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第1章 始まり
(2)チョコレートの誘惑
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次の日から、ショウゴの大学生活は、ナオキ色に染まった。
朝起きて、学校に行って、帰りに買い物をして、家に戻って晩ご飯。
すべてナオキと一緒だった。
大学が始まって、最初の1週間はガイダンス授業。
すべての授業が公開されていて、出入り自由。
授業を聞いてもいいし、雰囲気を感じてもいい。
サークル勧誘は、ガイダンス授業の1週間続く。
「サークル、どうする?」
「ナオキは?」
「オレは、ショウゴ次第かな?」
「どういう意味?」
「ショウゴが入るなら、オレもそこに入る」
出会って1週間だというのに、ふたりは10年来の友だちのようだった。
学校でしか会わない友だちと比べて、3倍以上の時間を過ごす。
そう考えれば、当たり前かも知れない。
(ナオキといられて嬉しい。こんなに気の合うやつがいるなんて)
ナオキに出会えたことで、ショウゴの頑なだった気持ちは和らいでいた。
(マコトにこだわってないで、新しく友だちを作るべきなんじゃ?)
今のショウゴなら、それができるような気がした。
「ボク、サークル入ってみようかな?」
「……そっか。どこ?」
「スウィングジャズ」
「え? 音楽系? 意外」
「あ、ボク、中学までは吹奏楽やっててさ。ジャズも好きだし」
「いいじゃん」
「ナオキは、ホントに一緒に入る?」
「なんで? そう言ったじゃん?」
「うん。だけど、楽器って特殊だから」
「まぁ、やってみるよ」
結論から言うと、ショウゴの心配は杞憂だった。
初めてさわったはずのフルート。
ナオキは最初から音が出せて、1週間後には曲を吹いていた。
むしろ、ショウゴのほうが苦戦していた。
数年ぶりに吹いたトロンボーンの音がうまく出せない。
感覚が戻ってこない。
あせるばかりで、楽しさは感じられなかった。
「ショウゴ、先輩たちがメシ行こうって」
「あ、うん。ちょっと先行ってて。もう少し吹いてく」
「……分かった。いつもの飯屋な」
「うん。すぐ行くよ」
ナオキは、先輩たちに気に入られていた。
もちろん、同じ学年のやつらにも。
そのことにショウゴが気づいたのは、サークルに入ってからだった。
それまでは、ナオキとだけ一緒にいたから気づかなかった。
パート練で、ナオキと離れてみて、初めて気がついた。
違うパートのメンバーが、ナオキのことをチラチラ見ていること。
女性の先輩の楽器指導が、ナオキにだけ熱を帯びていること。
男の先輩が、やたらとナオキと肩を組みたがること。
それを見るたびに心の中に相反する感情が生まれていた。
そんなイケメンと一緒にいるという優越感。
あくまで普通な自分に対する劣等感。
ふたつの感情が、胸のモヤつきになってショウゴを襲う。
(まぁ、あんだけ美形だし? そりゃ、そうだ)
心の中でショウゴは、自分を納得させようと考える。
けれど、胸のモヤつきは消えない。
(何にモヤついているんだ? イケメンがモテるのは当たり前だろ)
(うらやましいのか? でも、ボクはモテたいわけじゃない……)
ナオキと話してから、楽器への集中力が途切れてしまう。
これならナオキと一緒に行けば良かった、とショウゴは思った。
ため息とともに、もう少し吹いていこうと思っていた楽器を片づける。
サークルでよく行く駅前の飯屋に向かって、坂をくだる。
10分ほどで飯屋に着く。
ナオキたちが向かってから、さほど時間は経っていない。
おそらく、注文を終えた頃だろう。
そんなことを思いながら、ショウゴは飯屋の引き戸をガラリと開ける。
入り口から、サークルのみんなを探そうとする。
ついたてで仕切られた店の中。すぐには、見つからない。
その時、聞き覚えのある先輩の大笑いがショウゴの耳に入る。
(あそこか。先輩の声、すげぇ響いてる)
笑い声がした席に向かって、ショウゴが通路を進む。
先輩たちがナオキに話しかけている声が聞こえてくる。
「なぁ、なんでショウゴと仲いいの? 高校一緒とか?」
「違いますね。大学入ってからです」
「まぢ? え? でも、一緒に住んでんだろ?」
「一緒っていうか、ルームシェアです」
「部屋は別?」
「まぁ、はい」
「なんで、ショウゴと?」
「あいつは、メシアだから……」
「は? 飯屋? あいつ、料理うまいのか?」
「なるほどねぇ! 確かに、オレも料理上手と暮らしたいわ」
「じゃあ、ナオキくん。あたしと暮らさない? 料理以外もつけちゃうよ?」
「うわっ! ナオキ、気をつけろよ。食われるぞ」
みんなが一斉に笑う。
その笑い声にくるりと背を向けて、ショウゴは飯屋の出口に向かう。
(ナオキが、ボクをご飯係だと思ってるってこと?)
