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闇を打つ
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――無意識の中で、映画のフィルムさながらに映像が流れていく。
クソリプさんの意図を理解した涼は、そのまま黒い空間へ映し出される映像を見つめ続けた。
映像は断片的に現れては消え、そしてまた次の映像が流れていく。
@generator
def spawn_phantom(origin: coords, density: int):
mist = gather_essence(origin, radius=5.0)
for i in range(density):
shape = mist.extrude(rand_form())
shape.imprint(emotion="dread")
yield shape.release()
「この人がドーム公演への火付け役になってくれる人だよ」
def skew(delta: float):
>NOISE:
「黒川旬です。ネット配信をやっています。実は前から九奏さんのファンでして……」
「え? 本当ですか? 嬉しい!」
def skew(delta: float):
>NOISE:
「なんて言うんですかね。桜音プリズムっていいんですけど、良くも悪くも毒が無いと思うんですよ」
def skew(delta: float):
>NOISE:
「だからここで、ちょっと刺激的な写真を撮って、それをアートワークなんかに。おい、佐々木。例の案を持って来いよ」
「これを……やるんですか?」
「ええ、まあ、今のアイドルは結構きわどいこともやっていますからね。これぐらい、演出ですよ」
「九奏さん、信じてやって下さい。佐々木はプロです。俺も全幅の信頼を置いている」
「はあ……」
>NOISE:
――映像を観ていた涼の脳裏にスキャンダルの写真がよぎった。あの写真は意図して作られたものだったというのか?
そうだとすれば、黒川は何てことを……。
映像は続いていく。
def skew(delta: float):
>NOISE:
「黒川さん、話が違うじゃないですか! 何なんですか、あの記事は!」
「おかしいな。佐々木のプランに手違いがあったか。実際の企画運営はあいつがやってるんで、ちょっと待って下さい」
def skew(delta: float):
>NOISE:
「九奏さん、残念ながら、私たちの中に裏切り者が潜んでいたようです。そいつがあの写真を週刊誌へ……」
「嘘でしょう!? わたし、まだ処女なんですよ? あんな記事を出されて、今どんな気分か想像もつきませんか?」
「私たちも善処しますが……」
「善処しますが、じゃないんですよ佐々木さん。あなたが絶対にうまくいくからやれって言ったじゃないですか!」
def skew(delta: float):
『この電話番号は、ただ今使われておりません』
def skew(delta: float):
「いいですか、佐々木さん。すべては計画通りです。あのクソ女は、ずっと応援し続けたあなたに見向きもせずにシンデレラになろうとしている。そんな腐った人間を野放しにしてはいけません。あなたが彼女を終わらせるのです。彼女は化けの皮が剥がれて弱っています。終わらせるなら今しかありません」
――黒川が、悪魔のように囁いている。
def skew(delta:reason):Why
「いいですか、佐々木さん。はじめにあなたが私の協力者として帯同します。こちらでスキャンダルを創り出しますので、あとはそれを拡散して下さい。私の痕跡を残してはいけません。だって、これはあなたの復讐なんですからね」
def skew(delta:reason):Why
「彼女を悲劇のヒロインにしてはいけません。彼女は、死んで当然な女であったことが証明されないといけないんです。それが出来るのはあなただけです。あなただけが、他の犠牲者を救えるのです」
def skew(delta: float):
「俺は、俺は……」
def skew(delta: float):
