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32話

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 振り返ってみると、そこには金髪にサングラス、ジージャンにダメージジーンズという良く見るテンプレのチャラ男が居た。

「ハヤサカじゃん、久しぶり!」

 この人が宮崎さんが言ってたハヤサカって人か。専業になってから週1のペースで歌ってみたを投稿している化け物らしい。

「奏多、元気にしてたみてえだな。この間のライブ、めちゃくちゃ良かったぞ」

「見てくれたんだ、ありがとう」

「おう、ヘストも士もかっこよかったぞ」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

 ハヤサカさんは個人勢だからアメサンジの3人とは関わりが薄いと思っていたが、完全に読みが外れた。

 まさかこの3人全員と仲が良いとは。

 俺のキャラ的に本番で4対1になるのは中々きついぞ。

「んで、この子は誰だ?」

「この人は今回私たちと共演する九重ヤイバさんですね」

「あんたが九重ヤイバか!よろしく、俺はハヤサカ!気軽に呼び捨てで呼んでくれよな!」

 俺が九重ヤイバだと知った途端に何故かテンションが高くなり、俺の手を握ってぶんぶんと縦に振ってきた。

「今日はよろしくお願いします」

 この人の意図がよく分からなかったので無難に挨拶を返した。

 宮崎さんに教えてもらったから切り抜き見なくても良いやって横着しなければ良かった。

「『マイロック』、すげー良かった!あれ、最近デビューした歌音サケビちゃんがMIXを担当したんだろ?話を聞かせてくれないか?」

 ん?この人、歌音サケビのファンか?

「良いですよ」

 チャラ男でコミュニケーション能力が高そうなハヤサカさんを味方に付けることが出来れば最悪の構図は避けられるかもしれない。

「じゃあ早速、ピッチ補正のプラグインを何使っているか教えてくれるか?配信ではMELODYNAを使ってるって言っているんだが、仕上がりに違和感あるんだよな」

 ファンじゃなくてただの音楽マニアだった……

 確かに毎週歌ってみたを投稿する位だもんな。そりゃあVtuberよりも歌が好きだよ。

 まあ味方には出来そうだし良いか。

「MELODYNAを使っていること自体は間違いないですよ。ただ、複数のバージョンを併用してましたね」

「複数のバージョン?古いバージョンも使っているってことか?」

「はい。僕の低音域が他の音域に比べて弱かったのを音質を荒くして誤魔化す為らしいです」

 撮り直しで肉体の限界を超えた音域は出せないからな。

「なるほどな。旧バージョンにそんな使い方があるのか。加工で音質を下げるよりも違和感が少ないものな。誤魔化すという点に限って言えば有効なのか…… じゃあさ——」

 それから俺はリハーサルが始まり、スタッフに呼ばれるまで歌ってみたについての話をさせられることになった。


「女性陣の方を呼んできますので皆さんは待っていてくださいね」

 俺達が案内されたのは広めの会議室みたいな場所。

 本来は机が真ん中に集まっているのだろうが、機材設置の関係上全員壁に向かって座る配置になっている。

 お陰で意識的に見ようとしなければお互いの顔は見えないので、これなら顔を見られないかもしれない。

 俺は発見される可能性を極限まで下げるべく、一番端の席に座った。

「よろしくお願いします!」

「失礼しま~す」

 席に座って待っていると、葵含め女性陣が入ってきた。

「よろしくお願いしま~す」

「こんにちは」

 俺は挨拶を返しつつ、顔を見られないように失礼だと思われない範囲で外側を向いた。

「ヤイバくん——」

 それから少しして、遠くから葵の声が聞こえた。

 何を言っているのか分からないが、声音的に俺が居ることに気付いていないようだ。

「それではリハーサル行きます!」

 そしてプロデューサーのリハーサル開始宣言。勝った。


 リハーサルでは今回のイベントの流れを一通り軽くこなした。

 その間、画面上の動きと俺の動きが完全に一致している都合上、動いた瞬間を見られるのはリスクということで一切身動きせず、表情だけの変化で乗り切った。

「では本番3分前になったので仕切りを付けますね」

 そして待望の仕切りがやってきた。同じ部屋で複数のマイクを使用してもハウリングしないようにと一人一人を遮るように設置してくれているのだが、俺にとってはそんなことはどうでも良い。

