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6話

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「画家を大切にしろ!」

「芸術はもっと世に出てしかるべきものだ!」

「芸術は自由に作られてこそ真価が発揮されるものだ!」

 どうやら、芸術家たちによるデモらしい。

「別に芸術家の扱いは問題ない気がするんだけどな」

 教会や経典のような宗教に関わる物を専門と扱ってきた昔と違い、貴族や商店のようなお金を持つ個人が主な仕事相手となった今では給料はかなり向上しているはず。

 大抵の芸術家はこの国の大半の人間よりも裕福な生活をしているはず。

 かなり大切にされていると思うのだけれど……

「芸術家になるルートは知っているか?」

「大体は」

 僕達と同じくらいの年齢の人が試験を経て芸術大学に進み、その中の一握りの人間が教授や芸術家に認められて芸術家になるというのが殆どのルートだ。

「この世に数多とある仕事の中で最も就くのが困難なのが芸術家とされている」

「それがどうかしたの?」

「じゃあ、この国で金を持っているのは誰だ?」

 そこで合点がいった。

「そこらの貴族や商人よりも優秀であるはずの芸術家が、どうしてそれほどにお金を持っていないんだよってことか」

「そういうこと。最近それに文句を言いだした芸術家が一人いて、ここまで大きくなったらしい」

「ちなみにどんな人か知ってる?」

「フート・マルフィンという芸術家だ」

 聞いたことがある。この国でかなり有名な芸術家だ。領地が地方だったので作品と関わることは殆どなかったが、貴族からの評判が高く、度々話題に挙がっていた。

「なるほどね」

「とは言っても俺らに出来ることは無いしな。国がどう動くかって所だな」

「それもそうだね」

 その後紹介された飯屋で舌鼓を打ち、午後の授業もジョニー君に助けてもらった。

「というわけで全然ダメでした……」

 昨日とは打って変わって、残念な報告をすることになってしまった。

「ぎゃははは、お前どうやって受かったんだよ」

「ちゃんと実力に決まっているでしょ」

 馬鹿にするルーシーさんに対し、フォローを入れてくれるランセットさん。

 フォローをは非常に嬉しいんだけど、

「すいません、実力じゃないんです……」

 正直ここに受かるほどの能力は無かったのだ。

「どういうことだ?」

 いけないことを言ってしまったと笑うのをやめて聞いてくれるルーシーさん。

「それはですね」

 半年前合格して大学で学ぶために勉強を続けてはいたが、どうしても身に付かず合格は絶望的だった。

 それでも諦めたくは無かったので続けていると、僕宛てに荷物が届いた。

 基本的に両親や、ダンヴル家宛ての荷物しかこないから珍しいと思いつつ箱の中身を開けると、表紙が真っ白な分厚い問題集が中に入っていた。

 差出人はリゼという正体不明の女性。頑張ってくださいと一言だけ書かれた手紙が同封されていた。

「藁にもすがる思いでそれを一通り勉強してから受験したんですけど、出ていた問題がそのまま全てあの教材に乗っていたんですよ」

「それイカサマじゃねえか。父親か母親が何かしたんだろ」

「正直そう思いました。でも両親がそんなことをするわけがないと思いつつも、本当だったらどうしようと思い聞いてみたのですが、違うと。そもそも大学の問題を半年前から入手できるほどのコネは持っていないって言われました」

「確かに地方の貴族が都心の大学の教授陣と懇意にしているなんておかしな話か」

「私は大学の勉強をしたことが無いからよく分からないけれど、ペトロ君が頑張っていたから合格できたのよ。その問題集にはテストの問題だけが乗っていたわけじゃないんでしょ?その中から全部出るって言われてもなかなか出来ないものよ。誇っていいのよ」

「ありがとうございます」

 ランセットさんの言葉で少し罪悪感が薄くなった気がする。

 そして勉強についていけなかったという悔しさからも少しだけ立ち直れた。まだ初日だし、たまたま苦手なところに当たっただけかもしれないしね。

「困ったら天才の俺が助けてやる。大体の事は知っているからな」

 ルーシーさんが自信満々にそう答える。天才小説家と言う肩書で見れば信頼は出来るけれど、僕が大学から帰ってくる時間に酒を飲む大の大人という光景を見ると全く信用できない。

