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第十八話 閑話休題 

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◇◆日本国 京都 新皇殿

日本国の空は、今日も瘴気が漂い、蒼き雷が轟いています。

そんな大空では、電力を自身の活動エネルギーとして変換する胡蝶型怪蟲かいじゅう『鬱金香』が小規模な嵐を纏いながら羽ばたいている。

鬱金香の後方には鱗粉フェロモンの香りにつられて、妖精に似た蜜蜂みつばち怪蟲かいじゅう『槍水仙』と、此方も同じく蜜蜂型怪蟲『百合車』、『山吹』。その計3匹が追従しています。

そのまま蜜蜂3匹を引き連れて、鬱金香は入道雲の様な瘴気の渦に近づく…

すると、突如として、他の怪蟲を餌とする純白の鍬形怪蟲クワガタかいじゅう花衝羽根空木はなつくばねうつぎ』が瘴気の渦から現れました。

三体の獲物を捕捉した花衝羽根空木は、自身の頭部周囲から生える5本角に似た巨大な大顎を、花冠かかん花弁かべん花咲はなさく様に展開。

そして5つの大顎、その中心にある鋭い頭部の先端から雷撃を放出する!

放たれし蒼き稲妻を収束した一撃は、3体の蜜蜂型怪蟲を一斉に仕留める!

そのまま花衝羽根空木は、活動を停止した三匹の蜜蜂を爪状器官で掴むと、アギトを開きその奥にある歯牙で蜜蜂を噛み砕き喰らう。

その花衝羽根空木の頭部周辺では、鬱金香が放たれた雷撃の余剰エネルギーを嵐で巻き取り吸収して活動エネルギーに変換します。

そして更なる生贄を花衝羽根空木に捧げるため、他の生き物を探しに空を舞う……

天空ではそんな生存競争が行われているとは露知らず、材質不明な白銀の壁に包まれ、幾百もの柱が並ぶ『新皇殿』の中心部『心臓の間』には冷たく厳かな空気が満ちています。

その大広間を一望できる玉座から大御巫おおみかんなぎたる利理子が現れると、傍に控える背乃衣は冷厳とした口調で玉座の横から言葉を放ります。

「これより大御巫、利理子様よりお話があります!……皆の者は、平伏し心して聞くように!」

……そして利理子は、静かだがよく響く声で言葉を紡ぐ

ほまれ高きサムライの皆々よ…。日本国に定期的に現れる白い羽根虫セラフィム共の駆除、並びに今回の日露戦争での活躍、まことに大儀です。……ただ残念ながら方舟はこぶねの転移装置に置き換えるネクロノミコンの捕獲は失敗。その量産計画は、一時凍結になりました。それにより捕えた原材料げんざいりょうたちは、用なしになりましたので、お外にいる蟲さん達のお昼ご飯になりました。……しかし!失敗は成功の地母神とも言います。切り替えましょう!何時の日か私の方舟に皆で搭乗して、唯一なる神の身元に嵐の様に殴り込み…!そして神を打倒し、その座を私が奪い!……ではなく、天津将軍が新たな神となり、新時代『千年王国』を築くのです!さすれば皆の望みも叶い、今日という日も良き思い出になるでしょう。……貴方たちが一枚岩でなく個別に思惑があるのは存じています。それでも、この大御巫たる利理子に従えば何も心配ありません!さぁ、サムライ達よ、私に平伏すのです!!!!!」

利理子が両手を広げて、玉座から高らかに宣言します。
彼女の月色の蛇眼は、爛々と危険な輝きを放ち全てを睥睨する…!

その瞳に睨まれた者共は、蛙の様に戦慄するでしょう!