――しばらく、九奏みやびのすすり泣く声が響く。
def skew(delta: float):
「これからわたしはあなた達のしてきたことをすべて公開します。このまま引退するぐらいなら、死んだ方がマシです」
def skew(delta: float):
「そうか。じゃあ望み通りに死なせてやるよ」
――温度の無い声。黒川のものだった。
>NOISE:
「動画……動画、撮らなきゃ」
ガサゴソと、何かを動かす音が響いていく。
def skew(delta: float):
>NOISE:
「わたし、裏切られたよ。スキャンダルなんて嘘なのに……。ねえ、みんな信じて。あの記者が……佐々木って奴が全部仕組んだの。わたし、みんなを笑顔にしたかっただけなのに」
def skew(delta: float):
「クソ、思ったよりも先に動画を公開しやがったか。仕方ない。ここは俺が……」
def skew(delta: float):
「どうして? どうしてあなたが……?」
「暴露大会はおしまいだよ、みやびちゃん」
def skew(delta: float):
「誰か助けて!」
暗い夜の街を走り抜ける主観映像。おそらく、九奏みやびの見ていた景色。息を切らせながら、誰もいない夜道を全力で駆けていく。叫ぼうにも恐怖で声が出ないのが分かった。
絞り出すように意味不明な言葉を叫びながら街を駆けていくと、いつの間にか先回りした黒川が目の前に立っている。
息を切らせて、彼を見る。右手には銀色に光る包丁があった。黒川は冷たい目でこちらを眺めていた。明らかに、やる気だった。
「あ……あ……」
声も出ない。海でサメに出会った時、人はこんな風になる。
ドンと鈍い音が夜の街に響き、彼女の受けた衝撃が伝わってくる。
無防備なみやびの腹部へ、黒川が包丁を突き刺した。血を吐きながら膝をつく。見上げると、刺した側のくせに呆然とした顔でこちらを見ていた。
「俺は、君が好きだった」
「どう、して……」
口から血を吐き出す。本能的に、これは助からない傷だと分かった。信じたくなくても、意識がどんどん遠のいていく。
熱に浮かされた顔をした黒川は、狂気に満ちた目で続ける。
「君が……君が、俺一人だけのものにならないからだ! だから殺すんだ。そうすれば、他の誰のものにもならない!」
そう言って黒川はどこかへと走り去った。
――狂っている。この男は狂っている。
彼女の受けた理不尽さを思うと、気が狂いそうになる。
「わたし、は……」
主観映像が、横倒しになったカメラのように映る。
映像には、誰もいない夜の街が延々と映っている。
「ああ、もっと……」
か細い呼吸。終わりが近いのは明らかだった。
「もっと、みんなといたかったよ……。もっとたくさん歌って、たくさんの人を笑顔にして、そんな風に、憶えてもらいたかった」
彼女の言葉を聞いていると涙が出てきた。その言葉通り、九奏みやびは本当に生きたかったのだ。
def skew(delta: float):
「佐々木さん、あとはあなたが彼女にトドメを刺すだけです。あなたはみんなの仇を討ったダークヒーローとして歴史に名を残す。私ではこの役が務まらない。あなたがやるからこそ意味があるんです。さあ、これを持って、彼女のところへ。あなたが終わらせてあげるんです!」
def skew(delta: float):
>NOISE:
phantoms = sadness:
佐々木健一が歩いてくる。暗闇でもはっきりと分かるほど、ひどい顔をしていた。
その手には血にまみれた包丁を持っていた。つい先ほど、みやびを刺した包丁だ。
佐々木はいくらか迷った顔をしてから、半ばヤケにも見える顔で、みやびの死体にサクサクと何度も包丁を突き立てる。目を覆いたくなるほどの陰惨な光景だった。
「俺は、俺はずっと君のことを愛しているから!」
そう言って、狂ったようにまだ温かい死体を刺しまくる。
しばらくして、佐々木は包丁を持ったまま息を切らせていた。雨が降ってくる。雨粒に打たれながら、佐々木は声を上げて泣いていた。
サイレン――遠くから警察が駆け寄って来る。
「警察だ。そこを動くな!」
警官たちが押し寄せてくる。
横倒しになったカメラのような映像に、一人の警官が映り込む。
「こりゃあ、ひでえな……」
