ボクはうさぎのぬいぐるみ

白井しのの

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二話 「旅人」になりました。

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 二◯二四年 九月十八日 早朝

「急だったから色々聞きそびれちゃった……ていうか急が過ぎるよ。ボク中学一年生だよ? いきなり知らない草原にポツンと一人はハード過ぎない?」

 ボクは草原を見回しながら呟いた。
 どんな生き物がいるのか、どんな危険があるのか、強引にでも聞いておけばよかった。
 小さな後悔をしつつも、とりあえず歩く。

 ボクが瞬間移動してきたこの場所はなんの変哲もないただの草原……だと思う。
 そこらに二色の花弁の花が生えていたり、モンシロチョウに似た蝶々が光る鱗粉を舞い散らして飛んでいたり。
 多少のファンタジー要素は入っているけど、特に危険はなさそうで穏やかな場所だ。

 暖かいそよ風が日の出の方からフワリと吹き、ボクのふわふわの毛並みを靡かせる。
 鼻の奥に感じる草木や土の匂いは目の前の光景が現実である事を物語っていた。
 ぬいぐるみの姿でも触覚や嗅覚はあるみたい。

 ぺったんこの足で大地を踏み締め、アテもなく五分ほど歩くと、背の低い木の柵で囲まれた小さな村が見えてきた。

「村だ! 異世界っぽい! けど……小さ過ぎない?」

 村の大きさは百平方メートルくらい。
 本当に小規模の村だ。
 それぞれ木組みの家は日本の住宅地のように密集して建てられている。
 村の入り口の部分は木の扉になっていて、そのすぐ側にはボクと同じくらいの歳の少年が立っていた。

 少年は青い瞳と黒い髪を持ち、色白な肌は「村人」を名乗るには位が高すぎるような妙な感覚にさせる。
 エスニックなファッションはこの村特有のものだろうか。デザインはいいけど、この少年にはそこまで似合っているとは思えない。
 この少年にはタキシードとか執事服とか……いや、もっと高貴な服が似合う。

 その少年はボクに気付くと困惑しながら身構える。

「うわっ、なんだなんだ!? うさぎのぬいぐるみが歩いてやがるっ!」

 少年はファイティングポーズを取りながらボクを見る。
 ボクはその様子を見て苦笑いした。
 まあ、そういう反応になるよね、と。

「あの、こんにちは」
「喋っ……! ハァ!」

 少年はボクめがけて拳を振り抜いた。

「いだい……何するんだよぉ……」

 少年の拳はボクの顔にめり込んだ。
 少年は「お……?」と漏らしながらフリーズした。

 ボクは二歩後ろに下がり、顔を摩る。

「怖がらないで。ボクはサラ。幸せの妖精、だよ」
「幸せの妖精……? お前があの言い伝えの?」
「言い伝え?」

「いつかこの村に現れるって。幸せの妖精サラ。世界中に幸せを振り撒く人類の希望なんだと」
「へえ、そんな言い伝えがあるんだ? ねえねえ、それについてもっと詳しい事を聞きたいんだけどさ」
「ああ、村の中へどうぞ。殴って悪かった」
「いいよ。ぬいぐるみが歩いて喋ったんだから。ボクだって冷静を保っていられるか自信ないよ」

 ボクは少年に案内され、村の中心部にある一番大きな家に入った。
 その家の中には少年と似たような格好をした顎ひげの生えた男性がいた。
 黒い髪に黒い瞳。
 少年とは似ても似つかない褐色の肌色。
 どう考えても血縁関係があるとは思えなかった。


「……じゃあお前さんが、ああいや、あなた様があの幸せの妖精サラ様であらせられるのですね」

 この顎ひげの男性はこの村の村長さんらしい。
 しきたりで名前がないのだそう。
 したきりじゃないよ、しきたりだよ。

「という事らしいです。そんなかしこまらないでください村長さん。幸せの妖精なのは外見だけで、中身は人間の十三歳なので」
「十三歳……じゃあアオノと同い年か」

 村長さんは少年に目を向け、微笑む。

「ボクと同い年なんだ。アオノって言うんだね。凛々しくていい名前だと思う」
「なっ、何恥ずかしい事言ってんだよっ」

 アオノは顔を赤らめながら目を逸らす。

「それにしちゃあ随分と大人びてるな。その年頃の子は突然『俺は選ばれし者だ』とか『これが運命……か』などと妙な事を言うもんだが」
「やめてくれッ! オレはもう卒業したんだっての!」

 アオノは先ほどとは比較にならない程顔を真っ赤にして声を荒げた。

「かははっ! まあアオノも大人びてる方か。この村に来た時よりずっと『自然体』になった」
「アオノはこの村の出身じゃないんですか?」
「ああ。身寄りがいなくて困っていた所を俺が引き取ったんだ。魔法の才能もあったし、丁度いいと思ってな」
「丁度いい……?」
「それよりお前さん、冒険をするという話みたいだが、お前さんがまず行うべきは旅人登録だ」
「旅人登録?」

 旅人登録とはその名の通り旅人としての登録。
 登録が完了すると旅人身分証を発行してもらえるらしい。
 というか、もう村長さんがその手続きを始めてしまった。
 何かの書類に筆を走らせ、その手は止まらない。

 旅人身分証、通称旅人証はあくまで旅人としての身分証であって、冒険をする事はできない。
 冒険をするためには冒険家としての身分証が必要になる。
 冒険家でない者が旅をする際は必ず一人護衛として冒険家を連れていかなければならない。
 これは人同士の交流を深めようというこの世界全体の動きみたいだ。

 因みにこの村では冒険家登録が出来ない。

「隣の街でしか冒険家登録できないんですね」
「そうとも。旅人登録と違って冒険家登録はお偉いさんの出す課題をクリアしなきゃいけねえ。そうやって初めて手に入るのが冒険家って肩書きなのだよ。ところでお前さん、腕は立つのか?」

 村長さんは右手で走らせている筆を止め、左手で右腕をペチペチと叩いて見せる。

「いいや、それは期待できないかと。喧嘩した事もないですし、この体じゃまともに戦えるのか……」

 ボクはぺったんこの手のひらをアオノにぽむぽむと押し付ける。

「やわらけえー」
「なるほど。まあ課題は単純な強さだけでなく、判断力や知識なんかも見るようだし大丈夫だとは思うがな。ほい、旅人登録はこれで終わりだ」
「はやっ」

 村長は何かの書類への記入を終え、小さなカードをボクに渡す。
 そしてポケットの中から金色の硬貨を一枚取り出してボクの方へ弾く。

「このコイン一枚で冒険家の試験を受けられる。街までは冒険家登録をしているアオノを同行させよう。いいな?」
「ああ。オレの方からもお願いしようとしてたところだぜ村長。久しぶりに街にいけるんだからな」
「よし。さ、時は金なりだ。さあ行った行った」
「展開はやっ」

 ボクは村長に背中を押され、村長の家から追い出された。
 アオノは村長の家の庭にある銅製の蛇口を捻って水を出す。

「お前も飲むか?」
「えっ……この体で飲めるかなあ?」

 ボクは銅製の蛇口から出た水を口で受け止める。

「あっ、飲める。おいしい」
「その体、ぬいぐるみじゃないのか」
「見た目は完全にぬいぐるみにしか見えないよね。でも妖精、らしいよ。ただのぬいぐるみならずぶ濡れだよね」
「だな」

 そんなやりとりを終えると、アオノに案内され、村の外に出た。
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