上 下
32 / 53

32話

しおりを挟む
 あまりにもあっけなさすぎる結末に私とサキは思わず目を見合わせる。

「流石に……」

「手を抜いているよな……」

 どう考えても仲良く会話をするための最初の掴みのようなものだよな。うん。二人とも本気で落ち込んでいるようにしか見えないが、演技力が高いだけだろう。

「僕の次に強いサキまで……」

「そんな事があり得るの?まさか二人ってプロ!?」

「違う」「違います」

 そんな真剣な表情で言わないでくれ。プロだったらこんな普通の腕をしていないに決まっているだろうが。

「これは凄いことだよ。みる子」

「だね、キンカ。これは皆に報告しなきゃ」

 キンカとみる子は顔を見合わせてそう話した後、キンカが突然スマホを弄りだした。

「何をやっているんだ?」

「当然圧倒的強者の誕生を皆に報告しているんだよ」

「本当に何をやっているんだ……」

 今までの一連の流れは俺たちを笑わせるための冗談では無くガチだったらしい。

 一応目の前に居るのは大御所の大先輩だったが思わずため息をついてしまった。

 サキはため息をつくまではいかなかったものの、呆れている様子だった。

「っと。二人ともありがとうね!!本配信でもよろしく!!!」

 そんな私たちの様子を悟ったのか、みる子が私とサキに握手をしてきた。

「ああ、よろしく」

「よろしくお願いします……」

 そして私たちは部屋を去った。



 二人について色々と話したかったが、次の組に挨拶に行かなければならなかったのでそのまま次に。

「はじめまして、サキです。今日はよろしくお願いします」

「優斗です。今日はよろしく」

「はじめまして。アサヒです、今日はよろしくお願いします」

「アッシュです。よろしくね」

 今回のペアはアサヒとアッシュ。男がアサヒで、女がアッシュだ。ダブルエーというコラボ名で人気を博している。

 サキの事前説明によるとアサヒとアッシュは元々歌い手で、裏で仲良くなったFPSの配信者による誘いでゲーム配信を始めたのだとか。

 その結果配信の方が人気になってしまい、今では歌い手というよりはゲームの配信者として有名なのだとか。

「はい!ところで今お二人は何をされていたんですか?」

 そんなアサヒとアッシュは、どうやら二人で一台のパソコンを見て何かをしていたらしい。

「今?今回出場するカップリングに歌って欲しい曲のリストを作っていたんだ」

 と話すのはアサヒ。今や配信がメインになっているとはいえ、やはり元歌い手というだけはあって歌ってみたの事が大好きらしい。

「歌って欲しい曲ですか?」

「二人の関係性と声質とかを考えると何が一番素晴らしいかなって議論していたんですよ」

「やっぱりお歌が好きなんですね。ちなみにどんな曲を選んだんですか?」

「気になる?こんな感じだよ」

 サキはどんな結果になったのかが気になったらしく、二人にそう聞くとアッシュがパソコンの画面を開いてサキに見せた。

「えっと……あれ?」

 サキは『おおー!』みたいな反応をするかと思っていたが、不思議そうに首を傾げていた。

「どうかしたのか?」

「選曲がね。優斗さんにも見せて良いですか?」

「勿論だよ。ほら見てみて」

 私も見る許可を貰ったのでパソコンを見てみた。

「なるほど。そういうことか」

 何故不思議そうな顔をしているのか合点がいった。参加者リストに書かれてある7組の内5組が『チューリング愛』だったからだ。

 関係性と声質を考えるとは一体何だったのだろうか。

「これに関しては深い深いわけがありまして」

 何故かと理由を聞こうとしたら、アサヒが自ら理由を話そうとしてきた。

「深いわけか」

「はい、最初はノリノリで色んな曲を選んでいたんですよ。これはどうだ、あれはどうだって。で、実は全員バラバラで良い感じに決まりかけてきたんですよ」

「ですが、サキさんと優斗さんの曲を決めようとしたタイミングで気づいてしまったんです。皆さん歌が本職ではないので私たちが選んだ歌を歌うための歌唱力と音域が足りない可能性があるという衝撃の事実に」

「ほう」

「だから二人でも歌えるような音域の曲で歌唱力問題も発生しない曲は何だろうと考えた結果そうなったんです」

 確かに『チューリング愛』だったら性質上歌唱力問題は発生しないし、音域に関してもキーさえ変えれば本当に絶望的なレベルの人間以外は問題ないレベルだものな。

 その代わり声質が完成度の9割を占めるので別の意味でハードルは高いのだがな。

「の割には私たちの曲の難易度高すぎやませんか?」

「そんなに難しいのか?」

 私たちが歌う曲の候補に挙げられていたのは『チューリング愛』ではなく『AZALEA』という曲だった。
しおりを挟む

処理中です...