目つきの鋭い警官は、こちらを見て顔を顰めた。
phantoms = spawn_phantom([0, 0, 0], 13)
for p in phantoms:
p.haunt(target="nearest")
――映像が終わった。
「これが、みやびんの見ていた景色……」
涼は両目を拭う。映像を見せられて、知らぬ間に涙が溢れていた。
――九奏みやびはファンを裏切ってなどいなかった。
彼女はただ、東京ドームの舞台に立とうと努力していただけだった。
「すまなかった」
涼は自らを恥じた。何も知らなかった中学生時代とはいえ、彼女に裏切られたと思い込んだ涼は大量にクソリプを送ってしまった。
正義の鉄槌とばかりに集まった悪意は、結果として目の前のバケモノを生み出してしまった。彼女の姿は、自分も含めた身勝手な人々の醜さをそのまま映し出しているだけなのかもしれない。
黒川も映像を観たのか、死にそうな顔でクソリプさんを見上げている。
「待ってくれ。違うんだ! あれは、いや、俺は本当に君のことが好きで……」
クソリプさんは何も言わず、少しずつその距離を詰めていく。一歩一歩進むたびに、空気が冷えていった。
その目が真っ赤に輝き、黒川の体が浮き上がる。時空が歪んだように、周囲の空間が妙な形へと捩れていく。
「ぎべぇえ……え、ぇう」
黒川の口から血が溢れ出し、悲鳴がスタジオに響き渡る。
「助け、て……くれ……!」
呻き声を聞いて、我に返った涼が叫ぶ。
「みやびん! 俺は昔の君を知ってる! 君はこんなこと、望んでなかっただろ! 黒川を殺して何になる? そんなことしたって何一つ変わらない。頼む、君は俺の最推しだ。これまでも、これからも。だから、これ以上俺を悲しませるのはやめてくれ!」
クソリプさんの動きが一瞬止まる。真っ赤に光る視線が涼に向けられた。
「あなたは、わたしの……ファンだった……?」
「ああ、そうだ。『みんなで行こうよ』って笑顔で言っていた時のみやびんが好きだった。君がこんな怪物になるなんて、俺は信じたくない」
クソリプさんの表情がわずかに揺らいだ。彼女の視線が再び黒川に戻る。
「こいつさえいなければわたしは……。そう、だからわたしはすべてを終わらせる」
――刹那、その場に居合わせた者たちすべてに悪寒が走る。
「ぐあああああああ!!」
黒川の体が空中でねじれ、ゴキゴキと骨の砕ける音が響いた。腕が、膝が、首が、すべての関節が逆方向へとねじ曲がる。あまりにも凄惨な光景に、涼以外の仲間が目を逸らした。
叫び声が途切れると同時に、黒川の体がグシャリと音を立てながら地面へと叩きつけられ、動かなくなった。その形状は、吐き捨てられたガムのようだった。時間差で血だまりが広がり、スタジオは静寂に包まれていく。
――黒川旬が死んだ。すべての元凶が、あっけなく。
全身の骨を無残に破壊された黒川の死に顔は、見るに堪えないものだった。
死体をじっと見下ろすクソリプさん。紫色の肌を除けば、そこに立っているのは一人の美少女でしかない。
「みやびん……」
涼が声をかけると、再び両目を真っ赤に光らせたクソリプさんが振り向く。一瞬だけ見せたアイドルの面影はすぐに消え去った。
「おい、これで全部終わったんじゃなかったのかよ!」
悠斗が抗議するように叫ぶ。たしかに黒川が死んだのであれば、大元の元凶は報いを受けたことになる。それで終わりになれば良かったが、そう簡単に済む話でもないらしい。
「わたしは、もっとたくさんの人に愛されたかった。それなのに、こんな奴に、こんな奴にすべてを奪われるなんて……!」
クソリプさんが耳をつんざくような絶叫を上げる。聴いているだけで生命の危機さえ感じさせる絶叫。全員が耳を塞いで倒れ込んだ。
「うああああああああああ!」
人間とは思えない絶叫。鼓膜どころか、精神を破壊されそうになる。それは断続的に発せられ、耳を塞いでいても相当な破壊力を持っていた。
「りょーちん……!」
倒れながら、結月が手を握ってくる。彼女自身、ここで最期を迎える覚悟をしているようだった。
あまりにも強烈な絶叫に、いまだに立ち上がることが出来ない。
クソリプさんは頭を抱えて呻いている。
彼女が回復したら、その時が自分たちの最期となる気がした。
――俺たちは、死ぬのか?
