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第1章:追放の日
第1話「追放宣告」
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謁見の間は、静まり返っていた。
レイヴァル王国の王城。白い大理石の床に、色とりどりのステンドグラスから光が差し込む。普段なら美しいと思えるこの場所が、今日は冷たい。
私、エリシア・レイヴァルは、玉座の前に跪いていた。
「——以上の理由により、エリシア・レイヴァル王女を、王城より追放することを提案いたします」
貴族派閥の代表、グレアム侯爵が高らかに宣言する。
追放。
その言葉が、謁見の間に響き渡った。
ざわめきが起こる。でも、それは同情ではない。好奇と、嘲りと、満足の声だ。
「王女殿下は政治に疎く、王族としての責務を果たしておりません」
グレアム侯爵の声が続く。
「加えて、派閥争いの火種となっております。王国の安寧のため、ここは身を引いていただくべきかと」
身を引く。
優しい言い方だ。でも、意味は同じ。
——お前は邪魔だ。消えろ。
私は、何も言い返せなかった。
確かに、私は政治に向いていない。貴族たちの駆け引きも理解できない。ただ、優しく、穏やかに、争いを避けて生きてきた。
それが、悪いことだったのだろうか。
「王女殿下、何か申されることは?」
父である国王が、弱々しく尋ねる。
この人も、もう力がない。貴族派閥に押され、王権は風前の灯火だ。私を守る力など、残っていない。
「……いえ」
私は首を振った。
「何もございません」
抵抗しても無駄だ。それに、私が消えれば、争いが少しでも収まるなら——それでいい。
私は、そのために生きてきたのだから。
顔を上げると、視線の先に、彼がいた。
ルシアン・レイヴァル。
私の幼馴染で、第一王子。この国の未来を担う人。
彼は、玉座の隣に立っていた。
腕を組み、無表情で、ただ黙っている。
私を見ていない。
いつからだろう。彼が、私を見なくなったのは。
幼い頃は、よく一緒に庭を駆け回った。彼は優しくて、強くて、私の憧れだった。
でも、いつの間にか、距離が開いた。
彼は王子として成長し、私は——ただの、役立たずの王女になった。
「ルシアン殿下」
グレアム侯爵が、わざとらしく声をかける。
「殿下は、いかがお考えでしょうか?」
謁見の間が、また静まり返った。
全員が、ルシアン様を見ている。
私も、見ていた。
もしかしたら。
もしかしたら、彼が何か言ってくれるかもしれない。
幼い頃のように、手を引いて、助けてくれるかもしれない。
そんな淡い期待を、心の隅に抱いていた。
ルシアン様は、ゆっくりと口を開いた。
「——異存はない」
冷たい声だった。
私を見ることもなく、ただ一言。
「王国の安寧が第一だ。エリシアには、身を引いてもらおう」
ああ。
やはり、そうだ。
彼にとって、私は——不要なのだ。
胸が、痛かった。
涙が出そうになったけれど、ぐっと堪えた。
ここで泣いたら、もっと惨めになる。
「……承知いたしました」
私は深く頭を下げた。
「王命とあらば、喜んで」
嘘だ。
喜んでなんかいない。
でも、そう言うしかなかった。
グレアム侯爵が満足そうに笑う。
「では、一週間後に出立していただきます。追放先は、辺境のエルドラ領とします」
辺境。
王都から最も遠い、寒く、荒れた土地。
もう二度と、ここには戻れない。
謁見の間を出ると、侍女のリリアが泣いていた。
「姫様……!」
リリアは私の唯一の味方だ。幼い頃からずっと、そばにいてくれた。
「大丈夫よ、リリア」
私は微笑んだ。
きっと、顔は引きつっていたと思う。
「これで、争いが収まるなら……」
「そんな!」
リリアは首を振った。
「姫様は何も悪くありません! なのに、なぜ……!」
なぜ。
私にも、わからない。
ただ、優しく生きてきただけなのに。
なぜ、こんなことになったのか。
部屋に戻ると、窓から王都が見えた。
美しい街並み。石畳の道。賑やかな市場。
全部、もう見られなくなる。
そして——彼にも、会えなくなる。
ルシアン様。
あなたは、私を見なかった。
最後まで、何も言ってくれなかった。
やはり、私は——
不要だったのだ。
窓の外、遠くに王城の塔が見えた。
あそこに、彼がいる。
でも、もう届かない。
私は静かに目を閉じた。
涙が、一筋だけ、頬を伝った。
——ルシアン様は、何も言わなかった。
-----