飯屋の引き戸をガラリと開けて、再び閉める。
外の風がヒヤリとショウゴの頬を撫でる。
昼間は暖かい春風も、日が落ちた途端に冬の冷たさに戻る。
ぼろり。
大粒の涙が、ショウゴの頬を流れ落ちる。
(え? なんで? なんで涙なんか)
手のひらで、ぐいっと頬をぬぐう。
ぬぐってもぬぐっても、涙が止まらない。
なんの涙なのか、自分でも意味が分からない。
ナオキとショウゴの家事分担は、確かにその通りだった。
料理が好きじゃないというナオキは、掃除全般。
家でもちょくちょく料理していたショウゴは、料理担当。
ふたりで暮らし始めた時に、決めたことだった。
(ナオキは、ご飯担当を探してた?)
駅前まで来ているというのに、ショウゴは電車に乗らなかった。
40分以上かけて、歩いてアパートに着く。
春の夕闇は、ショウゴの涙まみれの顔を隠してくれた。
のどがヒリヒリと痛む。
顔も涙で、カピカピになっている。
アパートに着いた安心感からか、ショウゴの腹がグゥッと鳴る。
(ナオキがいなくて良かった。とりあえず、なんか食おう)
鍵を開けて、玄関に入るとナオキのスニーカーが目に入る。
(なんで? ボクより先に帰ってる? どういうこと?)
音を立てないように、ダイニングを通り抜ける。
ふたりの部屋は、振り分け型の2DK。
ナオキの部屋の前を通らずに自分の部屋にいける。
それぞれの個室に鍵はついているが、ふたりとも開けっ放し。
『鍵がかかっていたら、掃除できないじゃん』
そうナオキが言って、それからずっと鍵をかけていない。
自分の部屋のドアをゆっくりと開ける。
明かりをつけずに、肩からストンとリュックをおろす。
上着も脱いで、床に落とす。
窓際にあるベッドに向かおうとして、ようやく目に入る。
ベッドの上にある人影。
薄いカーテンに差し込む月明かりが、その姿を浮かび上がらせる。
「ナオキ……? なんで、ボクの部屋に」
「……どうして帰ったの?」
「あ、あの。お腹空いてなくて」
「……飯屋まで来たよね?」
「う、ん。だけど、今日は違うかなって思って」
「何が?」
「えぇ~っと、い、家で食べたくなって?」
「オレは待ってたのに?」
「いや、でも。先輩とかたくさんいたでしょ?」
「だから?」
「だから、ボクひとりいなくてもなって」
「何それ。それに、その声、どうしたの?」
「別に? 変? じゃあ、ちょっとうがいしてくる……」
そう言って、ショウゴが部屋を出ようとした瞬間。
背中にドンッと衝撃を受ける。
ナオキがショウゴの背中に抱きついていた。
高校時代には、そうやって、ふざけてくるやつはいたので驚かない。
「え? 何? どうしたの?」
「ショウゴ、なんか聞いた?」
「なんかって? あぁ、メシ担当のこと?」
「聞いてるじゃん……」
「別に、本当のことだし。あ、先輩のほうがいいか。美人だし」
「はぁ? 何言ってるの?」
「でも、できれば1年はガマンして欲しいな。
ひとりだと家賃払えないし、これから新しい人探しは大変だから……」
少しだけ言葉が震えていることに、ショウゴは自分では気づかない。
言葉を続けようとしたショウゴの体が、くるりとまわされる。
両腕を掴まれて、顔をのぞき込まれる。
ナオキの身長は、ショウゴより頭ひとつ分ほど高い。
だから、ナオキがのぞき込むと、まるでキスする体勢みたいに思える。
(バカなこと考えてる……。たぶん、ナオキは心配してくれてるのに)
そんなショウゴの気持ちを知らないナオキは、ショウゴの頬を優しくさわる。
「ショウゴ、泣いた?」
「な? 泣いてないっ!」
「じゃ、なんで、ここが、カピカピなの?」
「たぶん、風のせい」
「ふうん」
そう言うなり、ナオキはショウゴの頬をペロリと舐めた。
