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赤い虎
二
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「父を殺す」
その言葉に虎昌は耳を疑った。
淡々とした口調で言った放ったのは武田信玄の嫡男、武田義信である。
義信が虎昌の屋敷にわざわざ訪れたのは何かあるとは思っていたが、まさかこのようなことを言うためとは。義信の表情を覗くと、恐ろしい言動とは裏腹に希望に満ちた顔をしていた。絵に書いたような好青年だ。
「今更気付いたのだ。父も祖父を追放して頭首の座に着いた。同じことをされても文句は言えんはずだ。じいも分かるであろう?」
じいとは虎昌のことである。虎昌は義信の幼少期から武術、軍学、作法を叩きこんできた。そのかいあって義信は立派な男になったのだ。分かるであろうと言われても分かるはずがない。
「義信様。御館様に楯突くなど言語道断。お考えを改め直した方が良いかと思います。甲斐の国を、いや、日の本の国を治めるのは御館様をおいて他にはおりません」
虎昌は義信の目をきっと睨み付けた。しかし、一切怯む様子がない。流石、武田信玄公の嫡男と言っていい。
虎昌は武田家臣団随一の将である。猛虎のような姿を見たものは敵味方ともに震え上がるが、義信はまるで猫を前にするかのように微笑んだ。
「安心せい。わしがおるではないか。それにわしの決意は鋼より固い」
虎昌は義信の目を見ていると、反論できなくなった。好きなのである。虎昌にとってこの青年は息子のようなものであり、希望そのものだった。
「のう、じい。わしが頼りないか?」
「滅相もない」
義信の武勇は虎昌にも劣らない。川中島の戦いでは、上杉陣に突撃して首級を上げ、謙信にも肉薄した。援軍に阻まれ引き返しはしたものの、その勇敢さを天下にしらしめたのだ。
頼りないはずがない。
しかし。
しかし、信玄を殺すなどあっていいはずがない。
虎昌が目を少し伏せていると、義信は膝を叩いて立ちあがった。
「じい。さては不服だな」
「いえ、そのようなことは」
「わしにはわかる。じい、馬に乗れ。馬上組打ちの稽古でもするぞ」
義信は颯爽とその場を離れると、近くにいた栗鹿毛の馬にまたがった。
「あ! それは」
まだ調教中の気性の荒い馬である。
馬は大きくいななきを上げて暴れたが、義信は容易く取り鎮めた。義信の真っ直ぐな性格が伝わったのか、馬はもう警戒を解いている。
虎昌は思わず拍手をした。
「いや、流石です」
「笑わせるな。乗馬を教えてくれたのはじいだぞ。どうだ? わしも上手くなっただろう」
仕込んだのは確かに虎昌だが、義信はすでに虎昌を超えているかもしれない。
義信は爽やかな笑みを虎昌に向けており、眩しいほどだった。
「はよ乗れ。老体に鞭打つわけではない。なに遊びだ」
虎昌も馬に乗った。
愛馬の砂月である。
共に戦場を駆け抜けた竹馬の友であり、乗り物というよりは、虎昌の肉体の一部のような感覚だ。老馬だが、どの馬よりも信頼できた。
「昔を思い出すな。わしは一度もじいに勝てなかった」
「もう老いぼれですぞ」
「ははは。一生に一度でいい。わしにも勝たせてくれんか」
馬上組打ちは、互いに馬で突進し、すれ違い様に相手と組み合い、馬から引き摺り落とした方が勝ちである。本来であればその後に首を裂くが、当然そこまではやらない。
平安時代から鎌倉時代の中世に流行ったが、今は実用的でないために、ほとんど意味をなさない。しかし、伝統的な馬の産地である甲斐では、意識的に技術を残した。
二人は広い道に出ると、半町ほど距離を離した。
