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第7話(前編)「膝の上は、彼女の場所」
しおりを挟む――十年前。
エリーゼと出会ってから、三ヶ月が経った。
レオンハルト・フォン・エルステッド、十二歳。
僕は、今日も王宮でエリーゼを待っていた。
今夜は、年に一度の大舞踏会。
各国の王族、貴族が集まる、華やかな夜。
そして――エリーゼにとって、初めての正式な舞踏会だった。
「レオンハルト様!」
扉が開き、エリーゼが駆け込んできた。
七歳のエリーゼ。
明るい黄色のドレスを着て、髪には小さな花飾りをつけている。
「エリーゼ、走るな。転ぶぞ」
「大丈夫よ!」
彼女は僕の前で止まり、くるりと回った。
「どう? 可愛い?」
「ああ、とても」
僕が答えると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「やった! 実はね、この髪飾り、三回もつけ直したの!」
「三回も?」
「うん! 最初のは位置がおかしくて、二回目のは花が大きすぎて……」
エリーゼが嬉しそうに話す。
その姿を見て、僕は微笑んだ。
この三ヶ月で――僕は確信していた。
この子を、一生守りたいと。
「さあ、行こう」
僕が手を差し出すと、エリーゼは嬉しそうにその手を取った。
「うん!」
## ◆
大広間は、華やかな装飾で彩られていた。
シャンデリアの光。
音楽の調べ。
色とりどりのドレスを着た貴族たち。
エリーゼは、きらきらと目を輝かせていた。
「すごい……! こんなに大きな舞踏会、初めて!」
「そうか」
僕は彼女の手を引いて、会場の中へ。
周囲の視線が、僕たちに集まる。
第一王子と、その婚約者。
七歳の少女。
そして――
「まあ、あの子が噂の……」
「侯爵令嬢ですって? 随分と幼いわね」
「我儘だという噂よ」
ひそひそと、囁く声。
エリーゼは気づいていないようだったが――
僕は、その全てを聞いていた。
「レオンハルト様」
エリーゼが僕の袖を引く。
「あそこに、綺麗なケーキがあるわ!」
「ああ、後で食べよう」
「本当? やった!」
彼女の無邪気な笑顔。
その笑顔を――僕は守りたかった。
舞踏会が始まり、僕はエリーゼと共にダンスをした。
といっても、彼女はまだ七歳。
ステップもおぼつかない。
「ご、ごめんなさい! また踏んじゃった!」
「気にしなくていい」
僕は彼女をリードしながら、優しく笑った。
「君は、よく頑張っている」
「本当?」
「ああ」
音楽が終わり、僕たちは拍手を受けた。
エリーゼは嬉しそうに、ぺこりとお辞儀をする。
その姿が――とても愛らしかった。
「エリーゼ、少し休もう」
「うん!」
僕たちは会場の端にある椅子へ向かった。
そこで――
「レオンハルト様」
一人の貴婦人が声をかけてきた。
「お久しぶりでございます」
「ああ、ご無沙汰しております」
社交辞令の会話。
貴婦人は僕の隣にいるエリーゼを見て――
僅かに眉をひそめた。
「こちらが、噂のエリーゼ様?」
「はい」
エリーゼが元気よく答える。
「初めまして!」
「……そう」
貴婦人は冷たい笑みを浮かべた。
「随分と……元気な方ですのね」
「はい! 私、元気が取り柄なの!」
エリーゼは気づいていない。
その言葉の裏に、嫌味が込められていることを。
でも――僕は、気づいていた。
「では、失礼いたします」
貴婦人が去った後、また別の貴族が話しかけてくる。
そのたびに――
エリーゼを見る目は、冷たかった。
「幼すぎる」
「王子の婚約者としてふさわしくない」
「我儘だという噂だ」
聞こえるように、囁く声。
エリーゼは――だんだんと、元気がなくなっていった。
「レオンハルト様……」
彼女が小さく呟く。
「私……みんなに、嫌われてる?」
その言葉に、僕の胸が痛んだ。
「そんなことはない」
「でも……」
「気にしなくていい」
僕は彼女の頭を撫でた。
「君は、君のままでいい」
エリーゼは――小さく頷いた。
でも、その目には――涙が浮かんでいた。
## ◆
時間が経ち、エリーゼは明らかに疲れていた。
七歳の子供にとって、夜遅くまでの舞踏会は辛いだろう。
「エリーゼ、疲れたか?」
「……ううん、大丈夫」
強がる彼女。
でも、その目は眠そうだった。
「少し、休もう」
僕は彼女を人の少ない場所へ連れて行き、椅子に座った。
そして――
「おいで」
僕は彼女を手招きした。
「え……?」
