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動き出した狂気の果てに【午後7時〜午後8時】

動き出した狂気の果てに【午後7時〜午後8時】1

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【午後7時5分 野沢真子 宮垣街郊外】

 辺りはすっかりと暗くなり、元より市街地に比べて明かりの少ない郊外は、なんとも言えぬ不気味さに包まれていた。ぼんやりと遠くに見える街灯の明かりを目印に進み、そこまでたどり着くと、また次の街灯を目指す。本当に前に進んでいるのか。もしかして、同じところを延々とさまよっているだけなのではないか。そんな不安を抱く程度には、辺りにはなんとも言えぬ気味の悪さが漂っていた。

 もう、かれこれ1時間以上は歩いていると思う。いや、交渉が成立する前を含めれば、1時間では済まないかもしれない。少し前を歩く磯部と村山の後ろ姿に、真子は小さく溜め息を漏らした。

 境界線を越えるつもりはない――村山が真子にだけ聞こえるように漏らした言葉を、今は信じるしかない。彼の物資である1000万円を提示しての交渉は、あくまでも磯部という大人が勝手に境界線を越えぬようにするためだ。でも、このまま同じ方角へと歩き続ければ、いつかは境界線にたどり着くだろう。村山の苦しまぎれの交渉は、残念ながら時間稼ぎでしかない。

 ずっと歩き続けているせいか、足は棒のようになっていた。高校の制服もぼろぼろであるし、何よりも通学用のローファー……革靴の底が左足のほうだけだが抜けてしまっていた。まだ誰にも言えていないが、靴下を履いているにしても地面を直に踏むというのは地味に痛い。だからこそ、二人の歩く速度から少し遅れをとっているのだろう。

 それにしても、どうして村山に与えられた物資は旧札ばかりだったのであろうか。今の世の中、旧札を集めるのは大変なのではないかと真子は思う。もっとも、旧札であろうがお金はお金だ。磯部が交渉に応じないわけがない。お金を改めると言われた際、村山が顔を真っ青にしていたが、旧札だと交渉が決裂してしまうとでも思っていたのだろうか。以前、コミックマーケットか何かで旧札を出された人が、偽札を摑まされたと騒ぎ、ネットで話題になったが、まさか村山も旧札のことを偽札だとでも思ったのだろうか。

「まだか――境界線はまだなのか」

 ここまで休むこともなく、ほぼノンストップで歩き続けてきた。ただただ街灯の明かりだけを頼りに歩みを進めることに、磯部は大分苛立っているようだった。境界線を越えるつもりなんてない真子と村山からすれば、ずっとこのような状況であってくれればありがたいのだが。

「この街がどれだけの広さなのか分からないし、もしかすると、とんでもなく広い街なのかもしれない」

 表向きは磯部と契約状態にある村山が漏らすと、磯部は「だとしたらふざけた話だ」と、鼻で笑いながら吐き捨てた。
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