綾瀬海之

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出船

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 最後の係留索を巻き取り終えて船は岸壁を離れた。
その大きな船体は風一つない静かな港を滑るように出て行く。
陸には船を見送る人、船には見送りの人にしばしの別れを告げる人。
 なにも今生の別れ、という訳ではあるまいが暫くの間会うことは出来ず連絡さえもままならないというのはやはり少し心寂しいのだろう。
 少し沈鬱な表情を浮かべる見送りの人の顔は船からは見えなかった。
ぐんぐんと陸から遠ざかっていく船、これから国を離れはるか遠くの国へ物を運ぶ。
次に帰ってくるのは何ヶ月後だろうか。無事に帰ってこられるのだろうか。病気にならないだろうか。同じ船の乗組員とは上手くやっていけるだろうか。
 そんな両者の心配を他所に船は遂に港を出た。船体が掻き分ける水は大きな白波を立てて船の速度の速さを物語る。
 これから数ヶ月の航海の間に真っ白な船体は錆が浮き汚れてボロボロになるだろう。
だがそれが船である。航海から戻る時の錆は仕事の証。乗組員が一丸となってその船を立派に動かしたという証明に他ならないだろう。
 船は汽笛を鳴らした。煙突からはゆるやかに煙が出て青い空にゆっくりと溶け込んで行く。
 青い海、白い船、青い空。
あまりにも単調なそのカラーリングは快晴の陽の光を受け照り返し、見送りの人の目に良く映えた。
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