「そういえば一応ルーシーさんって小説家ですよね」

「一応じゃねえ。ちゃんと大小説家だ」

「小説家って芸術家の中に入るんですか?」

 昼の話をふと思い出し、聞いてみた。

「多分入らねえんじゃねえか。あっちの根っこは大工とか鍛冶師と同じ技術だからな」

「じゃあ芸術家のデモってどう思っていますか?」

「何だそれ」

 既に知っているかと思いきや、何も知らないらしい。

「この人、仕事と本を手に入れる以外で外に出ることが殆どないから世間に疎いのよ」

 仕方が無いので説明をした。

「あー、だから聞いてきたのか。別に俺は楽に生きていければそれで良いんだ。金とか地位とかが欲しけりゃ毎日仕事に励んでいるだろうよ」

 それもそうだった。地位が欲しい人間がこんなダメ人間みたいな生活をしているとは思えない。

「そうですね」

「ま、面白そうだし調べてみるか」

 平日だと僕が参加出来ないので休日に調べることになった。

 そして当日。

「おし行くぞ」

 朝食を食べた後、妙に張り切っているルーシーさんに連れられ、例の現場に向かうことに。

 正直慣れない大学の授業で疲れていたので休みたい気持ちがあったけれど、約束してしまったからには付き合うしかない。

「おーやってんなあ」

 現場にやってくると、ルーシーさんが野次馬精神で目をきらきらさせていた。

「そんな目で見ていたらあの人たちを怒らせますよ」

 下手に刺激して矛先がこちらに向いてしまったら命が危ない。

「大丈夫だって」

「にしても、人多いですね。こんなに居たっけ……」

 前回見た時はせいぜい30人とかそこらだった。いくら休日とはいえ100人を超えているのは流石に変な気がする。

「土日だからじゃねえの」

 確かにそうかもしれない。土日は仕事休みだし……

「そもそも芸術家って土日とか関係あるんですか?」

 基本的に芸術家は個人業だ。好きな時間に働いても指定の日時までに完成させれば問題ない仕事である。だからわざわざ人が多くて面倒な休日を休みにする人がこんなに大勢いるのだろうか……?

「確かにあんまねえな。とは言ってもこの国のスケジュールが芸術家になる前から刻まれているから土日休みは多いだろ」

「なら何故なんだろう」

 そう思い見てみると、前回居た人達とは明らかに異質な恰好をした人が大勢集まっていた。

「芸術家以外にも吟遊詩人とか役者とか表現を生業とする人間が集まっているな」

「だからこんなに大勢いるんですね」

「そうだな。そしてここまで大きくなったってことは絶対先導者が他に居る」

「フート・マルティンさんじゃなくてですか?」

「そうだ。ただの芸術家にこんな芸当が出来るわけねえだろ」

 確かにあの人の主張に賛同するものは多いかもしれない。けれど、わざわざ市民活動を起こすほどの動きを出せるわけがない。

 よく考えると、一芸術家が他の文化的活動を生業にしている人間に影響力を持つというのがおかしな話だ。

「となると仲介人というか、芸術家や役者等に連絡を取れる顔が広い人が居るということですか?」

「そうだ」

 かと言ってそんな人間なんて実在するのか?芸術家だけであれば商会の長等が可能性として高い気はするが、役者は劇団以外に関係をそこまで持たないし、吟遊詩人に至っては完全な個人だから誰と関わるというのか。

「無理じゃないですか?」

 色々考えたが、職業の形態に幅がありすぎる。

「そうだな。現実的な方法で関係を持つことは不可能に近いだろうな」

「つまり無理ってことじゃないですか」

 現実的に不可能=ありえないってことじゃないか。一体何を言っているんだこの人は。

「堕天使が絡んでいる可能性が高い」

 堕天使。それならば感情の高ぶりでこういった活動をしても可笑しくない。

「そんなに天使っていましたっけ?」

 しかし、そもそもこの国に天使の絶対数は多くないはず。特に純血なんて絶滅危惧種じゃないのか。そんな天使が芸術家などの職業に固まっているなんて状況は不自然としか。それに、天使が全員こういった活動をするための欲望を持っているのか。

「いないな。居たとしても数人だろうな」

「じゃあ、その人たちを止めればこの騒動は止まるんですか?」

「なわけねえだろ。他の奴は自分の意思でこの活動をしているだろうしな。数人が離脱したところで終わんねえよ」

「じゃあどうするんですか?」

 堕天使が起こした騒動だ。ならば堕天使の被害といっても過言ではないだろう。

「知らねえよ。あの活動は堕天使が強要したわけじゃねえんだ。あくまで自分の意思で馬鹿やってる奴らの為に何かしてやる義理なんてねえ」

 さらっと切り捨てていたが、少し怒っている気がする。

「怒っていますか?」

「別に。予想と違って残念だったって思っているだけだ」

 否定をしていたが、その言葉はあまりにも冷たかった。小説家として文化的活動を行う一人として何か思う所があるのかもしれない。

「でもどうするんですか?見分ける方法なんて無いですよ」

 この活動の起点となるフート・マルティンさんがほぼ確定として、それ以外の人に目星なんて付きようがない。

「ここに居る大半が無名だしな」

 言い方は悪いが、誰でも知っているような人が居ない。つまり先導者の目星がつかない。

「もしかして、一人一人当たるんですか?」

「んな馬鹿な方法はとらねえよ。それに絶対見落とすだろ。堕天していても普通に振る舞える奴も居るんだから」

 そういえばそうだった。カナンさんはよく見れば疑いがかかるが、アンフィアさんは何度話しても分からないと思う。

「ですね。じゃあどうするんですか?」

「まずはダンデに相談だな」

 自信満々に言った結論は他力本願だった。
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