柔らかくてあたたかいナオキの舌の感触。
気持ちいい、ショウゴはそう思ってしまった。
けれど、心とは別の言葉が口から出る。
「はぁっ? ナオキ、何してんの?」
「しょっぱい。やっぱり涙じゃん」
「いや、そうじゃなくて。今、したことを」
「……いやだった?」
「……いや? じゃないけど」
「それじゃ」
ぐうぅぅぅ。
何かを言いかけたナオキの言葉をさえぎるように、ショウゴの腹が鳴る。
クスリとナオキが笑う。
「ごめん。なんか言いかけた?」
「あとで話す。今日は、オレがメシ作るわ」
「え? 飯屋で食ってないの?」
「待ってたって言っただろ?」
「まぢで? ごめん」
「ショウゴが帰るのが見えて、追いかけたから」
「え? そうなの?」
「うん。まさか、電車に乗ってないなんてな」
「ごめん……。あれ? でも、料理できないんじゃ?」
「好きじゃないってだけ。できないわけじゃない。それに」
「それに?」
「なんでもない。誤解は、早めにとく」
ナオキの勧めでショウゴはシャワーを浴びて、ジャージに着替えた。
その間に、ダイニングテーブルの上には料理が並んでいた。
ご飯にみそ汁、しょうが焼き。
ショウゴが食べたいと思っていたものが並ぶ。
「すごい! ボクなんかより、料理上手じゃん!」
「そうか? オレは、ショウゴの料理が好きだけど?」
「そ、そう?」
「ま、食おう」
「うん!」
初めて食べるナオキの料理は、どれもおいしかった。
お腹がいっぱいになると、いつの間にか胸のモヤつきが消えている。
泣きながら帰ってきたことさえ、ショウゴは忘れかけていた。
「オレの部屋で話さない?」
「うん。あ、お茶淹れて持ってくよ」
ダイニングは、小さなテーブルと椅子がふたつあるだけ。
だから、ふたりでくつろぎたい時は、どちらかの部屋に集まる。
お盆にマグカップをふたつ載せて、それからチョコレートも。
ショウゴの祖母から送られてきたチョコレート。
子どもの頃からのお気に入りをナオキにも食べさせたかった。
「お待たせ」
「うん、ありがと」
「さっきのことだけど」
「先に、コーヒーもらってもいい?」
「うん。あ、このチョコもおいしいんだよ?」
「お、サンキュ。もらうわ」
ショウゴは、ナオキの部屋に入る時は、必ず何かを持っていく。
ルームシェアして、すぐの頃。
呼ばれてなんとなく入った部屋は、いい匂いがした。
たぶん、ナオキの匂い。
部屋にいると、ナオキに抱きつかれているような気持ちになった。
なぜだか、クラクラした。
あわてて、部屋を出た。
それからは、何かを持って部屋に入る。
だいたいは、コーヒー。
コーヒーの香りは、ナオキのクラクラする匂いを消してくれる。
チョコを口に入れて、パキンと割ると砂糖とお酒の味がする。
チョコレートとお酒の味を口の中で混ぜ合わせる。
口の中が、大人な甘さでいっぱいになる。
のどの奥が少しだけ熱くなる。
続いてコーヒーを口に含むと、チョコとお酒の余韻がさっぱりと消える。
祖母が好きな食べかただった。
チョコとコーヒーを楽しみすぎて、一瞬、ナオキの存在を忘れていた。
チラリと横を見ると、ナオキが下を向いている。
「ナオキ? どうしたの?」
「これ……、お酒入ってる?」
「え? あ、ちょっとだけね。でも、お菓子だから」
「オレ……、酒は……」
「あれ⁉︎ もしかして、全然ダメな人だった?」
「……したい」
「ナオキ? 大丈夫? ごめん、お酒弱いなんて」
「キスしたい」
「は? 誰と?」
「いい? したい。ショウゴ……」
「ボクと?」
すごく少量のお酒でも酔う人がいることは知っていた。
酔っ払ったら、キスをしたがる人がいることも。
(酔って忘れちゃうパターン? でも、だったら、逆に)
「いいよ。して。キス……」