義信はおもむろに馬を駆けさせた。
(なに、遊びだ)
六十を超えた老いた体で義信に勝てるはずがない。
虎昌は適当に負けて、義信を満足させてやろうと思った。
虎昌も馬を疾駆させた。
こぎみ良く馬蹄の音が跳ねる。
尻から伝わる感触が体を波打つ。
気持ちの良い揺れだが、ある速度までいくと急に風の障壁が現れた。
虎昌は予期しており、体の力をふっと抜いて、風をいなすように少し前傾姿勢を取った。
風切り音が大きくなり神経を遮断していく。体が戦場を思いだしたのか血が熱くなるのを感じた。
虎昌は気が変わった。
(本気でやるか)
虎昌は両脚で馬を挟みこみ体を安定させた。
風のはやさで近づく。
義信は目と鼻の先である。両手を離して大の字に広げ、背筋を伸ばしていた。
虎昌も手綱を離し腕を上げた。
義信の手と触れあったその時、虎昌は手首を捻られた。
体が羽のように軽くなる。
空が回転した。
雲が円を描いて地面に叩きつけられると思ったら、地面も回転してまた空が見えて、今、目の前には道が続いている。
何が起きたのかわからないが、虎昌はいつの間にか義信の馬にまたがり、馬の首にしがみつくようになっていた。
怪我はない。当然痛いところもない。
宙を浮くような不思議な感覚が残っているだけである。
「ははは。遊びだといったろう?」
「刺激の強い遊びですな」
虎昌の肌は粟立っていた。
恐怖ではない。感動である。
「じい。無理にとは言わん。父に恩義があることも十分に知っている。ただ、真剣に考えてくれんか。父のやり方は古いのだ。このままでは武田はいずれ滅ぶかもしれん」
義信は小声で虎昌に言うと、優しく下ろした。声色は自信に満ちている。虎昌は味方になると信じているのだろう。
「私が御館様に内通したら」
「そうなったらしょうがない。わしの器がそれだけだったということだ」
虎昌はそれ以上何も言わず、義信がいなくなるまで頭を下げていた。
(本当にやるのか)
武田信玄を殺す。虎昌の胸中はかつてないほどに複雑だった。
その言葉に虎昌は耳を疑った。
淡々とした口調で言った放ったのは武田信玄の嫡男、武田義信である。
義信が虎昌の屋敷にわざわざ訪れたのは何かあるとは思っていたが、まさかこのようなことを言うためとは。義信の表情を覗くと、恐ろしい言動とは裏腹に希望に満ちた顔をしていた。絵に書いたような好青年だ。
「今更気付いたのだ。父も祖父を追放して頭首の座に着いた。同じことをされても文句は言えんはずだ。じいも分かるであろう?」
じいとは虎昌のことである。虎昌は義信の幼少期から武術、軍学、作法を叩きこんできた。そのかいあって義信は立派な男になったのだ。分かるであろうと言われても分かるはずがない。
「義信様。御館様に楯突くなど言語道断。お考えを改め直した方が良いかと思います。甲斐の国を、いや、日の本の国を治めるのは御館様をおいて他にはおりません」
虎昌は義信の目をきっと睨み付けた。しかし、一切怯む様子がない。流石、武田信玄公の嫡男と言っていい。
虎昌は武田家臣団随一の将である。猛虎のような姿を見たものは敵味方ともに震え上がるが、義信はまるで猫を前にするかのように微笑んだ。
「安心せい。わしがおるではないか。それにわしの決意は鋼より固い」
虎昌は義信の目を見ていると、反論できなくなった。好きなのである。虎昌にとってこの青年は息子のようなものであり、希望そのものだった。
「のう、じい。わしが頼りないか?」
「滅相もない」
義信の武勇は虎昌にも劣らない。川中島の戦いでは、上杉陣に突撃して首級を上げ、謙信にも肉薄した。援軍に阻まれ引き返しはしたものの、その勇敢さを天下にしらしめたのだ。
頼りないはずがない。
しかし。
