て来た、わけの分からない奴なんかに人生を終わらされてたまるか。そう思うと、絶えず思考を支配していた恐怖が、みるみる怒りへと変換されていく。
――これ以上、あんなわけの分からないバケモノに人が殺されてたまるか。
怒れる涼は、ひそかにクソリプさんへの復讐を誓った。
「ありがとうございました」
深山結月はカウンセラーに礼を言うと、個室から出て行く。扉の前では涼が待っていた。
「大丈夫か」
「うん」
棒読みで答える結月。涙がまだ乾かない。いくら話しても親友を喪った悲しみは消えない。
目の前で羅魅乃が亡くなった。それも、想像を絶するほどグロテスクな光景で。今でもその時の記憶がフラッシュバックして、夜中に目が覚めることがある。まるで呪いのようだった。
明らかにメンタルに不調をきたした結月は、近所の心療科でカウンセリングを受けることとなった。それが両親や友人たちからの勧めだった。
だが、悲しみはいくら話しても擦り減らなかった。それどころかカウンセラーに話している最中でさえ、あの恐ろしい光景が蘇って発狂しそうになる。
学校はいまだに休みになっている。当然のことだ。生徒たちは深い傷を心に負い、そんな彼らをハイエナのようにメディアが追いかけ回す。そんな状況が続くぐらいなら、いっそすべてのクラスを休みにするしかない。誰が見ても、そう断じざるを得ない状況があった。
今日は結月の通院日。
付き添いの涼は受付で彼女の帰りを待つ。どちらかと言えば仲が良かったのは結月よりも羅魅乃の方だが、彼女のいなくなった今、結月を支えられるのは自分だけな気がした。それだけの理由で毎回クリニックまで付き添っている。
「行こうか」
涼は結月の手を取る。付き合っているわけではないが、こうしてあげるべきだと思って、クリニックの送り迎えには必ずこうしている。
クリニックを出ると、そのまま周囲を散歩する。散歩には不思議な効果があり、家の中で籠っているよりも意識が外へ向く。今、心の内側は最悪なので、内向しているよりは外へ注意を向けている方が遥かにマシだった。
「なんか食う?」
涼は返事を待たずに公園の売店に来ると、ベルギーワッフルを買って来た。ベンチに座って、二人で並んで食べる。
しばらく無言で食べ続けて、結月が空を見上げる。
「……あの空の向こうに、羅魅乃ちゃんがいるのかな」
棒読みの呟き。
涼は何も答えることが出来なかった。虚ろな目からは、思い出したように涙がこぼれだす。涼はハンカチを出して拭き取った。
羅魅乃の喪失があまりにも大きかったせいか、今では何でも彼女のメタファーに見えてしまうようだった。ある時は夕日に飛ぶカラスが、またある時は無邪気に走る子供でさえ結月のスイッチを入れてしまう。
何をどう見ても、喪った親友の死に関連付けてしまう――だからいつまで経っても涙が止まらない。
結月は見ていられないほど弱っていた。時々こんな台詞を言うものだから、羅魅乃の後を追いやしないかと内心ヒヤヒヤしながら見ている。
結局、どうしたらいいのかも分からず、こうやって結月のスイッチが入ると黙って抱きしめている。色々と試行錯誤している内に、これが一番有効だと分かった。どんな言葉をかけても、今の結月には地雷になりかねない。
「りょーちん、羅魅乃ちゃんがいなくなって寂しいよ」
「……俺もだ」
「悲しいよ」
「……」
無言で結月を抱きしめる。結月はいつまでも泣いていた。
――どうして俺は羅魅乃を止めなかったんだろう。
くだらないことはやめろと、意地でもスマホを取り上げるべきだった。はじめから何もかも知っていれば迷いなくそうしたはずなのに。
泣きじゃくる結月を抱きしめていると、自責の念がこみ上げてくる。
クソリプさんなんて、ネットによくある与太話だと思っていた。少しも怖いとは思っていなかった。そう、あの時までは。
だが、依然としてクソリプさんは世界で猛威を振るっている。箝口令でも敷かれているのか、テレビやネットニュースではその呪いについてはやんわりとしか触れていないが。
……いや、報道機関が本当かどうかも分からない与太話を取り上げることなんてあり得ないか。そういう意味ではテレビからクソリプさんが出てくるわけではなさそうで良かった。
あの事件があって以来、涼はツイムでクソリプさんをブロックしようとした。だが、まるでそういう仕様かのようにクソリプさんのブロックが出来なくなっていた。
仕方がないのでアカウントごと消すと、時間差でスマホのトップ画面に削除したはずのアプリが復活していた。
それどころじゃない、フォトグラムをはじめとした、他のSNSでもクソリプさんにフォローされていた。どのアプリもが意見を示し合わせたかのように、クソリプさんのブロックを出来なくしている。
――お前は、逃げられないぞ。
まるでクソリプさんから脅されているみたいだった。きっとスマホを買い替えても似たようなことが起こるのだろう。ヤンデレと言うには危険過ぎる存在に好かれてしまったようだった。
当のクソリプさんはいたって静かで、こちらから何かを仕掛けない限りは何もしてこない。それだけが唯一の救いだった。感情的になって攻撃的なメッセージを送れば、ついこの前の羅魅乃のようにむごたらしい死に方をするに違いない。それを考えるとノイローゼになりそうだった。
正直なところ、涼の方がメンタルをやられそうな勢いだった。
だが、病んでいる場合ではない。結月を助けてやらなければ、彼女はいつ自ら命を断つかも分からない。自分がメンタルをやられている場合ではない。涼と結月の、不思議な共生関係が出来上がっていた。
「結月」
一緒に空を見上げていた涼がふいに口を開きはじめる。
「俺は、お前を置いてはどこにもいかないからな」
「……うん」
それは、自分自身に対しての決意表明でもあった。
ネットから出て来た、わけの分からない奴なんかに人生を終わらされてたまるか。そう思うと、絶えず思考を支配していた恐怖が、みるみる怒りへと変換されていく。
――これ以上、あんなわけの分からないバケモノに人が殺されてたまるか。
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