つい、そう答えてしまっていた。
ナオキのような美形に求められることなんて、そうそうないだろう。
だったら、思い出作りとしてアリなんじゃないか?
勝手な理屈をショウゴは、頭の中で作り出す。
ナオキの口が自然に開く。
トロンとした目つきが、色っぽい。
ナオキの唇が近づいてくると、ショウゴは待ちきれない。
(キレイだ……)
ショウゴは酔っていないはずなのに、目の前が揺れるような気がする。
ナオキの腕が、ショウゴの背中にまわされる。
唇がゆっくりと重なりあう。
一瞬、ヒヤッとしたあとで、ナオキの舌はショウゴの口に入り込む。
口の中を探るように動く舌に、ショウゴの舌も反応してしまう。
からませた舌は、同じ温度になって、もうどちらが自分のものか分からない。
「……んぁっ、……んふぅ、あっ、あ、ん……、んん」
自然に出た自分の声に、ショウゴは驚く。
その声を聞いたナオキの目が見開かれる。
ナオキのキスは、唇だけで止まってはくれなかった。
シャツを脱がされ、胸の突起がナオキの美しい唇に翻弄される。
唇を合わせた時とは違う、全身がゾクゾクする感じ。
「……いやっ……」
言葉が口から転がり出る。
「……いや?」
胸の突起から唇を離さないまま、ナオキがショウゴに問う。
違う。自分が感じていることが、恥ずかしくて出た言葉だった。
ナオキにされていることが、嫌なわけではない。
ショウゴが首を振ると、ナオキはさらに突起をなぶる。
下半身が急激に膨らんでいくのを、ショウゴは感じる。
(苦しい。脱ぎたい……)
そんなショウゴの気持ちを察したかのように、ナオキの手がジャージにのびる。
広げた手のひらは、スルリとショウゴの肌を滑る。
その直後に、履いていたボクサーパンツはジャージとともに取り去られた。
自分が腰を上げて、それを自然に助けたことが信じられない。
(あぁ、ボク。嬉しいって思ってる……。早くって思ってる)
ボクサーパンツの締めつけから解放されたショウゴ自身。
そそり立ったそれは、ナオキを誘うように揺れる。
それに応えるように、ナオキはショウゴ自身を手のひらで包み込んだ。
上下に動かされるナオキのすべすべした手のひら。
「はぁっ、ふぅ……。んんぁ、んくっ……」
ショウゴは、もれ出る声を抑えられない。
ナオキの唇が再び近づいてきて、いやらしい声を出すショウゴの口をふさぐ。
けれど、やはり、その唇も気持ち良すぎて、声は止まらない。
ナオキのサラサラした髪の毛が、胸に当たる。
その小さな刺激さえも、今のショウゴには耐えられない。
「んん! もう……ダメ。ナオキ……」
「いいよ、いっても」
ナオキの手のひらに包まれて、ショウゴは達してしまう。
少しの間、ボーッとしたあとで、ハッと気づく。
(ボク……、何を? ナオキになんてことをさせちゃったんだ……)
朝起きて、学校に行って、帰りに買い物をして、家に戻って晩ご飯。
すべてナオキと一緒だった。
大学が始まって、最初の1週間はガイダンス授業。
すべての授業が公開されていて、出入り自由。
授業を聞いてもいいし、雰囲気を感じてもいい。
サークル勧誘は、ガイダンス授業の1週間続く。
「サークル、どうする?」
「ナオキは?」
「オレは、ショウゴ次第かな?」
「どういう意味?」
「ショウゴが入るなら、オレもそこに入る」
出会って1週間だというのに、ふたりは10年来の友だちのようだった。
学校でしか会わない友だちと比べて、3倍以上の時間を過ごす。
そう考えれば、当たり前かも知れない。
(ナオキといられて嬉しい。こんなに気の合うやつがいるなんて)
ナオキに出会えたことで、ショウゴの頑なだった気持ちは和らいでいた。
(マコトにこだわってないで、新しく友だちを作るべきなんじゃ?)