高圧的な発言に異を唱える者は誰一人いません……

「さて、前置きはこの位にして…本題の話をしていいかしら?…私は大御巫。権威ではこの国のナンバー2だというのに何故かしら♪サムライの皆は、私の事を避けてないかい?……ふふふっ私の気のせいかしら?いいえ、気のせいではないわね。その証拠にほら…!」

利理子が玉座から大広間に飛び降りると、両手を広げてクルリと一回転します。

「サムライは総員集合と伝えておいたはずなのに、だ~れも此処ここに集まっていないじゃない♪………………………………これはどういう事なのよ!」

駄々をこねる様に、利理子はゴロゴロと床を転げまわる。
背乃衣は利理子の奇天烈な動作を黙って見守る。

その行動に異を唱える者は誰一人いません……

「……まぁ、国抜けした裏切り蚕魔てんまくんと、勝手に九州で独立国家を建国した蜼新斎いしんさいが来ないのはしょうがないけど、他のサムライはだいたい暇でしょ!!何してるの!?何処にいるの!?……背乃衣ちゃん、説明してよ!!」

「数名は天津将軍が主催。金曜日恒例の『金星カレーフェスティバル』に出席しているとの報告があります」

「何よそれは…?初耳よ!…そんなのより私が作った『りりすカレー』の方が3倍赤くて3倍美味しいのに!!!」

利理子は何処からともなくカレー鍋を出現させると、その場でお皿によそい、一人で悲しそうに「おいしい、おいしい」と呟きながら食べ始めました。

カレーの具には食用昆虫と蛇肉が投入されています。
これは、サムライの皆ともっと仲良くなりたいな♪……という利理子シェフによる戦慄の願いが込められているのです。

更に基本的に暇な利理子はこの日のために、ゴスペルミュージック等の催しを計画していたのですが……………全て徒労に終わりました。
「うわーん!うわーん!」
「……おいたわしや、利理子さま」

「五月蠅いわよ!まぁ他のサムライ共はどうでもいいわ……だがしかし!蜂郎は…はっくんは分からない!!あの子はなぜ此処に居ないのよ!!ばかあああああぁ!!」

「シベリアで、瓦礫に埋もれた黒王号《バイク》のサルベージをしています」

「バ、バイク!?……うぎぎぎ!」

怒りの声と共に地団太を踏む利理子には、普段の威厳はありません……普段から威厳はありません。

そんな折に、ふと利理子は何かを思い出し動きを止めると、笑い始める。

その表情は慈母の様な優しい笑みです……しかし

「はぁ……………ふふふっ蜂郎、蜂郎、蜂郎かぁ♪…あああぁ…ああああああ!……あああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ……ああああああああああああああああああああああああああああああ…あの役立たずがぁぁぁ!!!!!」

一瞬で憤怒の表情に変わる。

彼女の髪は感情の高ぶりに反応して、本来の月の様な金髪に変化します。

「役立たず!!役立たず!!役立たずがぁ!!可愛がってあげてるのに!!魔導書一つ捕まえられないなんて!!蜂郎ぅぅぅ!……妾腹の偽物の為朝がァァア!!私の邪魔をしやがって!!許せない!!許さない!!許さんぞぉぃ!!天津を出し抜いて魔導書を秘匿できたかもしれないのに!!飼い犬に手を噛まれるとはこのことよ!!私の犬なら全てにおいて私を優先しなさいよ!!私が語らずとも全てを理解しなさいな!!お間抜けがァ!!!」

「少し静かに……利理子様」

「はい」

第三者の視点を物理的にもつ利理子は、優れた客観性で自分で自分を諌めます。

そして実質的には一人で反省会を始める。

「まさか初っ端から私の方舟制作が躓くとはね、何故かしら?」

「やはり、実働部隊サムライの思考形態に問題があるのです。彼らは所詮、戦う為の存在……優先順位は常に敵勢の排除が1番で、それ以外は2の次3の次、頭が多少回る蝪雪も例外ではありません。今回は魔力探知に優れた聖騎士たちを泳がせて、頃合いを見計らって横から強奪すればよかった。せっかく用意した聖騎士部隊も無駄になりました」

