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第二章

十六話

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 最後に足を運んだのは、一口大サイズのケーキを十種類ほどと、焼き菓子のマフィンやマドレーヌなどを販売している店だ。

 店の立て看板にはケーキのイラストとともに、それがどんなケーキなのか説明が書かれていた。定番の苺のショートケーキやチョコレートケーキ、チーズケーキに続き、ベルの大好きなチェツのケーキもあった。

 焼き鳥の店ではケーキのために食べるのを自重したので、ここでは食べたいものを好きなだけ食べるつもりだ。なので今回は一口大サイズのケーキを五種類ほど買うことにした。もちろんその五種類の中にチェツのケーキも入れ済みだ。

「―――、―――――――」

「ん?」

 注文をした際に、誰かにじっと見られているような、そしてどこかで聞いたことのあるような声がしたような気がして、周囲を見渡す。しかし護衛騎士に囲まれている上に、この人混みだ。その視線を特定することはできなかった。

 ベルを物珍しさに見ている人たちの視線や声だろうと勝手に判断をし、すぐにそのことを記憶から消し去る。

 注文したケーキをほくほく顔で受け取り、焼き鳥の店の時と同様、近くのイートインスペースで食べることになった。持って帰って食べてもいいのだが、やはりその場で食べるのが祭りの醍醐味ともいえる。紙の箱の中からケーキを一つ取り出して、かぶりつく。最初に食べたのは定番中の定番、苺のショートケーキだ。ふわふわのスポンジに、くどくないけれど甘い生クリーム、そしてほどよい酸味を持つ苺。どれが欠けても駄目なほど、互いの良さを生かした美味しさがそこにあった。

 それは他のケーキも例外ではなく、頬が落ちてしまうほど美味しかった。

 そうして一番大好きな物は最後までとっておく主義のベルは、最後にと残しておいたチェツのケーキを口に入れた。チェツのケーキに使われている生クリームはチェツの果汁が使用されているのだろう。ほんのりと紫がかった色をしていた。ケーキの上にはカットされたチェツがのっていて、ケーキと一緒に口に入れることで、桃と苺、マンゴーを足したような味が口いっぱいに広がる。その美味しさを少しでも長く味わおうとよく噛んで飲み込む。これは買いだな、と思ったベルはチェツのケーキを三つほど持ち帰り用に包んでもらおうと決め、席を立つ。

「ちょっと持ち帰り用にケーキをっ……!!」

 一緒に食べているロセウスたちに持ち帰り用のケーキを買おうとしていることを告げようとしたその時だった。

 胃から熱いモノが喉を伝って、外へと出ようとする感覚がベルの体を襲う。

 言葉を途中で止めたベルを不思議に思ったのだろう。誰もが不思議な顔でベルを見る。先程まで健康そのものだったベルの顔色は蒼白になっており、その額からは嫌な汗が滲み出ていた。

 ふらつくベルの体を隣にいたアーテルが逞しい両腕で抱きとめる。

「大丈夫か、お嬢!?」

 慌てたアーテルの声が耳に届く。けれど耳鳴りがひどく、その声がしっかりとベルの耳に届くことはなかった。

 胃からそとへ出ようとしているモノをなんとか堪え、声を出す。

「大事に、したくない。人気のない……ば、しょ」

「わかった」

 建国祭というこの場に置いて、ベルが倒れるのは非常によくない。せっかく目覚めたということを伝えたのに、倒れてしまっては国民の不安をあおるだけだ。

 ベルの想いをすぐに察知したアーテルは頷くなり、ベルの体を横抱きにする。顔が他の人から極力見えないように抱き上げてくれた。

 不自然に見えないように、なのだろう。アーテルを含むこの場にいる皆が和やかな会話を繰り広げている。けれどその会話の詳細な内容を聞くほどの余裕はなかった。

 アーテルが移動している振動がベルの体に伝わってくる。極力振動が伝わらないように移動してくれているのだろうが、それでも伝わってくる振動が気持ちの悪さに拍車をかけた。

「お嬢、もういいよ」

 アーテルにそう耳元で言われ、張り詰めていた気が一気に抜けたのだろう。すぐそこまでせりあがてきていたモノが口を伝い、外へと吐き出される。

「ごほっ……」

 嫌な咳とともに吐き出されたそれは鉄の味がした。滲む視界に広がった色は赤。それが血だと認識するとほぼ同時にベルは意識を失った。

 意識を失うと同時に、そういえばと脳裏に一つの顔が思い浮かぶ。

(あの声は……)

 それはクライシスではなく、クライシスとともに消えた少女、ロゼリアの顔だった。
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