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友達と約束
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本部を後にして、二人は近くの駅から鉄道に乗る。白い車両に青いラインが引かれているこの鉄道は、ジーニアスで暮らす国民の足となっており、国内であればどこへ向かうも無料となっている。ガタンガタンと揺られること十数分。二人は南部でもとりわけ賑やかな町、ネテアに到着した。
「うわぁ、すごい……」
駅から降りて、すぐの通りを歩いたクーは、そんな感想を零した。
人の多さもさることながら、白いレンガ造りの建物から、朱に色付けされた木造建築。二体の獣の石像が並べられた門や、奇妙な仮面を掲げた平屋。統一性のない建物が陳列するこの通りは、些か混沌としていた。
「ジーニアスは昔から他国の文化を積極的に取り入れてるんだけど、見方を変えれば節操がないんだよね」
「でも見てて楽しいよ」
通りで伸ばした生地を高速で切り落とし、スープの入った鍋に入れるというパフォーマンスをする店にすれ違うと、大きな喝采が挙げられた。その向かい側では巨大な綿菓子を作って、キラキラとした飴を華麗にまぶしており、その光景に子ども達が目を輝かせている。飲食に限らず、とある店の前では精巧なパントマイムを披露して、人々を沸かす人物もいた。
「ところで、あんた何が食べたいの? あたしはどこでもいいけど」
「えっと、そうだなぁ……」
きょろきょろと周りを見渡してみるが、この辺りの飲食店は自分になじみのないものばかりだ。クーに知らない料理にチャレンジする度胸はなかった。
あてもなく店を眺めていると、トマトソースの香りが鼻腔をくすぐった。覚えのある香りを辿ると、その先にあったのはパスタ料理の店だった。
「ここはどうかな?」
クーが訊ねると、マイは店を一瞥した。「ジュエリーパスタ」という名前の店は、昼時だからか、中の席はどこもいっぱいのように見える。一方外のテラス席に、数か所の空席が見えた。
「そうね。ここにしよ」
二人は扉を開き、店内に入る。「いらっしゃいませ」と、威勢のいい女性店員の声が響く。「二名様ですか?」
「うん。外の席でいい?」
「はい。ではこちらへ」
店員は二人を外の席に案内し、店内へと戻っていた。パラソルで日差しが程よくカットされ、心地よい風も相まったそこは中々気持ちの良い席だった。
向かい合って座った二人に、ほどなくして再び店員が現れ、それぞれの前に水の入ったグラスを置く。
「あたし、キノコ入りクリームパスタ」
メニューも見ずに、マイが早速注文をする。店員はすぐに手元の手帳に注文をメモする。
「あ、わ、私は……」
クーは急いでリストを開き、メニューを確認する。真っ先に目に留まったトマトクリームパスタを注文した。
かしこまりました、と店員はすぐにその場を離れる。クーはひと息つこうと、差し出された水を一口、口に含んだ。
「ふぅ……」
マイも水を飲むと、グラスを置いて息を吐いた。大分疲れているようだ。
「マイ。大丈夫?」
「大丈夫。研究してると、いつもこんなだし」
マイは再びグラスを傾けて水をあおる。グラスが空になると、テーブルの上にあるピッチャーからおかわりを注ぎ入れた。
「そういえば、あの時の石ってなんだったの?」
「あれは魔石って言って、流し込まれたダークの構成を調べる道具なの」
マイはグラスを机に置き、同じく机の上にあった紙ナプキンを手に取る。ポケットからペンを取り出して四角形を描く。それぞれの頂点に地、水、火、風と書くと、図形の内部に四つの小さな点をつける。点を結ぶと、歪な図形が描かれた。
「あんたのダークは全体量は平均より低めで、水属性へ偏りが見られるって感じだったわ」
言った内容を示す図を描いたマイは、どこか不満そうな顔を浮かべる。
「てっきり全体量がはるかに多かったり、逆に全くないって事も考えたけど、びっくりするくらい普通なのよね」
