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クリヤ

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第1章 始まり

(1)アップルパイとアールグレイ

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 自然に開いたナオキの唇の内側が見える。
 赤く色づいたそこは、艶っぽく光ってショウゴの目を釘づけにする。

 (キレイだ……)

 意外なほど冷静に、ショウゴはナオキの唇を見ていた。

 (あの中にふれられるってことか)

 喜びだと思えた。
 近づいてきた唇は、一番近くにきた時にはショウゴには見えない。
 それが残念だと思った。
 ずっと、あの赤色を見ていたいと感じていた。
 ピリッ。
 唇が重なる瞬間に、ショウゴの全身に感じたことのないしびれが走る。
 ドクン。
 心臓が大きく跳ね上がる。
 ショウゴの唇を何気なく割って、ナオキの舌はショウゴの中に入り込む。
 心臓は早鐘を打っているというのに、ショウゴの理性はクリアだった。

 (あたたかい……、それに、甘い……)

 からませられるナオキの舌に翻弄されながらも、それを味わう余裕もある。
 体と頭が、バラバラに動かされている。
 ナオキとのキスに、ショウゴが思っていたのは、そんなことだった。

 時折り、ショウゴの唇から離されるナオキの下唇が、どんどん赤みを増す。
 ナオキの頬が、下唇と連動するように、どんどん色づいていく。
 自分が仕掛けているというのに、ナオキの目が理性を失っていくのが分かる。

 「……んぁっ、……んふぅ、あっ、あ、ん……、んん」

 意図せず、ショウゴの口から声がもれる。
 自分でも初めて聞く声だった。

 (ボク、こんな声……。こんなの、出ちゃうんだ……)

 その声は、当然、ナオキの耳にも入る。
 それを聞いた途端に、ナオキの瞳孔が開く。
 見慣れたと思っていたナオキの顔が、初めて見るものに思える。
 ナオキの瞳の奥に宿っている情欲の炎が、燃え上がるのが分かる。
 背中にまわされていたナオキの腕の上に、ゆっくりと押し倒される。

 (下から見上げる顔も、キレイなんだなぁ)

 この角度から見るナオキは初めてだ、ショウゴはそんなことを思う。
 シャツがめくりあげられて、ショウゴの上半身があらわになる。
 寒いと思う前に、ナオキの熱っぽい体に覆われる。
 ゾクリ。
 唇を合わせた時とは違う、全身に走るしびれのようなもの。
 胸の突起が、柔らかく吸い上げられる。
 転がされ、しゃぶられていく。
 そのうちに、ショウゴの腹の中心が、熱くなっていく。

 「……いやっ……」

 思ってもいない言葉が、ショウゴの口から、ポツリとこぼれる。

 「……いや?」

 胸の突起から唇を離さないまま、ナオキがショウゴに問う。
 あわてて、ショウゴは、ぶんぶんと首を振る。
 その様子に、ナオキが、フッと笑う。
 その息が、ショウゴの突起をさらに刺激する。
 ぷっくりと膨らまされたそれは、ナオキの左手の指と舌になぶられ続ける。

 残った右手が、ジャージに近づく。
 手のひらを広げて、肌に沿わせるように動くナオキの手。
 スルリ。
 ジャージとボクサーパンツは、一瞬で取り去られる。
 ショウゴも自然に腰を上げて、脱がされるのを助けてしまう。

 (あぁ、ボク。嬉しいって思ってる……。早くって思ってる)

 ナオキの右手は、大切なものを扱うかのようにショウゴ自身を包み込んだ。


 *****

 一浪の末に、ようやく受かった大学。
 待望のひとり暮らし。
 新しい生活に胸をときめかせているはずの四月。
 なのに、ショウゴの気持ちは、ドン底だった。
 本当なら、ここにいるはずのマコトがいない。
 裏切られたのは、半月前。
 たったそれだけしか経っていないなんて思えないほど、長い半月だった。


 履修ガイダンスが終わって、校舎の外に出る。
 晴れ渡った空の下、サークル勧誘のテントが道をふさいでいる。
 ショウゴは、サークルのチラシを無意識に受け取る。
 けれど、サークルに入るつもりはない。

 「昼メシ、おごるよ。話、聞いてかない?」
 「履修登録のアドバイスしますよ~」
 「友だち作りに、オールラウンドサークルはどう?」

 サークルの呼びかけは、どれも魅力的に聞こえる。
 半月前のショウゴなら、嬉々として話を聞いていたに違いない。
 サークルに入るのは、大学生活の楽しみのひとつだと思っていたからだ。
 それなのに、今のショウゴは、サークル勧誘を苦々しく思っていた。
 
 (どうせ……)