今のショウゴなら、それができるような気がした。
「ボク、サークル入ってみようかな?」
「……そっか。どこ?」
「スウィングジャズ」
「え? 音楽系? 意外」
「あ、ボク、中学までは吹奏楽やっててさ。ジャズも好きだし」
「いいじゃん」
「ナオキは、ホントに一緒に入る?」
「なんで? そう言ったじゃん?」
「うん。だけど、楽器って特殊だから」
「まぁ、やってみるよ」
結論から言うと、ショウゴの心配は杞憂だった。
初めてさわったはずのフルート。
ナオキは最初から音が出せて、1週間後には曲を吹いていた。
むしろ、ショウゴのほうが苦戦していた。
数年ぶりに吹いたトロンボーンの音がうまく出せない。
感覚が戻ってこない。
あせるばかりで、楽しさは感じられなかった。
「ショウゴ、先輩たちがメシ行こうって」
「あ、うん。ちょっと先行ってて。もう少し吹いてく」
「……分かった。いつもの飯屋な」
「うん。すぐ行くよ」
ナオキは、先輩たちに気に入られていた。
もちろん、同じ学年のやつらにも。
そのことにショウゴが気づいたのは、サークルに入ってからだった。
それまでは、ナオキとだけ一緒にいたから気づかなかった。
パート練で、ナオキと離れてみて、初めて気がついた。
違うパートのメンバーが、ナオキのことをチラチラ見ていること。
女性の先輩の楽器指導が、ナオキにだけ熱を帯びていること。
男の先輩が、やたらとナオキと肩を組みたがること。
それを見るたびに心の中に相反する感情が生まれていた。
そんなイケメンと一緒にいるという優越感。
あくまで普通な自分に対する劣等感。
ふたつの感情が、胸のモヤつきになってショウゴを襲う。
(まぁ、あんだけ美形だし? そりゃ、そうだ)
心の中でショウゴは、自分を納得させようと考える。
けれど、胸のモヤつきは消えない。
(何にモヤついているんだ? イケメンがモテるのは当たり前だろ)
(うらやましいのか? でも、ボクはモテたいわけじゃない……)
ナオキと話してから、楽器への集中力が途切れてしまう。
これならナオキと一緒に行けば良かった、とショウゴは思った。
ため息とともに、もう少し吹いていこうと思っていた楽器を片づける。
サークルでよく行く駅前の飯屋に向かって、坂をくだる。
10分ほどで飯屋に着く。
ナオキたちが向かってから、さほど時間は経っていない。
おそらく、注文を終えた頃だろう。
そんなことを思いながら、ショウゴは飯屋の引き戸をガラリと開ける。
入り口から、サークルのみんなを探そうとする。
ついたてで仕切られた店の中。すぐには、見つからない。
その時、聞き覚えのある先輩の大笑いがショウゴの耳に入る。
(あそこか。先輩の声、すげぇ響いてる)
笑い声がした席に向かって、ショウゴが通路を進む。
先輩たちがナオキに話しかけている声が聞こえてくる。
「なぁ、なんでショウゴと仲いいの? 高校一緒とか?」
「違いますね。大学入ってからです」
「まぢ? え? でも、一緒に住んでんだろ?」
「一緒っていうか、ルームシェアです」
「部屋は別?」
「まぁ、はい」
「なんで、ショウゴと?」
「あいつは、メシアだから……」
「は? 飯屋? あいつ、料理うまいのか?」
「なるほどねぇ! 確かに、オレも料理上手と暮らしたいわ」
「じゃあ、ナオキくん。あたしと暮らさない? 料理以外もつけちゃうよ?」
「うわっ! ナオキ、気をつけろよ。食われるぞ」
みんなが一斉に笑う。
その笑い声にくるりと背を向けて、ショウゴは飯屋の出口に向かう。
(ナオキが、ボクをご飯係だと思ってるってこと?)
