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第二章

三十九話

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 泣いた後は体力を消耗するからか、いつの間にか寝てしまっていた。

(最近寝ていることの方が多くないか、私)

 自嘲するものの、寝る前と比べて幾分か気持ちがすっきりとしていた。ロセウスやアーテル、アルブスと、ゲームのことまでは言っていないが、日本でのことや、クライシスとの関係性を話せたことが大きいのかもしれない。

 有言実行とはまさにこのことで、クライシスのことを忘れて、ベルたちはゆっくりとした時間を満喫した。途中エリオットやラヴィックが訪ねてくるのではと思ったが、どうやらベルが寝ている間に今日は集まらないことを三人の内誰かが伝えに行ってきてくれたようで、心配は杞憂に終わった。

 もふもふのベッドで体を休め、いつの間にか用意してあった軽食を軽く摘まみ、性的なことを感じない程度にじゃれて遊んだ。

 さすがに日が暮れる頃には家の中に入ったが、それでもベルが一人だけになることはなかった。だからなのか、これから数時間後にロセウスたちに話すことが決まっていても、不安に思うことがなかった。

 風呂に入った後、四人で大きなベッドへ横になった。夢見の世界へと入るためだ。途中誰がベルの隣になるかで三人で揉めていたが、アルブスが昼間ほとんどベルの横にいたということで、ロセウスとアーテルがベルの両隣を占拠する形となった。

 おやすみ、と就寝の挨拶を最後に枕元の明かりが消され、誰もが眠るために口を閉じた。けれどしっかりと呼吸音だけはベルの耳に入ってきていて、それがベルを安心させた。

 目を瞑り、難しいことを考えず、ただ暗闇に身を任せる。すると暗闇はベルを真綿で包み、夢の中へと連れて行ってくれた。

「……ここは」

 そうして目を覚ますと、夢見の世界にいた。

 ただ一度目と違うのは、スタート地点が違うということだ。

「あの時は曇りのない青空に、一面芝生が広がっていたのに。今回はここから始まるんだ」

 寝転んでみたかったと、謎の後悔をしつつ、家の前にあるお茶会用のテーブルセットにすでに座っている二人の人物に声をかけた。

「ヴァイオレットさん、ムース、こんばんは」

「今日はベルが一番乗りかい」

「こんばんはー」

「うん、そうみたい。でももうすぐロセウスたちも来ると思うよ。それよりもさ、一つ聞きたいんだけど、なんで昨日は歩いてここまで来たのに、今日はここへ直接来ることができたの?」

 そんなベルの素朴な疑問に、ムースが伸びた口調で教えてくれた。

「それはねー、ベルとのルートが出来たからだよー」

「ルート?」

「そう、ルート。夢見の力で招待をしてもー、最初からここに来られるわけじゃないのー。夢と夢の間には壁があってねー、それを夢の主が壁を破ってここまでのルートを作らなきゃいけないのー。ベルが昨日歩いてきた道があるでしょー? あれがここへ繋がるルートだよー。今回はベルが昨日ルートを作ったからー、ここへ直接来れたってわけー」

「なるほど……」

 つまりはこういうことだろう。

 初めての場所に行くには、歩くしかない。しかし一回でもその場所に来てしまえば、瞬間移動のように簡単に来ることができる、ということだ。まるでゲームのような設定である。

 どんな魔法にも使い勝手の良いところもあれば、悪いところもある。この夢見という魔法は、夢と夢を繋ぐのに、繋いでもらう側が少しだけ歩くという苦労がいるようだ。といっても、大した苦労ではないのだが。

「まぁー、私とヴァイオレットは、渡ることはできなくても、その夢を覗くことはできるんだけどねー」

「それは何とも羨ましい」

 夢見の能力を持つ召喚獣の特権なのだろう。しかしそれでクライシスの情報を探ってもらうのだから、羨ましがってばかりはいられない。ベルも自身の持てる力を使って対策を練っていかねばならない。

 ムースに夢見の力の凄さを改めて教えてもらっているうちに、どうやら全員揃ったようだ。

 ムースは片手を振り、各々の前に紅茶を用意する。夢の中ならではの持て成し方だ。

(魔法ってやっぱり凄いなあ)

 ベルは内心感嘆しながら、席についた。
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