 マコトとのできごとが、ショウゴの心に大きなササクレを作っていた。

 賑やかなテントを避けるように、裏道を通って家路を急ぐ。
 大学から、徒歩で30分。
 マコトとふたりで選ぶはずだった自転車は、買う気になれなかった。
 山の上にある大学からの帰り道は、意外に足にくる。

 (浪人生活で、なまったかな……)

 思いもかけず暇な時間が増えた今、走ってみるかなとショウゴは思う。
 ひとり時間の潰しかたばかりが上手くなる。
 そんな気がした。

 はぁぁぁ。
 アパートへと続く、くの字の坂を登りながら、ショウゴは大きなため息をつく。
 マコトとのことがあってから、人を信じられない。
 それなのに、ショウゴは、ルームシェアする人を待つために家路を急いでいる。
 これも、マコトの裏切りの置き土産だ。

 (仕方ない。1年だけのガマンだ。なんとか、やり過ごせるだろ)

 自分を奮い立たせるように、心の中で自分を鼓舞する。
 くの字の坂を登り切ったところにあるアパートの前にたどり着く。
 自転車置き場に、見慣れない自転車がとめられていた。
 その真っ青なフレームの色が、今日の晴れ渡った空を思わせる。

 (新しい人が入ったのかな?)

 郵便受けを確認して、チラシや手紙を落とさないように抱える。
 階段を登る頃には、その青い自転車のことは、脳裏から消えていた。

 部屋に戻ると、朝のあわただしさの名残りが散らかる。
 ショウゴは手早く、それらを片付ける。
 約束の時間までは、あと15分。
 お湯を沸かして、ティカップとティポットを用意する。

 (あ、何か菓子でも買ってくるんだった……)

 そう思って、それから、頭をぶるぶると振って、その考えを打ち消す。

 (ダメだ、ダメだ。そんなんだから、裏切られたんだろ!)

 小さなダイニングテーブルの椅子に、ストンと腰をおろす。
 微妙な待ち時間に、つい壁の時計を見る。
 電波時計だから、時間は正確なはずだ。
 約束の時間まで、あと15秒。……3、2、1。
 ピンポーン!

 あまりにピッタリの時間に鳴ったインターホン。
 ショウゴは、ビクッと体を震わせる。

 「はい……」
 「こんにちは。ヒラノです」

 これが、ナオキとの初めての出会いだった。


 *****

 ナオキを初めて見た時、ショウゴはたじろいだ。
 その圧倒的な造作の美しさに。
 パッチリとした二重まぶたに、薄い茶色の瞳。
 サラリとしたクセのない髪。
 意志の強そうなキリッとした眉。
 スラリと通った鼻筋。
 薄くも厚くもない唇は、薄くほほ笑んでいるようにも見える。
 少し濃いめの肌の色は、全身を引き締めて見せている。
 男を美しいと思うのは、初めてだった。

 玄関にナオキが立っているだけで、部屋が別の空間のように感じる。
 ナオキが、わずかに首をかたむける。

 「入っていい?」

 その問いに、ショウゴは、やっと気づく。
 自分がボウッとナオキを見てしまっていたことに。

 「あっ、ああ。もちろん。今日からキミの家でもあるんだし」
 「……そうなの? 会ってから決めるのかと思ったけど?」
 「い、いや? そんなことは……」
 「それじゃあ、ルームシェアの相手、オレでいいの?」
 「もちろん!」

 食い気味で言うショウゴに、ナオキがふわっと笑って言う。

 「良かった。もう四月だから、部屋が見つかんないとヤバくて」
 「ボ、ボクもルームシェアしないと家賃が払えないから」
 「そっか。じゃあ、お互いにオッケーってことでいい?」
 「うん」
 「じゃあ、よろしく。えっと……」
 「ショウゴでいいよ」
 「オレも、ナオキで」
 「うん。学部も同じって聞いてるけど」
 「そう。なんなら、同じ授業取んない?」
 「いいけど、どうして?」
 「情報共有できんじゃん?」
 「そっか」
 「そういえば、これ。一緒に食わない?」

 ナオキがリュックから取り出したのは、アップルパイ。
 ショウゴの好きな店のものだった。

 「えっ? それ……」
 「あ、嫌いだった?」
 「いや、逆。すっごい好きな店のやつ」
 「まぢか。それなら良かった」

 ショウゴは、用意していたティカップにアールグレイの紅茶を注ぐ。
 ナオキが持ってきたアップルパイとの相性は最高だった。
 ショウゴは、久しぶりに笑って、人と話した気がした。

 ナオキは、その美しさとは裏腹に、気さくで優しい人柄だった。
 出会った瞬間から、ショウゴは、その心を鷲掴みにされていた。
 どうしてなのかは、分からない。
 だから、疑問には思わなかった。
 四月に入ってから、部屋探しをしている不自然さに。
 自分の好物を持って現れたことにも。
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