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クリヤ

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第3章 感じる運命

(3)そして、始まりへ

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 好きな子が、頬を赤らめてほかのやつと一緒にいる。
 今までのナオキなら、ここで諦めるように自分に言い聞かせる。

 (そんなに上手くいくはずない。当たり前だ、もういいんだ)

 そう何度も心で唱えれば、今までは諦めることができた。
 いや、諦められなくても、行動に移さないことができた。
 だが、ショウゴのことだけは、無理だと思った。
 諦めてはいけない気がした。

 (追いかけるか? いや、でも、これを持ってちゃムリだろ)

 自分が抱えている解答用紙の束が憎らしい。
 後ろ髪を盛大に引かれながら、ナオキは、教員室へと足を向ける。
 
 (これを放り出して、追いかけたい。だけど……)

 この解答用紙には、ショウゴの未来がかかっている。
 放り出すわけにはいかない。

 (……どうにか、もう一度会うには。……あっ!)

 ショウゴの受験票で見た、名前以外のもうひとつの情報。
 それを思い出して、ナオキは少し落ち着きを取り戻す。
 そして、決意した表情になったナオキは、前を向いて歩き出した。


 ***

 運命を見つけた日から1週間後。
 ショウゴは、ナオキの大学に合格を果たしていた。
 机に貼り付けられた受験番号をナオキは覚えていた。
 ショウゴが、自分の大学に入学するかは分からない。
 けれど、ナオキは、必ずそうなると信じていた。
 『合格できたら、会えるといいですね!』
 そう言ったショウゴの言葉は、嘘とは思えなかった。


 大学のある街から電車で2時間弱。
 受験票で見た住所を探して、ナオキはショウゴの地元へとやってきた。
 マズいことをしている自覚はあった。
 けれども、それ以上に、ショウゴをひと目見たい欲が勝る。
 4月まで待つという選択肢は、今のナオキにはない。

 「マコト、じゃあ、先に見といて。よろしくね」

 当てもないまま、ショウゴの家までたどり着く。
 そんなナオキの耳に入ったのは、ナオキの心を震わすショウゴの声。
 ショウゴのことを見られるまで、何時間でも待つつもりだった。
 それなのに、たどり着いた途端に、その声はナオキを迎えた。

 「おう! ショウゴが好きそうなの選んでおくよ」
 「ははっ。ありがと。まぢで楽しみ。ふたり暮らし!」
 「オレも」
 「……あのさ、ホントにいいんだよね? ムリしてない?」
 「大丈夫だって。なんとかなんだろ」
 「でも……」
 「いいって。オレが行きたいのっ」
 「……うん」

 玄関で話すショウゴともうひとり。
 黒髪で短髪のそいつは、あの時、受験会場で見かけたやつだった。
 ふたりの会話は親しげではあるが、恋人という感じはしない。

 (仲のいい友だち……? だけど、ふたり暮らしって?)
 (あいつもうちの大学に受かった? それにしては……)

 ショウゴの雰囲気がおかしいと思った。
 あのナオキの心臓を跳ねさせるショウゴの笑顔が、ぎこちない。
 どこか遠慮がちで、戸惑いを感じる。

 (気のせいかも知れないけど……)

 黒髪短髪くんに手を振ると、ショウゴは家に引っ込んでしまう。
 少し迷ってから、ナオキは、黒髪短髪くん=マコトの後を追った。

 家電量販店に入っていくマコトに続いて、ナオキも店に入る。
 こんなことをして、どうしようというのか。
 ナオキにも、自分の行動の意味が分からない。
 ただ、ショウゴの引っかかりのあるような笑みが気になっていた。
 そうさせているのが、マコトならば、どうにかして止める。
 その一心しか、ナオキにはなかった。

 そんなことは知らないマコトは、ぶらぶらと楽しそうに店内を見ている。
 家電を見ては、近くに置いてあるカタログを手に取る。
 ニヤニヤと何かを思い出すように笑うマコト。
 ナオキは、無性に腹が立つ。

 (ショウゴが、本当にこいつを好きなら、今は諦める……)
 (でも、そんな気がしない。オレの思い違いか?)
 (変な笑顔のショウゴに、こいつは気づかないのか?)

 そうだとしたら、遠慮は要らない。
 ナオキは、そう思った。
 ただの嫉妬かも知れない。
 自分が狂っているようにも思える。
 けれど、それでも、ショウゴのあの煌めく笑顔を取り戻す。
 いや、オレだけのものにする。
 ナオキは、そう思ってしまった。


 マコトにわざとぶつかって、会話のキッカケを作った。
 浮かれたようなマコトは、その不自然さにも気づかない。
 どんどんと、聞いてもいないことを話し出す。
 マコトは、受験に落ちていた。
 それなのに、ショウゴにくっついていって、ふたりで住むのだという。
 受験生を抱えたふたり暮らしなんて、ショウゴの負担でしかない。

 (こいつ……。自分のことしか考えてねぇ)