飯屋の引き戸をガラリと開けて、再び閉める。
外の風がヒヤリとショウゴの頬を撫でる。
昼間は暖かい春風も、日が落ちた途端に冬の冷たさに戻る。
ぼろり。
大粒の涙が、ショウゴの頬を流れ落ちる。
(え? なんで? なんで涙なんか)
手のひらで、ぐいっと頬をぬぐう。
ぬぐってもぬぐっても、涙が止まらない。
なんの涙なのか、自分でも意味が分からない。
ナオキとショウゴの家事分担は、確かにその通りだった。
料理が好きじゃないというナオキは、掃除全般。
家でもちょくちょく料理していたショウゴは、料理担当。
ふたりで暮らし始めた時に、決めたことだった。
(ナオキは、ご飯担当を探してた?)
駅前まで来ているというのに、ショウゴは電車に乗らなかった。
40分以上かけて、歩いてアパートに着く。
春の夕闇は、ショウゴの涙まみれの顔を隠してくれた。
のどがヒリヒリと痛む。
顔も涙で、カピカピになっている。
アパートに着いた安心感からか、ショウゴの腹がグゥッと鳴る。
(ナオキがいなくて良かった。とりあえず、なんか食おう)
鍵を開けて、玄関に入るとナオキのスニーカーが目に入る。
(なんで? ボクより先に帰ってる? どういうこと?)
音を立てないように、ダイニングを通り抜ける。
ふたりの部屋は、振り分け型の2DK。
ナオキの部屋の前を通らずに自分の部屋にいける。
それぞれの個室に鍵はついているが、ふたりとも開けっ放し。
『鍵がかかっていたら、掃除できないじゃん』
そうナオキが言って、それからずっと鍵をかけていない。
自分の部屋のドアをゆっくりと開ける。
明かりをつけずに、肩からストンとリュックをおろす。
上着も脱いで、床に落とす。
窓際にあるベッドに向かおうとして、ようやく目に入る。
ベッドの上にある人影。
薄いカーテンに差し込む月明かりが、その姿を浮かび上がらせる。
「ナオキ……? なんで、ボクの部屋に」
「……どうして帰ったの?」
「あ、あの。お腹空いてなくて」
「……飯屋まで来たよね?」
「う、ん。だけど、今日は違うかなって思って」
「何が?」
「えぇ~っと、い、家で食べたくなって?」
「オレは待ってたのに?」
「いや、でも。先輩とかたくさんいたでしょ?」
「だから?」
「だから、ボクひとりいなくてもなって」
「何それ。それに、その声、どうしたの?」
「別に? 変? じゃあ、ちょっとうがいしてくる……」
そう言って、ショウゴが部屋を出ようとした瞬間。
背中にドンッと衝撃を受ける。
ナオキがショウゴの背中に抱きついていた。
高校時代には、そうやって、ふざけてくるやつはいたので驚かない。
「え? 何? どうしたの?」
「ショウゴ、なんか聞いた?」
「なんかって? あぁ、メシ担当のこと?」
「聞いてるじゃん……」
「別に、本当のことだし。あ、先輩のほうがいいか。美人だし」
「はぁ? 何言ってるの?」
「でも、できれば1年はガマンして欲しいな。
ひとりだと家賃払えないし、これから新しい人探しは大変だから……」
少しだけ言葉が震えていることに、ショウゴは自分では気づかない。
言葉を続けようとしたショウゴの体が、くるりとまわされる。
両腕を掴まれて、顔をのぞき込まれる。
ナオキの身長は、ショウゴより頭ひとつ分ほど高い。
だから、ナオキがのぞき込むと、まるでキスする体勢みたいに思える。
(バカなこと考えてる……。たぶん、ナオキは心配してくれてるのに)
そんなショウゴの気持ちを知らないナオキは、ショウゴの頬を優しくさわる。
「ショウゴ、泣いた?」
「な? 泣いてないっ!」
「じゃ、なんで、ここが、カピカピなの?」
「たぶん、風のせい」
「ふうん」
そう言うなり、ナオキはショウゴの頬をペロリと舐めた。
柔らかくてあたたかいナオキの舌の感触。
気持ちいい、ショウゴはそう思ってしまった。