【第1話 完】
次回:第2話「沈黙の意味」
レイヴァル王国の王城。白い大理石の床に、色とりどりのステンドグラスから光が差し込む。普段なら美しいと思えるこの場所が、今日は冷たい。
私、エリシア・レイヴァルは、玉座の前に跪いていた。
「——以上の理由により、エリシア・レイヴァル王女を、王城より追放することを提案いたします」
貴族派閥の代表、グレアム侯爵が高らかに宣言する。
追放。
その言葉が、謁見の間に響き渡った。
ざわめきが起こる。でも、それは同情ではない。好奇と、嘲りと、満足の声だ。
「王女殿下は政治に疎く、王族としての責務を果たしておりません」
グレアム侯爵の声が続く。
「加えて、派閥争いの火種となっております。王国の安寧のため、ここは身を引いていただくべきかと」
身を引く。
優しい言い方だ。でも、意味は同じ。
——お前は邪魔だ。消えろ。
私は、何も言い返せなかった。
確かに、私は政治に向いていない。貴族たちの駆け引きも理解できない。ただ、優しく、穏やかに、争いを避けて生きてきた。
それが、悪いことだったのだろうか。
「王女殿下、何か申されることは?」
父である国王が、弱々しく尋ねる。
この人も、もう力がない。貴族派閥に押され、王権は風前の灯火だ。私を守る力など、残っていない。
「……いえ」
私は首を振った。
「何もございません」
抵抗しても無駄だ。それに、私が消えれば、争いが少しでも収まるなら——それでいい。
私は、そのために生きてきたのだから。
顔を上げると、視線の先に、彼がいた。
ルシアン・レイヴァル。
私の幼馴染で、第一王子。この国の未来を担う人。
彼は、玉座の隣に立っていた。
腕を組み、無表情で、ただ黙っている。
私を見ていない。
いつからだろう。彼が、私を見なくなったのは。
幼い頃は、よく一緒に庭を駆け回った。彼は優しくて、強くて、私の憧れだった。
でも、いつの間にか、距離が開いた。
彼は王子として成長し、私は——ただの、役立たずの王女になった。
「ルシアン殿下」
グレアム侯爵が、わざとらしく声をかける。
「殿下は、いかがお考えでしょうか?」
謁見の間が、また静まり返った。
全員が、ルシアン様を見ている。
私も、見ていた。
もしかしたら。
もしかしたら、彼が何か言ってくれるかもしれない。
幼い頃のように、手を引いて、助けてくれるかもしれない。
そんな淡い期待を、心の隅に抱いていた。
ルシアン様は、ゆっくりと口を開いた。
「——異存はない」
冷たい声だった。
私を見ることもなく、ただ一言。
「王国の安寧が第一だ。エリシアには、身を引いてもらおう」
ああ。
やはり、そうだ。
彼にとって、私は——不要なのだ。
胸が、痛かった。
涙が出そうになったけれど、ぐっと堪えた。
ここで泣いたら、もっと惨めになる。
「……承知いたしました」
私は深く頭を下げた。
「王命とあらば、喜んで」
嘘だ。
喜んでなんかいない。
でも、そう言うしかなかった。
グレアム侯爵が満足そうに笑う。
「では、一週間後に出立していただきます。追放先は、辺境のエルドラ領とします」
辺境。
王都から最も遠い、寒く、荒れた土地。
もう二度と、ここには戻れない。
謁見の間を出ると、侍女のリリアが泣いていた。
「姫様……!」
リリアは私の唯一の味方だ。幼い頃からずっと、そばにいてくれた。
「大丈夫よ、リリア」
私は微笑んだ。
きっと、顔は引きつっていたと思う。
「これで、争いが収まるなら……」
「そんな!」
リリアは首を振った。
「姫様は何も悪くありません! なのに、なぜ……!」
なぜ。
私にも、わからない。
ただ、優しく生きてきただけなのに。
なぜ、こんなことになったのか。
部屋に戻ると、窓から王都が見えた。
美しい街並み。石畳の道。賑やかな市場。
全部、もう見られなくなる。
そして——彼にも、会えなくなる。
ルシアン様。
あなたは、私を見なかった。
最後まで、何も言ってくれなかった。
やはり、私は——
不要だったのだ。
窓の外、遠くに王城の塔が見えた。
あそこに、彼がいる。
でも、もう届かない。
私は静かに目を閉じた。
涙が、一筋だけ、頬を伝った。
——ルシアン様は、何も言わなかった。
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【第1話 完】
次回:第2話「沈黙の意味」
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