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第1章:追放の日
第4話「出立の朝」
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追放の日が来た。
朝、目が覚めると、部屋はもう空っぽだった。
荷物は全て馬車に積まれ、私の痕跡は何も残っていない。
まるで、最初からいなかったかのように。
「姫様」
リリアが、赤い目で部屋に入ってきた。
また、泣いていたのだろう。
「……もう、時間ですか?」
「はい」
リリアは頷いた。
「馬車が、お待ちです」
ああ。
とうとう、この時が来た。
私は立ち上がり、最後にもう一度、部屋を見渡した。
子供の頃から過ごした部屋。
窓から見える庭。
全てに、思い出がある。
でも、もう——戻ってこない。
「行きましょう、リリア」
私は、できるだけ明るく言った。
「新しい場所で、頑張りましょう」
リリアは何も言わず、ただ頷いた。
城の正門前に、馬車が待っていた。
見送りに来た人は——誰もいなかった。
侍女が数人、形だけ立っているだけ。
国王も、貴族たちも、誰も来ない。
当然か。
私は、もう必要のない存在なのだから。
「姫様、どうぞ」
御者が馬車の扉を開けた。
私は一歩、足を踏み出した。
その時——
「待て」
声がした。
振り返ると、ルシアン様が立っていた。
息を切らして、走ってきたのだろうか。
髪が少し乱れている。
「ルシアン……様?」
彼は、私の前に立った。
そして——何も言わなかった。
ただ、じっと私を見ている。
その瞳に、何が映っているのか。
私には、わからない。
「……何か、ご用ですか?」
私は、できるだけ平静を装って尋ねた。
ルシアン様は、口を開きかけて——そして、閉じた。
言いたいことがあるのに、言えない。
そんな風に見えた。
沈黙が、重く流れる。
やがて、彼は懐から小さな箱を取り出した。
「……これを」
差し出された箱。
中には、小さなペンダントが入っていた。
銀色の、シンプルなデザイン。
でも、とても綺麗だった。
「これは……?」
「護符だ」
ルシアン様は、短く答えた。
「辺境は危険が多い。身につけておけ」
護符。
ああ、そういうことか。
心配してくれているわけじゃない。
ただ、王族としての体裁を保つため。
それだけだ。
「……ありがとうございます」
私は、ペンダントを受け取った。
冷たい金属が、手の中で光る。
ルシアン様は、また何か言いかけた。
でも、結局——何も言わなかった。
「……達者でな」
それだけ。
たった、それだけだった。
私は、もう我慢できなかった。
「……さようなら、ルシアン様」
そう言って、馬車に乗り込んだ。
扉が閉まる。
窓から外を見ると、ルシアン様がまだ立っていた。
動かず、ただ——こちらを見ている。
その表情は、悲しそうに見えた。
でも、きっと——錯覚だろう。
馬車が動き出す。
城が、遠ざかっていく。
ルシアン様の姿も、小さくなっていく。
やがて、見えなくなった。
私は、ペンダントを握りしめた。
涙が、溢れた。
「姫様……」
リリアが、そっと手を握ってくれた。
「泣かないでください」
「……ごめんなさい」
私は、涙を拭った。
「大丈夫よ。もう、泣かないわ」
嘘だ。
涙は、止まらない。
でも、もう——振り返らない。
前を向いて、生きていく。
ルシアン様のことも、忘れる。
そう、決めたのだから。
馬車は、王都を出た。
窓の外、見慣れた景色が流れていく。
市場。石畳の道。賑やかな人々。
全部、もう——私のものじゃない。
「姫様」
リリアが、小さく言った。
「辺境でも、きっと幸せになれます」
「……ええ」
私は頷いた。
「そうね。きっと」
でも、心の中では思っていた。
幸せなんて——もう、来ない。
私は、ただ生きるだけ。
それで、いい。
馬車は揺れ続けた。
何時間も、何時間も。
景色は、だんだんと荒涼としてくる。
緑が減り、岩が増え、空気が冷たくなる。
ああ。
本当に、辺境に向かっているのだ。
もう、戻れない。
私は、ペンダントを首にかけた。
ルシアン様がくれた、最後のもの。
これだけは——捨てられない。
たとえ、彼が私を愛していなくても。
たとえ、体裁だけの贈り物でも。
私は——ずっと、大切にする。
それが、私のできる唯一のこと。
夕暮れ時、馬車は小さな村を通った。
人々が、珍しそうにこちらを見ている。
王族の紋章がついた馬車だからだろう。
でも、もうすぐ——私はただの追放者。
王女でも、何でもない。
ただの、誰も必要としない女。
それが、私の未来。
窓の外、太陽が沈んでいく。
赤く、美しい夕焼け。
でも、私の心は——もう、何も感じなかった。
ただ、空っぽだった。
リリアが、そっと毛布をかけてくれた。
「姫様、少しお休みください」
「……ありがとう、リリア」
私は目を閉じた。
でも、眠れない。
頭の中で、ルシアン様の顔が浮かぶ。
最後に見た、あの表情。
何を考えていたのだろう。
何を言いたかったのだろう。
もう——わからない。
わかる必要も、ない。
私は、ペンダントを握りしめた。
冷たい金属が、胸に当たる。
これだけが——彼との、最後の繋がり。
——さようなら、ルシアン様。
-----
【第4話 完】