けれど、心とは別の言葉が口から出る。
「はぁっ? ナオキ、何してんの?」
「しょっぱい。やっぱり涙じゃん」
「いや、そうじゃなくて。今、したことを」
「……いやだった?」
「……いや? じゃないけど」
「それじゃ」
ぐうぅぅぅ。
何かを言いかけたナオキの言葉をさえぎるように、ショウゴの腹が鳴る。
クスリとナオキが笑う。
「ごめん。なんか言いかけた?」
「あとで話す。今日は、オレがメシ作るわ」
「え? 飯屋で食ってないの?」
「待ってたって言っただろ?」
「まぢで? ごめん」
「ショウゴが帰るのが見えて、追いかけたから」
「え? そうなの?」
「うん。まさか、電車に乗ってないなんてな」
「ごめん……。あれ? でも、料理できないんじゃ?」
「好きじゃないってだけ。できないわけじゃない。それに」
「それに?」
「なんでもない。誤解は、早めにとく」
ナオキの勧めでショウゴはシャワーを浴びて、ジャージに着替えた。
その間に、ダイニングテーブルの上には料理が並んでいた。
ご飯にみそ汁、しょうが焼き。
ショウゴが食べたいと思っていたものが並ぶ。
「すごい! ボクなんかより、料理上手じゃん!」
「そうか? オレは、ショウゴの料理が好きだけど?」
「そ、そう?」
「ま、食おう」
「うん!」
初めて食べるナオキの料理は、どれもおいしかった。
お腹がいっぱいになると、いつの間にか胸のモヤつきが消えている。
泣きながら帰ってきたことさえ、ショウゴは忘れかけていた。
「オレの部屋で話さない?」
「うん。あ、お茶淹れて持ってくよ」
ダイニングは、小さなテーブルと椅子がふたつあるだけ。
だから、ふたりでくつろぎたい時は、どちらかの部屋に集まる。
お盆にマグカップをふたつ載せて、それからチョコレートも。
ショウゴの祖母から送られてきたチョコレート。
子どもの頃からのお気に入りをナオキにも食べさせたかった。
「お待たせ」
「うん、ありがと」
「さっきのことだけど」
「先に、コーヒーもらってもいい?」
「うん。あ、このチョコもおいしいんだよ?」
「お、サンキュ。もらうわ」
ショウゴは、ナオキの部屋に入る時は、必ず何かを持っていく。
ルームシェアして、すぐの頃。
呼ばれてなんとなく入った部屋は、いい匂いがした。
たぶん、ナオキの匂い。
部屋にいると、ナオキに抱きつかれているような気持ちになった。
なぜだか、クラクラした。
あわてて、部屋を出た。
それからは、何かを持って部屋に入る。
だいたいは、コーヒー。
コーヒーの香りは、ナオキのクラクラする匂いを消してくれる。
チョコを口に入れて、パキンと割ると砂糖とお酒の味がする。
チョコレートとお酒の味を口の中で混ぜ合わせる。
口の中が、大人な甘さでいっぱいになる。
のどの奥が少しだけ熱くなる。
続いてコーヒーを口に含むと、チョコとお酒の余韻がさっぱりと消える。
祖母が好きな食べかただった。
チョコとコーヒーを楽しみすぎて、一瞬、ナオキの存在を忘れていた。
チラリと横を見ると、ナオキが下を向いている。
「ナオキ? どうしたの?」
「これ……、お酒入ってる?」
「え? あ、ちょっとだけね。でも、お菓子だから」
「オレ……、酒は……」
「あれ⁉︎ もしかして、全然ダメな人だった?」
「……したい」
「ナオキ? 大丈夫? ごめん、お酒弱いなんて」
「キスしたい」
「は? 誰と?」
「いい? したい。ショウゴ……」
「ボクと?」
すごく少量のお酒でも酔う人がいることは知っていた。
酔っ払ったら、キスをしたがる人がいることも。
(酔って忘れちゃうパターン? でも、だったら、逆に)
「いいよ。して。キス……」
つい、そう答えてしまっていた。
ナオキのような美形に求められることなんて、そうそうないだろう。
だったら、思い出作りとしてアリなんじゃないか?
