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第28話

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 その後は悠理の症状に対して何かするわけでもなく、普通に会話をした。

 そして昼食を終え、会計を済ませた後、

「晴。後は頼んだ」

 悠理は鬼気迫る表情でどこかへ走り去っていった。

「どうしたの?」

「なんだろうね。お手洗いとかじゃない?」

 そんな呑気な会話をしていると、悠理が逃げ出した方向の反対側から凄いスピードで駆け抜けていった女性が居た。

 黒須悠里の筋肉を愛してやまない二宮花だった。

「あーなるほど。撤回。二宮花さんから逃げるためだね」

「あの筋肉好きで有名な彼女ですか。確かに黒須さんは最高の筋肉でしょうね」

「悠理君って顔が判別できないのにどうして二宮さんって分かったの?」

 小野田さんが真っ当な質問をする。

「悠理の家系は武闘派でね。人の気配をある程度察知できるんだよ。と言ってもその正体が誰かまでは分からないんだけどね。でも二宮花と鬼塚力豪は気配が特徴的な上に強すぎるから半径100mくらいの距離であれば分かるんだって」

「何それ?じゃあ私たちの顔もある程度近かったら分かるんじゃないの?」

 軽く怒ったそぶりを見せる小野田さん。

「いや、あの二人がおかしいんだよ。俺も100mとかのレベルではないけどあの二人だったら分かるし」

 多分一定以上あの二人との関わりがあって、そこそこ武道をかじった人ならだれでもわかると思う。

「二人とはあまり面識がないので詳しいことは知らないのですが、かなり個性的な二人ですもんね」

「そういうこと。よく知ってるとかただ特徴的なだけとかだったら識別までは無理なんだよね」

 じゃなきゃ俺たちはこんなに苦労していない。

「よく分かんないけど分かった」

「というわけで、事が済むまでのんびり待ってようか」

「そうですね」

 俺たちは今頃大変な思いをしている悠理を想像しながら、近くにあったカフェで時間を潰すことにした。

 待つこと30分。ボロボロになった悠理がカフェに辿り着いた。

 二宮花と共に。

「今回も逃げきれなかったのか」

「悔しいことにな……」

 この間もそうなのだが、100m先からもわかるレベルのオーラを発しているのに逃げきれないのは何故なのだろうか。

「うちの追跡技術を舐めたらあかんよ」

 出したのはスマホの画面。地図が開かれており、恐らく俺たちの今いる場所が強く光っている。

「まさか」

 ぎょっとした顔で二宮さんを見る悠理。

「いやいや。GPS付けるとかそんな犯罪者みたいなことはしてへんよ」

「けどどっからどう見てもここだし俺じゃねえか」

「そうやね。実際にこれが悠理はんの位置を特定していること自体に間違いはあらへん」

「じゃあどうやってんだよ」

「仕方ないなあ。皆にも分かるように説明したるわ」

 二宮さんスマホを操作し、もう一度見せてきた。

 先程とは全く同じ画面ではあるが、これまでとは確実に違っていた。

「大きさの違う光がたくさんあるね」

「小野田はん正解。私の使っているこのアプリは、周囲にいる人たちの筋肉に基づいた戦闘力の強さを見極めるものなんや」

 馬鹿かこいつ?

「馬鹿かこいつ?」

「思いっきり口に出てるで」

「つい本音が」

 一応この人も女性だった。気をつけなければ。

「まあええわ。とりあえず説明するわ。このアプリはうちのクラスの鬼塚力豪はんと協力して作った物なんや。スマートフォンから発せられる微弱な電波を利用して周囲の人々の筋肉の付き方や量、部位による偏り等、筋肉をデータ化する。そして、その筋肉を実際に戦闘に用いた時にどれ位の能力を発揮できるかを採点する。そして、その結果がこのレーダーの光の強さという形で表示されるという寸法や」

「何言ってるの?」

 小野田さんは全く分かっていないご様子。ちなみに俺も分からん。というか分かる気がない。

「つまりは、ここにいる黒須悠里という人間は筋肉に基づいた戦闘力が最も高い男だから、レーダーの表示戦闘力を最大まで上げた時に一人だけ残るからすぐに見極められるというわけや」

「もっと他に能力の使い道あるだろ……」

「ウチの能力を筋肉意外に使うわけないやろ」

 こいつの能力を違う方向に使えばめちゃくちゃ金儲けできるだろうに……

「それはいいんや。今回は悠理はんの筋肉を堪能することだけが目的やない。もう一つの目的は、そうあんた。加賀美はんや!」

 ビシッという効果音が出そうな勢いで指をさす二宮さん。

「私、ですか?」

「そう。あんたや。あんたは成績優秀眉目秀麗で評判やけれど、あんたの最大の魅力はそこやない。何で鍛えたのかは分からんけど全てにおいて均等に鍛え上げられた、戦闘という面に最適化されたその筋肉や。出力面は流石に悠理はんに劣るけれど、バランスに関してはあの悠理はんを超えとる」

「戦闘に最適化……ですか?」

 流石の加賀美も困惑していた。そりゃあ女性が筋肉を戦闘に最適化されたものなんて褒められても嬉しくはないだろう。

「ウチはその秘訣を知りたいんや。弟子にしてくれへんか?師匠!」

 他人に優しく振る舞う加賀美でもこれは流石に……

「いいですよ」

 まさかの承諾。

「ほんまにか?」

「ええ。その代わり、条件があります。ちょっとこちらへ」

 加賀美は二宮さんを連れて人気のない所で何やら契約を結んでいた。
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