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■第二部 青春の輝き Masakazu
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――26年前。
「いやあ、今日も練習がキツかったな」
先輩たちも夏の大会を終えて引退していった。今頃勉強に励んでいる頃だろうけど、これからは俺が野球部を引っ張っていかないといけない。
とはいえ、部長就任初日から張り切り過ぎた。
今度こそ全国大会へ出てやろうと思っていた俺は、顧問へ「千本ノックをやりましょう」と申し出た。結果から言えば、完全なる自殺行為だった。
マンガでよく「千本ノックだー!」とか言っているイメージがあったから安易にマネしたものの、体がとんでもないことになっている。明日はきっとひどい筋肉痛になるだろう。
加えてこの暑さだ。バケツ一杯ぐらいの汗が出て行ったんじゃないか。水をガブ飲みしたはいいけど、それでも塩分が不足しているのか変な感覚がある。
しかしへばっている場合ではない。もう少しで一学期のテストだし。
だけど、現実問題として毎日が殺人的に暑い。部活の練習でここまでヘトヘトになって勉強なんて出来るのか。
帰り際、たまたまクラスメイトと出会った。
「よう」
「あ、正和君。お疲れ様~」
目の前に現れたのは、同じクラスの加藤美織と佐藤菜々だった。どちらもアイドル並みの容姿を持っていることで校内の有名人だ。
加藤はショートボブで、佐藤はセミロングの髪型をしている。夕映えのせいで、どちらも黒髪に夕陽が反射して綺麗だった。
『やっぱりかわいいな』
俺は心中で密かにニヤける。
中学生になると、お互いを異性として意識しはじめるところもあるので、こうやって声をかけてもらえると嬉しいものがある。野球部のエースで良かった。
ウチの中学史上最もかわいいと噂の加藤美織が屈託のない笑顔で口を開く。
「今日も練習だったの?」
「ああ、自分で千本ノックがやりたいですなんて言ったもんだから、まるで合宿並みの練習だよ。死ぬかと思った」
「あはは、自業自得。っていうか正和君、くっさいよ!」
加藤が俺を指さしてゲラゲラと笑う。
まあ、臭いだろうな。かなりの量の汗が出たし。家族が俺のユニフォームだけ別で洗いたがるし。
それでも、加藤が言うと嫌な感じはしなかった。
「でも、カッコいいよね」
加藤に続いて、佐藤が口を開く。加藤ほどではないにしても、佐藤のことを好きな男子を何人か知っている。セミロングの黒髪をなびかせる彼女は、制服姿がよく似合っていた。
「正和君、小学生の時から4番でピッチャーなんでしょ? おまけに頭も良くて、なんか私でも嫉妬しちゃいそう」
「いやーでも菜々ちゃんにはこのアイドル顔があるからなー。嫉妬することはないんじゃない?」
「美織ちゃんには言われたくないって。こんな顔で生まれたら、アイドルになる以外道は無さそうって思うもん」
女子二人が勝手に目の前で盛り上がる。
ちょっとおいてけぼりになったが、今度は俺が口を開いた。
「これから帰るからさ、一緒に行くか? コーラでも飲みに」
「えーなんかデートみたいじゃん」
加藤がふざけて恥ずかしがる風の素振りを見せる。顔が良くても女優の才能は皆無らしい。
「私はいいよ」
ふいに佐藤が言う。心なしか頬に赤みが差しているのは夕方のせいなのか。
「そうか。じゃあ佐藤だけでも……」
「ちょっと、あたしだけ置いていかないでよ」
さっきまで渋っていた加藤が抗議する。
「なんだ、結局行くんじゃないか」
「あたしはそんな簡単になびく女じゃないだけですぅー」
口を尖らせる加藤。困ったことに、かわいい。
「その代わり、正和君のオゴリね」