「それがおかしいの?」
「あんたがそこらの人間だったら全然おかしくないけど、一応光の勇者だからね。血液検査も特に変な点はなかったし……正直、今のところ何にもわかんないって感じ」
そこでマイが言葉を止めると、不安そうな表情を浮かべ、小さなため息を吐いた。
「……大変なんだね」
クーはグラスを傾けて、そんな感想を零す。マイはその通りと言うように大きく頷いて、同じように水を飲んだ。
やがて二人の前に料理が運ばれてきた。クーが頼んだパスタはトマトとハーブの香りが強く、出来立ての湯気を浮かべていた。
「じゃ、いただきます」
マイはすぐにクリームパスタに手を付ける。クーが頼んだ料理と同様、湯気を浮かべているにも関わらず、一切冷ます事もなく次々に口へと運んでいく。
「……やけどしちゃうよ?」
「これくらい平気」
クーの助言も聞くことなく、マイはなおもハイペースで料理を口に運ぶ。クーも急いだ方がいいのかと、パスタを冷ますことなく口にいれた。
「あつっ!」
あまりの熱さに、行儀が悪いと思いながらも口からパスタを零してしまう。すぐに冷やすためにグラスの水を飲んだ。
「別にあたしに合わせなくても。急かしているわけじゃあないんだから」
マイが苦笑しながら言うと、クーはコクコクと頷いた。少し落ち着くと、改めて冷ましたパスタを口に運んだ。鼻腔をくすぐった香りに裏切られることなく、濃厚な味わいが口に広がった。
食事を終えると、二人の前には空になった皿が残される。水を飲みながら、クーは目の前の少女に視線を送る。
ここまで一緒に過ごしているマイだが、クーは彼女の事をよく知らない。昨日出会ったばかりなので、それも当然ではあるが、それにしても彼女はクーの事をよく気遣ってくれているように感じる。
「…………なに?」
クーの視線が気になったのか、マイがじとりと目を細めた。
「あ。ご、ごめん」
慌てて謝罪したクーは、その拍子にグラスを机に落としてしまう。幸い中身は空だったので、グラスが横に倒れただけで済んだ。
「別に責めてないけど」
マイは手を伸ばして、クーが落としたグラスを起こす。ついでにと、そのグラスに水を注ぎ入れた。
「ただ、じっと見られたって何も伝わらないし、気になることがあるなら、素直に聞きなさいってだけ」
水を入れたグラスを、クーの前に差し出す。クーはぺこりと頭を下げてそれを受け取った。視線を落とすと、自分の顔が水面に映る。どうにも気の弱そうな自分の顔だ。マイの顔とは大違いだ。容姿の良し悪しではない。そこにある自信の有無だった。
どうして自分は、こうも臆病なのだろう。光の勇者に選ばれて、世界を救いに行くようになる以前の問題だ。故郷に友人は居たが、小さい頃からの友人ばかりで、十を過ぎて新たに出来た友人はいなかった。幼馴染相手にしても、いつからか顔色を窺い、あまり踏み込んだ話をすることもなくなっていた。
すっかり黙り込んだクーに対し、マイは自分のグラスを少しだけ揺すった。
「……逆に、あたしから聞いてもいい?」
マイの言葉に、クーは少しだけ顔を上げた。
「あんたの事、もっと知りたいの。好きな食べ物とか、趣味とか」
「え、どうして……」
「どうしてって…………と、友達のこと、知りたいって思うのはおかしい?」
最後は少し声が小さくなり、マイの顔が真っ赤になっていく。それをごまかすように、マイはグラスの水を一気にあおった。その様は、どうにも愛おしく見え、クーの顔は自然とほころんでいた。
「……なに笑ってるの」
「ご、ごめん。でも、うん。そうだね」
少しだけ、クーの緊張がほぐれた。思えば、彼女にはもう何度も恥ずかしい姿を見せてしまっている。それでも彼女は、こうしてクーと連れ添っている。それはあくまで研究対象だからかもしれないが、クーは彼女の言動に、温かみを感じていた。
「えっと、それじゃあ私からもいい?」
「なに?」
「私もマイの事が知りたいの。だから、お互いの事、色々話そうよ」
クーの提案に、マイは満足そうな笑みを浮かべる。