 自分のことは棚に上げて、マコトへの苛立ちが募る。
 それを表には一切出さずに、マコトを誘導してみる。
 ナオキの言葉に引っ掛からなければ、それはそれでいい。
 マコトが本当にショウゴのことが好きで、大事にするやつならいい。
 大学に入ってしまえば、ショウゴへのアプローチ法はあるだろう。
 だが、そうじゃないのなら。
 ここで壊しておくべきだ。
 ショウゴが、友だちを失って悲しむとしても。
 その心の隙間は、ナオキが埋めていけるはずだ。
 マコトの不安をあおるような言葉を残して、その場を去る。

 ナオキの仕掛けた罠に、マコトはあっさりと落ちた。
 それを知ったのは、同じ大学の子からだった。
 大学が委託している不動産屋は、一軒しかない。
 その不動産屋でバイトする大学の子に、部屋探しを頼んでおいた。

 「2年から、こっちのキャンパスじゃないのにいいの?」
 「うん。まぁ、こっちのほうが住みやすいし」
 「そっかぁ? でもさ、大きな声じゃ言えないけど。
  ルームシェアなんて、オススメしないよ?」
 「なんで?」
 「最初は良くてもさ、揉めたり、恋人できたりするとさ」
 「ああ。どっちも部屋出なきゃいけないんだっけ?」
 「そうそう。だからさ、ルームシェアできる物件って限られてんのよ」
 「へぇ」
 「前は、結構あったらしいんだけどね。
  今は、運動部の寮として一括借り上げとかで。
  個人だと、ほとんど借りる人、いないみたい」
 「そっか。でも、安くなるからさ」
 「そうだけど。ナオキくんになら、安くていい物件探しとくよ?」
 「ははっ。ありがと。でも、迷惑かけたくないからさ」
 「迷惑なんて。ま、でも、ルームシェア物件が空いたら、すぐ知らせる」
 「うん。お願いします。タナカさん、ありがとね」

 タナカさんは、ナオキの造作を見てガツガツ寄ってきた人のひとり。
 語学のクラスが一緒で、やたらと話しかけられていた。
 聞いてもいないバイトの話を横で勝手に話し出す厄介な人。
 彼氏ができると、ナオキにまとわりつくのはやめてくれた。
 それでも、授業がかぶると、当たり前のように隣りに座ってくる。

 けれど、今のナオキは、その出会いに感謝していた。
 要らないと思っていた自分の造作が、初めて役に立つのを感じた。
 タナカさんからの連絡は、天からの啓示に思えた。

 「急にキャンセルした人がいてね、相手が困ってんのよ」
 「へぇ、そうなの?」
 「うん。春からうちの一年でさ、学部も同じなんだけど」
 「どんな人?」
 「う~ん、普通の子だよ? ショウゴくんっていうんだけど。
  ナオキくん、どう? 今年だけでもいいらしいから」
 「そっか。じゃあ、その部屋にしようかな」
 

 春休みを使って、ナオキは、ショウゴの地元へと通った。
 引っ越し準備をするショウゴは、家を頻繁に出入りする。
 その後をついて歩くうちに、ショウゴを知ることができた。
 無地のシンプルな服装が好き。
 特に、青い色を好む。
 犬が好きで、散歩中の犬によく手を振っている。
 3日に1回は、お気に入りのアップルパイを食べる。
 本を読むと時間を忘れる。
 カフェで、紅茶やコーヒー、ココアを飲むのが好き。

 知るほどに、ショウゴを好きになっていく。
 たった一度会っただけの人。
 話したのは、ほんの少し。
 それなのに、今のナオキの心はショウゴでいっぱいだった。

 タナカさんは、すぐにショウゴとの約束を取り付けてくれた。
 春からは、ショウゴとの生活が待っている。
 同じ大学の同じ学部とはいえ、1年と2年ではキャンパスが違う。
 そのままでは、ずっと一緒というわけにはいかない。
 ナオキは、大きな決断をした。
 大学に休学届を出したのだ。
 ナオキにとっては、卒業が遅れることは大した問題ではなかった。
 ショウゴと一緒にいられることに比べれば。

 4月初旬のガイダンス授業。
 履修登録をしないナオキは、キャンパスをただ歩いていた。
 去年、初めて見た時は圧倒されたサークル勧誘。
 今は、ただの騒がしい学生集団にしか思えない。
 差し出されるチラシは、サラリとかわす。

 そんな騒がしいサークルのテントを避けるように歩くショウゴを見つける。
 走り寄って、声をかけたい衝動をグッとこらえる。
 ひと気の少ない裏道をアパートへと向かうショウゴ。
 少し離れて、ナオキはその後ろ姿を追いかける。
 ショウゴと乗りたくて、わざわざ買った青い自転車はアパートに置いてきた。
 今日の空のような真っ青な色をショウゴも気に入ってくれる。
 ナオキには、不思議な確信があった。

 ショウゴとの約束の時間まで、あと15分。
 ナオキは、短いような長いようなその時間を待つ。
 リュックの中には、ショウゴお気に入りのアップルパイ。

 そろそろ、時間がやってくる。
 時計を見ながら、カウントを始める。……3、2、1。
 ピンポーン!
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