勝手な理屈をショウゴは、頭の中で作り出す。
ナオキの口が自然に開く。
トロンとした目つきが、色っぽい。
ナオキの唇が近づいてくると、ショウゴは待ちきれない。
(キレイだ……)
ショウゴは酔っていないはずなのに、目の前が揺れるような気がする。
ナオキの腕が、ショウゴの背中にまわされる。
唇がゆっくりと重なりあう。
一瞬、ヒヤッとしたあとで、ナオキの舌はショウゴの口に入り込む。
口の中を探るように動く舌に、ショウゴの舌も反応してしまう。
からませた舌は、同じ温度になって、もうどちらが自分のものか分からない。
「……んぁっ、……んふぅ、あっ、あ、ん……、んん」
自然に出た自分の声に、ショウゴは驚く。
その声を聞いたナオキの目が見開かれる。
ナオキのキスは、唇だけで止まってはくれなかった。
シャツを脱がされ、胸の突起がナオキの美しい唇に翻弄される。
唇を合わせた時とは違う、全身がゾクゾクする感じ。
「……いやっ……」
言葉が口から転がり出る。
「……いや?」
胸の突起から唇を離さないまま、ナオキがショウゴに問う。
違う。自分が感じていることが、恥ずかしくて出た言葉だった。
ナオキにされていることが、嫌なわけではない。
ショウゴが首を振ると、ナオキはさらに突起をなぶる。
下半身が急激に膨らんでいくのを、ショウゴは感じる。
(苦しい。脱ぎたい……)
そんなショウゴの気持ちを察したかのように、ナオキの手がジャージにのびる。
広げた手のひらは、スルリとショウゴの肌を滑る。
その直後に、履いていたボクサーパンツはジャージとともに取り去られた。
自分が腰を上げて、それを自然に助けたことが信じられない。
(あぁ、ボク。嬉しいって思ってる……。早くって思ってる)
ボクサーパンツの締めつけから解放されたショウゴ自身。
そそり立ったそれは、ナオキを誘うように揺れる。
それに応えるように、ナオキはショウゴ自身を手のひらで包み込んだ。
上下に動かされるナオキのすべすべした手のひら。
「はぁっ、ふぅ……。んんぁ、んくっ……」
ショウゴは、もれ出る声を抑えられない。
ナオキの唇が再び近づいてきて、いやらしい声を出すショウゴの口をふさぐ。
けれど、やはり、その唇も気持ち良すぎて、声は止まらない。
ナオキのサラサラした髪の毛が、胸に当たる。
その小さな刺激さえも、今のショウゴには耐えられない。
「んん! もう……ダメ。ナオキ……」
「いいよ、いっても」
ナオキの手のひらに包まれて、ショウゴは達してしまう。
少しの間、ボーッとしたあとで、ハッと気づく。
(ボク……、何を? ナオキになんてことをさせちゃったんだ……)
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