魅了なんて、オレには効かない

クリヤ

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第5章 王子の心

(2)王子にとっての旅

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 ティムは、まるで、ずっと王子の近くにいたように振る舞う。
 王子は何度も、自分が目覚めていることを確かめる。

 ティムとともに、城の隠し扉から逃げる。
 己の前をいくティムの背中を見ても、まだ信じられない。
 ティムの衣服の上からでも分かる筋肉質な体つき。
 さわりたい。
 ……さわられたい。

 けれど、金色のローブを身にまとった暗殺者たちに襲われる。
 なんとかすべてを倒してしまうと、ティムは王子を安心させるように口を開く。

 「王子、気をしっかりとお持ちください」
 「しかし……」
 「大丈夫、わたしがついています」
 「うん……」
 「この身を賭してでも、必ずや王子をお守り致します」

 (これが、夢でも夢ではなくても、もうどうでもいい!)

 気がついた時には、ティムの胸に飛び込んでいた。
 知らず知らずのうちに、涙がこぼれる。
 想像していた通りに、唇を重ねる。
 少し驚いたような素振りを見せたティムだったが、すぐに王子を抱きしめてくれる。

 「ティム、いつもみたいにしてくれないの?」
 「いつもみたいに、とは?」
 「もう! いじわるなんだから!」

 王子は嬉しそうに言うと、ティムに首を見せつける。

 「いつもみたいに、ここに刻んで」
 「ふふ。喜んで、王子さま」
 「いやっ! ルイって呼んで。ふたりの時は」
 「ルイ、好きだよ」
 「ふふふ」

 王子の白く艶やかな首にティムは、唇をつける。
 その感触に、王子は身をよじる。
 そのまま、吸い尽くされる肌。
 いくつもの口づけが、王子の肌に落とされていく。
 「あぁっ!」
 ひとつ刻まれるたびに、声をあげる王子。
 その姿に、ますますあおられるようにティムの唇の跡が増えていく。

 (これは、どういうこと? わたしに何が起こったんだろう?)
 (あぁ、神様。ありがとうございます。わたしにティムを与えてくださって)

 待ち望んでいたティムの登場に、戸惑いよりも歓喜が勝っていた。

 不思議なことに、ティムは王子が想像した通りの姿で現れた。
 しかも、王子が思い描いた過去の記憶を持って。
 本来ならば、決してあり得ないことである。
 けれど、王子は、それを否定することを拒んだ。
 否定してしまえば、ティムは消えてしまうかも知れない。
 このあり得ない事象が、誰の何のせいで起きたのかなど、どうでもいい。
 ただ、ふれられるティムが、そばにいる。
 それだけで、生まれて始めて、王子の世界は意味を持ったのである。

 城から出ると、外の世界は危険だらけだった。
 ゴブリン、巨大ネズミに続き、巨大ガニ、そして、再び暗殺者。
 普通なら、人の心は、この環境の変化に耐えられるものではない。
 けれど、王子にとっては違った。
 敵が出現するたびに、ティムが自分をかばって戦う。
 その姿を目の当たりにすると、心の奥から嬉しさが込み上げてくる。

 ポーッとティムを眺めていたせいで、王子は暗殺者に傷を負わされてしまう。
 けれど、それすらも嬉しい痛みだった。

 「王子!」
 「……ティム。すまない、足を引っ張るとは」
 「いいえ、王子。敵を見逃したわたしのせいです」
 「うっ」
 「今、癒しをかけます」

 ティムは、魔法が不得手だったはずだが、癒しは使えるようだ。
 すぐに、ケガをした王子に寄り添って、癒し魔法をかけてくれる。
 王子は、魔法が得意だった。魔法だけでなく、剣術も。
 けれど、ティムは、そうは思っていないようだった。
 必死に、ケガを回復させようとしてくれる。
 王子が自分に回復魔法を施せば、この程度の傷はすぐに治せる。
 けれど、黙ってティムの魔法を受けることを選ぶ。

 ティムの手のひらが緑色に光る。
 その手を王子の傷ついた首筋に近づける。
 光に包まれた傷は、じわじわと治っていく。
 緑色の光が消えるとともに、傷もキレイに消えていた。

 「ありがとう、ティム」
 「いえ、このようなことは二度と」
 「長い旅だ。そう気負っていては保たない」
 「はい」
 「それに……」

 自分を第一に考えてくれていることが伝わって、王子は顔がゆるんでしまう。
 ティムがかけてくれる魔法は、不思議なほど気持ち良かった。
 これが、性的な気持ち良さだとすぐに分かった。
 王子は、もちろん、ティムだけを思っていたから、性体験はなかった。
 あくまで、想像上の行為だった。
 それなのに、口からは、こんな言葉がこぼれ出していた。

 「癒しの魔法って、気持ちいいから好き。
  ティムが体の中に入ってくるのと同じ感覚がする」

 顔を赤らめる王子に、ティムはにっこりとほほ笑む。
 そして、治したばかりの首に舌を這わせる。

 「あぁ、いやっ、傷が開いちゃう」
 「大丈夫。癒しの魔法は、完璧です」

 ティムが王子の首を堪能し終えると、ようやくふたりは立ち上がる。
 王子の体は、ティムの唇での愛撫にうずいて仕方がない。
 王子の手をティムが、ためらうことなく取って歩き出す。
 王子は、ティムに甘える声で言ってみる。