有無を言わさず、加藤は俺の先を歩いて行く。佐藤と顔を見合わせて、時間差で笑った。
近くの公園を通って、自販機でコーラを買う。喉が渇いていたせいか、俺はほとんど一気飲みだった。
夕陽はもう少しで沈むところだった。闇の中で太陽の周りだけ輝いていて、幻想的な光景だった。
「きれいだねえ」
コーラを手に持った加藤が、思わずひとりごちる。
「本当にきれい。なんか、青春してるって感じだね」
佐藤も楽しさと切なさが共存した目で沈みゆく太陽を見ていた。
まだ先の話ではあるけど、中学生として過ごせる時間も半分ほどが終わってしまった。あまりの時の早さに驚きを通り越して怖くなる。小学生の時と、体感の時間がまったく違った。
「なんか気が早いけど」ふいに加藤が口を開き出す。
「こうやって青春していられる時間って、きっとすぐに過ぎ去っちゃうんだろうね。あと一年半もすれば、あたし達は高校生になって、別々の生活を始めている。その時のことを考えると、なんだか怖いんだ。いっそ、この生活が永遠に続けばいいのにって思うくらい」
加藤はどこか悲しそうな目で遠くを見ていた。その真意は分からない。だけど、なんとなく言いたいことが分かる気がした。
「たまにはこうやって集まろうか。同窓会なんて大変だから、もっとユルく集まってだべる感じで」
「いいね、それ。そうなったら私も呼んでよ」
俺の提案に対して、佐藤は乗り気のようだった。
「そうだね」
加藤が遠くを見つめたまま言う。
「もしかしたら、お互いに好きな人も出来て、そのうち結婚する時が来るかもしれない。それでも、この先もずっと友だちでいよう」
「当たり前だろ」
俺は笑って答えた。
自分ではそうは言ったものの、それは絶対に当たり前のことではないと知りながら。
それでも、今は加藤の言葉を信じたかった。こういう思い出は、自分が思っているよりも人を救うと知っているから。
俺たちは、三人で夕陽が沈むのをずっと眺めていた。
「いやあ、今日も練習がキツかったな」
先輩たちも夏の大会を終えて引退していった。今頃勉強に励んでいる頃だろうけど、これからは俺が野球部を引っ張っていかないといけない。
とはいえ、部長就任初日から張り切り過ぎた。
今度こそ全国大会へ出てやろうと思っていた俺は、顧問へ「千本ノックをやりましょう」と申し出た。結果から言えば、完全なる自殺行為だった。
マンガでよく「千本ノックだー!」とか言っているイメージがあったから安易にマネしたものの、体がとんでもないことになっている。明日はきっとひどい筋肉痛になるだろう。
加えてこの暑さだ。バケツ一杯ぐらいの汗が出て行ったんじゃないか。水をガブ飲みしたはいいけど、それでも塩分が不足しているのか変な感覚がある。
しかしへばっている場合ではない。もう少しで一学期のテストだし。
だけど、現実問題として毎日が殺人的に暑い。部活の練習でここまでヘトヘトになって勉強なんて出来るのか。
帰り際、たまたまクラスメイトと出会った。
「よう」
「あ、正和君。お疲れ様~」
目の前に現れたのは、同じクラスの加藤美織と佐藤菜々だった。どちらもアイドル並みの容姿を持っていることで校内の有名人だ。
加藤はショートボブで、佐藤はセミロングの髪型をしている。夕映えのせいで、どちらも黒髪に夕陽が反射して綺麗だった。
『やっぱりかわいいな』
俺は心中で密かにニヤける。
中学生になると、お互いを異性として意識しはじめるところもあるので、こうやって声をかけてもらえると嬉しいものがある。野球部のエースで良かった。
ウチの中学史上最もかわいいと噂の加藤美織が屈託のない笑顔で口を開く。
「今日も練習だったの?」
「ああ、自分で千本ノックがやりたいですなんて言ったもんだから、まるで合宿並みの練習だよ。死ぬかと思った」
