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第二章

六十三話

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 結界の玉が音も無く、静かに割れる。

 そして割れるとほぼ同時に、空から一本の光が地上に降り注いだ。

(まずはコーディリアの魔法から。……ヴィーには悪いけど)

 これも作戦の内である。クライシスの巻き添えでヴィータがくらってしまうのは罪悪感があるが、これもヴィータを助けるためなのだと割り切るしかない。ヴィータのことだから、ベルの存在に気づいた時点である程度のことには柔軟に対応してくれるだろう。

 全員がクライシスにばれることなく、配置についた後にすることは、クライシスの目くらましだった。ベルたち全員の瞳にコーディリアの魔法がまだかかった状態なので、ベルたちには目くらましの効果はない。

(あ、トトーの歌が聞えてきた)

 光が収まる前に、トトーの澄んだ声が森中に響き渡る。決して近くにいるわけでも、トトーが大きな声を出して歌っているわけでもない。魔力に声を乗せて歌っているだけなのに、こうして近くで歌っているように聞こえるのだ。練習試合では使わなかったこの技は、秒数を重ねるごとにかなりの魔力を消費するようで、魔力は龍脈から無尽蔵にもらえても、体に負荷がかなりかかるらしく、まだ訓練中で実用向きではないらしい。それでもこうして使ってくれているのは、トトーもヴィータを助けたいからに他ならない。

(トトーがこの歌魔法を使えるのは約五分。それ以上は持たないって言ってた)

 歌魔法の恩恵を受けるのは、クライシス以外のこの場にいるもの。そしてその恩恵は、魔法による精神攻撃の無効化だ。

 以前クライシスと相対した時に苦戦したことを考慮した上での選択だ。

 どんなからくりを使っているのか分からないから、もしかしたらトトーの歌魔法を消されてしまうかもしれない。しかしだからと言って、対策をしないより幾分もましだ。それに一回でも防ぐことができれば、リーディルのことを伝えるチャンスが一回増えるということに他ならないのだから。

 コーディリアの目くらまし。

 トトーの精神攻撃無効。

 準備は全て整った。

 ここからは、攻撃に特化しているベルたちの番だ。

「アーテ、アル!!」

 アーテルに水を、そしてアルブスに水の周囲に風を出してもらい、クライシスの体を氷漬けにしていく。しかしこれだけではすぐに破られてしまう恐れがある為、さらにその上から風と水、単体の魔法を重ねた。

 氷は砕けてしまうかもしれないが、水と風は破壊されることがない。三重の拘束だ。全ての魔法が順調にかかったことを視認し、ロセウスに声をかける。

「結界を! あと、炎でクライシスとヴィーの間を遮って!!」

 全ての魔法をかけ終わってからでないと、結界をかけることはできない。結界が変に味方の魔法を遮断してしまう恐れがあるからだ。

 ベルの指示の元、効率よく魔法がかけられていく。

「この魔法、結界……っくく、はははは!! 星野鈴か!!」

 魔法の種類で、ベルがいると見破ったのだろう。まるで狂ったようにクライシスが笑い出す。不気味な笑い声が森中に響いた。

 思わず眉を潜めてしまう。

「治癒魔法『ハイヒール』」

 ひとしきり笑ったあと、クライシスは自身へ治癒魔法をかけた。

(その魔法まで使えるのか、やっかいだな)

 ロゼリアに渡した記憶改ざん魔法のメモリーズテンパーや、睡眠魔法スリーピング等、クライシスの持つ魔法は多岐に渡る。どういう仕組みなのか、龍脈を使えること以外未だに解明できていない。

(それに記憶改ざん魔法を与えたロゼリアは一体どこにいるのか)

 クライシスと共に行動をしていると考えていた。しかしロゼリアの姿はベルの見た限り、クライシスの近くになかった。ロゼリアが放つ記憶改ざん魔法に召喚術師や召喚獣であるベルたちがかかる確率はほぼゼロパーセント。それでもベルがその存在を気にかける理由は、この戦いに巻き込まれていないかという心配する気持ちからきていた。

 元の世界だったらロゼリアはまだ未成年で守られる立場にある。たとえ罪を犯してしまったとしてもだ。

 罪を犯したなら、償えばいい。とくにロゼリアの場合、人に迷惑をかけてしまっただけで、人を殺めたわけではない。その人が許してくれるその日まで、謝って償えばいいとベルは思う。一つ罪を犯したからといって、その命で償うやり方がベルは好きではなかった。

 それに今この場で行われている戦闘は、召喚術師や召喚獣そして、湖の番人が己の力全てをぶつけるものだ。ほぼ一般人に過ぎないロゼリアがこの場にいたとしたら、ただでは済まないだろう。

 そこまで考えているうちに、ラヴィックとエリオットが目くらましが直撃したヴィータに声をかけて避難を完了させていた。開けた場所には、アーテルたちの魔法で体を封じられたクライシスしかいない。

「星野鈴! 出てきなよ!!」

 内容から察するに、まだ居場所を特定できていないようだ。

(出て来いって言われて、出て行くほど馬鹿じゃないっての)

「私じゃダメですの?」

 もちろんクライシスがベルしか対象に見ないことなどすでにお見通しだ。だからこそこの後の作戦もしっかり立てていた。

 クライシスに声をかけたのは、光魔法で大量に作った矢を背後に並ばせているコーディリアだった。
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