「いいわ。それじゃあ、追加でデザートも頼みましょ」
マイは近くに通りがかった店員を呼び止めて、いくつかデザートを注文する。かなりの数を頼むマイを前に、クーは思わず笑みがこぼれた。
「うわぁ、すごい……」
駅から降りて、すぐの通りを歩いたクーは、そんな感想を零した。
人の多さもさることながら、白いレンガ造りの建物から、朱に色付けされた木造建築。二体の獣の石像が並べられた門や、奇妙な仮面を掲げた平屋。統一性のない建物が陳列するこの通りは、些か混沌としていた。
「ジーニアスは昔から他国の文化を積極的に取り入れてるんだけど、見方を変えれば節操がないんだよね」
「でも見てて楽しいよ」
通りで伸ばした生地を高速で切り落とし、スープの入った鍋に入れるというパフォーマンスをする店にすれ違うと、大きな喝采が挙げられた。その向かい側では巨大な綿菓子を作って、キラキラとした飴を華麗にまぶしており、その光景に子ども達が目を輝かせている。飲食に限らず、とある店の前では精巧なパントマイムを披露して、人々を沸かす人物もいた。
「ところで、あんた何が食べたいの? あたしはどこでもいいけど」
「えっと、そうだなぁ……」
きょろきょろと周りを見渡してみるが、この辺りの飲食店は自分になじみのないものばかりだ。クーに知らない料理にチャレンジする度胸はなかった。
あてもなく店を眺めていると、トマトソースの香りが鼻腔をくすぐった。覚えのある香りを辿ると、その先にあったのはパスタ料理の店だった。
「ここはどうかな?」
クーが訊ねると、マイは店を一瞥した。「ジュエリーパスタ」という名前の店は、昼時だからか、中の席はどこもいっぱいのように見える。一方外のテラス席に、数か所の空席が見えた。
「そうね。ここにしよ」
二人は扉を開き、店内に入る。「いらっしゃいませ」と、威勢のいい女性店員の声が響く。「二名様ですか?」
「うん。外の席でいい?」
「はい。ではこちらへ」
店員は二人を外の席に案内し、店内へと戻っていた。パラソルで日差しが程よくカットされ、心地よい風も相まったそこは中々気持ちの良い席だった。
向かい合って座った二人に、ほどなくして再び店員が現れ、それぞれの前に水の入ったグラスを置く。
「あたし、キノコ入りクリームパスタ」
メニューも見ずに、マイが早速注文をする。店員はすぐに手元の手帳に注文をメモする。
「あ、わ、私は……」
クーは急いでリストを開き、メニューを確認する。真っ先に目に留まったトマトクリームパスタを注文した。
かしこまりました、と店員はすぐにその場を離れる。クーはひと息つこうと、差し出された水を一口、口に含んだ。
「ふぅ……」
マイも水を飲むと、グラスを置いて息を吐いた。大分疲れているようだ。
「マイ。大丈夫?」
「大丈夫。研究してると、いつもこんなだし」
マイは再びグラスを傾けて水をあおる。グラスが空になると、テーブルの上にあるピッチャーからおかわりを注ぎ入れた。
「そういえば、あの時の石ってなんだったの?」
「あれは魔石って言って、流し込まれたダークの構成を調べる道具なの」
マイはグラスを机に置き、同じく机の上にあった紙ナプキンを手に取る。ポケットからペンを取り出して四角形を描く。それぞれの頂点に地、水、火、風と書くと、図形の内部に四つの小さな点をつける。点を結ぶと、歪な図形が描かれた。
「あんたのダークは全体量は平均より低めで、水属性へ偏りが見られるって感じだったわ」
言った内容を示す図を描いたマイは、どこか不満そうな顔を浮かべる。
「てっきり全体量がはるかに多かったり、逆に全くないって事も考えたけど、びっくりするくらい普通なのよね」
「それがおかしいの?」
「あんたがそこらの人間だったら全然おかしくないけど、一応光の勇者だからね。血液検査も特に変な点はなかったし……正直、今のところ何にもわかんないって感じ」
そこでマイが言葉を止めると、不安そうな表情を浮かべ、小さなため息を吐いた。
「……大変なんだね」