苦しみ呻きながら、涼は思った。
這いつくばりながら、前を見やる。
かつての最推しは、今や見る影も無くなっている。いや――
あれは本当の彼女じゃない。
俺の愛した九奏みやびは、可憐で、透明で、純粋で、まっすぐで――
それらはすべて幻想かもしれない。それでも、あれが彼女の本性だなんて思えない。
――終わらせてあげなきゃ。
「結月」
気付けば口を開いていた。よほどひどい顔をしていたのか、結月が怯えたような顔で見つめ返してくる。
「俺は、彼女を終わらせてくる」
「ちょっと……りょーちん、何を言ってるの……?」
結月の声が震える。涼の考えていることが、いくらか分かっているようだった。
「みんなを頼む」
そう言って握りしめた手を振り払った。
「りょーちん!」
背後で響く声も聞かず、涼は声を張り上げるクソリプさんに向かって駆けていく。
クソリプさんがこちらに気付く――構うものか。涼は覚悟を決めていた。
「うあああああああ!!」
走りながら、渾身の右ストレートをクソリプさんの顔面に叩き込む。
腕がゼリーに沈むような感覚。同時に、クソリプさんが絶叫した。
「がああああああああああああああ!!」
あまりの音量に、他の仲間たちが耳を塞いだまま倒れ込む。
――腕がクソリプさんの顔面に食い込んだまま、涼を取り囲む世界が真っ白に変わっていく。
涼は白い世界をキョロキョロと見回しながら、下へ下へと落ちていく。ある程度落ちていって、体は中空で停まった。
「あっ……」
涼は言葉を失う。
どこまでも広がる白い空間の中に、かつての九奏みやびが立っていた。
誰にも負けない美貌を持った、最強の推し。そこに邪悪な何かがまとわりついていることもなく、中学生時代の自分が恋焦がれた清楚な少女の姿があった。
――みやびん。
ついさっきまで憎んですらいた存在は、かつての清楚な姿を取り戻していた。
みやびはどこか悲しそうに微笑んでいた。
スキャンダルをでっち上げられて、恐ろしいほどの誹謗中傷を浴びて、さぞつらかっただろう。それを思うと、自分のことばかりを考えて、彼女を信じられなかったことが恥ずかしくなってくる。
「悪かった」
気付けば、涼は謝っていた。
一時的な感情の乱れとはいえ、涼も彼女にクソリプを送った。一瞬の憎悪や悪意の堆積が、結果として人類が手に負えないほどの怪物を生み出してしまった。
もっと、彼女を信じてあげれば――
その後悔も虚しく、みやびは承認願望モンスターの黒川に刺された。どこまでも不幸な女だった。
みやびの手を取ると、彼女の悲しみが意識へと流れ込んでくる。とても常人に耐えられるようなものではなかった。
「つらかったよな。一人で戦って、一人で耐えて」
涼は申し訳ない気持ちになってきた。呪いさえ剥げ落ちてしまえば、彼女は純粋無垢な少女に過ぎないのだ。天使のように清らかな女性を、自分たちのような心の汚れた人間が闇堕ちさせてしまった。
涼はふいに思い出した。みやびを一生推すと。他の誰よりも彼女のことを大切にすると。過去に自分が間違いなくそう誓ったことを。
別に誓いを忘れたわけじゃない。ただ、それを保ち続けるのに、あまりにも色々なことが起こり過ぎた。
だが、今はもう違う。
――なんだ、やることはもう決まっているじゃないか。
結論が出ると、その後は早かった。
「結月、ごめん」
遠い空の下にいる結月を思い、謝罪の言葉をひとりごちる。
「みやびん、一緒に行こう。今度こそ、夢の舞台へ」
そう言って手を差し出すと、少し驚いた顔をしてから、みやびは涼の手を取った。
白い空間の中を泳ぐように浮遊していく。
行き先はもう決めていた。呪いを終わらせるためには、こうするしかない。
二人の姿は、白い世界の中へと溶けていく。
――そして、その白はすぐに真っ黒な闇へと変わった。
クソリプさんの意図を理解した涼は、そのまま黒い空間へ映し出される映像を見つめ続けた。
映像は断片的に現れては消え、そしてまた次の映像が流れていく。
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「この人がドーム公演への火付け役になってくれる人だよ」
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「黒川旬です。ネット配信をやっています。実は前から九奏さんのファンでして……」
「え? 本当ですか? 嬉しい!」
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>NOISE:
「なんて言うんですかね。桜音プリズムっていいんですけど、良くも悪くも毒が無いと思うんですよ」
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>NOISE:
「だからここで、ちょっと刺激的な写真を撮って、それをアートワークなんかに。おい、佐々木。例の案を持って来いよ」
「これを……やるんですか?」
「ええ、まあ、今のアイドルは結構きわどいこともやっていますからね。これぐらい、演出ですよ」
「九奏さん、信じてやって下さい。佐々木はプロです。俺も全幅の信頼を置いている」
「はあ……」
>NOISE:
――映像を観ていた涼の脳裏にスキャンダルの写真がよぎった。あの写真は意図して作られたものだったというのか?