次回:第5話「辺境への道」
朝、目が覚めると、部屋はもう空っぽだった。
荷物は全て馬車に積まれ、私の痕跡は何も残っていない。
まるで、最初からいなかったかのように。
「姫様」
リリアが、赤い目で部屋に入ってきた。
また、泣いていたのだろう。
「……もう、時間ですか?」
「はい」
リリアは頷いた。
「馬車が、お待ちです」
ああ。
とうとう、この時が来た。
私は立ち上がり、最後にもう一度、部屋を見渡した。
子供の頃から過ごした部屋。
窓から見える庭。
全てに、思い出がある。
でも、もう——戻ってこない。
「行きましょう、リリア」
私は、できるだけ明るく言った。
「新しい場所で、頑張りましょう」
リリアは何も言わず、ただ頷いた。
城の正門前に、馬車が待っていた。
見送りに来た人は——誰もいなかった。
侍女が数人、形だけ立っているだけ。
国王も、貴族たちも、誰も来ない。
当然か。
私は、もう必要のない存在なのだから。
「姫様、どうぞ」
御者が馬車の扉を開けた。
私は一歩、足を踏み出した。
その時——
「待て」
声がした。
振り返ると、ルシアン様が立っていた。
息を切らして、走ってきたのだろうか。
髪が少し乱れている。
「ルシアン……様?」
彼は、私の前に立った。
そして——何も言わなかった。
ただ、じっと私を見ている。
その瞳に、何が映っているのか。
私には、わからない。
「……何か、ご用ですか?」
私は、できるだけ平静を装って尋ねた。
ルシアン様は、口を開きかけて——そして、閉じた。
言いたいことがあるのに、言えない。
そんな風に見えた。
沈黙が、重く流れる。
やがて、彼は懐から小さな箱を取り出した。
「……これを」
差し出された箱。
中には、小さなペンダントが入っていた。
銀色の、シンプルなデザイン。
でも、とても綺麗だった。
「これは……?」
「護符だ」
ルシアン様は、短く答えた。
「辺境は危険が多い。身につけておけ」
護符。
ああ、そういうことか。
心配してくれているわけじゃない。
ただ、王族としての体裁を保つため。
それだけだ。
「……ありがとうございます」
私は、ペンダントを受け取った。
冷たい金属が、手の中で光る。
ルシアン様は、また何か言いかけた。
でも、結局——何も言わなかった。
「……達者でな」
それだけ。
たった、それだけだった。
私は、もう我慢できなかった。
「……さようなら、ルシアン様」
そう言って、馬車に乗り込んだ。
扉が閉まる。
窓から外を見ると、ルシアン様がまだ立っていた。
動かず、ただ——こちらを見ている。
その表情は、悲しそうに見えた。
でも、きっと——錯覚だろう。
馬車が動き出す。
城が、遠ざかっていく。
ルシアン様の姿も、小さくなっていく。
やがて、見えなくなった。
私は、ペンダントを握りしめた。
涙が、溢れた。
「姫様……」
リリアが、そっと手を握ってくれた。
「泣かないでください」
「……ごめんなさい」
私は、涙を拭った。
「大丈夫よ。もう、泣かないわ」
嘘だ。
涙は、止まらない。
でも、もう——振り返らない。
前を向いて、生きていく。
ルシアン様のことも、忘れる。
そう、決めたのだから。
馬車は、王都を出た。
窓の外、見慣れた景色が流れていく。
市場。石畳の道。賑やかな人々。
全部、もう——私のものじゃない。
「姫様」
リリアが、小さく言った。
「辺境でも、きっと幸せになれます」
「……ええ」
私は頷いた。
「そうね。きっと」
でも、心の中では思っていた。
幸せなんて——もう、来ない。
私は、ただ生きるだけ。
それで、いい。
馬車は揺れ続けた。
何時間も、何時間も。
景色は、だんだんと荒涼としてくる。
緑が減り、岩が増え、空気が冷たくなる。
ああ。
本当に、辺境に向かっているのだ。
もう、戻れない。
私は、ペンダントを首にかけた。
ルシアン様がくれた、最後のもの。
これだけは——捨てられない。
たとえ、彼が私を愛していなくても。
たとえ、体裁だけの贈り物でも。
私は——ずっと、大切にする。
それが、私のできる唯一のこと。
夕暮れ時、馬車は小さな村を通った。
人々が、珍しそうにこちらを見ている。
王族の紋章がついた馬車だからだろう。
でも、もうすぐ——私はただの追放者。
王女でも、何でもない。
ただの、誰も必要としない女。
それが、私の未来。
窓の外、太陽が沈んでいく。
赤く、美しい夕焼け。
でも、私の心は——もう、何も感じなかった。
ただ、空っぽだった。
リリアが、そっと毛布をかけてくれた。
「姫様、少しお休みください」
「……ありがとう、リリア」
私は目を閉じた。
でも、眠れない。
頭の中で、ルシアン様の顔が浮かぶ。
最後に見た、あの表情。
何を考えていたのだろう。
何を言いたかったのだろう。
もう——わからない。
わかる必要も、ない。
私は、ペンダントを握りしめた。
冷たい金属が、胸に当たる。
これだけが——彼との、最後の繋がり。
——さようなら、ルシアン様。
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【第4話 完】
次回:第5話「辺境への道」
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