しかし、信玄を殺すなどあっていいはずがない。
虎昌が目を少し伏せていると、義信は膝を叩いて立ちあがった。
「じい。さては不服だな」
「いえ、そのようなことは」
「わしにはわかる。じい、馬に乗れ。馬上組打ちの稽古でもするぞ」
義信は颯爽とその場を離れると、近くにいた栗鹿毛の馬にまたがった。
「あ! それは」
まだ調教中の気性の荒い馬である。
馬は大きくいななきを上げて暴れたが、義信は容易く取り鎮めた。義信の真っ直ぐな性格が伝わったのか、馬はもう警戒を解いている。
虎昌は思わず拍手をした。
「いや、流石です」
「笑わせるな。乗馬を教えてくれたのはじいだぞ。どうだ? わしも上手くなっただろう」
仕込んだのは確かに虎昌だが、義信はすでに虎昌を超えているかもしれない。
義信は爽やかな笑みを虎昌に向けており、眩しいほどだった。
「はよ乗れ。老体に鞭打つわけではない。なに遊びだ」
虎昌も馬に乗った。
愛馬の砂月である。
共に戦場を駆け抜けた竹馬の友であり、乗り物というよりは、虎昌の肉体の一部のような感覚だ。老馬だが、どの馬よりも信頼できた。
「昔を思い出すな。わしは一度もじいに勝てなかった」
「もう老いぼれですぞ」
「ははは。一生に一度でいい。わしにも勝たせてくれんか」
馬上組打ちは、互いに馬で突進し、すれ違い様に相手と組み合い、馬から引き摺り落とした方が勝ちである。本来であればその後に首を裂くが、当然そこまではやらない。
平安時代から鎌倉時代の中世に流行ったが、今は実用的でないために、ほとんど意味をなさない。しかし、伝統的な馬の産地である甲斐では、意識的に技術を残した。
二人は広い道に出ると、半町ほど距離を離した。
義信はおもむろに馬を駆けさせた。
(なに、遊びだ)
六十を超えた老いた体で義信に勝てるはずがない。
虎昌は適当に負けて、義信を満足させてやろうと思った。
虎昌も馬を疾駆させた。
こぎみ良く馬蹄の音が跳ねる。
尻から伝わる感触が体を波打つ。
気持ちの良い揺れだが、ある速度までいくと急に風の障壁が現れた。
虎昌は予期しており、体の力をふっと抜いて、風をいなすように少し前傾姿勢を取った。
風切り音が大きくなり神経を遮断していく。体が戦場を思いだしたのか血が熱くなるのを感じた。
虎昌は気が変わった。
(本気でやるか)
虎昌は両脚で馬を挟みこみ体を安定させた。
風のはやさで近づく。
義信は目と鼻の先である。両手を離して大の字に広げ、背筋を伸ばしていた。
虎昌も手綱を離し腕を上げた。
義信の手と触れあったその時、虎昌は手首を捻られた。
体が羽のように軽くなる。
空が回転した。
雲が円を描いて地面に叩きつけられると思ったら、地面も回転してまた空が見えて、今、目の前には道が続いている。
何が起きたのかわからないが、虎昌はいつの間にか義信の馬にまたがり、馬の首にしがみつくようになっていた。
怪我はない。当然痛いところもない。
宙を浮くような不思議な感覚が残っているだけである。
「ははは。遊びだといったろう?」
「刺激の強い遊びですな」
虎昌の肌は粟立っていた。
恐怖ではない。感動である。
「じい。無理にとは言わん。父に恩義があることも十分に知っている。ただ、真剣に考えてくれんか。父のやり方は古いのだ。このままでは武田はいずれ滅ぶかもしれん」
義信は小声で虎昌に言うと、優しく下ろした。声色は自信に満ちている。虎昌は味方になると信じているのだろう。
「私が御館様に内通したら」
「そうなったらしょうがない。わしの器がそれだけだったということだ」
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