そうだとすれば、黒川は何てことを……。
映像は続いていく。
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「黒川さん、話が違うじゃないですか! 何なんですか、あの記事は!」
「おかしいな。佐々木のプランに手違いがあったか。実際の企画運営はあいつがやってるんで、ちょっと待って下さい」
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>NOISE:
「九奏さん、残念ながら、私たちの中に裏切り者が潜んでいたようです。そいつがあの写真を週刊誌へ……」
「嘘でしょう!? わたし、まだ処女なんですよ? あんな記事を出されて、今どんな気分か想像もつきませんか?」
「私たちも善処しますが……」
「善処しますが、じゃないんですよ佐々木さん。あなたが絶対にうまくいくからやれって言ったじゃないですか!」
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『この電話番号は、ただ今使われておりません』
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「いいですか、佐々木さん。すべては計画通りです。あのクソ女は、ずっと応援し続けたあなたに見向きもせずにシンデレラになろうとしている。そんな腐った人間を野放しにしてはいけません。あなたが彼女を終わらせるのです。彼女は化けの皮が剥がれて弱っています。終わらせるなら今しかありません」
――黒川が、悪魔のように囁いている。
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「いいですか、佐々木さん。はじめにあなたが私の協力者として帯同します。こちらでスキャンダルを創り出しますので、あとはそれを拡散して下さい。私の痕跡を残してはいけません。だって、これはあなたの復讐なんですからね」
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「彼女を悲劇のヒロインにしてはいけません。彼女は、死んで当然な女であったことが証明されないといけないんです。それが出来るのはあなただけです。あなただけが、他の犠牲者を救えるのです」
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「俺は、俺は……」
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――しばらく、九奏みやびのすすり泣く声が響く。
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「これからわたしはあなた達のしてきたことをすべて公開します。このまま引退するぐらいなら、死んだ方がマシです」
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「そうか。じゃあ望み通りに死なせてやるよ」
――温度の無い声。黒川のものだった。
>NOISE:
「動画……動画、撮らなきゃ」
ガサゴソと、何かを動かす音が響いていく。
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「わたし、裏切られたよ。スキャンダルなんて嘘なのに……。ねえ、みんな信じて。あの記者が……佐々木って奴が全部仕組んだの。わたし、みんなを笑顔にしたかっただけなのに」
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「暴露大会はおしまいだよ、みやびちゃん」
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「誰か助けて!」
暗い夜の街を走り抜ける主観映像。おそらく、九奏みやびの見ていた景色。息を切らせながら、誰もいない夜道を全力で駆けていく。叫ぼうにも恐怖で声が出ないのが分かった。
絞り出すように意味不明な言葉を叫びながら街を駆けていくと、いつの間にか先回りした黒川が目の前に立っている。
息を切らせて、彼を見る。右手には銀色に光る包丁があった。黒川は冷たい目でこちらを眺めていた。明らかに、やる気だった。
「あ……あ……」
声も出ない。海でサメに出会った時、人はこんな風になる。
ドンと鈍い音が夜の街に響き、彼女の受けた衝撃が伝わってくる。
無防備なみやびの腹部へ、黒川が包丁を突き刺した。血を吐きながら膝をつく。見上げると、刺した側のくせに呆然とした顔でこちらを見ていた。
「俺は、君が好きだった」
「どう、して……」
口から血を吐き出す。本能的に、これは助からない傷だと分かった。信じたくなくても、意識がどんどん遠のいていく。
熱に浮かされた顔をした黒川は、狂気に満ちた目で続ける。
「君が……君が、俺一人だけのものにならないからだ! だから殺すんだ。そうすれば、他の誰のものにもならない!」
