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プロローグ

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 パニックだった水落は、あまりその事実には触れずにいたのであるが、ピエロの人形がまるで意志を持ったかのように喋る光景は、それはそれで下手なホラー映画よりも恐ろしい光景であろう。それよりも、生きることに対する執着が勝つのだから、人間の本能というものは凄い。むしろ自然とピエロのマスコット人形が喋ることを受け入れているのだから。笑い声に聞こえるものは、口の噛み合わせが悪いものだと自分に言い聞かせた。

「ドアノブを外すのが――脱出の手段?」

 本来、それが外開きであろうと内開きであろうと、ドアノブというものは必要となってくるはず。それなのに、ドアノブを外すことが脱出するための手段になるとはどういうことか。

 水落はドアノブの取れてしまった扉を見つめつつ、あることに気づいた。ドアノブが取れてしまった今、それは引き戸にも見えなくない気がする。ドアノブがついていたからこそ、水落は扉が外開きか内開きのどちらかで開くものだと考えた。しかし、そもそも押しても引いても開かない造りの扉だったとしたら。

 刻一刻と緊急レベルは上がっていた。いよいよ、水落が足場にしていた学習机が、歯ぎしりのような音を立て始めた。水落は学習机を飛び降りると、扉に駆け寄る。

 扉の模様のくぼみに手をかけ、まずは横にスライドさせることを試みた。右方向は駄目。そして左方向も――駄目。

「これで合ってるはず。これで合ってるはずなんだ!」

 もう、今さら方針を転換する余裕はなかった。すでに左右の壁は水落の肩幅と等しくなろうとしていた。

 水落は腰を低く落とすと、扉の下部に手をかける。頼む、頼む、頼む、頼む。これで駄目だったらアウト。まさしくサンドウィッチの完成だ。

「いや、マジで頼むって!」

 水落は力任せに扉を引き上げた。シャッターなどを開ける時と同じ原理で、下から上に向かってだ。すると、これまでびくともしなかったのが嘘だったかのように、扉はスルスルと開き、そして光が差し込んだ。水落は体を横にして、なんとか脱出口へと体を滑り込ませた。変な表現かもしれないが、廊下らしき場所へとずり落ちると同時に、かつて子ども部屋であったであろう部屋は、この世から消滅してしまった。辺りに舞うのは魔物が閉じた後に生じた粉塵ばかり。

 ――もう少し遅かったら死んでた。喉はカラカラ。両手足はジンジンと痺れている。何が起きたのかなんて分からないし、ここがどこかも分からない。

 理不尽なゲームの始まりを告げる町内アナウンスが流れたのは、まさしくその直後のことであった。

 この時の水落は、まだ状況を把握できていないせいで知らなかった。これから目をそらしたくなるような群像劇に自分が巻き込まれていくことを。

 ――最後まで目をそらすんじゃない。
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