「流石、私の二号機……冷静な分析ね」

『ちょっとお二人さん?私をお忘れかしら……貴方の心に不法入国!ただいま。リリス三号機です。イエイ!イエーイ!』

「イエイ♪おかえりなさい。三号機の思念体ちゃん……可哀想にあなたのボディは冷たいシベリアの地に埋もれて、今頃はミンチでしょうね。ふふふっ」

『でも、ミカエルの吠え面が見られたわ……ふふふ』

「いいわね!後で私達わたしにも見せてね。ミカエルの死に顔動画!」

「三号機の肉体ボディも回収した方がいいですよね……かなりレアな肉体なので」

『どうやって?……天津に「実は利理子は新皇殿からお外に出られるよ♪いぇーい」ってことが知られたら不味いでしょ。また行動を制限されるよ』

「ふふふっ……全てにおいて対策済みよ。背乃衣ちゃん、例の物を」

「はい、利理子様」

背乃衣が手を叩くと空間転移術式が発動して、異空間の物置部屋から、銀糸の繭で包まれた少女が念動力で運ばれてきました。

繭の中では、元魔導騎士のマリアが、元気に足掻いています………飲食不要な体に改造されているとはいえ、凄まじい体力です。

背乃衣が再度手を叩くと、銀糸が解けて消え去り、白い裸体の少女が床に力なく倒れる……

「―――!!――!!」

拘束を解かれた少女はくぐもった嗚咽を響かせ、その床に広げたプラチナブロンドの髪から青色の濁った眼で利理子を睨みます。

「廃棄予定の騎士達の中で一個だけ、ポテンシャルの高い娘がいたから取っといたのよ……どうよ、この娘!」

『顔は一号機わたしに及ばないとはいえ、まあまあね。……んっ?あれぇこの娘はひょっとして』

「そうなのよ!……この娘は人類史の検問番チェックポイント、『世界線の特異点アブソリュート・スター』の一人ひとつよ……他の並列世界線でもこの時間軸の何処かには、必ず存在する絶対的な存在!!」

「中々いい身体ボディですね。これは私達わたしの五号機になれる資格がある……」

『顔もまぁ及第点、なかなか悪くは無いしね♪』

利理子が一人で姦しくしていると、ノロノロとマリアは立ちあがる……

その形相は凄まじく、手には魔力で自身の血を結晶化させた短剣を握っており、そして……

「ああ△%ねぇえええ!!」

マリアは、少女とは思えない金切り声を響かせて、利理子を害そうと突進!!……しかし

「「『わぁお!元気ね♪」」』

しかし、マリアが利理子に一定の距離まで近づくと……その体液が沸騰したように肉体が焼き爛れて、そして彼女の体が人の形を維持できずに、その場で崩れます。

「ア”ア”ア”アアアアアアアアアアアアアアア………」

マリアは生物とは思えぬ怪音と共に、そのまま液状化して死亡しました。

それを見て、利理子は手を口に当ててお上品に嗤います。

「あらあら♪駄目よ、お嬢さん……人間が私に近づくと問答無用で死んじゃうもの……ふふふっ」

「それでは、お嬢さん『復活』してください」

その場で崩れて死亡したマリアは、時間を巻き戻したように蘇生されました。

液状化した謎の吐瀉物めいた何かから、元の美しい少女に戻りました。

しかし、体は復元できてもマリアの記憶にはこれまで体験した全てが刻まれています。

死から無理矢理に生還させられたマリアは訳も分からず慌てふためき、やがて呆然として、最後に耳と目を塞いでその場で座り込みました。
「なんなのよ!!!もぅいやぁ……帰りたい…帰りたいよぉ…姉さま」

彼女の鉄の精神力は、死亡時の苦痛と理不尽な復活の恐怖で、遂には壊れてしまい、もはやその場で泣きわめくことしかできません。

「……なによぉ…なんなのよ……こんなのぉ」

さめざめと泣く少女を利理子は嘲笑います。

「あれ?もう抵抗はおしまいなの……案外と普通の娘なのねぇ、つまらない娘♪……あなたが存在している意味はあるのかしら?」

「あ…あぁああ…姉さまぁ…」

「利理子様、お戯れはそのくらいに、そろそろ女神リリスへの転生を始めましょう」

『さっさと終らせようぜ!!イエーイ!!』

「はいはーい」

気の抜けた返事と共に、利理子は影から一匹の蛇を生み出します。その蛇はマリアに絡みつき……

「きゃあ!?なによ…はなせっ!!はなしてよ!!あばァ!?ちゃ!?」

マリアは必死に抵抗しましたが、蛇はマリアの口から体に侵入すると、彼女の何かを喰らいながら、その身体に根を張ります。

「あががっがぎぃぃ―――ぐげあああろじィ――おじざまァ!!…かあ…姉ざヴぁ…――あぎいいいいい!Блаааааааааааааааааааааааааааааа!!!!!」