そう言って黒川はどこかへと走り去った。
――狂っている。この男は狂っている。
彼女の受けた理不尽さを思うと、気が狂いそうになる。
「わたし、は……」
主観映像が、横倒しになったカメラのように映る。
映像には、誰もいない夜の街が延々と映っている。
「ああ、もっと……」
か細い呼吸。終わりが近いのは明らかだった。
「もっと、みんなといたかったよ……。もっとたくさん歌って、たくさんの人を笑顔にして、そんな風に、憶えてもらいたかった」
彼女の言葉を聞いていると涙が出てきた。その言葉通り、九奏みやびは本当に生きたかったのだ。
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>NOISE:
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佐々木健一が歩いてくる。暗闇でもはっきりと分かるほど、ひどい顔をしていた。
その手には血にまみれた包丁を持っていた。つい先ほど、みやびを刺した包丁だ。
佐々木はいくらか迷った顔をしてから、半ばヤケにも見える顔で、みやびの死体にサクサクと何度も包丁を突き立てる。目を覆いたくなるほどの陰惨な光景だった。
「俺は、俺はずっと君のことを愛しているから!」
そう言って、狂ったようにまだ温かい死体を刺しまくる。
しばらくして、佐々木は包丁を持ったまま息を切らせていた。雨が降ってくる。雨粒に打たれながら、佐々木は声を上げて泣いていた。
サイレン――遠くから警察が駆け寄って来る。
「警察だ。そこを動くな!」
警官たちが押し寄せてくる。
横倒しになったカメラのような映像に、一人の警官が映り込む。
「こりゃあ、ひでえな……」
目つきの鋭い警官は、こちらを見て顔を顰めた。
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――映像が終わった。
「これが、みやびんの見ていた景色……」
涼は両目を拭う。映像を見せられて、知らぬ間に涙が溢れていた。
――九奏みやびはファンを裏切ってなどいなかった。
彼女はただ、東京ドームの舞台に立とうと努力していただけだった。
「すまなかった」
涼は自らを恥じた。何も知らなかった中学生時代とはいえ、彼女に裏切られたと思い込んだ涼は大量にクソリプを送ってしまった。
正義の鉄槌とばかりに集まった悪意は、結果として目の前のバケモノを生み出してしまった。彼女の姿は、自分も含めた身勝手な人々の醜さをそのまま映し出しているだけなのかもしれない。
黒川も映像を観たのか、死にそうな顔でクソリプさんを見上げている。
「待ってくれ。違うんだ! あれは、いや、俺は本当に君のことが好きで……」
クソリプさんは何も言わず、少しずつその距離を詰めていく。一歩一歩進むたびに、空気が冷えていった。
その目が真っ赤に輝き、黒川の体が浮き上がる。時空が歪んだように、周囲の空間が妙な形へと捩れていく。
「ぎべぇえ……え、ぇう」
黒川の口から血が溢れ出し、悲鳴がスタジオに響き渡る。
「助け、て……くれ……!」
呻き声を聞いて、我に返った涼が叫ぶ。
「みやびん! 俺は昔の君を知ってる! 君はこんなこと、望んでなかっただろ! 黒川を殺して何になる? そんなことしたって何一つ変わらない。頼む、君は俺の最推しだ。これまでも、これからも。だから、これ以上俺を悲しませるのはやめてくれ!」
クソリプさんの動きが一瞬止まる。真っ赤に光る視線が涼に向けられた。
「あなたは、わたしの……ファンだった……?」
「ああ、そうだ。『みんなで行こうよ』って笑顔で言っていた時のみやびんが好きだった。君がこんな怪物になるなんて、俺は信じたくない」
クソリプさんの表情がわずかに揺らいだ。彼女の視線が再び黒川に戻る。
「こいつさえいなければわたしは……。そう、だからわたしはすべてを終わらせる」
――刹那、その場に居合わせた者たちすべてに悪寒が走る。
「ぐあああああああ!!」
黒川の体が空中でねじれ、ゴキゴキと骨の砕ける音が響いた。腕が、膝が、首が、すべての関節が逆方向へとねじ曲がる。あまりにも凄惨な光景に、涼以外の仲間が目を逸らした。
叫び声が途切れると同時に、黒川の体がグシャリと音を立てながら地面へと叩きつけられ、動かなくなった。その形状は、吐き捨てられたガムのようだった。時間差で血だまりが広がり、スタジオは静寂に包まれていく。
――黒川旬が死んだ。すべての元凶が、あっけなく。
全身の骨を無残に破壊された黒川の死に顔は、見るに堪えないものだった。
死体をじっと見下ろすクソリプさん。紫色の肌を除けば、そこに立っているのは一人の美少女でしかない。
「みやびん……」
涼が声をかけると、再び両目を真っ赤に光らせたクソリプさんが振り向く。一瞬だけ見せたアイドルの面影はすぐに消え去った。
「おい、これで全部終わったんじゃなかったのかよ!」
悠斗が抗議するように叫ぶ。たしかに黒川が死んだのであれば、大元の元凶は報いを受けたことになる。それで終わりになれば良かったが、そう簡単に済む話でもないらしい。