クーはグラスを傾けて、そんな感想を零す。マイはその通りと言うように大きく頷いて、同じように水を飲んだ。
やがて二人の前に料理が運ばれてきた。クーが頼んだパスタはトマトとハーブの香りが強く、出来立ての湯気を浮かべていた。
「じゃ、いただきます」
マイはすぐにクリームパスタに手を付ける。クーが頼んだ料理と同様、湯気を浮かべているにも関わらず、一切冷ます事もなく次々に口へと運んでいく。
「……やけどしちゃうよ?」
「これくらい平気」
クーの助言も聞くことなく、マイはなおもハイペースで料理を口に運ぶ。クーも急いだ方がいいのかと、パスタを冷ますことなく口にいれた。
「あつっ!」
あまりの熱さに、行儀が悪いと思いながらも口からパスタを零してしまう。すぐに冷やすためにグラスの水を飲んだ。
「別にあたしに合わせなくても。急かしているわけじゃあないんだから」
マイが苦笑しながら言うと、クーはコクコクと頷いた。少し落ち着くと、改めて冷ましたパスタを口に運んだ。鼻腔をくすぐった香りに裏切られることなく、濃厚な味わいが口に広がった。
食事を終えると、二人の前には空になった皿が残される。水を飲みながら、クーは目の前の少女に視線を送る。
ここまで一緒に過ごしているマイだが、クーは彼女の事をよく知らない。昨日出会ったばかりなので、それも当然ではあるが、それにしても彼女はクーの事をよく気遣ってくれているように感じる。
「…………なに?」
クーの視線が気になったのか、マイがじとりと目を細めた。
「あ。ご、ごめん」
慌てて謝罪したクーは、その拍子にグラスを机に落としてしまう。幸い中身は空だったので、グラスが横に倒れただけで済んだ。
「別に責めてないけど」
マイは手を伸ばして、クーが落としたグラスを起こす。ついでにと、そのグラスに水を注ぎ入れた。
「ただ、じっと見られたって何も伝わらないし、気になることがあるなら、素直に聞きなさいってだけ」
水を入れたグラスを、クーの前に差し出す。クーはぺこりと頭を下げてそれを受け取った。視線を落とすと、自分の顔が水面に映る。どうにも気の弱そうな自分の顔だ。マイの顔とは大違いだ。容姿の良し悪しではない。そこにある自信の有無だった。
どうして自分は、こうも臆病なのだろう。光の勇者に選ばれて、世界を救いに行くようになる以前の問題だ。故郷に友人は居たが、小さい頃からの友人ばかりで、十を過ぎて新たに出来た友人はいなかった。幼馴染相手にしても、いつからか顔色を窺い、あまり踏み込んだ話をすることもなくなっていた。
すっかり黙り込んだクーに対し、マイは自分のグラスを少しだけ揺すった。
「……逆に、あたしから聞いてもいい?」
マイの言葉に、クーは少しだけ顔を上げた。
「あんたの事、もっと知りたいの。好きな食べ物とか、趣味とか」
「え、どうして……」
「どうしてって…………と、友達のこと、知りたいって思うのはおかしい?」
最後は少し声が小さくなり、マイの顔が真っ赤になっていく。それをごまかすように、マイはグラスの水を一気にあおった。その様は、どうにも愛おしく見え、クーの顔は自然とほころんでいた。
「……なに笑ってるの」
「ご、ごめん。でも、うん。そうだね」
少しだけ、クーの緊張がほぐれた。思えば、彼女にはもう何度も恥ずかしい姿を見せてしまっている。それでも彼女は、こうしてクーと連れ添っている。それはあくまで研究対象だからかもしれないが、クーは彼女の言動に、温かみを感じていた。
「えっと、それじゃあ私からもいい?」
「なに?」
「私もマイの事が知りたいの。だから、お互いの事、色々話そうよ」
クーの提案に、マイは満足そうな笑みを浮かべる。
「いいわ。それじゃあ、追加でデザートも頼みましょ」
マイは近くに通りがかった店員を呼び止めて、いくつかデザートを注文する。かなりの数を頼むマイを前に、クーは思わず笑みがこぼれた。
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