「疲れているだろう。ここで休め」
僕は自分の膝を叩いた。
エリーゼの目が、丸くなる。
「で、でも……」
「いいから」
僕が言うと、エリーゼは恥ずかしそうに――
僕の膝の上に、ちょこんと座った。
小さな体。
軽い体重。
そして――
甘い香り。
「……温かい」
エリーゼが呟く。
「そうか」
僕は彼女の背中に手を添えた。
「眠いなら、寝てもいい」
「でも……」
「僕が、抱いていてやる」
その言葉に、エリーゼは安心したのか――
僕の胸に、顔を埋めた。
「……レオンハルト様」
「何だ?」
「私……本当は、怖かったの」
小さな声。
「みんなが私を見る目が、冷たくて……」
「……」
「私、何か悪いことしたのかな……」
エリーゼの声が、震える。
僕は――強く、彼女を抱きしめた。
「君は、何も悪くない」
「でも……」
「悪いのは、君を理解しようとしない大人たちだ」
僕ははっきりと言った。
「君は、ただ自分らしくいるだけだ。それは、何も悪いことじゃない」
「レオンハルト様……」
「だから――」
僕は彼女の頭を撫でた。
「泣かなくていい」
エリーゼの肩が、小さく震えた。
そして――
僕の服が、濡れていく。
彼女は、泣いていた。
声を出さずに、ただ静かに。
「……ごめんね」
エリーゼが呟く。
「我儘言って……みんなに迷惑かけて……」
「迷惑じゃない」
「でも――」
「エリーゼ」
僕は彼女の顔を上げさせた。
涙で濡れた顔。
赤くなった目。
それでも――
彼女は、美しかった。
「よく聞け」
僕は真剣に言った。
「君の我儘は、我儘じゃない」
「……え?」
「君が自分の好きなものを選ぶこと。君が自分の意見を言うこと。それは、君の権利だ」
僕は彼女の涙を拭った。
「そして――僕は、君のそういうところが好きだ」
「レオンハルト様……」
「だから、これからも――君は君のままでいい」
僕は彼女を、また抱きしめた。
「周囲が何を言おうと、僕が君を守る」
「……本当?」
「ああ。約束する」
エリーゼが――僕の服をぎゅっと掴んだ。
「ありがとう……」
小さな声。
そして――
彼女は、僕の腕の中で眠ってしまった。
穏やかな寝息。
安心しきった顔。
僕は――その顔をじっと見つめた。
この子を、守ろう。
この子の笑顔を、守り続けよう。
どんなに周囲が反対しても。
どんなに非難されても。
僕は――この子を、手放さない。
## ◆
「レオンハルト様」
声がして、顔を上げる。
そこには、侯爵夫人が立っていた。
彼女はエリーゼを見て――
眉をひそめた。
「まあ……こんな場所で、お眠りになっているなんて」
「疲れたのでしょう」
僕は平然と答えた。
「まだ七歳ですから」
「ですが、これは……」
侯爵夫人が困惑した顔をする。
「王子の膝の上で眠るなど、はしたない……」
「はしたなくありません」
僕ははっきりと言った。
「彼女は僕の婚約者です。僕の膝で休むのは、当然の権利です」
「で、ですが……周囲の目が……」
「周囲の目など、関係ありません」
僕は侯爵夫人を見据えた。
「エリーゼが安心して休めるなら、それでいい」
侯爵夫人は何も言えなくなった。
そして――
周囲の視線が、また集まる。
「まあ、王子の膝で……」
「あの子、図々しいわね」
「やはり我儘な子だわ」
囁く声。
でも――僕は気にしなかった。
むしろ、はっきりと宣言した。
「皆さん」
僕が声を上げると、周囲が静まった。
「エリーゼは、僕の大切な婚約者です」
僕は眠っているエリーゼを抱き上げた。
「彼女が我儘だと言う方がいるようですが――僕は、彼女のそういうところが好きです」
周囲がざわめく。
「ですから、これからも彼女は――彼女のままでいてもらいます」
僕ははっきりと言った。
「それに異論のある方は、僕に直接おっしゃってください」
誰も、何も言わなかった。
僕は――エリーゼを抱いたまま、会場を後にした。
## ◆
馬車の中。
エリーゼは、まだ眠っていた。
僕の膝の上で、すやすやと。
その寝顔を見ながら――
僕は、改めて誓った。
この子を、一生守ると。
この子の我儘を、一生受け止めると。
この子が、笑顔でいられるように。
それが――
僕の、愛だから。
「エリーゼ」
呟いて、彼女の頭を撫でる。
「君は、ずっと――僕の膝の上にいていい」
彼女は答えない。
ただ、幸せそうに――眠り続けていた。
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