「あはは、自業自得。っていうか正和君、くっさいよ!」
加藤が俺を指さしてゲラゲラと笑う。
まあ、臭いだろうな。かなりの量の汗が出たし。家族が俺のユニフォームだけ別で洗いたがるし。
それでも、加藤が言うと嫌な感じはしなかった。
「でも、カッコいいよね」
加藤に続いて、佐藤が口を開く。加藤ほどではないにしても、佐藤のことを好きな男子を何人か知っている。セミロングの黒髪をなびかせる彼女は、制服姿がよく似合っていた。
「正和君、小学生の時から4番でピッチャーなんでしょ? おまけに頭も良くて、なんか私でも嫉妬しちゃいそう」
「いやーでも菜々ちゃんにはこのアイドル顔があるからなー。嫉妬することはないんじゃない?」
「美織ちゃんには言われたくないって。こんな顔で生まれたら、アイドルになる以外道は無さそうって思うもん」
女子二人が勝手に目の前で盛り上がる。
ちょっとおいてけぼりになったが、今度は俺が口を開いた。
「これから帰るからさ、一緒に行くか? コーラでも飲みに」
「えーなんかデートみたいじゃん」
加藤がふざけて恥ずかしがる風の素振りを見せる。顔が良くても女優の才能は皆無らしい。
「私はいいよ」
ふいに佐藤が言う。心なしか頬に赤みが差しているのは夕方のせいなのか。
「そうか。じゃあ佐藤だけでも……」
「ちょっと、あたしだけ置いていかないでよ」
さっきまで渋っていた加藤が抗議する。
「なんだ、結局行くんじゃないか」
「あたしはそんな簡単になびく女じゃないだけですぅー」
口を尖らせる加藤。困ったことに、かわいい。
「その代わり、正和君のオゴリね」
有無を言わさず、加藤は俺の先を歩いて行く。佐藤と顔を見合わせて、時間差で笑った。
近くの公園を通って、自販機でコーラを買う。喉が渇いていたせいか、俺はほとんど一気飲みだった。
夕陽はもう少しで沈むところだった。闇の中で太陽の周りだけ輝いていて、幻想的な光景だった。
「きれいだねえ」
コーラを手に持った加藤が、思わずひとりごちる。
「本当にきれい。なんか、青春してるって感じだね」
佐藤も楽しさと切なさが共存した目で沈みゆく太陽を見ていた。
まだ先の話ではあるけど、中学生として過ごせる時間も半分ほどが終わってしまった。あまりの時の早さに驚きを通り越して怖くなる。小学生の時と、体感の時間がまったく違った。
「なんか気が早いけど」ふいに加藤が口を開き出す。
「こうやって青春していられる時間って、きっとすぐに過ぎ去っちゃうんだろうね。あと一年半もすれば、あたし達は高校生になって、別々の生活を始めている。その時のことを考えると、なんだか怖いんだ。いっそ、この生活が永遠に続けばいいのにって思うくらい」
加藤はどこか悲しそうな目で遠くを見ていた。その真意は分からない。だけど、なんとなく言いたいことが分かる気がした。
「たまにはこうやって集まろうか。同窓会なんて大変だから、もっとユルく集まってだべる感じで」
「いいね、それ。そうなったら私も呼んでよ」
俺の提案に対して、佐藤は乗り気のようだった。
「そうだね」
加藤が遠くを見つめたまま言う。
「もしかしたら、お互いに好きな人も出来て、そのうち結婚する時が来るかもしれない。それでも、この先もずっと友だちでいよう」
「当たり前だろ」
俺は笑って答えた。
自分ではそうは言ったものの、それは絶対に当たり前のことではないと知りながら。
それでも、今は加藤の言葉を信じたかった。こういう思い出は、自分が思っているよりも人を救うと知っているから。
俺たちは、三人で夕陽が沈むのをずっと眺めていた。
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