「わたしは、もっとたくさんの人に愛されたかった。それなのに、こんな奴に、こんな奴にすべてを奪われるなんて……!」
クソリプさんが耳をつんざくような絶叫を上げる。聴いているだけで生命の危機さえ感じさせる絶叫。全員が耳を塞いで倒れ込んだ。
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人間とは思えない絶叫。鼓膜どころか、精神を破壊されそうになる。それは断続的に発せられ、耳を塞いでいても相当な破壊力を持っていた。
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倒れながら、結月が手を握ってくる。彼女自身、ここで最期を迎える覚悟をしているようだった。
あまりにも強烈な絶叫に、いまだに立ち上がることが出来ない。
クソリプさんは頭を抱えて呻いている。
彼女が回復したら、その時が自分たちの最期となる気がした。
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苦しみ呻きながら、涼は思った。
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あれは本当の彼女じゃない。
俺の愛した九奏みやびは、可憐で、透明で、純粋で、まっすぐで――
それらはすべて幻想かもしれない。それでも、あれが彼女の本性だなんて思えない。
――終わらせてあげなきゃ。
「結月」
気付けば口を開いていた。よほどひどい顔をしていたのか、結月が怯えたような顔で見つめ返してくる。
「俺は、彼女を終わらせてくる」
「ちょっと……りょーちん、何を言ってるの……?」
結月の声が震える。涼の考えていることが、いくらか分かっているようだった。
「みんなを頼む」
そう言って握りしめた手を振り払った。
「りょーちん!」
背後で響く声も聞かず、涼は声を張り上げるクソリプさんに向かって駆けていく。
クソリプさんがこちらに気付く――構うものか。涼は覚悟を決めていた。
「うあああああああ!!」
走りながら、渾身の右ストレートをクソリプさんの顔面に叩き込む。
腕がゼリーに沈むような感覚。同時に、クソリプさんが絶叫した。
「がああああああああああああああ!!」
あまりの音量に、他の仲間たちが耳を塞いだまま倒れ込む。
――腕がクソリプさんの顔面に食い込んだまま、涼を取り囲む世界が真っ白に変わっていく。
涼は白い世界をキョロキョロと見回しながら、下へ下へと落ちていく。ある程度落ちていって、体は中空で停まった。
「あっ……」
涼は言葉を失う。
どこまでも広がる白い空間の中に、かつての九奏みやびが立っていた。
誰にも負けない美貌を持った、最強の推し。そこに邪悪な何かがまとわりついていることもなく、中学生時代の自分が恋焦がれた清楚な少女の姿があった。
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ついさっきまで憎んですらいた存在は、かつての清楚な姿を取り戻していた。
みやびはどこか悲しそうに微笑んでいた。
スキャンダルをでっち上げられて、恐ろしいほどの誹謗中傷を浴びて、さぞつらかっただろう。それを思うと、自分のことばかりを考えて、彼女を信じられなかったことが恥ずかしくなってくる。
「悪かった」
気付けば、涼は謝っていた。
一時的な感情の乱れとはいえ、涼も彼女にクソリプを送った。一瞬の憎悪や悪意の堆積が、結果として人類が手に負えないほどの怪物を生み出してしまった。
もっと、彼女を信じてあげれば――
その後悔も虚しく、みやびは承認願望モンスターの黒川に刺された。どこまでも不幸な女だった。
みやびの手を取ると、彼女の悲しみが意識へと流れ込んでくる。とても常人に耐えられるようなものではなかった。
「つらかったよな。一人で戦って、一人で耐えて」
涼は申し訳ない気持ちになってきた。呪いさえ剥げ落ちてしまえば、彼女は純粋無垢な少女に過ぎないのだ。天使のように清らかな女性を、自分たちのような心の汚れた人間が闇堕ちさせてしまった。
涼はふいに思い出した。みやびを一生推すと。他の誰よりも彼女のことを大切にすると。過去に自分が間違いなくそう誓ったことを。
別に誓いを忘れたわけじゃない。ただ、それを保ち続けるのに、あまりにも色々なことが起こり過ぎた。
だが、今はもう違う。
――なんだ、やることはもう決まっているじゃないか。
結論が出ると、その後は早かった。
「結月、ごめん」
遠い空の下にいる結月を思い、謝罪の言葉をひとりごちる。
「みやびん、一緒に行こう。今度こそ、夢の舞台へ」
そう言って手を差し出すと、少し驚いた顔をしてから、みやびは涼の手を取った。
白い空間の中を泳ぐように浮遊していく。
行き先はもう決めていた。呪いを終わらせるためには、こうするしかない。
二人の姿は、白い世界の中へと溶けていく。
――そして、その白はすぐに真っ黒な闇へと変わった。
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