 本番中は絶対に顔を見られないという事の方が重要なのだ。これで伸び伸びと九重ヤイバになれる。

 俺は置いてあったヘッドホンを装着し、マイクの位置を調整する。

「俺は九重ヤイバだ」

 と試しに喋ってみたが声の方も問題ない。いつも通りだ。

「それでは本番です!3,2,1、スタート!」

 開始の声と同時にヘッドホンから会場の音が聞こえてくる。そして左側のモニターには会場の映像が、右側のモニターには全員のLive2Dの立ち絵が表示される。

『始まりましたアキバVtuber祭!皆楽しみにしてたかー!!』

『ワァァァァァァァ!!!』

 司会の芸人さんの呼びかけに対し、会場からこの部屋まで直接聞こえてきそうな程の声援が返ってきていた。

『司会は私、イギリスロブスターの平原が務めさせていただきます。と自己紹介はここまでにしておいて、主役の皆さんに登場してもらいましょう。どうぞ!』

 と言いながら平原は後ろのモニターに手を向けた。

『キャアアアア!!!!!』

 それと同時に声量が一段と大きくなった。カメラの角度的に見えないが、モニターに俺たちが表示されたのだろう。

『それでは自己紹介を!では一番右側の水晶ながめさんから!』

「こんにちは。ゆめなま所属、水晶ながめです。今日は会場まで足を運んでもらってありがとう。楽しんでいってね」

 ながめは実際に大量の観客を目の前にしている分緊張しているようだが、それ以外はいつもと変わりない様子だ。

「こん嵐~!ゆめなま所属の風神、風野タツマキだよ。今日は皆さんと楽しくお話したいと思いま~す!」

 次に元気よく挨拶をしたのは風野タツマキ。ゆめなまの1期生で、水晶ながめの先輩に当たる。ゆめなまのリーダー的存在らしく、こういったリアルイベントも慣れているようだ。

「こんにちは~、センパイたち。アゼリア~ハルだよ~!今日はハルの類まれなるつよつよトークで皆を騙していこうと思いま~す」

 と気の抜けた挨拶をしたのはアゼリアハル。聞いた話によると黎明期に数多くいた悪徳Vtuber事務所の被害者で、会社の勝手な都合で引退まで追い込まれていたらしい。今ではその企業から権利を全て買い取って個人勢として人気を博しているが、結構苦労してきている。

 そんな過去があるのに配信や動画ではほとんどそう言う一面を出さず、『アゼリアハル』を貫いているのはプロだと思う。

「ではわたくしですね。こんにちは、アメサンジ所属現役高校生Vtuberの陽ノ光です。今日は一番の清楚ということで、正直に真実だけを話していこうと思います」

 と自称清楚を名乗るのは陽ノ光。50人以上いるアメサンジの中で最初にデビューした人だ。アメサンジの誕生が4年前のため、4年も高校生をやっている世にも珍しいVtuberとなっている。

 ちなみにVtuber界隈で清楚を名乗る者はほぼ全員清楚からかけ離れた化け物みたいな人間性を持ったVtuberしか居ないらしく、彼女も例外ではないらしい。

 まあ清楚は自称するものじゃないしな。

「やっほー!アメサンジの1等星で皆の1番、星見リラだよ~!皆、呼吸してる~!?!?!?」

 清々しいほどに自信満々な挨拶をしたのは星見リラ。チャンネル登録者数が最近30万人を超えたかなり人気のVtuberなのだが、調べても『陽キャ』『ギャル』『エゴサ魔』という情報が9割を占めていた。陽キャはネット上で自分の事を話している発言を調べないような気もするのだが、それしか出てこないので事実なのだろう。

 これで右側に配置されていた女性陣の自己紹介が終わり、男性陣の自己紹介となった。

 とはいっても全員楽屋であいさつした時と殆どテンションも話し方も変わらず、本番だからとかそういう特殊なものは無かった。

『ということで全員の自己紹介は終わりましたね。ありがとうございます。今回は旬のVtuberというコンセプトで集めさせていただいたこともあって実は話したことすらない、という組み合わせが結構あると思うんですよね。皆さん、楽屋ではどんな感じでしたか?まずは女性陣から』
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