 「ティム。体の中の火にも癒しをかけて。早く宿屋に行きたい」
 「王子。わたしもです。今しばらく、ご辛抱を」

 何度も何度も想像では、行なってきたティムとの交わり。
 それを現実のものにしたかった。

 暗殺者が、王子とティムの命を狙っているらしい。
 本当ならば、それを恐れるべきだと王子は頭では分かっている。
 けれども、命の危機は、王子には、むしろ甘美なできごとに思えた。
 危険が増せば増すほど、ティムは、その身を張って王子を助けてくれる。
 己の愛する者が、自分を愛しているのだと感じることができる。
 それ以上に、甘美なことなどない。
 王子は、そう思っていた。

 初めての夜を早く迎えたい王子に、またしても邪魔が入る。
 ティムが知っているという王都近くの森の中にある宿屋。
 そこには、普段はいないはずの王都兵の姿があった。

 「王子、隠密姿勢を!」
 「どうした? ティム」
 「宿の前に、王都兵の馬が」
 「こんな森の中に?」
 「ええ。やはり、おかしい」
 「それでは、宿屋には入れないのか……」
 「……ひとつ、方法があります」
 「なんだ?」
 「あの姿になっていただくことです」
 「あれか……」
 「ええ。あの姿であれば、王都兵が気づくことはないはず」
 「しかし……」
 「分かっています。けれど」
 「……」

 王子は、少し考えているようなフリをする。
 けれど、とっくに心は決まっていた。
 ティムは、王子がカッツェンに変身することまで知っている。
 ならば、ためらうことなど、ひとつもなかった。

 「ティムの言う通りにしよう。ただし……」
 「はい、覚悟はできております」
 「あまり、おまえを傷つけたくはないのだが……」
 「ご配慮、感謝致します」
 「うん。それでは」

 すぐにピアスを外して、カッツェンの姿になる。
 この姿になるのは、正直、ツラかった。
 ……今までは。
 体の奥底からあふれ出す情欲をどう処理すればいいのか、困る。
 けれど、今日からは違う。
 きっとティムなら、王子のどんな痴態にも応えてくれる。
 そう、確信していた。

 「久しぶりに、この姿になった。やはり、体が軽い」
 「はい。こちらのお姿も誠に美しく」
 「ティム。今夜は、覚悟が必要だぞ」
 「ええ、もちろんです」
 「それでは、参ろう」

 宿屋では、予想通りにカッツェンに対する侮蔑の言葉が投げかけられる。
 けれども、王子はまったく気にならなかった。
 それよりも、ティムにむしゃぶりつきたくなるのを抑えるほうがツラかった。

 ティムは、まるで、この世界にずっと住んでいたかのように馴染んでいる。
 王都兵のからかいを無視し、宿屋の主人とは、こなれた会話をする。
 抜け目なく、手に入れたもので売買しているようだった。
 その頼りがいのある姿が、ますます王子の情欲をたぎらせる。

 「ふぅ。うまくいったようだ」
 「王子、申し訳ありません。あのような暴言を」
 「仕方のないことだ。カッツェンの姿では」
 「ええ。しかし、本来はそのような扱いを受けるべき種族では……」

 謝るティムの唇をふさぐ。
 差別的発言など、ティムとの交わりの前にはどうでも良かった。
 長い舌でティムの舌をからめとる。
 カッツェンの舌で味わうティムは、また格別だった。
 ティムもまた、悦びに震えているように見える。

 「王子……」
 「ふたりの時は、ルイって呼んでって言った」
 「ああ、ルイ……」

 尻尾を、ティムの下半身にまとわりつかせる。
 もうガマンできそうにもなかった。
 それでもティムは、王子を優しく抱きかかえて、ベッドの上におろす。
 毛並みを優しく撫でられると、王子の口からは熱い吐息があふれ出す。

 「もうずっと、体の中が熱くて仕方ない。ティムの癒しで、鎮めて」

 ティムの首に両腕をまわして、王子は耳元でささやく。

 「今夜は、優しくできないかも知れません」
 「……いい。激しくして。熱く貫いて……」

 その言葉に応じて、ティムは王子と体を重ね合わせる。
 現実では、本当に初めての交わりだった。
 それなのに、王子の体は、やすやすとティムを受け入れた。
 もう何度も情を交わしたかのように、慣れ親しんだ体のように。
 暖炉もない安い部屋。
 けれど、ふたりの交わりは、それを不要とするほどに熱いものだった。


 その後、各国を旅する中で、様々な危難が王子とティムに降りかかった。
 ティムは、吸血鬼に襲われて『血の病い』を発症、吸血鬼になってしまう。
 魔物や獣にも次々と襲われる。

 ティムには、王子の知らない記憶もあった。
 王都での友人や父である近衛隊長。
 つい先日まで存在しなかったティムに、友人などいるはずがない。
 それなのに、オランジェにはヤンという友人がいた。
 王子が幼い頃から知っている近衛隊長。
 妻がいないし、子どもの話を聞いたこともない。
 それなのに、ティムは近衛隊長の息子として王子直属だという。
 王子以外の人たちには、その記憶は自然なものとして存在していた。
 ティム自身にさえも。

 (不思議すぎる。これが、夢ではないことだけを祈ろう)

 王子にとっては、何ら不利益にはならない。
 話を合わせていく。

 (わたしにティムを授けてくださった神様。どうか奪わないでください)

 王子は、ただそれだけを日々、天に向かって祈っていた。
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