マリアは動脈と静脈を通る血液が、細い針の鱗を持つ蛇へと変換されたような苦痛に、暴れもがき苦しみ……そして、最後に壊れたマリオネットの様に沈黙しました。

そして背乃衣が手を叩くと、何処からともなくマリアに、白い巫女服が被さられます。

マリアは無言で立ち上がると、巫女服の袖に腕を通して着替えはじめます。

最後にそのプラチナブロンドの長髪を後ろで束ねると、その月色の蛇眼が露わとなりました。

「それじゃあ皆に自己紹介を……五号機ちゃん」

「はい……私はマリア=ゼレーニナと申します。皆さま、今後ともよろしくお願いします」

「此方こそ、マリアさん……同じ利理子リリスとして唯一なる神を目指し頑張りましょう」

『よろしくね……で、早速なんだけど、マリアちゃん…今お時間あるかい?』

「なんでしょうか?三号機さん…なんて、シベリア監獄の瓦礫に埋もれた肉体の回収をしたい…ですよね。いいですよ。この体の試運転もしたいのですから」

『スパシーバ♪…蛟賀さんが余所から連れてきたマイフェイバリットゴッドボディは、捨てるには惜しいから…じゃあ、お体に相席させてもらいますね。』

「いらっしゃいませ」

『ふふふっ二人でランデブーしようぜ♪』

「ねぇ……それから、シベリアに着いたら、蜂郎…新皇殿へ即戻る様に伝えて…」

感情の無い蛇眼で、リリスは怒りを孕んだ涼やかな声でマリアに継げる。

「激おこだし……はいはい、それでは一緒にシベリアまで…」

「その前に!!」

背乃衣は一息でマリアに接近すると、その体を持ち上げて浴室に連行します。

「マリアさん、あなた臭すぎます。……消毒しなくては……」

「え!?……酷過ぎませんか!?」『ひでえ!?』


そして、分体達がすべて消え去り、新皇殿に一人残る利理子は、することがなくなり、人形の様に動かなくなりました。

彼女はすることが無いと、蛇が冬眠するかの如く待機状態になるのです。

定期的に行う『一人遊び』は、待機状態で固まった心身をほぐす意味もあるのかもしれません。

…………………暫くすると、そんな彼女の元へ一人のサムライが現れました。

「ハァーイ!りりこおばさん。遊びに来たよ!はっくんいるかい?」

現れたのはサムライの蛛呑しゅてん、相変わらずの三頭身こどもじみた小さな体です。

特別製のパーカーみたいな軍服のフードで頭を覆い隠し、その大きな口をマフラーで包んでいます。

そのフード奥の暗闇からは、星のように輝く大きな瞳だけが薄らと浮かぶ。

蛛呑からは優れた知性を感じません。まるで成長を忘れた子供の様です。

だが、この蛛呑はサムライの戦闘能力を指標とした序列では第一位。

サムライの中で屈指の戦闘力を持つ蟲蔵むさし蜂郎はちろう蜼新斎いしんさい蝥王みょうおう蛜勢守いせのかみすら凌駕します。

「あっ!?……いらっしゃい、蛛呑ちゃん♪遊びに来てくれたのね……ふふふっカレーあるけど食べるでしょ?」

「たべるー!!」

利理子が手を叩くと何処からともなくカレー鍋が出現。

蛛呑は一息でそのカレーを鍋ごと吸い込みました。
蛛呑の食欲には限界がありません。
かつて存在した西洋の『飲み込む悪魔アバドン』や宇宙に存在するブラックホールすら比較にならないでしょう。

「おいしい?」
「マキシムおいしい♪」

「ふふふっ……じゃあ、いっぱいあるから全部あげるわね♪……いらっしゃいな蛛呑ちゃん」

「わーい」

蛇と鬼は、二人仲良く奥の調理場へと消える。





















今現在、新皇殿には誰もいない。





















新皇わたしを除いて

口惜しい……肉体を分割されて、意識のみを異空間に封じられた私では世界に介入する術が無い。

……だが所詮、この世界は歯車が幾つも壊れて暴走する世界です。

いずれ新皇わたし瘴気かげに飲まれ消える世界。

そろそろ眠くなってきた。……せいぜい足掻きながら消えろ……虫けら共め

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